奇想詩『町でいちばんの美女』
私はオルランドのように
あるいはビリー・ピルグリムのように
様々な時間と様々な空間と様々な人格を生きてきました
そして今は町でいちばんの美女として生きています
勘違いしていただきたくないのですが
自分でそう名のるほど私はうぬぼれていません
町の男たちがこぞってそう言うのです
きれいだとかうつくしいだとかそそるだとか
ほれちまっただとかやらせてくれだとか
口説き文句は腐るほどたくさんあるようですが
どれもこれもほんとうに腐っています
男たちが腐っているのでしょう
すべての人間の遺伝子には欠陥がある
その欠陥を抱えた人間同士がまぐわって
また別の欠陥を抱えた人間を生み出す
人類はそうやって絶えず欠陥を更新しつづけてきた
というずいぶんとペシミスティックな論説を
聞いたことがあります
それを私がどんな時代でどんな場所で
どんな性別でどんなアイデンティティを持って
耳にしたのかは覚えていませんが
町でいちばんの美女として生きている今の時点から
言えることがひとつだけあります
口説き文句というのは
人間的欠陥の象徴的墓標のようなものなのではないか
ということです
愚かさや浅はかさや滑稽さなどの
人間のどうしようもない性質の歴史が
口説き文句に刻みこまれているように
感じられてならないのです
これは実際に町でいちばんの美女になってみなければ
わからない感覚だと思います
町へ繰り出すたびにゾンビのように腐った男たちが
私の血肉を求めて腐った言葉を投げかけてくる
簡単に言えばロメロの世界です
美女は序盤に死んでしまう傾向にあるようですが
私は死にません
スーパーマーケットに立てこもって
あらんかぎりの知恵と力でアポカリプスを
私はオルランドのように
あるいはビリー・ピルグリムのように
生き残ってやります
奇想詩『町でいちばんの美女』
〈あとがき〉
ブコウスキー×ウルフ×ヴォネガット×ロメロな作品です。