奇想詩『乳首予備軍』
まだ誰のものにもなっていない朝の静けさの中で
僕と彼女は交わった
せまいアパートの一室のベッドの上に僕たちはいた
ベッドの横の窓からは大きな山が見えた
山の背後には朝日が控えていた
その山には名前があったのだろうけれど
僕も彼女もその名前を知らなかった
彼女は僕の上にまたがった
僕は下から揺れる彼女を眺めた
彼女の乳房に朝日が射しこんだ
そのときに僕はなぜだかよくわからないけれど
彼女が弾いてくれたピアノのことを思い出した
それを聴いたのはショッピングモールの楽器屋の前に置かれていた
電子ピアノで彼女が試奏したときのことだった
それは曲名のわからない聞き覚えのあるクラシック音楽だった
彼女は僕の上で激しく痙攣してから一気に脱力した
それと同時に僕も射精した
事を終えた僕たちはベッドに並んで横になった
窓の外の名前の知らない大きな山をしばらく二人で眺めた
それから彼女はこう言った
乳首の周りってボコボコしとるやん?
あれはきっと乳首予備軍なんだと思う
そうかもしれない
僕はそう思った
自転車に乗った他人の口笛が窓の外から聞こえた
奇想詩『乳首予備軍』
月刊ココア共和国2021年11月号掲載作品(佳作集)