奇想詩『レイ・チャールズの揺れ』

奇想詩『レイ・チャールズの揺れ』

ぼくは一度だけ


夢の中でレイ・チャールズさんに会ったことがあります


ご存知のとおりレイ・チャールズさんは体を揺らしながら歌います


夢の中でもやはりレイ・チャールズさんはリズムに合わせて


体を揺らしながら楽しそうに歌っていました


僕はその姿をステージの脇から見ていました


どうしてなのかはよくわりませんが


そこで僕はレイ・チャールズさんの体の揺れを押さえたら


いったいどうなるんだろうと思いました


そう思ったのと同時に僕はアップライトピアノで演奏する


レイ・チャールズさんに向かってゆっくりと歩きだしていました


僕はレイ・チャールズさんの真後ろに立ちました


跳ねるように演奏しているレイ・チャールズさんの両肩を


僕は容赦なく両手でがっしりと押さえつけました


けれどもレイ・チャールズさんの体の揺れは


思ったよりも強力で動きを止められませんでした


しまいには両肩を押さえつけている僕ごと


レイ・チャールズさんは揺れはじめました


曲が盛り上がるにつれてレイ・チャールズさんの揺れは激しくなり


気がつくと僕は宙を舞う凧のようにほとんど浮いていました


あれだけ激しそうに見えたレイ・チャールズさんの揺れでしたが


こうやって一緒に揺れているとなんだか揺り籠の中で世界から


無条件に祝福を受けている赤ん坊のような気分になりました


レイ・チャールズさんの祝祭的な揺れの中には


心臓の鼓動 潮の満ち引き 地殻の変動 地球の自転と公転


小惑星同士の衝突 超新星の爆発 新たな銀河系の誕生


そういった森羅万象のあらゆる揺れが過不足なく含まれていました


レイ・チャールズさんが歌いながら体を揺らす理由は


たぶんそこにあるのだろう


と僕はなんとなくわかったような気がしました


夢から覚めると雨でした

奇想詩『レイ・チャールズの揺れ』

〈あとがき〉
BGMはレイ・チャールズの“I've Got a Woman”でどうぞ。
月刊ココア共和国2021年10月号掲載作品(傑作集)

奇想詩『レイ・チャールズの揺れ』

月刊ココア共和国2021年10月号掲載作品(傑作集)

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-17

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