還暦夫婦のバイクライフ 8

ジニー、富士山を見たくなる 最終日

ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 朝8時、レストイン多賀の部屋でジニーは目を覚ました。昨日は日が変わるまで走り続けて疲れ切っていたせいか、遅くまで眠ってしまった。ベッドから起き上がり、窓のカーテンを少し開け、外をのぞく。昨日までとは打って変わり、雲一つない晴天だ。寝る前に買ってあった水のボトルを取り、ぐいぐいっと飲む。それから地図を引っ張り出して、昨日の行程を見ていたら、物音でリンが目を覚ました。
「おはようジニー。何時?」
「おはよう。8時過ぎ」
「起きる。昨日下道走り過ぎたね」
「うん。改めて地図見ていたんだけど、よくあんな夕方からあの距離走ったよね。しかも雨にまで降られるし」
「でも、走るしかなかったでしょ?」
「そうなんだけど、もう少し高速走ればよかったんだよな。あと50Kmは走れてた。おまけに、だめ押しの豊田市内の迷走。今までナビいらねーって思っていたけど、今回つくづく僕のバイクもナビが見れるようにしないとって思ったよ」
「そうだね。一人より二人で確認した方が、間違いも少ないわよね。ジニーの脳内ナビも、すっかりポンコツになってたしね」
「面目ない」
ジニーはちょっとしょぼくれる。
「さて、おなかすいたし、ご飯行こう!」
リンはベットから立ち上がり、着替えを始めた。ジニーもさっさと着替える。荷物を少しまとめてから、二人は部屋を出た。フロントに鍵を預け、フードコートへと歩いてゆく。どこで食べようかとうろうろした挙句、吉野家の朝定食に行きついた。二人して朝牛セット並を注文する。リンはみそ汁を豚汁に変更してもらう。
「リンさん、豚汁好きだねー」
「うん、大好きだよ」
少し待って、運ばれてきた朝牛セットを手早くいただき、早々に店を出てお土産を物色する。
「そうだ、赤福買って帰ろう。って、無いや」
「売り切れとるね。まあ、この先でも買えるんじゃないの?それよりうちの三男さんが、抹茶バームが食べたいと言っとったよ。あるかな?」
リンはお土産の陳列を探すが、置いていなかった。
「残念」
二人はお土産探しをやめ、出発の用意をするため一度部屋に戻った。
 荷物をパッキングして、部屋の中を一通り見て回る。コンセントに充電ケーブルを忘れていないか確認し、テーブルの上や足元もチェックする。それから荷物を持ってフロントに行き、鍵を返して清算する。駐輪場に留めてあるバイクにバッグを固定して、出発準備が整った。
「リンさん、もう一度赤福無いか見に行こう」
「オッケー」
ヘルメットをホルダに固定して、再度売店に様子を見に行った。
「あった!」
さっき見たときに無かった赤福が、山積みされていた。早速ジニーは12個入りを2箱手に取り、購入した。
「一つはバイク屋さんにお土産で持っていく」
「いいんじゃない?この前も赤福の話してたし」
バイクまで戻り、赤福をバッグの中にしまい込む。
「さてリンさん、今日はもう家までひたすら高速走るだけなんだけど、急ぐ用事もないからのんびり行きますよ」
「そうね、抹茶バームを探しながらね」
「じゃあ、見つけるまで片っ端からS.Aに寄ってみよう。その前に、ここで給油するよ」
本日の予定が決まり、スタンドで給油してから9時30分多賀S.Aを出発した。
 そこから黒丸P.A,草津P.A,大津S.Aとはしごしたが、抹茶バームは置いていなかった。
「リンさん、これは僕の考えなんだけど」
「何?」
「抹茶バームって、確か京都のお店だよね」
「そうだったと思う」
「ということは、これから京都に入りますよってところのお店には置いてないんじゃないの?あるとすれば、京都より下流側のS.Aじゃないだろうか」
「あー。なるほどね。しまった買い忘れたーって人用ね」
「うん」
「じゃあ、次は京都の向こう側で見よう」
 大津S.Aで小休止してから、二人は再び走り始める。京都を抜け、高槻JCTで新名神高速に乗り換える。そこからしばらく走って、宝塚北S.Aに入った。
「リンさん、ちょうどお昼だ。ご飯にしよう」
「うん。腹減ったよ~」
二人はフードコートに向かう。ジニーはカツカレー、リンはチキンオムライスを注文した。
「ジニー、カレー好きだねー」
「リンさんの豚汁好きほどじゃないよ」
「そうだね」
「そこは否定しないんだ」
二人でくすくす笑う。しばらく待って、出来上がった料理を持って席に着く。
「うん、カレーに外れ無し!」
「うーん、チキンオムライスは、私にとってはいまいちかな~」
リンが少し期待外れといったしぐさをする。先を急ぐこともないので、ゆっくりご飯を頂き、しばらく休憩する。
「さてリンさん。僕の考えが正しければ、ここに抹茶バームがあるはずだ。早速見に行こう」
フードコートを出て、二人は売店を見に行く。そしてそれは、ジニーの予想通り陳列してあった。
「ジニーの言った通りね」
リンは一つ手に取り、会計を済ませた。
「うーん。今日の目標をクリアしてしまった。あとはまったりと走って帰りますか」
 バイクまで戻り、抹茶バームをバッグに収める。ヘルメットを被り、宝塚北S.Aを出発した。新名神を西に走り、神戸JCTで山陽自動車道に乗り換え、さらに西へと走る。
「ジニー、眠い。休憩しよう」
「わかった。この先の福石PAに止まりますよ」
岡山県に入ってすぐの所にある福石P.Aに、2台のバイクは入ってゆき、バイク駐輪場に停めてエンジンを切る。
「う~膝痛い腰痛い」
ジニーが腰に手をあてて、ぐっと反り返る。
「おまけに手がしびれたー」
リンは手袋を脱いで、両手をもみ合わせる。ジニーがスマホを取り出し、時間を見る。14時30分だった。
「宝塚から1時間か。このペースなら、日のあるうちに帰れそうだ」
自販機でコーヒーを買って、回し飲む。
「ジニー、ガソリンは?そろそろ入れないと、ガス欠にならない?」
「なるね。吉備S.Aで給油しよう。そこで入れれば、家まで帰れる」
「オッケー」
 福石P.Aで充分休憩して、二人は出発した。30分ほど走って吉備S.Aに到着すると、そのままG.Sに乗り込み、給油を始める。給油が終わると休みも取らず、再び走り始める。倉敷JCTで瀬戸中央自動車道に乗り換えた。この先は四国だ。瀬戸大橋を駆け抜け、坂出JCTで高松自動車道に入り、松山向けて走る。
「リンさん、豊浜S.Aに止まりますよ」
「了解」
四国に上陸して勝手知ったる道になり、二人ともほっとした感じになる。16時30分、豊浜S.Aに到着して、バイクを降りた。
「いたたたたた。ますます膝が痛い」
「リンさん、止まる前にはよく足を伸ばさないと、止まった時に足がつかないよ」
「それよね。立ちごけしないよう気を付けないと」
水分補給のため、ジニーが自販機でお茶を買う。これを二人で回し飲んだ。
「そうだ、せっかくだからきびダンゴ買って帰ろう」
「え?まだお土産買うの?」
「ええやん。私はきびダンゴ食べたいの」
「まあ、いいけど。でも、カバンにはいるかな?」
ジニーの心配をよそに、リンはきびダンゴを買ってきた。ジニーはバッグの中をやりくりしてできた隙間に、きびダンゴを押し込んだ。
「さて、後一息ね。ところでジニー、バイク屋さんへのおみやげ、今日持ってく?」
「そうだなー。明日は行く暇ないし、今から急げば十分間に合うな」
「じゃあー一気に走りますか」
 二人は急いで支度して、バイクを発進させた。途中休まず、少し早いペースで松山インターまで一気に走る。インターを降りて、混雑している市内を抜けて、18時10分愛媛バイク商会に到着した。
「いらっしゃい。今日は仕事?」
「ううん、ツーリングの帰り」
「ああ、今日までだったか」
店主の岩角がうなずく。
「雨降ったやろ」
「さんざん降られましたよ。あ、これ。お土産です」
ジニーは今朝買ったばかりの赤福と、善光寺門前で見つけた猫の置物を手渡す。
「わぁ!ありがとう」
岩角氏は、無類の猫好きなのだ。
 閉店までの時間、ツーリング中の出来事を話して、二人は家に帰った。
「やれやれ、やっと着いた」
「お疲れー。次はどこ行く?」
「リンさん、次って?」
「来年はどこ行くって話よ」
「今帰ったばかりなのに?」
「そうよ。九州かな?紀伊半島も良いよね」
相変わらず元気な人だと、自分の相方に感心するジニーだった。

 一か月後
「リンさん。先日のツーリングの高速代とガソリン代が出たよ」
「ふーん、で、どうだったの?」
「高速代だけど、1台当たり20,090円かかった。でもこれは、二輪車定率割引を使ってのことだから、普通の休日割引よりは、4,090円安かった」
「2台合計40,180円か。結構かかったね」
「うん、二輪車は軽四輪の半額でもいいよね。タイヤ2個しかついてないんだから。重量に至っては、軽の1/5しかないのに。絶対料金改定はするべきだよね」
「なかなかならないんじゃないの?取れるとこからは取りたいだろうし」
「まあ、僕らがどうこう言っても、どうにもならんやろね。で、ガソリンが2台合計で119.98L、22,632円だった」
「走行距離は?」
「これがうっかり、見るの忘れてた。地図で確認すると、およそ1800Kmちょっとだと思う」
「まあまあ走ったね。結構しんどかったわ」
「でも、面白かった。リンさん、また行こう」
「お金貯めてからね」
リンは全部でいくらかかったか考えながら、そっけなく答えた。
「だよね~」
ジニーも深くうなずいた。

還暦夫婦のバイクライフ 8

還暦夫婦のバイクライフ 8

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-15

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