空疎な猿

 猿は生の果物や、虫を木から掻き出して食べる仲間が嫌いでした。
「そんなもの食べなくても、もっと美味しいものがあるのに」
 猿は時折鳥や魚を捕まえて、乾いた麻に火をつけて、それらを焼いてよく食べました。
 生の果実やうねる虫に比べたら、それはとても美味しかったけれど、仲間たちは火を恐れて近づけません。
 猿はいつも一人ぼっちでご飯を食べました。


 猿は甲高い声で叫ぶ仲間が嫌いでした。
「そんなに叫ばなくても聴こえるのに」
 猿は時折町の近くまで山を降りて、白塗りの建物から聴こえてくる静かな歌声を聴くのが好きでした。
 そんな澄んだ静かな声に憧れて、猿は仲間に返事をしたけれど、他の声に掻き消えて、猿の声は誰にも届きません。
 そのうちに猿と話してくれる仲間はいなくなりました。
 

 猿は争って血を流す仲間が嫌いでした。
「そんなに痛い思いすることないのに」
 猿は優しく頭を撫でてくれた母親の掌をよく思い出しました。
 そんなことを思い出していると、血を流がすのが恐ろしくて、猿は喧嘩を挑まれるとすぐ降参してしまって、なんでも相手に譲りました。
 そのうちに猿の居場所は全部とられて失くなりました。


 そんな猿は森のはずれのなにもない野原で、これからどうしようかなんて、一人ぼっちで考えていました。
 すると森の方からゴソゴソ聞こえて、耳が片方切れた狐がヨロヨロとやってきました。
「そんなケガしてどうしたの」
 そうして話を聞いてみれば、狐はどうやら群れのリーダーと折り合いが悪く追われたようで、帰る場所がないようでした。

 お互い話してみれば、境遇がまるで同じでしたから、猿と狐はすっかり親しくなりました。


 猿は作った食事を美味しいと褒めてくれる狐が好きでした。
 ただ狐は上品な毛皮で暑さに弱かったものですから、猿は離れた場所で火を起こして、焼いた食事を涼しげな場所に運んで用意しました。
 二人はいつもそこで楽しげに食事をしました。


 猿は綺麗で通った声の狐が好きでした。
 猿もそんな声に憧れて、しっとりとお話ししましたが、狐は切れた耳が悪いようで、よく聞き取れないようでした。
 そこで猿はよく狐に近づいて、耳元でしっかりお話しをしました。
 二人ともお話しが好きでしたから、そうしてよく会話を弾ませました。


 猿はいつも和やかで穏やかな狐が好きでした。
 けれどそんな狐を野原からも追い出そうと、何度か狐の群れが襲ってくることがありました。
 狐は未だに癒えていない傷もありましたから、代わりに猿が狐を守りました。たまに血を流すこともありましたが、猿は狐を守れたことを誇りに思いました。
 そのうちに群れの狐も諦めて、二人の生活は守られました。
 
 猿はよく切れた耳を労るように狐の頭を撫でました。
 狐もお礼によく猿に頬を擦りました。

 そうした温もりがずっと続いて、二人は野原で仲良く暮らしました。

空疎な猿

空疎な猿

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-11

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