ハイリ ハイリホ(11)(12)

一―六 パパ 二―六 僕

一―六 パパ

 天井が壊れたことを心配するより、パパの頭が無事かどうかを心配してくれ、竜介。天井は修理できても、パパの頭は直せないぞ。頭をゆっくりと手で触ってみる、大丈夫だ。血は出ていないし、こぶもない。よっぽど俺の頭は固いのか。頭の固さだけなら、大人になった竜介には負けまい。これを武器に一生暮らしていける。安心した。
 いや、そんなことはどうでもいい。今度は、ぐわーという音とともに俺の頭は二階の子ども部屋に突き抜けた。俺が見た風景は、台風が通りすぎた景色。あれほど、何回も何回も注意しているのに、なんだこれは。子どもの部屋の散らかり方といったら、全くひどいものだ。机の上には、まんがの本と教科書、プリントなどが交互に積み重ねられている。
 いや、重ねられているという能動的なものじゃない。ただ、単に、うず高く、無秩序に積もっているだけだ。片付けもせず、どんどんどんどんと重ねられた結果だ。いつ、崩れるかもしれない。おまけに、正確に積み重ねられていないため、ピサの斜塔だ。微秒なバランスで、とりあえず成り立っている。成長する子どもと成長の限界を迎えた親との関係と同じだ。洞察したところでしょうがない。
 それよりも、今、ここにある危機を解決しなければ。とにかく、これじゃあ、宿題なんかできないだろうし、明日の授業の準備もできない。その癖、いつも、翌日の朝になったら、あれがない、これがないと騒ぎ出す始末だ。また、その横には、いつ削ったのか疑わしいような、先がまるまった鉛筆と小さく分裂し、自分の存在さえも失ってしまいそうな消しゴムが転がり、傍目には、幾何学模様を描いているように見える。これはきっと、机がはるかかなたに住む宇宙人に向けて、早く助けて、この部屋をきれいにしてと発している、メッセージじゃないだろうか。
 机の上だけじゃない。床の上にも、マンガのコミックや学校から借りてきた本が、机の上以上に、ひっくり返され、散らばったまま。それも、すべてが、読み捨てられたように、開いたまま、瀬戸内海の小島のように、点在している。見渡す景色は、多島美なのか、読書の習慣が根づいていることを喜ぶべきか。しかし、それぞれの本が完結された様子はない。一体、子供の頭の中は、どうなっているのだ。全てを読み終えないまま、次の本を読むなんて、どうかしている。
 俺なら、途中まで読みかけの本が気になって、他の本を読み始めることなんてできやしない。所詮、途中でほっぽり出してもいい程度の内容の本なのか。と、言いながら、自分のオフィスの机には、道半ばの仕事の書類がうず高く重ねられている。趣味と生活の糧とどちらを優先すべきか。うーん、それは、遊びをせんと生まれけりだ。
 とりあえず、自分を肯定しておいて、竜介よ、いろいろなことにチャレンジをするのはいいことだが、きちんと部屋ぐらい片付けてくれ、パパからのお願いだ。本以外にも、そろばん、笛、縄跳びなど文房具がフローリングの上で自分の存在価値を主張している。だが、所有者はそれに気づかない。毎朝、探し物はどこですかを口ずさむ。見つけやすいところにあるのに、見つけにくい状態にしているじゃないですか、うっふっふーと俺は突っこむ。
 だが、竜介にとっては、床の上全体が大きな机なのかも知れない。狭い勉強机に飽きたのか、部屋全体を机としている。もしかしたら、自分の部屋だけじゃなく、この家全体が、竜介にとって机なのかも知れない。それなら、竜介は大物なのだ。さすが、我が子。妙に、納得し、感心し、ついでにこちらまで胸を張る。
 確かに、ひとりっ子の竜介だから、いずれはこの家を相続して自分のものになる。そこまで計算済みなのか。さらに、もう一度感心する。それなら、俺が退職後もまだ残っているこの家のローンの支払いを竜介のために残しておいてやろう、借金のリレーというわけだ。今後の、少子化、高齢化社会に適応した方法なのだ。少し、安心するが、俺が退職を迎える頃、果たして、竜介は職についているのだろうか。安定した収入があるのだろうか。今はやりのフリーターじゃないだろうか。俺の年金を当てにしているんじゃないだろうか。望遠鏡を覗いても竜介の未来は見えない。やっぱり不安になる。
 だが、それまで、世代間流用予定のこの家が存在しているのだろうか。ほら、見ろ。飴やガム、クッキーなどのお菓子の包装紙までもがあちこちに散らばっている。御丁寧に、包みには、お菓子の食べ残りが当然のようにひっついている。アリさん、ゴキブリりさん、いらっしゃいと招いているのか。ひょっとしたら、ネズミだって、キツネだって、クマだって、えさを求めてこの家にやってくるかもしれない。
 心根のやさしい俺としては、一匹や一頭なら、寒さの厳しい冬を、動物たちがこの部屋で過ごすのは構わないが、ひょっとして、銃を持った猟師でもやってきたら大変だ。動物たちだけでなく、俺たち家族も撃たれてしまう。撃たれるだけならまだしも、死体の皮を剥がされてしまったらもっと大変だ。姿形の残るミイラなら許せるが、ぺらぺらの皮一枚になってしまったら、俺の証拠がなくなってしまう。せめて、生きてきた証に骨だけでも残して欲しい。まして、俺の皮がソファーにでもかけて、大切に取り扱ってくれるのならうれしいが、雑巾代わりに、汚れちまったこの部屋のそうじに使われるだけ使われ、汚れるだけ汚され、それじゃあ、またねとポイ捨てされるなんて、俺の未来は真っ黒だ。この悲しみは例えようがあるのか。
 また、銃弾が俺の体に当たらなくても、家中が銃で風穴を開けられるのは間違いない。何度も繰り返すようだが、まだ、ローンの支払いは残っているし、支払方法だって、これから竜介と協議する必要があるのに、なんとかしてくれだ。それに、いくら、日本の家は夏を旨とすべしだといっても、壁穴だらけの家には住めない。夏はともかく、冬は北風小僧のオンパレードだ。小僧がたくさんなら大僧か。
 下らん、洒落を言っている場合じゃない。穴を塞げないのなら、各部屋に空調機を複数台設置しないと快適な生活が遅れない。早速、ヤマダ電機に走れ。乗り遅れるな。買うならやっぱり、地球にやさしく、俺の懐に厳しいエコ商品だ。だが、家のローンに続き、クーラーもローンとなる。ローン、ローンと一発じゃなく、一括支払できなくて、泣き叫ぶか。電気代だって馬鹿にならないぞ。
 最近、屋根に取り付けた太陽光発電だって、これだけの消費電力はまかなえない。俺は、絶対、猟師を訴えてやるぞ。だが、まてよ。考えようによっては、猟銃で開けられた穴を、他の事に利用できなくもないぞ。例えば、穴の大きさが野球ボール大なら、家の外の車庫と家の中のソファーでキャッチボールができる。そんなにコントロールがいいはずがないだって。いいや、練習をつんで、不可能を可能にするのだ。それが、人間に与えられた使命、宿命なのだ。なんでもやってみなければ、わからない。
 もっと大きければ、ドッジボールでだって、ハンドボールだって、パスの練習ができる。足技を鍛えれば、サッカーも可能だ。卓球なら球が小さいから、より簡単だろう。いやいや、卓球の場合、屋外のボールは風の影響を受けやすいから、球筋が変化してしまうだろう。そんな魔術的なボールにさえも反応して、きちんと打ち返すことができれば、卓球王国中国への進出も夢ではない。堂々と殴り込みだ。
 どこかの愛ちゃんじゃないが、小学生から留学も可能だ。そうだ、俺と竜介は、ピンチをチャンスに切り替えて、スポーツ親子としての道が開かれたのだ。卓球の星、野球の星、サッカーの星、その他もろもろのなんとかの星を目指して、これから俺たち親子は二人三脚で歩み始めるのだ。
 まずは、地区の運動会での二人三脚からのスタートだ。階段は、一歩一歩上がらなければならない。たとえ、三歩、ずり落ちても、四歩飛び上がれ。そのためには、俺のこのやさしい性格を何とかしなければならない。気に入らないことがあれば、ちゃぶ台をひっくり返せばいい。それどころか、リビング五点セットを投げ飛ばす程の気性の荒さと豪腕が必要だ。庭の植栽なんて当たり前。ちぎっては投げ、拾っては投げと、自分の家では飽きたらず、隣近所、果てまた、自治会一帯にまで、暴風を巻き起こすのだ。地震男と呼ばれてもいい。タイフーン男だなんて、最高の褒め言葉だ。いかん、いかん、また興奮してきた。
 まあ、それは、さておき、再び、竜介の部屋に目を転ずる。お菓子の付録なのか、手足のもがれたキャラクター商品が転がっている。無残な姿だ。まてよ、こうしたお菓子は、家では買っていないはずだ、竜介がひそかに、近くのコンビ二で買ってきているのか。最近、朝食は、パンをひとかじりとゆで卵を一個、牛乳はコップに半分。成長期であるはずの子供が、いやに食べないと思っていたら、きっと、夜中に、この残骸の本体を食べているに違いない。残ったものが、化石となる。二階までもが、地層となる。勘弁してくれだ。
 だが、待てよ。小遣いは、月に千百円のはずだ。(いやに細かい数字だ。自分が決めておきながら、第三者の立場で聞くともう少し何とかならないのかという気がする。もし、尋ねられたら、端数の百円は消費税込みの金額ですと答えることにしよう)包装紙が部屋全体を被えるほどのたくさんのお菓子を買う余裕はないはずだ。まさか、店から盗んできたわけではないだろう。泥棒したのかでないと疑念が湧く。こんなに心配させるとは、我が子ならゆえ許さん。声を荒あげ、怒鳴る。
「竜介。何だ、この部屋は。竜巻でも来たのか。何もかも全てが散らかっているぞ。遊びに行く暇があったら、少しは整理整頓したらどうだ」
 竜介を叱りつけようと、顔を下に向けても、床に邪魔され、子どもの姿は見えない。目と目で通じ合うものがない。二階からのお小言。果たして心と心は通じるのか。

二―六 僕

 くくくくくくく。うまい、うまい、さすが僕のパパだ。僕は、誇らしいよ。友だちにだって自慢できる。僕は、パパの子どもだから、僕もパパの名演技の血筋を引いているのだろう。でも、今の僕には、残念ながらパパのような技量は持ち合わせていない。まだまだ勉強しなければ、パパから学ばなければならないことがたくさんある。僕が、パパから離れてしまわない間に、僕はパパから技術をしっかりと盗まなければ。
 血統だけに頼れる時代はもう終ってしまっている。逆に、血筋があることで、僕たち子孫や後継者たちは、重荷となり、地中深く沈んでしまう。光り輝く天国には、大きく開いたブラックホールの落とし穴が待っている。足元に気をつけなければ。人は、他人が光輝く才能を見て、自分のことのように喜ぶ反面、その人が不幸に陥る姿を見るのも好む嗜好がある。まるで、映画やテレビドラマの世界のように全てを楽しむ。
 そして、自分は決して傷つかない。蜜の味だけ追い求める。ラーメンじゃなく、アーメンだ。だから、僕はパパと一緒にいられる間は、パパからパパのすべてを盗むのさ。
 案の定、予想どおりの子どもの返事。
「大丈夫だよ、パパ。もう一度、竜巻が来て、すべてが元通りになるよ。嵐が吹き荒れ、整理整頓さ」

ハイリ ハイリホ(11)(12)

ハイリ ハイリホ(11)(12)

パパと僕の言葉を交わさない会話の物語。一―六 パパ 二―六 僕

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted