きっと幾たびも夢みた

 きっと幾たびも廊下ですれちがっているはずのみしらぬ同級生に、こつぜんとそのときのわたしの情緒に刺さり打たれたように迫る恋をするのにも似て、わたし、わたしがいま生きているというこのうごきをいとおしいと想った、慈しみ抱いて、その奥に睡る「わたし」を「大切にしてあげるね」と水音の光を滔々と燦々と降らしてみたい、さればこの淋しさを死とみまがうまでに磨き清ませてみたいとも想ったのだ。
 真夜中にけたたましい鶏鳴の鳴るような違和のいたみにともなって、死にたい日々を「生きねば」と無精にたたみ込むように生きてきたけれど、きっと幾たびもわたしの「わたし」と結ばれていた青空、不意にみつめかえしたことがある、そのあまりの美しさになんだか気恥ずかしい気持、「それはあなたにも睡っているんだよ」、そんなシモーヌの優しくも厳しくあたたかみのこもる冷たい声かけ、それにはにかみながら微笑をかえして、「うん、わたし生きてみようと想う」と想った日から──眸に花がめざめ剥かれた、睡る水晶を蔽う青薔薇の硬き花弁がはらはらと剥かれ落ちて往き、そが水晶はまっさらな匿名のまっしろなアネモネの花畑を照らしていた。ひとみなに睡る風景。
 きっと幾たびも夢みた、きっと幾たびも夢みてきたんだね。信じることを信じたかった、愛することを愛したかったのだ、それがおなじものだと抱き締めてみたかったのだ、わたし。
 花ざかりの森はたゆたげに睡る、わたしは「もしや赦されたのかしら」と訝りながらもそがましろのアネモネに淋しさにわななく頬をうずめ、かの天空より降りる金属質な音楽の光の一条を俟つ、此処で俟つ。揺らめき。アイボリーのうつろい。忘れられた愛の宴。銀に燦る主人の不在な蜘蛛の巣。わたし、生きてみようと想う。信じてみようと想う。

きっと幾たびも夢みた

きっと幾たびも夢みた

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted