花の散り際と二人の男女。

花の散り際と二人の男女。

武士とある娘の二人旅。

Left behind by an enemy. subtitle. Falling flowers and two men and women.
邦題 ある仇が残したもの。サブタイトル。花の散り際と二人の男女。


 
 東海道を東に向かい旅をしている。
 男女二人連れだからと、夫婦に間違う者もいるだろうが、夫婦ではない。
年齢は二回りも異なるが親娘でもない。
 親を亡くした女性と知り合ったのが旅の始まりだった。
 何処にも根を張る事の叶わぬ植物に例えれば、名も無き老木(ろうぼく)と瑞々(みずみず)しく美しい花のようなものだ。
 市川総司にとり全く縁も所縁(ゆかり)もない女性なのだから、一緒に旅をする理由(わけ)も無い筈なのだが・・。
 二人の間に因縁というものがあるのかは・・。
 娘の話では、母親は病で倒れ父と二人住まいだったとの事。そしてその父も亡くなった・・と。
 憐れと思ったところで・・何とも致しかねる。
 両親を亡くした娘が暮らしを立てんと志したところで、其の身を売るか、将又(はたまた)良き伴侶にでも恵まれるしか無かろうが、そう上手くいかないのも世の常。
 総司が道中、峠の茶屋で休んでいた折出会ったのがその娘・美鈴。
 単身しかもおなごであるにも拘わらずその身を旅姿で包んだ美鈴・・茶店で食事を馳走したのがそもそものきっかけとなった。
 



 其れから総司は街道を東へと向かう先々で城内天覧試合に勝っては金子を手にし、また旅をするという繰り返し。
 暫くは二人が話をする事も其れ程無いまま、総司にとり他に此れと言った目的もなく只管(ひたすら)東へ。
 一度、娘が歩きながら口にした。旅に出る決心をしたのは、両親のいなくなった土地に身を置く事が耐えられなかったからと。至極当然。
 其んな二人の間に話を交わす事が次第に増えて来る。行く先々で出会う旅人などには、仲の良さそうな親娘の様に見えたのかも知れない。
 美鈴は旅立つ時、親の残した遺産とし僅かばかりの金子を所持していた。
 総司は天覧試合で手にした金子の殆どを美鈴のものとし手渡したが、総司としては其れが極自然な心情から来ていると・・そんな気がする。
 其れがどういう意味があるのかは自(みずか)ら考えない事にしている。
 亡くなった妻との間に子供はいない。それ故か何れは美鈴にも嫁入りをさせたいからとの思いがあった・・としても身の程知らずとし夢に終わるかも知れず。
 天覧試合が真剣と言う事が殆どだったのは、城主にとっては剣術に優れた者同士であるからさぞかし素晴らしい技が見られるという楽しみの意味と、剣士と雖も生死の境目に置かれている人に過ぎず・・であらば或る意味死にざまをありありと目にする事が出来るという聊か趣味の悪い権力者の本性なども含まれていたのやも知れぬ。
 片や、剣士にとっては一つ間違えば命取り、故(ゆえ)腕に頼る他(ほか)無いのは無論だが、只管勝ちに出るしかないという忘我の境地に至り・・場合によっては運が左右する事もあり、なおかつ公然に人を殺すという・・無情の舞台とも言える。
 総司も元は然(さ)る藩の剣術指南役を仰せつかっていた身であるから、相応の剣の使い手と言える。
 其の身分を放浪の身に代えさせたのは妻の病死。女々(めめ)しい輩(やから)と罵(ののし)られようとも・・何故か。
 そればかりの事で自暴自棄になった自らの愚かさに気付いてはいるものの、最愛の者を失ったという命の価値をつくずく考えさせられた。
 其れであれば誠に矛盾すると思われる二つの思想が存在する事になる。つまりは妻の命と剣士の命とが同等ではなくなる。人類の持つ嵯峨なのであろうか? 
 しかも・・只管命懸けの試合に勝つ事という勢いを以(もっ)てし、全ての過去・・何もかもを記憶の彼方に追いやる事だけを考えているが、此れにつき近頃は何か疑問に感ずる事もある・・。
 



 次々に試合をしていくうちに年月も経って行く。自らの老いは兎も角、ふと、美鈴の婚期が遅れたらと考える事がある。
 しかし、老いを感じないのが本来ではなく、美鈴の良き伴侶に巡り合うまでという生甲斐を持つに至ったせいがあったのかも知れない。
 そして・・何時かは敗れる事になるやもと思った事はある。現にあわやという事もあった。
 其れでも、試合を続けないのであれば・・全ての道への門が閉ざされてしまう。



 箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川・・の言(こと)の葉通り、大井川を渡る際には長雨による増水で何日か足止めを食った。其れでも東へ向かい箱根山を越え、更に東へと進むうちに二人は江戸城下迄辿り着いていた。
 其処から先は奥州か越後にでもと・・少なかれ頭に浮かんだのは・・実は本心ではない。
 全ては予定通りに運んでいる。
 それ以前に考えた事。それは、
「此れから先は都落ちの如く寂れた城下ばかりが目に浮かぶ。其れであれば美鈴の良き伴侶を探すには此の大江戸でしか無い」
 と思った。
 其処で、旅籠(はたご)ではなく下町に小さな住まいを構える事にした。
 屋敷の周りには武家屋敷もあれば、大店(おおだな)もある。
 其れであれば何某かの弾みで、良家の子息などもいるのではと期待する。
 其れで、近所での評判が悪くならないようになど気を使ったのだが、後々(のちのち)美鈴が嫁ぐときに後ろ指を刺されぬようにという配慮からだ。
 だが、それだけでそう上手くいく訳は無く、やはり自らが仕官をしなければならず素浪人如き身分では誰も相手にしまいと。
 かといい、幕府になってから・・既に時は元禄。平和が長く続き武士の時代とも言えなくなってきている。
 今までの試合で手にした金子はかなりあり、美鈴にその大方は渡してあったのだが、金で身分が買える訳でない事は重々承知。
 この時代、お家おとり潰しになった大名家も少なからず浪人も少なくない。
 運よく他人を介し召し抱えられるという時代ではないし、元から江戸にいたのではないからその様な付き合いにも心辺りは無い。
 やはり、総司の唯一の取柄(とりえ)である剣術で勝負をする以外に術(すべ)は無いし、仮にあったにしてもそう簡単に手に入るものではない。
 そう考えていた時だった。思い掛けなく江戸城内で天覧試合が行われるという報が・・運に賭けるしかない。 
 天覧試合とは言え今までの相手とは腕が違うだろうとも。
 城内での天覧試合。
 当初は、真剣という事だった。何れかの勝者には江戸城での指南役の道が開けると聞いてはいた。
 しかし、自分にはやり遂げなくてはならぬ事がある・・と考えている。



 天覧試合の当日。
 城下もその噂でもちきりだった。誰が勝つかは兎も角、少なくとも剣術での頂点に立つのであれば、全ての勝負に勝たなければならない。
 そういう意味では真剣である事は惜しい人材を失う事にもなる。流石に今迄の藩とは違い天下の江戸幕府の考えた事は違った。
 其処で、大目付から将軍に忠言がなされた。
「上様。今回は、真剣ではなく木刀での試合となさるべきでは・・?幾ら武士の世も平安だとは言えやはり、心強き武士達がお傍に控えていた方が上様の御身にとり・・」
 その意思は将軍にも通じたようで勝敗に係わらず、最後の試合の何方が勝ったにせよそれ相応の身分を与える・・と言う御沙汰があった。
 考えてみれば江戸城ともなれば今までの城とは雲泥(うんでい)の差は当然であり此の国の頂点なのだから。
 其れに、古くは大阪城の戦で活躍し幕府の指南役となった剣豪である柳生但馬守(やぎゅうたじまのかみ)がいた。
 それ以降も柳生新陰流を伝える者達が指南役となっている。
 其れを逆に考えれば、真剣でなく木刀でという事も既に優れた者が指南役に付いているのであるから此処は試合を楽しめ場良いとも読める。
 総司としても其処まで考えたところで、頭にはやはり幾らかでも幕府の役職に付きたいという事しか浮かばなかった。自らの事はさておき・・。



 天覧試合の日。
 手始めから兎に角勝ち進む事しか道は無い。総司にとっては今までの実績があることくらいだが、此処に至ればやって見なければ分からず。
 最高峰に立てるかどうかは組み合わせの運もあり分からないが・・?
 そう思う間もなく・・幸い悉(ことごと)く相手を討ち取って来れた。
 終盤に至り、いよいよ手強(てごわ)い相手同士の試合となっている。
 其れも、此処までは総司に運が転がりこんだ様で既に相手は限られている。
 そろそろ・・最後の剣士かと場に臨んだ。此処までくれば総司とし、此の試合は自らの方が優勢であると思いこむしかない。
 ところが、そう運が良い訳でもなし・・とも思った。総司と相手の剣士が向かい合う。
 立ち上がれば試合が始まる。
 其の時、総司は・・。
「例え敗者となるとしても致し方がない・・訳がある・・」
 と相手の面(おもて)を見た。
 今までにないような感覚が、思い、が浮かんでくる。
 立ち合いの経験が多いだけでなく、腕の立つものには相手が読めるもの。
「・・腕の立つ・・良い青年だが・・?」
 其の時頭に浮かんだのはある事。
 試合は総司が優勢のまま終わるだろうと誰もが思った・・勿論、総司にも手ごたえは感じられた。
 総司は此処までで・・先は考えず・・と思う。
 たった一つの事を除けばだが・・。
 切り結ぶうちに・・いよいよあと一歩・・青年には僅かな隙があると気が付くや否や打ち込もうとしたのだが・・。
 少なくとも総司には・・読めていた・・瞬・・脚を止め・・。



 打ちに出た総司より一瞬早く・・青年の木刀が総司を捉えていた。
 総司の鉢巻は切り落とされ、頭から血が流れている。
「勝負あった・・」



「やはり見抜いた通りの・・」
 そう呟いた次に・・連続して咳が止まらず・・総司の口から深紅の・・が吐き出された。
 総司の脳裏に浮かんでいるのは・・。
 丁度、妻が亡くなる頃の事だったが総司は労咳(結核)を患った。
 労咳は恐ろしい(法定)伝染病であるから容易く人にうつり、当時の医学では手の施しようもないと言われていた。
 明治の世になるまでは新選組の沖田総司なども其の病に臥せった。
 総司は其の事は承知の助で・・此処までは何としてでも身を持たせようと思っていた。
 自らの身に関わる事などが気になった訳ではない。別の・・訳がある・・其れが武士としてのせめてもの・・と思っていた。
 総司に駆け寄ったのは、ご意見番だけでは無かった。青年が・・開口一番。
「如何されたのです?どうして・・あそこで討って来られなかったのですか?拙者には・・勝ちが誰かはあの時・・」
 そう・・青年の言葉が聞こえた・・ほぼ同じ腕ゆえ彼には分かったようだ。
 しかし、総司はこう呟いた。
「・・やはり、動きはお点前の方が素早かった・・やはり、年の差なのだろう?・・仮に拙者がお点前を打ったにしても・・届いたかどうかは・・知る意味が無い・・茶番などでは無いから・・御安心召されよ・・」
 




 総司は既に生死の狭間(はざま)を見ていたのだが・・篭に乗せられ家まで運ばれた。
 青年には・・暫くし・・最高の栄誉が・・。青年は後程総司の家にやって来た。
 青年は美鈴の美しい姿を見、美鈴も青年の姿を見、双方とも初対面にしては・・お似合いのようだ・・。
 







 青年は取り敢えず・・後日、再びと言い残し帰宅した。
 総司は息も細くなり・・今わの最後に・・。
「・・此れでやっと親の仇(あだ)がとれたな・・此れは本望(ほんもう)というもの・・実は・・お前には何時でも打たれよう・・と思っていた・・どうしてなのか・・?ずっと考えていた・・何時か何時かと・・な?」
 美鈴は泣き崩れ・・。
「・・本当は・・ずっと何時か仇を・・と思っていたのですが、どうしても出来なかったのです・・」
 総司は息を引き取る前に・・、
「・・知っていた。そうなる事を望んでいたが・・此れでその必要も無くなった。あの青年と仲睦まじく・・何時までもな?幸せに・・俺には良き妻と・・其れに・・娘がいた・・美鈴と言う・・」
「父上・・?」
 其の声が・・総司に聞こえたのか・・。
 総司が・・微かに頷いた・・様に美鈴には思えた・・。




 
 縁組にはあまりある程の大金が娘に残された。
 総司の・・武家の家に嫁いだら・・引け目を感ずる事の無いように・・との思いだ・・。
 江戸の町は・・二人に取り・・幸せを運んできてくれたようだ。
 娘には誰も家族はいなくなったが、二人の父と母の位牌それに・・優しい夫がいる。
 総司には幻となった・・江戸幕府剣術指南役・・という名と共に・・。


 総司の遺体は荼毘(だび)に付され、その遺骨は・・遥か彼方にある総司の妻の眠る墓に埋葬された・・。  



(因みに、仇討ちは目上の者の仇に対しては行われるが、弟など目下の者ではできない。また、仇討ちの証明書を貰ってから全国を探して回る事も少なくなかった。返り討ちになる事も多い。例外とし、天覧試合などの前に「お咎めなし」とされている場合には、出来なく武士の公の場ではそういう事もあった。江戸時代約二百数十年間だけに行われた事である。)



「離れればいくら親しくってもそれきりになる代わりに、一緒にいさえすれば、たとい敵同士でもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間なんだろう。夏目漱石」



「成すことは必ずしも困難ではない。
が、欲することは常に困難である。
少なくとも成すに足ることを欲するのは。芥川龍之介」



「自由な、調和のとれた、何気ない、殊に何気ないといふことは日常生活で一番望ましい気がしている。志賀直哉」



「Monotonous by europe123」
 https://youtu.be/dugG3yVnaSU

花の散り際と二人の男女。

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花の散り際と二人の男女。

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-03

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