三題噺「フィルム」「ラジオ」「居てはならぬもの」
「ら、ら、らー……ラジオ! 次は『お』だよ、クロ!」
赤い鳥居が続く階段をクロは相棒のシロと登っている。
「……重し」
「し、し、し、シャボン玉! 今度は『ま』だよ、クロ!」
先に前を歩いているシロが、クロを振り返りながら言う。久しぶりの遠出が嬉しいのかさっきからずっと飛び跳ねている。そのたびに尻尾についた小さな鈴がちりんと音をたてる。
「『ま』かぁ……。うーん……魔除け」
「『け』ね! け、決闘! 『う』だよ、クロ!」
階段は長く、頂上はまだ遥か彼方にある。
「旅の道中は、魔除けにしりとりをすると良い」
昔誰かに聞いた話を、ついシロにしてしまったのが間違いだった。
「じゃあ、じゃあ、シロたちもそれやろうよ! クロもシロも旅してるもんね!」
シロは言い出したら聞かない。それはこの3ヶ月を一緒に暮らしてきクロが痛いほどよくわかっている。
それなのにしりとりの話をしてしまったのは、おそらく気が緩んでいたのだろう。
クロはふと足を止めると、今も上機嫌で階段を登っているシロを見上げる。
赤い鳥居のトンネルに白い猫の姿が映える。
木漏れ日はクロたちを優しく照らし、時折吹くそよ風が木々をざわめかせる。
それは穏やかで静かな午後だった。
「クーロ! パラシュートの『と』! クロの番だよ!」
クロはシロが声をかけるまで階段に立ちつくしていた。
――3ヶ月前
「怪我してるの?」
気性の荒い野良猫に囲まれて痛めつけられたクロに、白い子猫は怯えながら近づいてきた。
「どうもしないよ。だから早く帰りな」
クロは痛みをこらえながら、作り笑顔を浮かべて言った。
自分の居場所を求めて旅をするクロにとって、縄張りを荒らされたと行く先々で絡まれることは日常茶飯事だった。
自分は居てはならぬものだ。
そんな思いに捕らわれる度にクロは住む場所を変えた。住む街を変えた。そうやって今まで生きてきたのだ。
だから、
「帰る場所なんてないよ」
と寂しくつぶやいた白い子猫を、クロは放って置けなかった。
「ふ、ふ、フィルム! ねえ、今度は『む』だよ、クロ!」
後ろを向きながら最後の鳥居を抜けたシロが言う。
長かった階段もようやく終わる。クロは汗ばんだ体を前足でこすりながら答える。
「……虫眼鏡」
「ね、ね、ねー……猫!」
嬉しそうに飛び回るシロに遅れてクロも頂上に着く。日は今にも沈みきろうとしていた。
一番高い所へ行きたかった。
そこから見渡せば自分の居場所が見つかる気がしたから。
けれど見渡せど、明かりは全然見えない。
クロは予想通りの結果にため息をつくと、何もかも投げ出したくなってそのまま後ろにひっくり返った。
「あ、流れ星!」
一筋の光がわずかな時間、空に白い軌跡を残す。
「シロね、シロね、クロとずっと旅がしたいの! シロのお願い!」
シロは流れ星が消えた後も、目をぎゅっとつむって流れ星に祈っている。
ああ一体、自分は何を探していたんだろう。
クロは目を閉じるとふっと力を抜いた。
「……大丈夫、僕が叶えるよ」
自分の居場所はここだ。クロはそっと呟いた。
どこかでまた星が流れた気がした。
三題噺「フィルム」「ラジオ」「居てはならぬもの」