宇宙人の恩返し

 今日は大晦日。 
いつもならば、大掃除など年末にやる事をしている時間だ。だけど、今日の外は真っ暗だ、時計を見れば、丁度昼の正午。時計がずれた訳じゃない。この原因はもう知っている。三日前、太陽が消えてしまったからだ。世間は終末論争でごった返ししていて、もう年越しどころではなくなっている。

 太陽が消えてしまった理由は、きっとどこかの頭のいい人たちが必死に解明してくれるだろう。僕はそれよりも急いで叶えなければいけない夢がある。

 僕がその夢を持ったのは数年前、約束を交わした時だ。昔から星が好きで、天体観測が趣味の少年だった。 
 いつものように、夜空を眺めていた時、流れ星を見つけた。ラッキーな日だなぁ、と思っていたけど、その流れ星はいつものではなかった。落ちていく光は、なかなか消えず、変に曲がったり、そこから一つ微かな光が分裂して、近くの山に落ちていくのを見た。
「もしかして、UFO!?」 
 僕は家を飛び出し、自転車を走らせて、あの落ちた光のところへ向かった。

 そこにいたのは、やっぱり宇宙人だった。
「ワレワレハ、ウチュウジンダ」と機械の声で喋ると期待していたが、拍子抜け。
「ど、どうも、人さん、た、助けて、くれませぬか?」と、時代劇に出てきそうな喋り方だった。その姿もうさぎのように小さな形相で、ぷるぷる震えながら頼みこまれ、これもまた拍子抜け。 
 近づいたら食われるやもと警戒するのも馬鹿らしいほど、弱々しく酷い有様だった。

 どうすればいいのかと聞くと、仲間への救助要請は済んでいるらしく、それまでの食料の調達を頼まれた。普段私たちが食べているもので良いとのこと。曰く「ここの食は栄養があって美味」らしい。

 僕は、手作り弁当を持って、毎晩そこへ通った。いつか終わることなど考えずに、毎日。それほど、このうさぎの宇宙人との会話は、楽しかった。

*********

「人さんは、ずっとここにおられますか?」
「えっと僕のこと?」
「はい」
「うーん、それはまだ分からないな、まだ将来のことも決まってないから」
「おられないのですか…?」と寂しそうに聞かれる。
「え、いや、分からないだけだから…」戸惑いを見せるが、それを遮るように、
「これまでの恩を返したいのです。」と強い口調で言われる。
「人さんはこの短い間、異形のわたくしめによくして頂きました。その恩を返すのは…もう少し先になりそうなのですが…。それでもいつか…!」
何か訳があるようだった。きっとここに再び訪れるのが難しいのだろうか。などと勝手に予測し僕はそれに応えたくて。
「…わかった。それじゃあ、僕が今度は会いに行くよ。」そう約束した。

 唐突なようだが、この時に少しだけ考え始めていたことがあった。宇宙飛行士になって、月も地球も星も見てみたいと。そこに、宇宙人に会いにいくという事が加わっただけのことだ。

 さて、そして現在、僕はその夢を叶えようとしている。これもまた唐突だと思うが、なんせ三日前に太陽がなくなったんだというから、調べないわけにもいかない。 
 
 僕は今、無重力の中にいる。仕事も最優先でやるべきことだが、外を眺めてはあの日出会ったUFOがないかどうかを探す。
 …どこにも見当たらない。太陽もだけれど、あの宇宙船も。当然のこと、それでも少し期待していた。そんな僕をよそに無線が入る。
「それじゃあ、もう少し太陽があったところにゆっくり近づいてみてくれ。」
「OK」と機体を動かす。

*********

数時間後、いまだに移動している時、
「ザザ…こ……ち…」と無線が入る。
「ん?申し訳ない何か言ったか?聞き取れなかった、もう一度言ってくれ」しかし応答は、
「ザ…れぃ……ちか…ザザ…ま…ぬ」といまいち。
周波数が合ってないのか?と試す。鮮明に聞こえるところを探して波数を合わしていく。ここか?とぴたりと合わせた、途端。
「これ以上、近づいてはなりませぬ!」
その声と共に、ビー!ビー!!と警告音が機内中に鳴り響く。

 あれこれ試行錯誤し、調べた。
 …結論から言うと、僕たちはもう故郷へは戻れなくなった。正体不明の重力に引きづり込まれいることが原因で、脱する手段を持ち合わせていない。本部との連絡は出来るが、しかし解決策は見当たらない。どうすることもできないまま、立ち尽くす。

「ザザ…」と、謎の声が聞こえてきた無線が入る。
「人さん、大丈夫、ですか」
僕はこの声に聞き覚えがあった。謎の声の正体は、あの日のうさぎの宇宙人だった。
「…大丈夫です。お元気でしたか。」と取り繕うように返答する。相手もハッと息を呑み、僕に気付いたようで、少し間を空けてこう切り出した。
「…ええ、お久しゅう、人さん。あの日のご恩を返す時が来ましたね。」
沈黙。再会を喜びたい、話したいことは山ほどあるけれど、それどころじゃない。
「お願いがあります。僕たちを助けていただけますか。」
ダメ元で頼み込む。これが唯一の頼みの綱だ。助かる方法がないのは、相手も分かっているようで、緊張が伝わる。

やっとの返答は、
「…もうその圏内には入ることが出来ず…」

分かってはいた。宇宙人だって万能じゃない。
「じゃあ…。もう助からないと…?」

「ですが!…ですが、今地球がぶつかっている問題を解決することは出来ます。」
あの日と同じ、何があっても曲げない強い口調で言い切る。
「太陽は今再生成されつつあります。だけれど、それには長い時間がかかります。その時間を、私が無くします。その衝動も、私が請け負いましょう。」
とあの頃とは比べ物にもならない流暢な言葉で告げられた言葉は何よりも心強く。…再会がこんなことになるとは思いもしなかった。

********* 

正体不明の重力の中心まで、あと数十分。僕たちは、家族、友人に遺言を残していく。僕は、親しい人もおらず独り身だったために、ずっと宇宙人と久しぶりの再会を楽しんでいた。もう最期だとは思えないくらいに、幸せな時間だった。 

あと、15分…。 
あと、5分…。 
…あと、1分。

「もうそろそろ。」と他の船員に肩を叩かれる。

「じゃあ、あとは頼んだよ」
「ええ、任せてください。恩は必ず。」

*********

その後…
世紀の大事件は、元旦の朝には収まっていた。
当たり前のように、太陽が朝に登ってきたからだ。

…そして、今も太陽は昇り、夜には月が輝いていた。

宇宙人の恩返し

宇宙人の恩返し

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-31

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