Al anochecer 邦題 夕暮れ時
サラリーマンという身分。
昼休みに課員と食事に出た。四十は過ぎているが美人だ。
詳しい事は聞いていないが、噂では離婚をしたということだ。
社内の女性の年齢は若い層が多いのは当然だが、事情が有るのなら同じ美人でも二十代とはまた違った風情を持ち合わせている。
二十代ほど華やいだ感じはないが、それなりに良識や仕事についても正確さやスピードでは寧ろ劣らない。
ただ、この年齢の女性と交際をした経験はない。若い頃の交際が多かったから必然的に二十代となる。
ところが、自分が年を取るに連れ、とはいっても今井洋二も離婚を経験しているせいか、何か若い世代には違和感のようなものを感じてしまう。
今は時代が変わり、兔にも角にも現在働いているかと今の年収にしか価値を感じないようだ。
洋二は欧州で法律専門職として働いていたので、此の国で年金保険料は僅かしか支払っていない。
そんな事で当然ながら年収は少ないが、過去貯めてきた預金数千万は封印された札束とし自宅に保管。
此のまま独身でとも考えている。今更希望する様なレベルの女性・知的で昭和の女優並みなど存在しない。
目の前の彼女は彼方此方相談所等に登録をしているようだ。
出会い系のサイトは気楽だが、相手が海外旅行だとか贅沢がしたいという要求が強い。
そんなに始終旅行ばかりしていても、金の無駄使いなだけで、何処に行こうと景色が違うだけと思えば、何も目的は無くなってしまう。
其れに世界一の貧乏国とも言えるこの国は、幾ら働いても一般の職では大した給与にならない。
にも拘らず、政府の予定では、社会保険料の増税・保険料の増税・介護保険料の増税・年金支給額減・年金保険料の増額など預金をするほど貯めるには心もとない。
今の世代は今さえ良ければ良しとしか考えないから、高齢になった時点で破綻する可能性が高い。
唯一課税されないものは、預貯金だけで僅かな利息だけが課税の対象だろうが、金利など無いに等しい。
洋二は其の貯金も銀行から下ろし現金で所有~所謂預金なので、ゆとりがある。
普通の平凡な家庭の幸せを期待していたが、残念ながら此のままで変わりようもない。
もう、女性に彼是要求する気もしない。地位や名誉も欲しいとは思わないし今のままが楽で良い。
昼食を終わり珈琲を飲んでいる間も、彼女には何処からか連絡が入って来るようで結構忙しそう。
社に戻り白板に都内直帰と書き訪問先を廻る事にした。最初は裁判所だが大した用では無いからすぐ終わる。
訪問先を回り契約を中心として交渉をする。特に問題があると思われるところは無かった。
少し時間は余ったが帰宅する事にする。駅までの途中に公園があったがベンチに座り本を読んでいると枯葉が舞い落ちて来る。
いよいよ寒い季節がやって来た。陽が沈んでいくに連れ冷えを感じる。
薄暗くなり文字が読みづらくなる頃に背伸びをし、ズボンの埃を払い歩き出す。
スマフォが振動した。
課の女性二人から休暇の願いだ。特に急な用事も無く全体の予定にも差し障りは無い。後はパソコンで申請しておいてと。
二人の内、一人は昼に食事をした女性。そう言えばあの時にデートをする様な事を言っていた。
上手くいくと良いなと思う。一回だけでは無いだろうし何回か会ううちに何時かは決まるだろうと。
其れからひと月程経った頃、再び香川麗子と話をする機会があった。
彼女が言うにはそれまで二回に亘り、二名の男性とデートをしたと言う。
都内で待ち合わせをし話をして楽しんだという事だ。此れからどんな相手と出会えるのかと期待している様な笑みが窺える。
更に半年もする頃、麗子から少し話があるのでと言われカフェで相談を受ける。
今までは相手と条件が合わなかった様で、此れからどういう事に話の焦点を合わせていけば良いだろうというが。
自由に自分の条件に沿った相手と巡り会えるまで気長に待てば良いのではと、至極当然のことを言うだけだ。
全ての条件に叶う相手に出会う事は結構難しいのかも知れない。
人から聞いた話では、初めての経験であれば一年から二年位じっくり探してみる事も良いのではと。
一緒に探す訳にもいかないから、条件の候補を此れと此れなどと挙げ、希望にそぐわない事の無いようにと、自分なりに思いついた事を助言する。
欲を言えば若い上に収入が多く、且つ二枚目で資産もあり、結婚後の親族付き合いなども楽な方が良いなど、最初の条件は全て話しておいた方がよいのではと。
二年も経ったころ、次第に彼女の表情に変化が窺えるようになってきた。二年前は期待に胸を膨らましていた感情なのだが、やや言葉の端端に陰りが見えて来たような気もする。
他人事とは言え、上手くいくに越した事はないと思いながらも仕事に追われる毎日が続いていた。
帰りに彼女とカフェで話す機会があった。
「或る程度は相手との条件が絞れてきたのですが、全てを条件通りにという相手に巡り合う事はやはり難しくて?」
と、うつむき加減に話す。
「まあ、兎に角頑張って探すしかないじゃない?元気出して頑張って」
彼女も四十を過ぎ二年半が経つ。
一緒に飲みに行った事が思い出される。
スマフォで取った写真を見せてくれた。
傍目(はため)には悪くは無いようだ。
強いて言えば、彼女が美人であるから故幾ら年齢が?とはいっても諦めがつかないのだろう。
此れからも続けていき、場合によりある程度は妥協するしかないのではとも言った後、見つかるまでは頑張って励ます。
また帰りが一緒になった時に・・彼女が並んで歩きながら・・思い切った様に。
「・・あの、今井さんに・・失礼だとは思うんですけれど・・貰って貰えませんか?」
洋二は、次第に彼女が気の毒な気がしてきて仕方が無い。美貌の持主なのにと思う程余計そんな気がして来る。
「犬の子や猫の子の話では無いのだから、一晩・・いや、慎重に考えた方がいい。焦る事は無く君は美しいのだから・・?」
其の晩、彼女から電話があった。
「やはりよく考えたんですけれど、私を気に入ってくれる人など案外難しいような?」
洋二は其れでは少し条件を変え、或る程度焦点を絞り交渉してみたらどうかと持ち掛けたが、妥協するなどとは言えなかった。
翌朝、寝不足な顔が目を赤くし仕事をしている。麗子だ。
全てとは言わず、少しは譲らなければ難しいとは思う。
少なくとも、自分などは彼女に不相応だという事は既に歴然としているのだから。
もう少し何とかしてあげられないかとは思うのだが。
其の晩、疲労困憊の様子である彼女を高層ホテルのレストランで励ます事にした。
飲み食いしている内に、少しは元気が出てきたような気がするが気のせいだろうか。
此れならまだ頑張れそうだ。
「今度はもう少し角度を変えて考え直してみたらどうだろう?」
彼女は顔を上げ、自信を捨ててはいないという表情で頷く。
家を出て駅に向かう。
掛けた時間など気にせず何とか間に合えば其れが何よりではと思う。
少なくとも、彼女の明るい顔が何時の日にかと。
帰りの電車の中で彼女と一緒になった。
次で乗り換えないとと思ったのだが・・?
「・・後悔しないって・・約束できる?」
彼女は以前の美しさを取り戻したかの様に頷く。
実は、昨晩彼女は一緒に食事をした後家に泊まっていった。
ベッドにゆっくり寝かせてやりたかったから洋二は別の部屋で寝る事にした。
翌日、一緒に帰ってたのだが・・麗子が。
「・・今晩は一つベッドで一緒に寝ませんか?同じ家の中で別なのでは、まるで結婚をする前に既に離婚したみたいではないでしょうか?」
風呂上がりに、軽く飲んでからベッドに寝転がる。
人肌という言葉があるが、やはり二人の方が暖かい。
其の晩は洋二の方が疲れていたから、気がついたらすっかり眠りの底に落ちていた。
翌朝起きてから気が付く。麗子が忙しく台所で動き回っている。
其れを確認するだけで充分安心した。いろいろな事があったが、概(おおむ)ねは安心して良さそうな気もする。
明日からは三連休だ。
今晩のベッドは更に暖かくなるのかと思う。
並んで歩きながら、此の美人と一緒に暮らせるのか?喜んで良いのだろうが、何故か後ろめたい気もする。
「早く?電車間に合わないわよ?」
真白い手で招いている麗子を見ては、少しくらい遅れても人生長いようだから?構わないんじゃ?と。
伴侶選びは結構大変だ。其れが望み通りかどうかは或る程度の妥協も必要だ。
「俺は兎も角・・美しい姿を思い浮かべれば、彼女はやはり損をしたのだろう」
先程まで真上でぎらぎらと威張(いば)っていた様な陽なのだが、何か諦めたように素直に下がっていく夕暮れ時。
幸せとはこんなものかと感ぜざるを得ないのだが。
一瞬、涼しげな風が・・宙に渦を巻いているよう・・。
「真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。夏目漱石」
「私は不幸にも知っている。
時には嘘によるほかは語られぬ真実もあることを。芥川龍之介」
「自由な、調和のとれた、何気ない、殊に何気ないといふことは日常生活で一番望ましい気がしている。志賀直哉」
「monotonous by europe123」
https://youtu.be/dugG3yVnaSU
「Bora Composed and Arranged by europe123」
<iframe width="480" height="270" src="https://www.youtube.com/embed/c3zkZuIxTjU" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe>
Al anochecer 邦題 夕暮れ時
夕暮れとは、生命体にもあり得る事なのかも知れない。