なみだ坂の後先

なみだ坂の後先

なみだ坂と言う殺人事件。

 駅からの道は急な上り坂になっている。
 菊田数馬の住まいはこのなみだ坂の上にあるレジデンスフラットという8階建てのマンションだ。
 彼はゆっくりと歩いても息が切れるので、何時も途中の児童公園のベンチに腰を掛けて休む。
 今日も同じ様にベンチに座っていたら、足元にゴムボールが転がってきた。
「お爺ちゃん、ボール取って?」
 5歳くらいの男の子がボールを追いかけて来る。
 ボールをそっと投げ返してやりながら、自分にもこれくらいの孫がいてもおかしくは無いと思うと、溜め息が漏れてくる。
 子供の母親が軽くお辞儀をした。
 菊田は病気持ちだ、極度の不眠症のうえに心臓が悪い。
 仕事を辞めてから病は余計に悪化した、今年70歳になる。
 菊田は、妻の恭子とは10年前に離婚し、このマンションに引っ越して来て以来ずっと一人暮らしだ。 
 離婚の原因はいろいろの事情もあり、主に菊田の病だった。
 ところが、皮肉なことに、恭子はそれから5年後に肺炎で亡くなった。
 子供達が恭子の見舞に訪れ帰った後、もう後が無いという恭子を菊田は見舞いに行った。
 やつれた表情の恭子と菊田は、何かを話したようだ。
 子供は恭子と一緒に別れた文子という36歳になる娘と33歳の息子の拓也がいる。
 子供達には何とか会いたいと思って、何度か連絡を取ってはみたが、無理だった。
 話でさえまともにした事は無かった。
 話し相手は隣室のやはり一人住まいの老女と数人の友人くらいだろうか、短時間の買い物以外は出かけることも無かった。
 溜息をもう一度ついてから、力無くベンチから立ち上がり、また坂道をゆっくりと上がって行った。





 赤色灯を回転させたシルバーのスカイラインがなみだ坂を上がって来る。
 マンションの前には既にパトロールカーが1台停まっていて、制服の警察官がエントランスに立っている。
「隣の805号室の鈴木玉江が、菊田の姿を何日も見かけないが心臓が悪いからと心配して駅前の交番に届け出たらしいんですよ」
 特捜係の安田が、KEEP OUTと書かれた黄色いバリケードテープを持ち上げながら上司の杉野に言う。
「ああ、杉野さん達・・お二人ともお疲れ様です」
 鑑識係りの大崎は既に部屋の中で作業をしていた。
「そこで、交番の巡査が来て何度も呼びかけたりノックをしたりしたが応答が無いし、鍵が閉まったままで、風呂場のガス給湯器だけが何日もON/OFFを繰り返していたという事なんです。
 其処で巡査と其の上司が次の日に管理人に話をし鍵を開けて貰い家の中に入ったところ、菊田が風呂の中で死んでいたということなんですよ」
「菊田はかなり心臓が悪かったらしいですね」
 と、杉野。
「ええ、風呂に入っている時に心筋梗塞を起こしたのじゃないかと・・」
「それでは事件性は無いということになる・・病死という事ですね?」
「いや、それはわかりませんが・・」
「しかし、そうでないとしたら鍵がかかった部屋に外部から人が侵入したという形跡は見られないのですから、単なる物取りの犯行とも考えにくいですし。
 かと言い風呂に入っていたくらいですから、人と会っていたなどとは思えないですね?」



 安田が隣室を訪れ玉江に尋ねる。
「菊田数馬さんの人付き合いや近所の方との・・最近誰かを見掛けたなど・・何かお心当たりは無いでしょうか?」
「以前から一緒にカラオケなどをやられるお友達はいたようですが、此の暮れですからここのところ皆さんお忙しいのか・・お会いしてなかったようで・・」

 杉野に代わり。
「子供さんがいたようですが、会う事は無かったんでしょうか?」
「奥さんと別居されてからはお付き合いは無かったようで・・。
 菊田さんは、ひどくお子さん達から嫌われているという様な事を言っていらして、大学まで出し苦労をして育てたのに寂しい・・と仰っていました」



 白い手袋をした二人が風呂場を中心に各部屋の中を見て廻ったのだが、完全な密室の様である。
 浴室のガス給湯器は主人が亡くなった後も、湯の温度を一定に保つ為に忠実に稼動していた事になる。
 菊田は多額の預貯金があったようで、幾つかの通帳の合計は1億5000万以上にも上った。
 其れを知るものなら、或いは一人暮らしの高齢者を狙った犯行の可能性も考えられるが。




 警視庁特捜部。

 安田と杉野が話をしている。

「鑑識の大崎さんが言うには、死亡推定時刻は3日前の12月24日の午前4時半頃だという事で、菊田の胃の中から死亡前に呑んだ睡眠剤が検出されたそうなんですが、寝る前に呑むのならわかりますが・・睡眠剤を呑んだ後朝風呂というのも何か不自然な・・」
「菊田は不眠症だったそうですから睡眠剤を常用していたのでしょう。それでも眠れないから仕方なく風呂に入ったのではないでしょうか・・?」
 大崎が透明なビニール袋に入った菊田の携帯電話を持って来る。
「着信記録を調べたところ、1件公衆電話からの電話があるんです。それ以外の番号の持ち主は全て分かったのですが・・?」
 室内の指紋も調べたが、本人のもの以外に特におかしなものは見つからなかったということだ。

 



 杉野と安田は、今日もマンションに来ている。
 安田が玉江に聞く。
「菊田さんが亡くなった24日の午前4時半頃は何処にいらっしゃいました?いえ、第一発見者の貴女ですから・・一応という事です」
「私は21日の午前9時頃荻窪に住んでいる息子の所に行きまして・・25日のお昼頃帰って来ましたが」
 杉野。
「ああ、そうでしたか?ところでつかぬ事を。新聞は取っていらっしゃいますか?」
「え?新聞ですか?ええ、取っておりますが、何か?」
「朝刊 夕刊共でしょうか?」
「ええ、そうですが?」
「それでは25日に帰っていらした時には、新聞が溜まっていたんでしょうね?」
「ええ、そうです。溜まってしまう事を考え、ドアのノブに大きめのビニール袋を吊るしておいたんです。新聞屋さんには予めその旨を電話しておきまして。ドアポストの内側の蓋は開けっぱなしにして行きましたから、普通郵便なら一階のエントランスの集合ポストに。書留でしたら不在票(再配達の旨記載。)が無くならない様に、宅配も同じですから玄関に落ちるようにと。帰って来た時には・・新聞が6部くらい袋に入っておりました」




 玉江の息子とその家族の証言で其のアリバイは確かだった。
 一方、数馬の交友関係を洗ったが年末でもあり、また単身や夫婦者の高齢者が多いので、聴取ではテレビを見ながら一人で酒を飲んでいたとか正月に備え買い物にデパートなどに行っていたとか曖昧なアリバイが多かったが、友人同士、仲が悪いなどという状況は窺えない。
 考えられるのは、子供達とは会う事が無いからと、親しい友人を大事にしていた様である事は、何れの者の表情からも窺えた。

 一方、二人は其の交流も無いという子供達・文子と拓也、二人のアリバイも調べたが、共に独身という事もあり、友人達と同じ様にアリバイは無い。



 杉野・安田は二手に分かれマンション内外の聞き込みをして廻る。

 安田は軒並みあちこちを廻っては菊田の写真を見せながら、手掛かりが掴めないかと聞き込みをしている。
 なみだ坂を下りて行くうち、児童公園で母子が遊んでいるのに出くわす。
「済みません、こういう者ですが。写真の男性を見かけなかったでしょうか?」
 警察手帳を出しては終いしながら尋ねると子供が、
「あ、これ、あのお爺ちゃんだ」
「ボク、この人知っているの?」
「うん、ねえ、ママ?」
「あ、はい、この方よく此処で見かけるんで覚えています」
 安田が表情を少し変える。
「最後に見たのは何日頃前ですか?」
「え~、確か3~4日位前。23日の昼過ぎ頃でしたかしら?」
「事件の前日だな?」
「えっ?何でしょうか?」
「いえ、こちらのことで。で、どんな感じでした?」
「・・男の方と話していましたね」
「・・どんな男の人でした?」
「どんなって、若い男の人で・・」
 神田はもう1枚の写真を見せながら、
「この人じゃないですか?」
「あ~そうです。この人でした」
 写真の主は拓也である。
 其の話では、拓也が菊田に何か小さな袋のような物を渡していたようだったとのことである。




 一方、杉野はマンションの住民の聞き込みをしている。
 804号室の丁度真下の704号室の表札は河西となっている。
 ドアをノックすると、50代くらいの男がドアを開け顔を出した。
「こういうものですが。すみません、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが。今月24日に上の8階で何か物音を聞いたとか、人の話し声を聞いたなんてことありませんでしたか?」
「24日ですか?クリスマスイブ・・の日ですよね?」
「ええ、その日の朝早くなんですよ、4時半頃なんですが?」
「う~ん。私は朝は早く起きる方なんですが、いえ、仕事の時間が早いので出かけるのも。そういえば上のほうで小型エンジンのような音がしてましたね。そんなに大きな音では無かったので、大して気にも留めなかったのですが。何かやっているんだろうなくらいにしか思いませんでしたが」



  


 安田が公園での出来事を杉野に話し、杉野は河西との会話の模様を話した。
 安田。
「親子で何を話していたのかはわかりませんが、金の工面でもしていたのかも知れませんね、あの拓也は友人等から聞いた話ですと、競馬等のギャンブルで大損をし、複数の高利金融業者に追いかけまわされ困っていたらしく、という事のようですから」
 杉野。
「それで、菊田がそれを断ったと?」
 安田。
「となると、拓也には菊田を殺す動機が大いにありそうだと?」
 杉野。
「しかし、仮に動機がそうであったにしても鍵がかかっている部屋には入れないし、入ったにしたところで浴室での心臓発作と殺人は結びつかないですね?」
 安田。
「それはそうですが?となると?」
 杉野は独りごちた後、安田の顔を見。
「これから現場に行ってみましょう?」




 二人はマンションのエレベーターに乗り8階まで上がる。

「このマンションは各階に5部屋あるんですが7階が3部屋で8階は2部屋になっていますね」
 上から下まで同じ幅の建物では無く、6階から最上階である8階までが台形のようになっているということ・・」
 杉野が何かに気付いたように辺りを見回す。
「どうかしたんですか?」
 と、神田。
 杉野の眼鏡の内側の瞳が訴える。
「死亡時刻には隣の805号室は留守だった・・となると?ここで少しくらい時間を潰していても誰にも気付かれないわけですね?」
「隣が留守だったと・・どうしてわかるんですか?」
「新聞です。玉江さんの話では、帰って来た時に新聞が溜まっていたと言っていましたね?」
「新聞が溜まっている・・それが?」
「おそらく犯人が犯行の前日に下見をしているとしたら・・犯行当日は更に新聞は溜まっていた。しかも電気は消えたまま・・であれば・・午前4時半頃ですから、犯行は可能ですね?ましてや8階は最上階で二軒しか無い訳ですから新聞配達くらいしか来ることはない。その新聞配達は大抵3時から4時位まででしょう?溜まっている新聞の日付で24日の朝刊の配達は既に済んでいると分かります」
「しかし・・それが・・犯行と?」
 杉山はそれには答えず、浴室の換気扇の逆流防止ダンパー(換気扇のファンの外側にあるバネ式のシャッター)を見ていたが。
「ここを見てください?」
 指を指した先のダンパーには5~6センチ位の長方形の塵・汚れが無い部分がある。
 そして更に続け、杉野は換気扇のフレームの下の部分を指差す。
「この部分もホコリが取れてますね、何かで擦(こす)ったように?」
「ええ、でも?」
「密室であるこの部屋に何か物を入れられる場所は、郵便用ドアポストとこのダンパーの部分しかないですね?そして、この換気扇の真下に浴槽があるわけですから、ダンパーの隙間からコードを入れれば浴槽まで届きますね?」
「コードって・・何のコードを此処から入れるっていうんですか?ダンパーも外から開けることはできないんじゃないですか?」
「おそらくガムテープか何かをダンパーに貼り付けて外側に引っ張ったんでしょう・・風圧で開くようにダンパーは軽量の素材でできてますから」
 更に杉野。
「コードというのは・・この前の704号室の河西さんの話・・覚えてますか?」
 安田も興味を感じた様だ。
「24日の朝4時頃、上の804号室の方で、何か小型エンジンの音がしていた・・という・・あの?」
「もし、小型エンジンというのが小型の発電機だとしたら?」
「あっ、わかりました!コードというのが発電機のコードだとすれば、電気コードを換気扇の隙間から浴室に入れた・・ですね?しかし、風呂に入っている菊田が換気扇からいきなりコードなんかが降りてきたら、当然、気が付くんじゃないでしょうか?」
「ええ・・そこなんですよ。これは仮説なんですが・・坂の途中の児童公園であなたが母親から聞いた話では、卓也が菊田に袋のような物を渡していたということでしたよね?」
「ええ・・袋を・・あっ!成程・・その袋ってのは・・大崎さんが言っていた胃の中から検出された睡眠剤が入っていた袋・・ですね?」
「はい、睡眠剤といっても検出されたのはサイレスという名称の効果のほどが強い睡眠剤なんです。睡眠剤というものは?まあ、薬全般に言えることですが肝臓に良くない。更に睡眠剤を長期間服用していると心臓にも良くないと言われています。
 増してやこのサイレスは一時的に軽い心臓麻痺を起こす可能性がある強い睡眠剤と言われていますから、呑んで風呂に入れば気を失う可能性は?メーカーの臨床実験でもそのことは指摘されていますし、国によってはサイレスは麻薬として国外からの持ち込みを禁止しています。
 勿論不眠症には効果がありますし、今の睡眠剤ではどんなものでも、即、死に至ることは無いんですが・・芥川龍之介は睡眠剤で自殺したと言われていますが・・その当時とは全く違うようです」
「ということは、卓也は菊田が不眠症で悩んでいることを知っていたから、『この薬はよく眠れるようになるから』とか何とか言って渡した。それで金の橋渡しを考えたと・・いうわけか」
「そう考えてもおかしくは無いと思います。ああ・・話は逸れましたが、肝腎な換気扇からコードが降りてきた時にどうして菊田が気が付かなかったという?」
「ちょっと待ってください、杉野さんはひょっとしたらコードが降りてきた時に、菊田は寝ていた?或いは何等かの理由で気が付かなかった?と仰るわけですね?」
「そう!ですから仮説と申し上げたんですが、貰った睡眠剤を呑んだことによって寝ていたか?
 或いは、一時的に発作を起こし気を失っていたと仮定すれば、コードが降りてきても気が付くことはない。コードが水面に触れた時に感電をし、それが心筋梗塞の致命傷になったのではないかと・・」





 警視庁捜査1課の丸谷が取調室で拓也から事情聴取をしている。

 杉野と安田はマジックミラーからその様子を見ている。
 長期間の執拗な取調べで卓也は菊田殺しを認めざるを得なかった。
 弁護士は当然、先ずは否認をさせ、其れでも・・卓也は、・・。余りにも因果関係・動機があり・・最後には・・どういう訳か姉である文子も卓也を諭したようだが・・。
 卓也の話は次のようであった。
 ギャンブル等の大損で金に困って複数の高利金融業者に追われていたから、大金を持っている菊田に公衆電話から電話をし、「体の具合はどうだ、大変だな、今までは悪かったな」と猫なで声で金の工面を頼んだが、希望した金額は無理だと断られたので、菊田が極度の不眠症で悩んでいることは知っていたから、不眠の特効薬が手に入ったからと誘い、数日後にマンション近くの児童公園で会う約束をした。
 電話をする前に断られることを想定し、会う前に菊田が心筋梗塞で病死したことにする殺人計画をたてていた。
 菊田が死亡すれば相続人として多額の金が手に入る。
 自分は重度の不眠症だと偽って通院した病院から指定したサイレスを貰っていた。
 菊田が朝4時半頃に風呂に入る習慣は別居する前から知っていたし、会った時にもそのことは確認した。
「薬は強い薬だから呑めば眠れる、朝風呂に入る前に呑めば血液の循環が良くなって一層効果があるから」と話した。
 24日の午前4時頃マンションの8階に小型発電機を持ち込んで菊田が風呂に入るのを待っていた。
 ガス給湯器がついて暫くしてから風呂に入る音がした。
 そして一瞬呻き声が聞こえた後、浴室が静かになった。
 換気扇のダンパーにガムテープを貼り引っ張り、隙間から中の様子を窺ったが、間違いなく菊田は気を失っているようだった。
 後は、杉山の推測通りだったのだが・・。
 発電機に繋がった・・先を予め鋏でカットしておいたコード・・をダンパーの隙間から浴室内に入れて感電死させた。



 




 
 安田が杉野に話す、

「卓也は相続人として大金を手に入れるわけですかね?」
「いえ、相続人であっても民法891条の相続欠格事由に当てはまるわけですから、法律上当然に相続人の資格を失いますね、故意に被相続人を死亡するに至らせた者に該当するわけですから」
「成る程・・しかし、菊田も哀れでしたね、苦労して育てた子供に殺されるとは」



 と、其処まではありきたりの法の決まりを言った・・杉野だったが・・こんな事を言った。
「安田さんも、元は警視・私も警視正。ですから、当然ご存知のこんな言葉を・・」
「・・罪を憎んで人を憎まず・・此の国の死刑制度には問題があり過ぎる。廃止するのは当然の理と言えますね。此の国の死刑制度は改めるべき、と、つい最近言ったのは確かUKの女性でしたね。おそらく、此の国とUSAくらいのものでしょう今だに死刑が行われているのは・・恥ずかしいと思いませんか?」
「例の・・あの事件の容疑者も母親がそうなったのは・・阿部氏だと思っていた。其処で、因果関係は無いとは言えない。
 ところが、其れが勘違いで安部氏が亡くなった。本当にそうだと思いますか?
 実は・・因果関係は成立しているのでは?安部氏の死相が窺がえた時、彼は既に本心を読み返していた・・と言えるのでは?まあ、其れなりの情状酌量が相当であり、其れを阻もうとする事も往々にしてありますね。
 今は最高裁の判事でもレベルが低い。此の国の司法関係者全てだとは思いたくないのですが・・?
 二人の頭にはなみだ坂の景色が浮んでいた。
 安田が独りごちた。
「菊田の涙が流れてくるような・・なみだ坂・・か・・」


 この結末には・・?
 安田と杉野の二人は其の事を知っている。
 菊田は癌で余命幾ばくも無い自分の事を知っていた。其れで、二度と会うまいと決めていた卓也に・・親の愛が残っていたのかも知れない。
 自分を殺そうと思っている子供にも、どうしてなのか?他人には到底分からないものだと・・。
 菊田は敢えて子供の罠に嵌ってあげたという事のようだ。
 姉の文子は其の事を後から知ったようだ。
「若し、俺に何かあった時には・・一年経った時に・・此れを開けてくれ?」
 と、菊田から仲間に渡されていたものは且つての家族四人が写っているalbumだったのだが、仲間は何の事は無い勝手な想い出を貼り付けたに過ぎないアルバムだと思っていた。
 一年経った頃、仲間が其のアルバムを、他人のものだからと捨てようかと思ったのだが、其れを実行しようとした時、albumの中の一枚の写真の裏側に一ヵ所だけ簡単にノリで貼り付けられていた、小さな薄い手紙が青畳の上にひらひらと落ちたそうだ。
 小さすぎる手紙の表に小さな文字で「文子宛」と書かれていたそうだ。
 仲間から後で文子に届いた手紙には・・。
「・・俺は・・そんなに生きられない。情け知らずの子供達を持ったと最初は思っていた。しかし、よく考えてみれば子供には親は選べない。
 其れに、親子で暴力を振るう様な事は一度も無かった。子供が妻と別れてから一時は自暴自棄になったのかも知れず、時間が経つに連れおれは考えた。
「子供が悪くなったのは、俺の教育のせいでは無いかと。俺はこの手紙が届く時には、人類でも霊でもない・・魂だけがひょっとしたら・・と。
 だが、亡くなった者には霊などは存在しなく、増してや墓だ・遺骨だ・経だ・僧侶・それらすべては無に等しく、唯一魂(たましい)というものだけが残る。しかし、魂とは見えるものでも何でも無いもの。しかも、魂とは生きている人類のみならず宇宙の生命体全ての心の中だけに存在する。誰も其の事に気が付いていない。俺は、世話になった父母にも、また、恭子にも、毎朝ただ「有難う御座います」とだけ言う事にしている。其れでいいじゃないか。生命体は生まれた時に既に亡くなったようなものであり、精一杯生きてから・・どんな生命体でも必ず朽ちるのは宇宙の法則と言える。
 仮に俺が誰に何をされようとも、その者には罪は無い。寧ろ、自らの至らぬ結果だと悟っている。
 若し、其の物が俺の子供であったのなら、必ず俺の気持ちを話してやってくれ。
 そして、出来るだけ、罪を軽減してやってくれ・・其れが俺の最後の願いだ・・」



 安田は黙っていた・・が、杉野とは考えが同じなのだろう。




 杉野と安田は警視庁を後にし、桜田門を左手に見ながら日比谷方向に走るスカイラインに乗っている。
 二人の乗った車をまるで狙っていたように・・
街の灯りが包み込んでいった・・。



「君、弱い事を言ってはいけない。僕も弱い男だが、弱いなりに死ぬまでやるのである。夏目漱石」



「人間的な、余りに人間的なものは大抵は確かに動物的である。芥川龍之介」



「読んだだけ、聞いただけがただ残っていくという意味の物知りがいる。これは知恵というものにはならない。志賀直哉」



「piano・boralent・E,pia by europe123」
https://youtu.be/N6mykOAclrI

 

なみだ坂の後先

今日は、若い方の為に「殺人事件」・「小説」・「TVドラマなどの脚本」に付き、少し話をしようと思う。
小説は、明治の夏目漱石達文豪以前は「春本~エロ小説」が存在した。其れを彼等が小説とはそんなものではないと、「純文学」というものを書いた。それ以前からある「春画~今でいうエロ画像」のように、人類とそういうものは切っても切れないのだろう。
この作品は、極めて詰まらない殺人事件であるが、一部、少し脚本的に記した部分もある。
殺人事件は最も長編に適したもので、スタートからエンドまで本筋を考えてから、其れに肉を加えていけば良く、職業作家もそういうものが一番多いと思われる。トリックは勿論、登場人物の修飾・前後から結末までの間に、人間模様やアリバイ・犯行手段や動機など幾らでも拡げていきやすいのが特徴と言えるから、職業作家になりたい者も、いるだろう。年をとると、長編でなく短編作品で時間を掛けたくないと思うようになる。まあ、若い皆さんはどのみちでも頑張れば可能だろう。
小説との違いは、小説は美しい文章でなければならない。しかも、素晴らしいストーリーも無くてはならないもの。では、脚本との違いは?小説のように必ずしも美しい文章は必要無い。目的はドラマなどの台本を形成する為の脚本だ。
更に詳しい事は、下に移り書くが、若い方で将来小説家を目指す方と、脚本家を目指す方がいると思う。正直言って後の方が簡単だと言える。但し、30代くらいで其れ専門を目指さなければならず、私のような、金銭に関心が無いものではいけないだろう。
現代作家では、あまり全てに優れた人達はいないと思う。其れに、今は漫画やanimationの筋書きの方が重視され、小説サイトなどに乗っている作品は殆どanimationの世界で小説とは言えない。増してや、行飛ばしのブログは最も醜悪な文章と言える。其れでも構わず金銭が欲しいというのであればその方向に進むのも良い。つまり、売れれば小説とは言えない。やはり、文豪たちのような「純文学」・松本清張の様なストーリーテラーで現実の社会を良くわきまえているタイプ。其の他にもショートショートや、一般の作品も含まれるだろう。
本にするには十万字程度は長編なら必要だろう。しかし、animationが本になっても価値は無い。やはり、文章で勝負するべきと言える。    

なみだ坂の後先

小説は美しい文章とストーリーは必ず必要。 それ程でないのが、小説を原作にした脚本である。何も美しい文章でなくても構わない。似てはいるが結局は演じる役者達が読みやすい台本でなければならない。其れで、小説のような無駄な部分を省略する代わりに、「立ち位置」「少なくとも役者が演技し易い情報とし、筋書きやついて廻る情景に表情・言動などは無くてはならない」どの役者がどういう周囲の環境の中で筋書きを演技するのか。小説家の方が難しい。其れで、30代から其の世界に入るのであれば、「脚本」はそんなに大変なものではなく、私のように金銭が不必要なものにとっては、脚本は楽に書けるが、小説は非常に奥が深く一流になるのは難しい。本が売れている作家は現代では、味のある文章を書く必要が無い事が多い。やはり、明治の文豪を目指すのが相当と思う。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-25

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