夜の帳4
エピソード29
あら?
どうしたのかしら?
エメールは焦っている、いつもは本から本へと移動できるのに……
深い木々の森の中で霧と共に迷う。
愛しい書生のもとへいく本の扉に霞がかかり、本の世界と言う入り口が見つからない。
「困ったわ、これではあの人が寂しがっている間にどれほどの時間が立つかしら?」
もしかしたら、私があらわれた時に彼がおじいさんになっていたらどうしましょう……
きっと純朴な人だもの、私以外を待つはずがないもの!
月の長老には理由を聞きに行かなくては!
そういうと、エメールは急いで月へつながる扉へと入る。
そこには、王座に座る深い瞳を称えた長老が座している。
まずエメールは、膝をつき挨拶を交わす。
「長老、ご無沙汰しております」
「困ったことに、とある書生への本の扉に霞がかかり、私は入ることが出来ません。
人間の一生は短いわ、今すぐ彼へつながる扉を開けて欲しいの」
それを聞くと、長老はエメールをじっと見つめる。
「エメールよ、本の精の本来の役割は何だ?
人に恋をしたとしてどれほどの時間一緒にいられると思う?」
それを聞いたエメールは悲しい瞳を向ける。
「私、全て存じています、それでも彼といたいの、たとえ短い時間だとしても」
それを聞くと、長老は静かに頷く。
「エメールよ、ならば、本の精の掟に従い今すぐに本の世界から飛び出せ」
「そしてもし彼に愛されなければ、自然とお前と言う存在は忘れ去られそのインクで出来たか体とともに風化するだろう」
「が、万が一、その男がお前を愛してくれるならばお前は人間として彼と添い遂げえる事ができるだろう、ただし代償としてすべての時間は巻き戻ることは無い、そして決められた人間の寿命となろう……」
エメールは迷うことなくその試練を受ける事を承諾した。
そして、彼に繋がる扉へと向かう。
霧の森を抜け、茶色の重厚な扉のノブを回す。
光に包まれ、無重力の空間に体ごと吸い込まれる。
目の前には、少しだけ年を重ねた彼がいる。
「あぁ、エメール、どこにいってたんだ!三年もあえなかった、僕は苦しくてたまらなかったよ」
そういうと、力一杯抱き締められる。
エメールは書生の体温に安らぎを覚え、変わらない瞳と心に安堵する。
ただし、本の精には掟がある。
絶対に変わらぬ愛を得られる保証はない。
そしてその愛が薄れた時、インクがすり減り、本の精の寿命が少しずつ削られ、いづれ消えるのだと。
だから、彼に愛され、本の精から人間に変わらなければならない、死が二人を別つときまで。
ただし、これは彼には伝えてはならないのだ。
「あぁ、あなた、会いたかったの!私もとても」
「けれど、本の精として大きな仕事をしなければならなかったの、遅れてしまってごめんなさい」
そういうと、エメールは彼の胸に寄り添い大きな腕の中におさまる。
頬をあづけると、彼の胸からは早鐘のような命の響きが聞こえてくる。
見つめあいながら、キスを交わす。
何度も何度も、優しく時に激しく、唇をくっつけては啄み吸い上げる。
書生の大きな腕がエメールをベッドへと運ぶ。
「ふふふ、今日は特別な日ですもの、聖なる日ね、あなたと私の再開の日、私のすべてをあなたにあげるわ」
そういうと、エメールは目を閉じる。
書生は、出会ってから、たくさんのエメールとの会話や過ごした時間を回想しながら、くみしいたエメールを優しくさわりはじめる。
そのたびにエメールの潤んだ瞳が答えるように見つめ返してくる。
「僕はずっとこの瞬間を待っていたんだ、僕だけの君となり溶け合い、魂と心が重なることを」
そういって、二人は重なりあう。
何十年も思いあい、時間と想い出を重ねあった分、いとおしさが込み上げる。
書生が髪を撫でながら、二人が合わさるとエメールの体が光輝く。
眩しい?そう思うと、不思議なことに、エメールの体がどんどん肉体的により立体的に感じられるのだ。
エメールは、人間になれたことがうれしい。
何より、彼の誠実さが試練に打ち勝てたこと、彼との死後の別れのあとを思わなくてよくなった事に安堵する。
そんな歓喜と、安堵がまたエメールを美しくし、書生を昂らせた。
そうして、彼と朝の陽射しがカーテンから差し込むまで二人でたかめあい愛をたしかめあう。
これから二人の生活が始まって行く。
エピソード30
良い天気よ、 私の可愛い子羊ちゃん
そういってエメールが窓から身を乗り出し陽光を浴びている。
ついでに、洗濯物を干しているのだ。
本の精から、この度卒業を果たし人間としての生を享受している。
「ねぇ、知ってるかしら?
私達本の精は王子様を見つけると、命がけの試練を受けてやっと人間になれるのよ?
だから、私を愛していてね?
この言葉を忘れないでいて?」
そういうと、エメールは微笑む。
そういうと、エメールは慣れない人間生活のガラス窓に顔をぶつけてしまう。
「あら、痛いわ、こんなもの以前は簡単にすり抜けられたものだわ?」
そうブツブツ言うエメールを書生が目を細め見つめている。
その時、ガラスが小刻みに揺れ始めた。
やがて、小刻みな揺れは長く続き一度おさまった。
「今のは何かしら?」
「地震だ、大丈夫かい?」
そう書生が手を差し出すと、同時に僅か数分ののち、突き上げるようドォーンとした振動が襲う。
「キャー」と怯えるエメールと、抱きしめて玄関へと手をひく書生。
素早くドアを開けて逃げ道を確保する。
やだて、揺れがおさまるのをまつと、外は焦げ臭いにおいがしている。
「火事に巻き込まれないように、風を読んで反対方向へ走ろう」
「ええ」
そう手をひいて、素早く判断をしてくれる書生にときめきながらも逃げ始める。
やがて、夕闇がおり始め、ひろい公園へと逃げてくると多くの人々と情報を交換し合う書生。
「とりあえず、ここにいれば大丈夫だ」
気温が暖かい日だったのに、日が暮れると急に寒く感じ始めてくる。
2人で、今後を話し合う。
「とにかく、西に逃げよう。
このままでいるよりも、僕の故郷へと帰ろうか。
きっと、新しい未来が始まるさ」
「ええ、あなたとならきっと楽しくなるわね?」
ふふふと微笑む。
そして翌日、何とか彼の故郷へと逃れついた。
数日後、大きな揺れがあったというニュースを聞く。
「エメール、情報は大切だ。
人と話して知識を分かち合う事は大切な人の命を守る事に繋がるさ
こうして僕たちや分かち合ってくれた人々の命は助かったのだから」
「ええ、人間という命の輝きは美しいものね?」
そういって書生の方に頬をあずけて微笑む。
エピソード31
ある月夜の晩の事、星空を見ていたエメールがある異変に気付く。
「あら? どうしたのかしら?」
首をかしげるエメールの視線の先を書生が見上げる。
「あの星かい?」
そういうと、とある明るい星が青く一段と瞬くように見えている。
「そう、あの星は月のおじさまに聞いたところ、面白い出来事が起こっているそうよ?」
そう言うと彼に向って微笑むエメール。
さぁ、そういうとベッドに彼を誘い座るいつものお気に入りの会話の姿勢へと入る。
「あの星は地球に似ているわね?
大きさも、人々の意識も、自由で闊達で楽しい事が好きだけど……少々自然に負荷をかけすぎたため今自然の猛威に慌てているところも」
「ふふふ、そう心配しないでいて?大事なあなたに伝えておきたいわ?」
そう言うと微笑む。
「なぜこんなに慌てているかと言うと、大事な木々を切り崩したり、水を地下から奪いすぎた為、地の渇きと乾燥が一段と進み、砂や食物の減少や水の減少が起きているの」
けれど、星はあわてて水をまた貯えようと、大気の空気を動かし、その空気を集め雲を作り雨を見えない手がつくりはじめている。
そして、おなじところに蓄える事ができないから、少しずつ角度を変えながら水を降らしているの」
「ねぇ、知ってるかしら?」
そうチラッと書生の考える顔を伺うように、視線を合わせると喋り出す。
「この星は、進化しているように他の惑星だって動いているの、その影響し合う力が重なる時、良くも悪くも変化が起きるの。
例えば磁力が引き合い、中心軸がずれ始めたりね?」
「その影響が強くなればなるほど、大きな変化が起き始めるの、大きな地震や光の当たる位置がずれる事で作物のできやすい場所も変わるかも知れないわね?」
「まるでどこかで聞いた事がある内容だなあ……」
「ふふふ、そうね」
「この世はパラレルがいくつも同時に存在しているの、人間には一つに見えていてもね?
だってあなたと私はこうして隣に座って話をしていても、このパラレルは同時に何個もあり、私が話す内容が、あるパラレルでは違う事を喋つている私達もいるのよ?」
「だから、どうせならまだやり直せるパラレルを意識的に作っていく方が良いのよ、この星も、悲観的になればそれが進むパラレルがどんどん作られるけれど……」
「反対に、良い事を考えて動いてゆくパラレルに導いて貰えってことかい?」
「そうよ、自動的にいくつも分かれてしまうパラレルを同じ内容に近づけていけば現実に降ろしやすくなってくるの」
「どうやったらそんな現象が、パラレルが作られていることが見えてくるの?」
そう不思議がる書生の矢継ぎ早の唇を、キスで制止をかけるエメール。
「ふふふ、あのさっき見た青い星も実はこの星のパラレルに関係のある星だったら面白いわね?」
「この広大な宇宙にはもう何個もパラレルした地球があるって意味なのかい?」
「いいえ、ふふふ」
「じれったいな、早く続きがききたいんだ」
「この星の未来をあの星が先達として教えてくれているのかも知れないわね?そして目に見えないパラレルは、感覚と言うもので感じ取れるわ?」
「不吉な予感がして、行動を変えてた時、命が救われるというパターンが何回もあるうにね」
「目にみえるにはあまりに膨大なパラレルの扉と膨大な情報網は、人間の脳ではなかなか処理が難しいほどだから、こうして勘と言う素晴らしい機能が備わっているのよ?
または心の目ともいうのかしら?」
そういうとエメールはとても楽しそうに、書生の方に顔をあずけて喋っている。
「だから私たちは、常に未来について明るい意識を与えた未来のパラレルを意識していたいのよ?そうすればずっとあなたといられるのですもの」
そういうと、エメールは彼の髪にそっとキスをする。
ふふふ、おやすみなさい
そう呟くと、微笑む。
エピソード32
今夜は寒いわね?
そう言いながら温かいロイヤルミルクティーを二人分淹れて書生の横に腰かける。
「このミルクの濃い味と紅茶の深い香りがとても美味しいわ」
マグカップを掌につつみ一口飲む。
「君はミルクを2倍にするのが好きだね」
「そう」
そうして微笑む。
「今夜はどんな話をしようかしら?」
「冒険物かしら?、それとも惑星の話かしら? あなたとの時間の話かしら?」
「僕の時間とは?どんな?」
「ふふふ、そう言うと思ったの」
そういうと、書生の頬に掌をのせ、目を見つめる。
「例えばだけど、ここに私とあなたが腰かけて話をしているでしょ?」
「一方ではまだ、私がミルクティーを作っている次元の場合もあるし、実はストレートティーを気まぐれで入れている次元さえあるの」
「それはどう違うの?」
「要は連続された続く下準備されている次元は多数あれど、どれを選び降ろすかは自分の意思が大事なの」
「そうして続いてゆくのよ?、自分で選択を、そして選び取る未来がね」
「意思をもたずに流されていくとどうなるんだい?」
ふと疑問に感じて書生がたずねる。
「時間があっという間に流れ、生きているという感覚ではなく惰性と言う現象に感じるかしら?」
「分かりやすく言うならば、コンピューターに自動入力をし続けるオート機能と、自分でデザインしながら創り上げるのとでは
出来てくるものが違ってくるのよ?」
「人類はまだ未熟なの、自分達で選びとっているように感じても、暴発する前に見えない修正機能がつけられたこの神によるオート機能の
上で生きている様なものよ?」
「不思議でしょ?わがままで皆が好き勝手に主張し喧嘩が絶えない人類が、いまだに生きているのか」
そういうとふふふと微笑むエメール。
「けれど、そろそろ新たな機能が加わるわね?
自分の平和的な意思を持ち自分の人生をデザインする権限が、魂の発達した子には与えられるわ?」
「ゆえに、どんなパラレルを作り、意思と想像力で自分の人生に降ろすかが楽しみでもあるわね?」
「ふふふ、あなたにもそんな一人になって貰いたくて私はインスピレーションをあたえてきたのよ?」
「つまり、どういう事?」
いまいち現実感が乏しい書生がきく。
「つまり、惰性と言うオート機能ではなく、自分の意思で好きに現実を作り未来にそれを実現できてくる力ね?」
「ただし、自分の人生についてね、そしていつのいつの時間に創造した現実が降りてくるかはタイミングによるわね?、けれど
人に良い影響をあたえる事ができるわね?」
そう言うと、ふふふと笑う。
あなたはもう十分できていたわね?と微笑む。
「けれど、そういう子が増えれば増える程、よりよい未来が想像されるほど、創造され、よりよい現実が生きている間に具現化され
良い未来が開かれるという事ね」
「降りてこなかったパラレルはどうなるの?」
「ある程度残り、スペアをおき、かけ離れたものから順に消えていくわ?
選択肢が沢山あったチャンスや可能性のように」
「さぁ、今夜のお話はここまでね、今夜は寒いわね?」
そういうと、毛布にくるまった。
「何をしているの?、早くしましょう?」
そうエメールが書生に催促する。
髪からキスをしてゆく書生。
今夜もこうしてふけてゆく。
「僕との時間の先には何が見える?」
そういうと、エメールは答える。
「最善だとするならば、可能性と言う新たな希望ね」
そうゆっくりと微笑む。
エピソード33
さぁ、今夜も寒いわね?
「今日はホットチョコレートにしましょう?」
そう言ってエメールが温かいミルクの入ったカップにチョコレートをとかし淹れている。
甘い香りがあたりに立ち込め、笑顔のエメールが飲み物をもって差し出してくる。
書生のとなりに腰かけながら二人で会話を始める。
「寒気が近づいているのですって?」
「そう、100年に一度なんて言われていて、とても心配だね。どうか皆があったかくなるような備えをしていてくれることを願おうよ」
「ええ、そうね」
ふふふ、そういって微笑む。
「今日は何の話が聞きたいかしら?」
「そうだなぁ、今日は命って何だろう、生きる意味がしりたいな」
「人間の人生の意味かしら?いいわよ?
確か月のおじさまから聞いた事があるの」
すこし思い出すように、エメールは考え込むと話始める。
「人間は神がお創りになったオート機能の上に選択をして生きていると先日話したでしょ?」
「うん、新鮮な話だったよ」
「ようは、人間は大きく魂を成長拡大させるため、愛を学び自分から放てる迄成長するために生きているのよ?
何事も経験するのは体でも、それは器に過ぎない。
時間をずっと生き続けて自分を動かし成長しているのは魂の方なの」
「誤解を恐れず言うならば、体が終わったとして魂さえ生きていれば不死身なのよ?」
「僕らはその魂と言うものが見えないからよくわからないけど、君の話は面白いよ」
「ありがとう、私も話せて幸せよ?」
「生きてる意味は、いつか愛を放てるようになれば、自分から大切な人周りの人国単位世界単位へと愛を拡げて役に立つためよ?
そうすればするほど、魂に善い行いが神により加点され、素晴らしい力を授かったり人生において酸いも甘いも含んだ楽しい経験が与えられ、魂がより早く成長できるのよ?」
「魂が早く成長したらどうなるの?」
「あら、愛の源、つまり魂の大きな発生源、神と言う大いなる存在に魂が近づけるのよ?
つまり、愛そのものになり、純粋な愛と言うエネルギーを使え賢者となり魔法使いとなってくのかしら?魔法使いにはレベルが沢山あり、その最高峰が神と言う存在ね?ふふふ」
「人間はまだまだ魂が若い人々が集う星、けれどたまに驚くほど老成した賢い魂も生まれているの、勿論たまには人間だけど未熟な若い魔法使いも生まれるわね?
皆が混ざり合い影響をあたえあい、成長していく星なのよ?
それが生きる意味かしら?」
そう言っていたずらっぽく笑う。
「魂が早く成長した存在は、大体が純粋でいて愛の溢れた言動をしている者よ?
エネルギーや表情、全体から溢れ出ているからそういう人のもとに行くと気持ち良いものよ?」
「たまにそういう人はいるね、いつも力を与えてくれるよ」
「ええ、そうね、私のスルタン」
そう言うと
「懐かしいな、その呼び方」
「ええ」
「君が僕のもとに現れてからずいぶん経つな、色々とあったね」
「ええ、楽しいでしょ?大変かしら?」
そう言うと、そっと彼の頬にキスをする。
夜の帳4