シロヒメのドキドキぷりゅエット大作戦なんだしっ❤

「ぷりゅー」
「あっ」
 ため息。
 それに気づいて足が止まる。
「白姫(しろひめ)」
「ぷりゅー?」
 けだるげに。
 こちらを見るも、すぐ興味なさそうに視線をそらす。
(白姫……)
 おかしい。
 友だちである彼女のそんな姿に、アリス・クリーヴランドはここ数日抱いていた疑惑を確かなものとする。
 おかしいのだ。
 普段なら、こんな晴れた気持ちのいい日には、機嫌よく歌でもうたっているはず。
 それが、
「ぷりゅー」
 ため息。再びの。
「あ、あの」
 気を遣いつつもたまらず、
「おかしいですよ」
「ぷりゅぅ?」
「だって」
 その後の言葉が続かない。
「失礼します」
 額に手を当ててみる。
「うーん」
 わからない。特に熱が高いということはないように思うが。
「何してんだし」
「あ、いえ」
 あわてて、
「白姫、その」
 結局直接たずねてみる。
「体調が悪いとか、そういうことありませんか」
「たいちょー」
 ぽつり。つぶやき、
「リーダーに問題があるの?」
「えっ」
 あぜんとなる。
「そ……」
 それは『隊長』――とツッコみかけるも喉元で止まる。
 あまりにもキレがない。
 確かに、ぼーっとしてしまってはいるのだが。
「白姫……」
 本格的におかしい。
「ねえ」
「! はいっ」
「アリスは」
 言った。
「シロヒメのこと、どう思う」
「えっ」
 何を。
「どうって」
 ますます戸惑いながら、
「白姫は騎士の馬です。従騎士(エスクワイア)として自分がお世話をしている」
「そーゆーことじゃないんだし」
 はっと。
「そうですよね」
 従騎士は、騎士の見習い。
 その仕事の一つとして、仕える騎士の身の周りの用事を手がけるということがある。
 馬の面倒を見るのも当然そこに入る。
 しかし、いま彼女が言ってほしい言葉は、
「友だちです」
 言う。
「自分と白姫は友だち同士です」
 はっきりと。目を見つめ。
「ぷりゅー」
 ため息。
「そーゆーことじゃないんだし」
「ええっ」
 かくっ。肩が下がる。
「そ、そんな。自分と白姫は友だちで」
「うるせーしー」
 頭をふる。
「アリス」
 まっすぐ。見つめられ。
「どう見える」
「へ?」
「シロヒメのこと」
 言う。
「アリスの目にはどう映ってる」
「………………」
 絶句。
「ど……」
 どういう意味? そう聞きかけたところで、
「!」
 ふるえが走る。
「ちょっ」
 たちまち顔が赤くなり、
「いえっ、その……じ、自分、困りますからーーーっ!」
 逃げ出していた。


「どうしましょう……」
 アリスの向かった先は、
「えーと」
 花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)。仕える騎士であり、白姫の主人である人は困ったように頬をかき、
「本当なの?」
「本気です!」
 拳を握る。
「白姫が、し、白姫がっ」
「落ち着いて」
 おだやかに。諭される。
 葉太郎はいつでも優しい。怒ったところなど見たことがないといってもいいくらいだ。
 しかし、こちらの興奮は治まらず、
「大変です! 大変なんですよ!」
「わ、わかったから」
 さすがに戸惑いを見せるが、それに気づかないまま、
「白姫が自分のことを、そ、そういう対象として」
「落ち着いて」
 心持ち。強めに言われる。
「僕は違うと思うな」
「ですけど」
「うん」
 うなずく。
「他人の目を意識してるのは本当なのかも」
「えっ」
 他人の目を――
「いえ、あの、それはつまり」
 この自分のことを。
「いやいや」
 頭をふられ、
「単に聞いてみただけなんだと思うよ。外から見て、いまの自分はどう映ってるのかって」
「あっ」
 そ、そういうことか。
「自分、なんて恥ずかしいカン違いを」
「まあまあ」
 なぐさめてくれる。やはり優しく。
「それだけ、白姫のことを真剣に考えてくれてるってことだよね」
「そんな」
「ありがとう」
「葉太郎様……」
 いままでのものとは違う感情で頬が熱くなる。
「あ、あのっ」
 しかし。
 それではつまりどういうことになるのだろう。
「うん……」
 複雑そうに目を伏せ、
「どう見えた」
「えっ」
「白姫が。アリスの目に」
「それは」
 言葉を探りつつ、
「元気がない……です」
「うん」
「ため息ばかりついていて。いつもあんなに元気なのに」
「だよね」
 心当たりがあるのだろう。言葉の一つ一つにうなずく。
「それで、見た目を気にするなんて」
 顔をあげる。
「ひょっとして」
「は、はい」
「白姫……」
 心から。一大事だという顔で、
「誰か気になる相手がいるのかな」
「……は?」
 何を言われているのかと。
「いえ、だからその、自分はそういう対象ではないと」
「じゃなくて」
 頭をふり、
「アリス以外に、その、好きになった相手が」
「えっ」
「恋愛の対象として見る相手が」
「!」
 恋愛の対象!? あの白姫に!
(い……いえいえっ)
 自分もそういうカン違いをしていたではないか。
「ほほ、本当なんですか」
「わからない」
「ですよね」
「けど」
 またも暗い目で、
「元気がなくて、しかも見た目を気にするなんて……恋わずらいじゃないかって」
「恋わずらい!?」
 あの白姫が!
「ほ……」
 またも『本当なのか』と口にしかけた自分に気づき、それを飲みこむ。
 わからないのだ。
 だからこそ、心配なのだ。
「わかりました」
 気をつけをして、
「自分、白姫に聞いてみます」
「えっ」
「まかせてください」
 すこしでも安心してもらおうと。従騎士ながら胸を張り、
「自分、白姫の友達ですから」
「……そうだよね」
 ほんのり。笑顔が戻る。
「お願い、できるかな」
「はい!」
 こちらも笑顔でうなずいていた。


 しかし、
「ぷりゅー」
「う……」
 相変わらずの憂うつなため息。
 そんな彼女を前に、やはりどうしてもひるんでしまう。
「白姫」
「………………」
 返事もない。
「えーと」
 どう切り出そう。迷いつつ、
「あの、す、好きな人がいるんですか」
 思わずそのまま聞いてしまう。
「ぷりゅー?」
 首をひねられる。
「あ、違いました。好きな馬が」
「ぷりゅりゅ?」
 ますますひねられる。
「だからっ」
 もうやぶれかぶれと、
「自分は白姫の友だちです!」
「それがどーしたし」
「ですから! 何でも言ってほしいんです!」
「何でも」
 ぴくっと。かすかに反応する。
(やっぱり)
 隠し事があるのだ。それはきっと葉太郎が予測した通りに、
「いるんですね」
「ぷりゅ?」
「好きな人が。じゃなかった、好きな馬が。白姫に」
「好きな……」
 つぶやき。そして、
「シロヒメが……好きなのは」
「はい」
「好きなのは」
 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ~……。
「……へ?」
 不意の大きな音。それは白姫のお腹から。
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「……ダメだし」
 がくりと。
「パカーンにいつものキレがないんだし」
「なくていいです、そんなもの!」
 突然の後ろ蹴りを受け、怒りの声を張り上げてしまう。
「なんでですか! なんで蹴られるんですか!」
「ムカつくからだし」
「なんでですか!」
「好きなものとか聞いてくるから」
「いえ『もの』ではなくて」
 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ~……。
「ぷりゅぅ~……」
 へなへなと。力なくしゃがみこむ。
「あ、あの」
 アリスは気づいた〝それ〟を口にする。
「白姫……ひょっとしてお腹が空いてるんですか」
「ひょっとしても、ひょっとしないでもないんだし」
「えーと」
 つまり、
「お腹が空いて、それで元気がなかったと」
「ぷりゅ」
「だったら」
 拍子抜けする思いで、
「ちゃんとご飯を食べれば」
「食べられないんだしーっ!」
「きゃあっ」
 またも蹴られそうな勢いに悲鳴をあげる。
 と同時に、はっとなる。
「ご飯を食べられないって」
 それって、やっぱり恋わずらいのせいで。
「白姫! 自分だけで悩まないでください! 相談してください!」
「なに相談しろっていうんだし。アホなアリスに」
「アホじゃないです」
「食いしん坊のアリスに」
「食いしん坊でもないです!」
 続けざまに抗議する。
「食いしん坊だし。アリスを見てるだけで」
 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ~……。
「ぷりゅぅ~……」
「白姫」
 らちが明かない。とにかくいまは、
「ちょっと待っててください。いまごはんを」
「ダメだし!」
 止められる。
「よけーなことすんじゃねーし!」
「余計なことって」
 思わずこちらも言葉がきつくなる。
「なにも余計なことじゃないです! 大切なことですよ! 白姫がお腹を空かせてるなんて、お世話をする自分の責任で」
「お願い……だし」
「!」
 涙――
「ど、どうして」
「どうしてもなんだし」
 声を失う。
 そこまで何か深刻な事態なのか。
「深刻なんだし」
 はっと。
「シロヒメ……」
 言った。
「ごはんを食べたら殺(ぷりゅ)されてしまうんだしーーーっ!」

「な……」
 開口一番。
「なんでですか」
「………………」
 沈黙。
「答えられないんですか」
「………………」
「う……」
 ますます深刻だ。感じ取る。
「あ、あの」
 とにかく何か聞き出そうと、
「どうして、その、殺(ぷりゅ)されるなんてことに」
「………………」
 それも言えないのか。
「誰にですか」
 言ってくれない。
(これは)
 脅迫? まさか。
(ど、どうしましょう)
 軽いパニックに陥ってしまう。
(白姫が脅迫されているとしたら)
 もちろん放っておけるはずがない。友だちなのだ。
(けど)
 彼女は完全に口を閉ざしてしまっている。それほど〝何か〟を怖れているようだ。事情を聞き出すのは難しい。
 だとしたら、
(葉太郎様に)
 そうだ、それしかない。
 自分には言えないことでも、きっと彼になら言えるはず。
 生まれたときからずっとかわいがり、そして守ってくれた相手になら。
「白姫! 葉太郎様のところに」
「だめだし!」
 即座に。
「そんな」
 それでは本当に八方ふさがりだ。
「ぷりゅーっ」
「あっ」
 逃げ出す。が、すぐに、
「ぷりゅぅ~……」
 膝をつく。
「白姫!」
 あわてて駆け寄る。
「しっかりしてください!」
「しっかり……してるし」
「してないですよ!」
 言うなり、
「ぷりゅっ!?」
 驚きのいななき。
「ふんっ」
 かつぎあげていた。白姫の身体を。
 普通なら三歳の馬を、しかも十三歳の少女が持ち上げられるはずはない。
 しかし、アリスは従騎士だ。
 一人前の騎士。
 それにはまず、尋常でない重量を伴って行動できる筋力と体力を求められる。
 長大な金属の騎士槍を手にし、かつ全身を隙なく覆った金属鎧で戦いの場に挑む騎士たち。装備が簡略化された現代においても、なお主武装が槍であることは変わらず、伝統としての耐重量訓練も行われ続けている。
 アリスもそれは他の従騎士たちと変わらない。
 軽々とまではさすがにいかないものの、それでも白姫の下にもぐり、身体全部を使って彼女を持ち上げることを可能としていた。
「アリス……」
 あぜんとしたいななき。
「お……」
 すこしためらった後、
「重く……ない?」
「平気です」
 ためらいなく。
「重いはずなんてありません。友だちですから」
「そういう問題じゃなくて」
「そういう問題です」
 ふん、と。力をこめ、
「行きます」
「ぷりゅ?」
「葉太郎様のところに」
「!」
 たちまちあたふたと、
「だ、だめだって言ってんだし」
「聞きません」
「ぷりゅぅ!?」
「白姫が自分に何も話してくれないんです」
 ちょっぴり。胸の痛みを感じつつ、
「それでも構いません。けど、このまま放っておくことは絶対できません。葉太郎様のところへつれていくのが従騎士としての自分の責任です」
 言う。ためらいなく。
「………………」
 ためらいの息。
「……アリス」
 そして、
「つれていかないんだし?」
「えっ」
「シロヒメを」
 言う。
「ヨウタローのところへつれていかないなら……話すし」
「それって」
 いよいよ真相が。
「お願いしますっ」
 と思わず気がゆるんだ瞬間、
「きゃあっ」
 べしゃっ。白姫をかかえ上げていたことを忘れ、下敷きになってしまう。
「ぷ……!」
 動揺したのは白姫のほうで、
「や、やっぱり重いんだし?」
「いえ」
 なんとかその下から這い出し、
「自分なら平気です」
「だから、そんなこと聞いてねーんだし!」
 いままでの弱りぶりから一転、必死の表情で、
「重いか重くないかを聞いてんだし!」
「それは」
 言葉につまりつつ、
「普通だと」
「アホなアリスに普通の何がわかんだしーっ!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 不条理に蹴り飛ばされ、悲鳴をあげる。
「ぷりゅぅ~……」
 すぐにまたへたりこむ白姫。
「無駄に蹴らせてんじゃねーし」
「蹴ってなんて頼んでないです、自分は!」
 抗議するも、元気のない姿を前に再び心配な顔で、
「もう本当にどうしちゃったんですか。重いか重くないかなんて」
 はっと。
「それ……って」
 一応は女の子だ。〝重さ〟というキーワードに思い当たることがあった。
「ダイエットですか」
「………………」
 答えない。
「そうなんですね」
 やはり答えない。
「白姫ぇ……」
 ほっとした思いで、
「もー。そうだったらそうって言ってください。本当に心配したんですから。あっ、でも、無理なダイエットはいけませんよ。本当に体調を崩して」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 吹き飛ばされる。
「ぷりゅー」
 鼻息荒く、
「なんてデリカシーのないアリスなんだし。ムカつくんだし」
「ご、ごめんなさい」
 それは確かにあやまるしかない。
「ぷりゅーか、馬に対してなんだから、ぷりゅカシーだし」
「なんですか『ぷりゅカシー』って」
 ツッコむしかない。
「あのでも、自分、友だちですから」
 なだめようとしつつ。言う。
「相談してください。自分だけで悩まないでください」
「………………」
 ぷりゅふん、と。そっぽを向き、
「アリスなんかに相談しても」
「そんなことを言わないで」
「アホのアリスなんかに相談しても」
「アホじゃないです」
 ひどい言葉にもめげず、
「自分は友だちです。白姫が恥ずかしいなら誰にも言いません」
「………………」
 しばらくして、
「本当に言わないんだし?」
「はい」
「言ったら、パカーンだし」
 すでに何度もパカーンされている気がするが。
「だったら、言うし」
 ようやく。心を決めたというように。
「そのとーりだし」
「じゃあ」
「そーだし」
 ぷりゅ。うなずく、
「シロヒメ、絶賛ダイエット中なんだし」
「絶賛って」
 とてもそんな前向きな様子には見えなかったが。
「馬だから、ぷりゅエットなんだし」
「ぷりゅエット……」
「ロミオとぷりゅエットなんだし」
「それはもうぜんぜん違うものじゃないですか」
 ツッコんでしまう。
「ぷりゅーわけで、アリスも協力するし」
「えっ」
 唐突な言葉に、
「えっと、その、何をすれば」
 あわてて聞くと、
「ダイエットだし」
「いえ、ダイエットはわかりましたけど」
「ぷりゅエットだし」
「ぷりゅエットのほうはよくわからないですけど」
「アリスもだし」
 言う。
「やんだし。ダイエットを」
「え……」
 言葉につまる。
「いえ、あの、自分がする必要は」
「ぷりゅう?」
 何ぃ、と言いたそうな目でにらみ、
「どーゆーことだし」
「えっ」
「協力するって言ったし」
「言いましたけど、それと自分がダイエットをするのは」
「関係あんだし」
 言い切る。
「アリスも問題あるし」
「えっ!」
「ただでさえ食いしん坊なんだし。大喰らいなんだし」
「食いしん坊でも大喰らいでもないです!」
「すでに顔に出てるし」
「ええっ!」
 思わず頬を両手ではさむ。
「十分に丸顔なんだし。むくんでるんだし」
「むくんでないです!」
 反論するも、いますぐ鏡で確かめたくなる。
「ない……はずです」
 自信もしぼんでくる。
「あるんだし」
 だめを押される。
「じゃあ」
 すっかり弱気になって、
「自分もしたほうが……いいんでしょうか」
「いいんだし」
 ぷりゅ。うなずかれる。
「わ、わかりました」
 覚悟を決める。
「自分もがんばります。白姫みたいに」
「その意気だし」
 ぷりゅっ。背を押すようにいなないた。


 早くもくじけそうだった。
「ううう」
 翌日。
 白姫と共にダイエットする約束をしたものの、育ち盛りかつ修行中の身にとってそれは想像以上に過酷だった。
「ハァッ……ハァッ……」
 食事の制限だけがダイエットではない。
 そう自分に言い聞かせ、こうしてランニングにも励んでいたが、食べ物から意識をそらすという理由のほうが大きかった。
(いやいや、自分だけじゃないんです。白姫もがんばってるんですから)
 言い聞かせる。
「はわわっ」
 ぐぅぅぅぅぅ~……。
 お腹の音と共に押し寄せる切なさに、どうしようもなくしゃがみこんでしまう。
(これくらいでくじけてはだめです。騎士にはもっとつらいことだって)
 そこに、
「白姫、おいしいー?」
「これもあげるー」
 はっと。
「あっ!」
 視線の先――そこに見たのは、
「ぷりゅー❤」
 ごきげんのいななきで、子どもたちのくれるお菓子をほおばる白姫の姿だった。

「どういうことですか!」
 気づいたときには、もう飛び出していた。
「きゃっ……」
「あ」
 子どもたちの驚いた顔に気づき、あわてて表情を静める。
「どういうことですか」
 声をひそめる。
「どういうことって、どーゆーことだし」
「だから……!」
 また大声になりかけているのに気づき、あわててそれを抑える。
「どういうことなんですか」
「しつけーしー」
 眉根が寄る。
「シロヒメは人気者なんだし」
「は、はあ」
「かわいいからなんだし。賢いからなんだし」
「それはわかりましたから」
「わかったんなら、わかるんだし」
 まったく悪びれず。
「人気者のシロヒメにみんながお菓子をあげたいと思うのはとーぜんなんだし」
 それはそう――と言いかけて頭をふり、
「でも、白姫はいまダイエット中じゃないですか」
「そーだし」
 やはり悪びれない。
「だったら、お菓子をもらうのは」
「断れって言うんだし?」
「は、はい」
「………………」
 とたんに、
「ぷりゅぅ……」
「!」
 涙――
「どうしたの、白姫ー」
「白姫ー」
 子どもたちが寄ってくる。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
「泣かないで、白姫ー」
「白姫ぇー」
(はわわわわわわ)
 すっかりこちらが悪者の空気だ。
「アリスちゃん」
「!」
 一斉に。こちらを見られる。
「白姫、どうしたの」
「どうして泣いてるの」
「そ、それは」
 どう答えればいいというのだ。
「白姫、これあげるー」
「わたしもー」
「だから、泣かないでー」
 次々とお菓子が差し出される。
 それを、
「ぷりゅー❤」
 またもよろこんでパクつくのだった。


「ぷりゅっふ」
「白姫……」
 満腹の息に、あぜんとするしかない。
「意味がわかりません……」
「わかるんだし」
 ぷりゅっふ。またも甘いにおいのする息をもらし、
「これが白馬の生きる道だし」
「ますますわかりません……」
 頭をふるしかない。
「どういうことなんです。ダイエット中なのにお菓子をもらうなんて」
「もらったんじゃないんだし。くれるんだし」
「同じですよ」
「同じじゃないんだし」
 そこはゆずれないと言いたげに、
「仮にもらおうとしたとしてもいいんだし」
「ええぇ~」
 それはだめなのではないか。
「いいんだし」
 やはりゆずらず、
「みんなはどう思うし?」
「えっ」
「シロヒメが」
 ぷりゅりーん❤ ポーズと共に目をキラキラさせ、
「かわいくおねだりしたら」
「そ……」
 それは。
「よろこぶんだし」
「よろこびますか」
「よろこぶに決まってるし」
 ぷりゅ。うなずく。
「だとしたら、おねだりしないわけにはいかないんだし」
「は、はあ」
「まあ、アリスは無理だけど」
「それは」
 無理に決まっている。年下の子どもたちに『おねだり』できるはずがない。
「けど、アリスも役に立つんだし」
「えっ」
「おねだりできるんだし」
 いや、たったいま無理と言ったばかりでは。
「あらまあ、白姫ちゃん」
 そこに、
「おお、白姫ちゃん」
「今日もかわいいねえ」
「いい子だねえ」
「ぷりゅー」
 甘えるようないななき。
 現れたのは、白姫を見て目を細めるおじいさんおばあさんたちだった。
「ああ、アリスちゃんも」
「白姫ちゃんとお散歩かい」
「は、はい。こんにちは」
 礼儀正しく。おじぎをする。
「アリスちゃんもいい子だねえ」
「偉いねえ」
「え……えへへ」
 頭をなでられ、はにかむように笑う。
「ぷりゅーん」
 すりすり。
「おや、今日も甘えん坊だねえ、白姫ちゃんは」
 うれしそうにその鼻先をなで、
「はい、白姫ちゃん」
「ぷりゅー」
「あっ」
 まただ。子どもたちのときと同じようにお菓子を。
「アリスちゃんにも」
「えっ」
 差し出されたお菓子を前に、
「う……」
 断れない。
「あ」
 結局、
「ありがとうございます」
 そう言うしかないのだった。


「叱られるし」
「えっ!」
 唐突に。
「帰り道に買い食いなんて。アリスはふりょーなんだし」
「買い食いなんてしてませんよ!」
 正確には『もらい食い』だ。
 いや、かなり情けない言い方ではあるのだが。
「とにかく、買ってはいません」
「もらったんだし」
「う……」
 だって断れるはずがない。
 白姫の言う通りだ。
 よろこんでお菓子をくれるおじいさんおばあさんを前にして、いらないなんて言えるずがない。
「けど、おねだりまでしなくても」
「おじーちゃんおばーちゃんは、孫のおねだりをよろこぶんだし」
「よろこびますけど」
 事実、自分は『孫』くらいの年齢で、白姫に至っては三歳なのだ。
「それにアホな子ほどかわいいと言うし」
「い、言いますかね」
「アホなアリスほど」
「アホじゃないです」
「あ、じゃあ、シロヒメもアホになればもっと」
 と言いかけて、
「さすがにてーこーあるし。シロヒメ、賢いから。生まれつきアホのアリスと違うから」
「アホじゃないですし、生まれつきでもないです」
 何の話をしているのかと。
「とにかく、何度も言いますけど」
 いまさらながらというように、
「自分たちはダイエットしてるんですよ」
「してるし」
 うなずき、
「しないといけないんだし」
「いけないことはないと思うんですけど」
「いけないんだし」
 くり返す。
「アリス」
 不意に。真剣な目で、
「まだ事態の深刻さが飲みこめてないんだし?」
「えっ」
 深刻? いや、子どもやおじいさんおばあさんと平和な時間を過ごしていただけでは。
「いまにわかるし」
 ぷりゅぷいっ、と。そっぽを向いて歩きだす。
「あ、白姫」
 不安にかられて後を追う。
 しかし、それ以上、何も話そうとはしなかった。


「いただきまーす」
 夕食の席。アリスは、
(ダイエット……)
 昨日に引き続き、いつもの旺盛な食欲を発揮できなかったが、
(でも)
 思い出す。
 すでに昼間、お菓子を食べてしまっている。
 ダイエットの意味はもはやなくなってしまっているのでは。
「アリス」
「!」
 隣の席の葉太郎が。心配そうにこちらを見ている。
「どうしたの。そんな顔して」
「あ、いえ」
 なんと言えばいいのか。迷っていると、
「白姫のこと?」
(う……)
 その通りではある。
「そうなんだね」
「はい」
 うなずくしかない。
「何か聞けた?」
「はあ……」
 目を伏せる。
「言えないんだね」
 向こうから察する。
「いえ、あの、その」
 あたふた。
「アリス」
 いいんだよ。そんな目で、
「ありがとう」
「葉太郎様……」
 白姫のことを思って黙っている。そこまで察してくれているのだ。
「葉太郎さん」
「!」
「アリスさん」
「はいっ」
 思わず立ち上がって気をつけをする。
 注がれる冷たい眼差し。
 朱藤依子(すどう・よりこ)。
 メイド姿の彼女の視線に、葉太郎と共に凍りつく。
「いまは食事の時間ですが」
「は、はい」
「おしゃべりの時間では」
「ないですっ」
 その先を言われるよりも早く、
「いただきまーすっ!」
 はぐはぐはぐっ。
 一心不乱に。目の前の皿に向き合うしかなく、当然のようにダイエットのことは頭から吹き飛んでいた。


「う……」
 明らかに。
(これは)
 パンパンに。
(む、むくんでるだけですよね)
 苦しい言いわけ。
 我ながら思う。
(あ……)
 思い出す。
『深刻さが飲みこめてないんだし』
 白姫のセリフ。
(あれって)
 こういうことだったのか。
 よく考えればわかる。
 きちんと食事をとって、それに加えての間食。
 体重に当然影響が出るだろう。
(でも)
 言い聞かせる。
(そんなに目立つほどじゃ……ないですよね)
 言い聞かせる。
「ぷりゅっふっふー」
「!」
 不敵な笑い声、というか笑いいななき。
 ふり返ったそこには、
「白姫!」
「ぷりゅっふっふー」
 またも。笑う。
「な、なんで笑うんですか」
「わかってるはずだし」
「ううっ」
「ぷりゅっふっふっふー」
 やはり笑って、
「シロヒメにはこうなるってわかってたんだし」
「何がですか」
「しらじらしいしー」
 ぷりゅふふん、と。鼻で笑い、
「太ったし」
「っっ!」
 あまりにも。ストレート。
「太ってなんて」
 ない。言い切れない。
「太ったし」
「ううう」
 がっくり。膝をついてしまう。
「なんてことを言うんですか」
「ホントのこと言っただけだし」
「うううう」
 言い返せない。
「どうしてこんなことに」
「食べすぎだし」
 その通りだ。当たり前すぎる結論だ。
「やっぱり、お菓子は」
 断るべきでは。言いかけたところで、
「できないし」
 すかさず。
「みんなが悲しむし」
「それは」
 そうなのかもしれないが。
「アリス」
 真面目な顔で、
「一緒にやるって言ったし」
「う……」
 言った。確かに。
「本気でダイエットするし」
 本気で――
「そうですよね」
 またくじけかけていた。そんな自分の心に喝を入れる。
「わかりました。それしかないんですよね」
「それしかないんだし」
 うなずく。
「じゃないと」
 かすかに。青ざめ、
「殺(ぷりゅ)されるんだし」
「あの」
 そこだ。そこが引っかかっていた。
「大げさじゃないでしょうか」
「ぷりゅ?」
「殺(ぷりゅ)されるだなんて。一体誰にですか」
「ヨリコにだし」
 ぎょっと。
「ど、どうして」
「言わずもがなだし」
 言う。
「殺(ぷりゅ)されるんだし」
「だから、なんでですか!」
「たいちょーかんりだし」
「えっ」
 体調管理――
「それはどういう」
「ヨリコは」
 青ざめ、
「きびしーんだし」
「知ってますけど」
「きびしーから」
 言う。
「殺(ぷりゅ)されるし」
「いや、何もしないのに殺(ぷりゅ)されたりは」
「してるし」
「何を」
 口にして、
「あっ」
 体調管理。そして、厳しい――
「……ど」
 思わず、
「どうなるんでしょう」
 言われる。
「殺(ぷりゅ)されるし」
「!」
 そうだ。
 依子は厳しいのだ。
 そして、衣食住にわたり、自分たちの暮らしの面倒を見てくれている。
 厳しい人だ。
 乱れた生活態度など許されるはずがない。
「あの」
 おそるおそる。
「どう……なっちゃうんでしょうか」
「殺(ぷりゅ)されるし」
「いえあの、お菓子をもらって食べていることを知られたら」
「殺(ぷりゅ)されるし」
 くり返される。
「………………」
 絶句。
「そこまでは」
「殺(ぷりゅ)されるし」
 徹底的に。だめを押される。
「ううう」
 さすがに。
 いまさらながらに深刻さを感じ出す。
「殺(ぷりゅ)されちゃうん……ですか」
「殺(ぷりゅ)されちゃうんだし」
 ぷりゅりゅりゅりゅ……いななきをふるわせ、
「だから、ダイエットなんだし」
「えっ」
「隠すんだし。お菓子食べちゃってることを」
「で、でも」
 無理がある。思わないではいられない。
「やるんだし」
 こちらの弱気を見抜いたように。
「断れないんだし。ちゃんと理由は話したんだし」
「はい」
 話された。
「……ですよね」
 隠し通すしかない。しかし、
「いいんでしょうか」
 騎士を目指す身のアリスである。嘘は許されないのでは。
「大丈夫だし」
 うなずかれる。
「ですよね」
 そうだ、悪いことではない。嘘をつくのでなく、ばれないようにするだけのことでもあるのだから。
「なれないから」
「えっ」
 なれない?
「騎士に」
「へ?」
「最初から無理ってわかってんだし。大丈夫だし」
「あの」
 それはつまり。
「アリスが騎士になんてなれっこないから。だから嘘つくとか気にしなくていいから」
「なっ」
 叫ばずには。涙交じりに。
「なんてことを言うんですかーーーーっ!」

「アリス」
「あ、はい」
 葉太郎に声をかけられ、足を止める。
「なんでしょうか」
「ちょっと……いいかな」
 なぜか。照れたように目をそらしつつ、
「その、こんなこと言っていいのかなって思うけど」
「えっ」
 どきっと。何か悪いことだろうか。
「アリス……」
 言う。
「変わったよね」
「えっ!」
 どきどきっ。
「それはどういう」
「えーと」
 ますます。はにかんで、
「キレイになった」
「え……」
 思いもかけない。
「そそそ」
 ふるえる。
「それはどういう」
「あっ」
 しまった。そんな顔をして、
「ごめん。聞かなかったことにして」
 そんな! できるはずがない。
「葉太郎様」
 あわてて、
「あのっ、そのっ」
 当然のように言葉は続かない。
「ごめんね」
 再び。
「おかしかったよね。従騎士のキミにこんなこと」
「そんな」
 おかしい――のだろうか。
 ただ一つ。はっきりしているのは。
(こんなこと)
 初めて言われた。
 思わず、
「どうキレイになったんでしょうか」
 聞いていた。
「えっ」
 目を見張られる。
「えー……と」
 どきどきどきどき。胸の高鳴りが止まらない。
「その」
 言葉を選ぶように。
「大人っぽくなったかな」
「!」
 ぼっと。顔に火がつく。
「なんてね」
 照れ隠しに笑みを見せる。
「けど」
 真剣な眼差しで、
「本当にそう思ってるんだよ」
「葉太郎様」
 なんと返していいかわからない。
「自分は」
 なんとか。
「葉太郎様の……従騎士です」
 口にする。
「だから」
 見つめ返す。
「絶対です」
「……っ」
「葉太郎様の……騎士様のおっしゃることは」
「アリス」
 苦笑される。
「あの」
 あきれられてしまったか。けど本心だった。
「!」
 近づかれる。不意に。
 驚くほど近くに。
「かわいくなったよ」
「っっ!」
「あ、ごめん」
 またも苦笑し、
「おかしいよね。大人っぽくなったって言ったばかりなのに」
「おかしくないです」
 言う。自分でも驚くほど大胆に。
「葉太郎様ですから」
「アリス」
 微笑む。
「っ……」
 近づいてくる。
 その顔がまっすぐに――


「………………」
 夢オチ。
「な……」
 がく然と。
「なんて」
 熱くなる。
「なんて恥ずかしい夢を見てるんですか、自分は」
 そこに、
「しぼーねんしょーだし?」
「!」
 脂肪燃焼――
「白姫!」
 思わず。意味なく声を張り上げる。
「ぷりゅっふっふー」
 にやりと。見透かしているというように笑い、
「すごいしー」
「えっ」
「本気なんだし」
「本気って」
「アリスだし」
 にやにや。しながら、
「本気で太るつもりだし。ぞーりょーするつもりだし」
「ないです、そんなつもり!」
「体重のぞーかはホントだし」
 体重増加――
「ううう」
「認めるし?」
「だから『つもり』はなくて」
 つもりは――ない。
 しかし、現実に、
「うううう」
 頭を抱えてしまう。
「『つもり』もあるんだし」
「ありません!」
「じゃあ、なんでだし」
 ぷりゅっ。アリスの休憩していた木陰を鼻先で指し示し、
「こんなところで昼寝なんて」
「それは」
 その『つもり』はなかった。本当だ。
 ただ、いつも以上に意識して身体を動かしたことと、日差しの良いことが相まって、ちょっと休憩するつもりだったのがいつの間にか、
「豚になるんだし」
「なんてことを言うんですか!」
「そうだし。『なんてこと』だし」
 思いがけず。反省したという顔で。
「『豚になる』なんて失礼だし」
「そ、そうですよ」
「豚のみんなに失礼だし」
「えっ……」
「ここは『アリスみたいになる』が正解だし」
「どういう正解ですか!」
 声を張り上げる。が、うしろめたさが消えるわけではない。
 言われたように。
 太っていた。
 もう隠しようもないほど。
「アリスは意志が弱いんだし」
「ううう」
「しかも、食いしん坊だし」
「食いしん坊じゃないです」
 言い返す声にも力がない。
 否定しきれない。
 白姫との『ダイエット』が始まって。
 正直、まったくと言っていいほどうまくいっていない。
 食べた分、よけいに身体を動かせばいい。
 甘かった。
 お菓子よりもなお。
「はあ~」
 ため息。そこにも甘い匂いが残っている気がする。
 そこまで。
 過食している自覚はない。
 なのに。
「カラダは正直だしー」
「ううう」
「って、さっきから『う』ばっかりだし。ユイフォンじゃねーし」
「ユイフォンなら」
 よかった。思う。
「スマートですし」
「ぷりゅ?」
「あんなに身軽に動けるんですから」
「ぷりゅー」
 白姫は、
「わかったし」
「えっ」
「つれてくるし」
「え、あの」
 つれてくるって――


「う?」
 首をひねられる。
 何玉鳳(ホー・ユイフォン)。アリスと同い年で、背の高さや体格もほぼ変わらないと思っていたのに。
「う……」
 明らかに。
「あの」
 動揺に声をふるわせつつ、
「どうして、ユイフォンを」
「ぷりゅっふっふー」
 問いかけには直接答えず。相変わらずの見透かしているという笑みで、
「ぷりゅり」
「ぷ、ぷりゅらないでください」
「やっぱりだし」
「えっ」
「どーよーしてるし」
「!」
 どきどきどきっ。
「どど、動揺なんて」
「ユイフォン」
 親しげに。彼女に近づいて、
「見せつけるし」
「う?」
「ユイフォンの身体を」
「う!?」
「ボディを」
「ううう!?」
 あたふたと。自分の身体を手で隠す。
「なんで」
「なんででもだし」
 詰め寄る。
「ほら」
「うううう」
「『うううう』じゃねんだし。やるんだし」
 ぷりゅぎろっ。にらみつける。
「や、やだ」
「なんでだし」
「なんか、やだ」
「『なんか』ってなんなんだしーっ」
 パカーーーン!
「あうっ」
「やめてください、いじめは!」
 あわてて止めに入る。
「ぷりゅー」
 それでも鼻息荒く、
「やらないと、いじめるし」
「いじめはやめて」
 ユイフォンも言う。
「とにかく、なんでもいいからポーズ決めるんだしーっ」
「あうっ」
 悲鳴をあげる。
 白姫の迫力に負けた形で、
「う」
 両手を高々とYの字にあげて。ポーズをとる。
「決めた」
「なめてんじゃねーしっ」
 パカーーーン!
「あうっ」
「だから、やめてください!」
「そんなのポーズって言わねーし。もっとセクシーなやつだし」
「セクシー?」
「なんでですか!」
 こちらの抗議は完全に無視され、
「指くわえるし」
「う?」
「ほら!」
「う……」
 ひるみつつ、
「はむうー」
「って、五本全部くわえてどうすんだし! まるっきりアホだし!」
「アホじゃない」
 くわえていた指を離して、反論する。
「一本ずつだし!」
「うー」
 しぶしぶと、
「う」
「って、なんで小指なんだし! それじゃ指ケガして、なめてるみたいなんだし!」
 それは、すべての指がそうなのでは。
「う」
「なんで薬指だし!」
「う」
「中指とか、意味わかんねーし!」
 そして、
「う」
「あ、それいいし」
 初めて。人差し指をくわえたところでOKを出す。
「子どもっぽいけど悪くないんだし」
「う」
 わかった。そう言うようにうなずく。
 そして、
「うー」
「いいしいいし、親指いいしー。セクシーだしー」
「あの……」
 いまさらながらに。彼女に一体何をさせようとしているのだ。
「ほら」
「えっ」
「見るし」
「見るって」
「ユイフォンをだし」
「………………」
 ユイフォンは、
「うー」
 くわえている。指を。
「見ましたけど」
「ユイフォン!」
 再び彼女に向かって怒り出す。
「ポーズ忘れてんだし!」
「ほぉず?」
「そうだし」
 指導が始まる。
「首をかたむけんだし」
「う?」
「そーだし、それだし。いつもアホみたいに首かしげてるから、そこはうまいんだし」
「アホじゃない」
 そこは抗議する。
「とにかく、やんだし」
「うー」
 不満そうながらも、
「ほら、ちょっと中腰になって」
「う」
「お尻、つき出して」
「う」
「こうやって。上目遣いな感じで」
「う」
 素直に。次々と出される指示に従った結果、
「見るし」
「ああっ!」
 セ――
 セクシーだ。
 しかも、それは身体の細さというかくびれを強調したポーズで。
「やってみるし」
「!」
「アリスも」
「何を」
「ぷりゅり」
 ニヤリされる。
「なーに、しらばっくれてるし」
「しらばっくれてなんて」
「やるし」
「う……」
「ユイフォンみたいに。ほら」
「……で……」
 できない。
 というかやりたくない!
 無理だ。
 ユイフォンは細い。もともとが細い。だから、身体のしなやかさを強調するようなポーズが映えて見える。
 それに比べて自分は。
「やるし」
「なんで自分が」
「できないし?」
「だって、似合わないじゃないですか」
「そーゆー問題だし?」
「う」
 そういう問題――だと信じたい。
 というか、どんどん追いつめられていく。
「白姫だって」
 このままではだめだ。思わず、
「うまくいってないじゃないですか」
「ぷりゅー?」
 険しい目が注がれる。
 パカーンされる――とっさに身構えるも、
「ぷりゅふふん」
「な、なんで余裕なんですか」
「よゆーなんだし」
 鼻を鳴らし、
「シロヒメ、気づいたんだし」
「えっ」
「シロヒメは何だし?」
「は……?」
 なんなのだ、唐突に。
「白姫は」
 答える。
「白姫です」
「アホだしー」
「アリス、アホ」
「やめてください、ユイフォンまで」
「シロヒメがシロヒメなのは当たり前だし」
 ぷりゅぷんと。かすかに頬をふくらませた後、
「シロヒメは白馬だし」
 それこそ、当たり前ではないだろうか。
「白馬のとくちょーはなんだし」
「は?」
 特徴――
「白いことですか」
 あまりにまた当たり前すぎる答えに再び罵声――でなく罵いななきをあびると思ったが。
「正解だし」
「正解なんですか」
 正解なのはわかっているが。
「白とはどういう色だし」
「はい?」
 白とは――
「……う」
 白は白。思い浮かんだそれをそのまま口にすれば、今度こそ罵いななきは確実だ。
「ぼーちょー色だし」
「は?」
「白い色はぼーちょー色と言われているし」
「はあ」
 膨張色? 言われているのかもしれないが。
「シロヒメは白馬だから白いし。美白だし」
 美白――とは微妙に異なる気もするが。
「だから、ぼーちょーしても平気なんだし」
「へ?」
「最初から気にすることなかったんだしー」
 ぷりゅりゅん♪
「え、ちょ、あの」
 どういうことだ?
「白姫……」
 まさかとは思うが。
「だから、その、太っても平気と」
「太ったとか言ってんじゃねーし。ぼーちょーして見えてるだけだし」
「いやいやいやいや」
 無理がある。ありすぎる。
「それで」
 言う。
「依子さんに通用すると」
「ぷりゅ!」
 たちまち、
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 ふるえあがる。
 余裕のあっさり消えた目でこちらを見て、
「通用……しないんだし?」
「しないと思いますよ」
「けど、アリスがいるし」
「えっ」
 それはどういう。身を挺して依子からかばってくれと?
「そんな」
 思わずこちらもおびえる。
 が、すぐ、
(白姫は……友だちです)
 そんな彼女が頼りにしてくれているのだ。できる限りのことはしなければ。
「アリスは太ってるし」
「えっ!」
「う。太ってる」
「やめてください、ユイフォンまで!」
「事実だし」
「ううう」
 断言されると何も言い返せない。
「そんなアリスがそばにいるんだし。デブなアリスのほうに目を奪われて、結果的にシロヒメのほうには気がつかないと」
「って、こっちを囮にするんですか!?」
 友だちとして頼りにされていると思ったのに。
 いや、ある意味『頼り』にはされているのかもしれないが、
「そんな頼りのされ方はイヤです! やめてくださーーーーーーい!」


 どちらにしろ時間の問題と思えた。
「ユイフォン」
 恥を忍んで。
 というほどの葛藤はないまでも、深々と頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「う?」
 首をかしげられる。
「あの……」
 切り出すことにためらうも、
「お、お願いします」
「何を」
「自分を」
 言う。目を見つめ。
「鍛えてください!」
「うー?」
 ますます首をひねられる。
「なんで」
「なんでって」
 またも言葉につまる。
「その……」
「う?」
「察してくださいっ」
 無理だと思いつつも言ってしまう。
「わかった」
「えっ」
「察した」
「そうなんですか!」
 思いがけない返事に目を見張る。
「アリス、鍛えたい」
「そ、そうです」
「たるんだ身体を引き締めたい」
「う……」
 そうではあるのだが。
「わかった」
 うなずく。
「鍛えてあげる」
「ありがとうございます」
 頭を下げるしかない。
 事実、ユイフォンは細い。スリムだ。だからこそ、身軽な動きが可能であるし、人間離れした華麗な跳躍も披露できるのだ。
(学ばないと)
 騎士の修行とはまた別なところで。
 いかに自分をスリムに保つかを、彼女の日々の過ごし方から。
「う」
 不意に。胸を張られる。
「何してるの」
「えっ」
「うー」
 察しが悪い。そう言いたそうな目で、
「ほら」
「い、いや」
 得意げに胸を張られても、どう返せばいいのか。
「して」
「する?」
「うー」
 ますます不満げに。
「アリス、ユイフォンに鍛えてもらいたい」
「そうです」
「だったら、ユイフォン、師匠」
「あ……」
 そういうことか。
「よろしくお願いします」
 あらためて頭を下げる。そして、付け加える。
「師匠」
「うー❤」
 うれしそうに。頬が染まる。
「ユイフォン、師匠」
「はい」
「アリス、弟子」
「はい……」
 そういうことには、なる。
「うー」
 と、また不満そうな息をもらし、
「違う」
「えっ」
「弟子っぽくない」
「ええっ」
 それはどういう。
「ほら」
「また『ほら』ですか」
「弟子になりたくないの?」
「なりたくなくはないですが」
「うー」
 ますます不満げに、
「弟子っぽくない」
「具体的にどこが」
「偉そう」
「えっ!」
 そんなふうに言われたことはいままで一度もないのだが。
「アリス、弟子」
「はい」
「なんで」
「『なんで』とは」
 いや、たったいま師匠と弟子になったばかりでは。
「偉そう」
 くり返す。
「おかしい。弟子と師匠が同じ目線」
「あっ」
 そういうことかと納得するも。
「どうすれば」
「低くなって」
「えっ」
「ひざまずいて」
「ええっ」
 ひざまずく! そこまで!?
「やって」
「でも」
 さすがに抵抗がある。
「うー」
 ためらうこちらに、気に入らないという息がこぼれ、
「弟子失格」
「えええっ」
 それは困る。
「破門」
「いきなりですか!?」
 仕方なく。
「よ……」
 ひざをつき。
 額をつけるようにして頭を下げる。
「よろしくお願いします、師匠」
「うー❤」
 ますますうれしそうに。鼻が鳴らされる。
「よろしい」
「はあ」
 とにかくも、これで彼女のスリムさの秘訣を。
「うー」
「ええっ!?」
 またも不満そうな息。
「なんでですか。ちゃんとひざまずいてますよ」
「何してるの」
「だから、ひざまずいて」
「弟子、アホ」
「アホじゃないです」
「何してるの」
 再び言われる。
「すること」
「えっ」
「する。弟子のすること」
「え……」
 弟子のすること? それは一体。
「ユイフォン、師匠」
「はい」
「師匠にすること」
 ええと――
「よ、よろしくお願いします」
「それ、もうやった」
「ですよね」
「その先」
 その先?
「ううう」
 わからない。気持ちばかりがあせる。
「弟子、失格」
「そんな!」
 あわてて、
「なんでもします! 肩もみでもお茶くみでも!」
 我ながら古い感覚だとは思いつつ。
「やって」
「え?」
「う」
 背を向ける。
「肩もみ」
「はあ」
「やらないの?」
「わ、わかりました」
 すぐに、
「うー❤」
 もみもみもみもみ。
「気持ちいいですか」
「あんまり」
 それはそうだろう。肩もみなんて生まれて初めてやったのだ。
 というか、そもそも、
「こってるんですか、肩」
「こってない」
「ですよね」
 正直、自分も肩こりというのがどういうものかわからない。
「あの、とりあえずこれで」
「う」
 うなずいた。と思いきや、
「まだ」
「えっ、はい」
 すかさずまた肩をつかむが。
「違う」
「違うんですか」
「お茶」
「あ、はい」
 と言ってもいまこの場にお茶があるはずもなく。
「自分、お茶を淹れに行ってきますね」
「言われる前にやって」
「は、はい」
「うつけもの」
「えぇ~」
 すっかり師匠気分な彼女に、しかし、こちらも付き合うしかなかった。


「気が抜けておるぞ」
「はい」
「未熟者」
「はあ……」
 木陰に正座して緑茶をすするユイフォンに見守られながら。
 アリスは使い慣れない竹ぼうきを手に、庭に落ちている枯れ葉や細かなゴミを掃き集めていた。
(確かに、昔の修行でこういうっぽいのありますけど)
 あるけれど。
 自分が求めているものとは微妙にずれている気がする。
「剣禅一如」
「えっ」
「師父(シーフー)が言ってた」
 重々しく。
 正直そうはなっていないが、それでもそれっぽく。
「剣を学ぶことは心を学ぶこと。どちらが欠けてもいけない」
「そうですね」
 騎士にとっても同じことは言える。
「心を磨く」
「はいっ」
「お掃除する」
「はいっ」
 気合を入れなおし、ほうきの扱いに集中する。
(……でも)
 思ってしまう。
(心を磨くのはいいことなんですが、それとダイエットは直接関係ないような)
「アリスさん」
「!」
 そこに、
(はわわわわわわわわ)
 依子。
 思いもかけず。
 彼女もまたこちらと同じように竹ぼうきを手にしていた。
「お、お掃除ですか?」
 間の抜けたことを口にしてしまう。
「………………」
 無言で。冷たい視線を注がれた後、
「う!」
 その目が木陰のユイフォンのほうへ向けられる。
「ユ、ユイフォン、知らない」
 あわあわと。
 師匠風もあっさり消え、つまずきかけながら逃げ去っていく。
(ユイフォン……)
 ひどい。完全に置き去りにされたかたちだ。
「う……」
 再び。視線がこちらに移り、
「何をされているのです」
「!」
 あわてて、
「お掃除をしています!」
 さっさっさっさっ。
「………………」
 冷たい眼差しのまま、
「違います」
「えっ」
「そのように」
 語りながら。自分もまたほうきを動かし。
「大きく乱暴にふるっては、かえって掃いたものがまとまりません」
「はあ」
 確かに。
 彼女の動きは静かで、かつ無駄がなかった。それほど多くほうきが行き来しているようには見えないのに、たちまち塵が小さな山となっていく。
「アリスさん」
「はい」
 うながされ。見よう見まねでほうきを使う。
「………………」
 依子は、
「あっ」
 何も言わないまま。
 背を向けて、アリスの前から去っていった。
「えーと」
 ひとまず『合格』ということだろうか。
(それにしても)
 言われない。
 何も。
 掃除のことより、まずは自分のこの見た目のほうが気になると思うのだが。
「はううっ」
 ふるえあがる。いつか来るであろうお仕置きを想像して。
(これじゃ、生殺しですよ)
 とにかくもまだ何とかなっている(?)うちに何とかしなくては。
「っ」
 はっとなる。
(自分は)
 あせっている。必死にどうこうしようしている。それは依子の言う『大きく乱暴』な動きではないだろうか。
「………………」
 手にしたほうき、そして集まった塵を見る。
(小さく、無駄なく)
 つぶやく。心の中で。
 槍禅一如。
 そんな言葉が浮かぶ。
(同じ……なんですよね)
「わかったようじゃな」
「きゃあっ」
 突然に、
「ユイフォン」
「師匠」
「えぇ~」
 自分からさっさと逃げ出してしまったくせに。
「うー……」
 こちらの非難の視線にわずかにひるむも、すぐまた偉ぶって胸を張り、
「師匠じゃ」
「いや、『じゃ』なんて言ってなかったじゃないですか」
「言うのじゃ。師匠だから」
「はあ」
 正直、まったく似合っていない。
「それで」
 ほんのり。自分の中に落ち着きを感じつつ、
「次は何をしますか、師匠」
「う」
 かすかに目が泳ぐ。こちらの落ち着きが彼女にも伝わったらしい。
「うー」
「なんですか」
「生意気。弟子なのに」
「すみません」
「うー」
 ますます気に入らないという顔になるも、
「やる」
「えっ」
「ユイフォンも」
 そう言い、
「ほうき、取ってくる」
「あっ」
 去っていく彼女を見送る。
「一緒にお掃除をやる……ってことですか」
 師匠復活と思いきやだ。
「ふふっ」
 いいのかもしれない。それで。
(自分もユイフォンも)
 未熟。そんな彼女を『師匠』なんて、きっとお互いのためによくないことだ。
(そもそも)
 頼ろうという考え自体がだめだった。
(自分ですることなんですよ)
 ふん、と。
 軽く拳を握り、あらたな気持ちでほうき掃除を再開した。

「裏切られたし」
 恨みのこもった目で。
「白姫」
 思わず目をそらしながら。
「裏切ってなんて」
「裏切ったし!」
 いななき荒く。
「言ったし! 一緒にダイエットするって!」
「それは」
 確かにそういうことにはなっていたが。
「ムカつくし」
「ええっ」
「嘘ついたし」
「嘘なんてついたりは」
「ついたし! 騎士失格なんだしーっ!」
 ぷりゅーっ! いななき暴れ、手がつけられない。
「お、落ち着いてください」
「落ち着けないし!」
 ぷりゅきっ、と。こちらをにらんで、
「なんでだし!」
「なんでって」
「なんで! なんで、やせてんだし!」
 それは――
 それこそ、ダイエットをしたからだろう。
 いや、そうと強く意識することはなかった。
 小さく、無駄なく。
 その気づきに従って動いた。
 太る大きな原因となっていたお菓子についても、食べきれない分は食べきれないとはっきり断った。せっかくもらった物を無駄にしては、かえって申しわけないからと。
 普段の食事についても。
 ただ食欲にまかせるのでなく、一口一口をきちんと意識するようになった。
 目で見て、口に入れ、きちんと噛み、そして味わう。
 一つ、一つ。
 丁寧に日々を過ごしていく中でいつの間にか――という感覚だった。
「ぷりゅー」
 納得いかないといういななきがこぼれる。
「なんでだし」
「だから」
 どう説明すればいいのだろう。
 普通に、当たり前に。
 そう過ごしていたからだと言っても、納得はされないだろう。
「悪いことしたし」
「ええっ」
 思いがけない決めつけに、
「してないですよ、そんなこと」
「したし。なんか、悪いクスリとか」
「なんてことを言ってるんですか」
 するわけがない。
「とにかく、このままだと問題あんだし」
「えっ」
「シロヒメが」
 白い肌が青ざめ、
「目立ってしまうし……」
「それは」
 あれから。
 彼女の見た目にほとんど変化はなかった。
 というか、もはや『膨張色』でごまかせないくらいにふっくらして。
「白姫」
「!」
 ぷりゅびくっ。
 すかさず、アリスの後ろに隠れる。
「し、白姫?」
 驚いていると、
「白姫……」
 声が不安そうな響きを伴う。
「葉太郎様」
 現れた彼は、両手にいっぱいの野菜や果物を抱えていた。
「あの」
 そっと。後ろに語りかける。
「無理ですよ。隠れられてませんから」
「ぷりゅっ!」
 再び飛び上がり、
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 蹴り飛ばされる。
「って、なんでですか!」
 さすがに抗議する。
「アリスが悪いんだし」
「悪くないです!」
「悪いし! 隠れてるシロヒメを売り飛ばすようなことするから!」
「売り飛ばしてません! それ以前に隠れられてなくて」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「とんでもないアリスだし」
「とんでもないのは白姫です!」
「アリスのほうがとんでもないし! 隠れられてないなんて! シロヒメが太ってるからって!」
「そんなつもりで言ってません! 普通でも隠れられませんよ、白姫のほうが大きいんですから!」
「また言ったし! 大きくなってるって! 太ったって!」
「そういうことじゃありません!」
「あ、あの」
 割って入るようにおそるおそる、
「白姫」
「ぷ!」
 はっとなり、あわててまた隠れようとする。
「白姫……」
 つらさをにじませるも、意識して作ったという明るい声で、
「ほら、いろいろ持ってきたんだ。白姫が食べるかなって」
 新鮮な野菜や果物を前に出す。
「おいしそうでしょ」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 ふるえが伝わってくる。
 耐えているのだ。食べ物の誘惑に負けまいと。
「あの、葉太郎様」
 おそるおそる。
「白姫、いまはちょっと」
「大丈夫だよ」
 笑顔で、
「依子さんもいいって言ってくれたから」
「えっ」
「ぷりゅ!」
 共に驚きの声をあげてしまう。
(どういうつもりで)
 白姫の変化にはさすがに気がついているはずだ。
 気づいていないらしいのは、
「ほら、白姫」
「ぷりゅぷりゅぷりゅっ!」
 首が左右にふられる。
「白姫……」
 またも。心配そうに。
「食べないの?」
「ぷりゅっ」
 うなずく。
「……そう」
 目を伏せ、
「ごめんね」
 それだけをつぶやき。肩を落として去っていった。
「白姫」
 責めるような口調になるのは意識しつつ、
「なんでですか。葉太郎様がせっかく」
「食べられるわけねーし」
 力なく。こちらも言って、
「ぷりゅぅ……」
「白姫」
「ひょっとして」
 言う。
「ヨウタロー、シロヒメのこといらないんだし」
「なっ」
 驚いて、
「なんてことを言うんですか! 葉太郎様は白姫のことをとっても」
「だったら、なんでシロヒメをもっと太らせようとすんだし」
「それは」
 白姫に元気がないから。それでよろこばせようと純粋な気持ちで。
「失格なんだし」
「えっ」
「シロヒメが」
 ぷりゅり。肩を落とし、
「騎士の馬失格なんだし」
「ええっ!」
「はっきりわからせるつもりなんだし」
 涙がにじむ。
「騎士の馬失格だから。それでもう好きなだけ食べて太ってもいいって」
「なんてことを言うんですか!」
 本気で憤ってしまう。
「葉太郎様はそんなことを思ったりしませんよ! とても優しい葉太郎様で」
「優しいからなんだし!」
 言い返される。
「だから、シロヒメに優しくするんだし。『もう無理しなくていいから』って。あきらめられてるんだし」
「あきらめられてるなんて」
 言葉を失ってしまう。
「ぷりゅーっ」
「あっ」
 駆け去っていく。
「白……」
 いつものように追いかけようとして。その足が止まる。
(葉太郎様……)
 あきらめられてる。そんな。
 ただ――
(依子さんが)
 許したという。食べ物を持っていくことを。
(それって)
 白姫の言う通りなのか。あきらめてしまっているから、それで好きなようにしていいということなのか。
(そんなこと)
 ない。あるはずがないと。
 信じたい。
 ただ。
(葉太郎様は)
 優しい。それも事実だ。
 白姫がつらいなら。これ以上、無理をしてほしくないと思っているなら。
(自分は)
 どうすればいいのだろう。
 心の迷いが。完全に動きをフリーズさせていた。


「ねー、白姫は?」
「白姫はー?」
 次々と聞かれる。
「白姫はですね」
 どう答えれば。
「ふ、普通にしてますよ」
 普通――
 そう言えるのかと思いつつ。
「もう遊んでくれないの」
 はっと。
「それは」
 何と言えばいいのだ。
 嘘は、つけない。
「ごめんなさい」
 精一杯の。
 それが口にできる言葉だった。


 そして、
「白姫」
 呼びかける。返事は、
「っ」
 いななかれる。
 馬のように。
(いやいやいや)
 馬だ。白姫は。
 馬のように鳴いて当然なのだ。
 しかし、
(おかしいですよ)
 どうしても思ってしまう。
「ブラッシングしますね」
 返事はない。
 いや、軽いいななきは返ってきた。
 わかったというように。
(これって)
 コミュニケーションは取れている。そう思っていいのだろうか。
(普通なら……ですよね)
 しかし、自分の知っている『普通』は。
「白姫」
 呼びかける。再び。
 今度はいななきもなかった。
 無視というのでもない。
 届いていない。
 というか、やはり、いままでのことがおかしかったのだろうか。
「アリス」
「あっ」
 葉太郎だ。
「今日もありがとう」
「いえ」
 馬の面倒を見るのは、従騎士として当然のこと。
 そう。こうして普通に世話をすることが。
「白姫」
 葉太郎が呼びかける。
 かすかだが。反応が異なる。
「ちゃんと、アリスの言うことを聞いていい子にしてる?」
 ぶるるるっ、と。
「あ……」
 すり寄せる。鼻先を。
「今日は機嫌がいいみたいだね。よかった」
「あ、あの」
 思わず、
「葉太郎様は、その」
「ん?」
「………………」
 何と言えばいいのだ。
「……いえ」
 結局。
 仲良くむつみ合うところを邪魔してはいけないと、そっと一歩後ろに引く。
(仲良く……)
 そうとしか見えない。
 これでいい。そう思えてしまう。
「じゃあ、アリス」
「あ、はいっ」
「白姫のこと、よろしくね」
 心から。そんな眼差しを受け、
「はい、よろしくお願いされますっ」
 微笑。
 そして去っていく彼に、名残惜しそうないななきがこぼれる。
「………………」
 見送りながら。
 胸のもやもやが取れない自分を感じていた。


 それからも、お互いの距離が縮まることはなかった。
 そばにいるのに、遠くにいる。
 そんな感じだ。
(当たり前……当たり前なんです)
 言い聞かせる。
 何度も。
 それでもやはり、心が離れてしまった感覚をさびしく思わずにはいられない。
「あっ」
 思い出す。
 ダイエット――この変化のきっかけとなったそのことを。
(そういえば)
 最近の白姫は。
 馬らしく。
 いや、馬なのだから当たり前だが、とにかく以前のように馬離れした行為を見せることがなくなった。
 出歩くこともない。
 子どもやおじいさんおばあさんと触れ合うこともだ。
(お菓子だって)
 もらっていない。そういうことになる。
「あ、あの」
 思わず。お世話をしていた白姫に向かって、
「ちょっと待っててください」
 身をひるがえす。十分ほどで、
「これ!」
 両手いっぱいに抱えて持ってきたのは、
「みんなが白姫にって」
 たくさんのお菓子。それは町で会うたびにもらい続けていたもの。
 白姫の変化に戸惑うばかりで、どうしようということも決められないまま今日までたまり続けていたのだ。
「あの」
 言葉を選びつつ、
「もっと太ってほしいとかじゃないんですよ? みんなの気持ちですから」
 心持ち。真剣な顔になり、
「白姫と会いたがってますよ、みんな」
 不意に、
「きゃっ」
 鼻先を寄せられる。
「あのっ」
 ふんふんと。においをかがれる。
「何を……」
 戸惑っていると、
「あっ」
 お菓子の入った袋をくわえられる。
「いや、そのまま食べるのは」
「アリスさん」
「きゃっ」
 依子だ。
「あの、いえ、これは」
 とっさにお菓子を後ろに隠そうとする。
「はわわっ」
 落ちる。バラバラと。
 拾い集めようかどうしようか迷っていると、
「白姫さん」
 氷の眼差しが。背後に向けられる。
「ぷ……」
 はっと。
「白姫、いま――」
「アリスさん」
「きゃあっ」
 悲鳴をあげて飛びのく。
「白姫さん」
 向かい合う。
 視線を外さないまま、
「いつまでそのようにされているのです」
 はっと。
「あ、あの」
 それはどういうことか。はっきり聞こうとする前に、
「あっ」
 用は済んだと。背を向けられる。
「白姫……」
 ふり返る。そこには。
「う……」
 はむはむと。何事もなかったように草をはんでいる姿があった。

 こうして日は過ぎた。
「白姫ー」
「しろひめー」
 寄ってくる子どもたちに、うれしそうないななきがこぼれる。
「ふふっ」
 こちらも笑みをこぼす。
 変わらない。
 子どもに好かれるところは昔のままだ。
「あっ、危ないですよ」
 後ろに回ろうとした子どもをあわてて止める。
「見えないところから近づいたらびっくりしますよ。馬は繊細なんです」
 繊細。
 かつて、白姫にとってこれほどふさわしくない言葉があっただろうか。
「パカーンされたら大変ですから」
 自分はそれを受けまくっていたのだが。
(あっ)
 気がつく。
(パカーン……されてませんよね)
 されていない。彼女が『普通の』馬になってからずっと。
(いや、本当にそれが普通なんですけど)
 されているほうがおかしい。よく身体がもったなと思う。
(でも)
 さびしい。そう感じてしまう自分がいるのも事実で。
(いえいえいえ、痛めつけられるのが趣味とかでは決して)
 ない。
 そういうことではなくて。
「アリスちゃん」
「えっ、あ、はい」
 呼んできた女の子に、あわてて笑顔を向ける。
「元気がないの?」
「えっ」
「白姫」
 複雑そうな。それはきっと自分と同じ瞳。
「えーと、ですね」
 わずかに思案し、
「普通に……いい子ですよ」
 普通に。
 事実、特に元気がない様子は見受けられない。
 それでも物足りないのだろう。以前の彼女を知っている者には。
「大丈夫ですから」
 なかば自分にも言い聞かせるように。
 納得しきれない。そう言いたげに首をひねられるが、
「きゃっ」
 そんな女の子に鼻先が寄せられる。
「あははっ、白姫ぇー」
 心配していたことなど忘れたように。じゃれついてくる彼女に、こちらも喜びをあらわにする。
 そんな光景にあらためてほっとする。
 思う。みんなをここに呼んでよかったのだと。
 白姫が会いに来ないことをずっと気にかけていた子どもたち。
 そんなみんなの気持ちに押されるかたちで、つい「屋敷に来たらどうか」と口にしてしまった。
 それからがあわてた。
 屋敷には、居候させてもらっている身だ。
 それより何より、屋敷内のこと一切を取り仕切っている依子に許可をもらわなければ話にならない。最悪、殺(ぷりゅ)されてしまう。
 幸いにも。
 了承はすぐに得られた。
 そして、今日この日を迎えたというわけだ。
「よろこんでるね、みんな」
「あっ」
 隣に葉太郎が立っていた。
 彼は我が事のように――というより妹を見る兄の目で、
「白姫は人気者だから」
「で、ですね」
 こちらもうなずく。
「だから」
 ふっと。視線が沈み、
「このままがいいのかな」
「葉太郎様……」
 やはり感じているのだ。
 彼も。
 いまの彼女と、いままでの彼女の違いを。
「自分は」
 思わず。口を開き、
「その、白姫は、白姫がいいと思います」
 きょとんと。
(はわわっ)
 何をわけのわからないことを。
「そうだね」
 微笑まれる。
「白姫は白姫なんだよね」
「はいっ」
 こちらもうなずくしかなかった。


 いななき。駆ける。
(いいですよ……!)
 拳を握る。
 これだ。
 騎士の馬なのだ。
 白姫は。
 その真価は当然のように、
「行けっ」
 葉太郎の叱咤を受け、
(……え?)
 障害物を飛び越える。しかし、その跳躍は、
(ふ、普通ですよ)
 またも出てくる『普通』。
(いやいやいや)
 失敗したわけでない。むしろ逆で、乗り手と一体になった見事な飛び越えを見せた。
 それでも、
(普通ですよ……)
 思ってしまう。
 普通の跳躍。
 問題ない。一瞬そう感じるも、
(白姫は)
 騎士の馬なのだ。それが心の中でくり返される。
(だったら)
 普通の馬であってはならないのでは。
 槍を持った主人を背に乗せ、戦いの場を駆け抜ける。それが騎士の馬だ。
 現代においては破天荒とも言えることを騎士の馬は為さなければならないのだ。
(そうですよ)
 これまでのもやもやが形を伴っていく。
(普通だったらだめなんです)
 心のつぶやきに。確信を持つ。
「葉太郎様!」
 大きな声をあげて駆け寄っていく。
「アリス」
 とっさに白姫を止めると、困ったようにこちらを見る。
「だめだよ。危ないから」
「危ないんです」
「えっ」
「危なくていいんです」
 ますます困惑される気配を感じつつも、
「白姫は」
 言う。
「危ないから白姫なんです!」


「というわけなんですよ、白姫」
 言い聞かせた。が、
「う……」
 反応がかえってこない。相変わらず草をはみ続けている。
 普通に。
「ふ、普通じゃだめなんです」
 くり返す。
「葉太郎様のためにも」
 ぴくっ。
(やっぱり)
 そこは決してゆらがないところなのだ。
「白姫」
 声に。力をこめて。
「元の白姫に戻りましょう。普通じゃない白姫に」
 以前なら。
 ここで腹を立てた彼女にパカーンされていておかしくなかった。
 しかし、
「う……」
 来ない。
 これはこれで助かったというところだが、いいやそれではだめなのだと。
「白姫!」
 こちらから。
 身をさらけ出すように両手を広げる。
「パカーンしてください!」
 さすがに。よくわからないというように首をかしげられる。
「う……」
 以前の彼女でもこんな反応を見せただろう。いや、逆に、嬉々としてパカーンをお見舞いしてきたかも。
(いやいや、そこまで悪い子じゃないですよ)
 悪い子になってほしいというわけではないのだ。
(そこははっきりさせないといけません)
 ぐっと。無意味ながら拳を握る。
「白姫!」
 ばっと。またも両手を広げ、
「飛びこんできてください!」
 反応は――
 ない。
「う……」
 それでもめげず、
「飛びこんできてください!」
 くり返す。
「自分、受け止めますから」
 しかし、
「うう……」
 相変わらず。もう興味は失せたというように草をはんでいる。
「あのぉ」
 さすがに低姿勢になり、
「自分たち、友だちですよね」
 こちらを見る。
「っ」
 通じた? と思いきや、すぐまた草に興味が戻る。
「ううう……」
 通じない。
 通じているのかもしれないが相手をしてもらえない。
 これではこちらの一人相撲だ。
「あっ」
 思いついたというように、三たび両手を広げる。
「相撲ですよ!」
 大きな声にまたもこちらを見たところで、
「相撲をとりましょう! 友だち同士で仲良く相撲を!」
 沈黙。
「さあ!」
 地面に両拳を置く。
 そこに、
「変」
「えっ」
 ふり向くと。あきれた目のユイフォンがこちらを見ていた。
「アリス、変」
「ええっ」
 あわてて、
「変なんかじゃ」
「変」
 だめを押される。
「なんで相撲」
「それは」
 説明しようとして、しかし、それが不可能と気づく。
「なんで……だったんでしょう」
「変」
「そんなつもりは」
「アホ」
「アホじゃないです」
 そこはどうあっても否定しておく。
 が、煮詰まっておかしくなっていたことは否定できず、
「どうしましょう」
「どうにもならない。アホ」
「アホじゃないです!」
 頑なに否定する中、白姫はやはりのどかに草を食べ続けているのだった。

「問題だと思いませんか」
「う、問題」
「ですよね」
「アリス、アホ。問題」
「アホじゃないです。もうやめてください、それは」
 くじけそうなところをぐっとこらえ、
「白姫のことですよ」
「白姫の?」
「はい」
「うー」
 しばし考えて、
「問題?」
 首をひねる。
「だって」
 すこしひるむ自分を感じつつ、
「白姫のことですよ。おかしいじゃないですか」
「おかしい」
「ですよね」
「アリスが」
「って、なんでですか!」
 絶叫してしまう。
「白姫、普通」
「だから、その『普通』が問題というか」
 言いながらも声は弱々しくなっていく。
「問題ない。普通」
「けど」
 うまく説明できないながらも、
「それで……いいんですか」
 訴える。目で。
「うー」
 困ったように。眉根が寄る。
「普通」
「はい」
「いじめてこない」
「それは」
 いいことなのだが。
「普通」
 くり返す。と、目が伏せられ、
「さびしい」
「ですよね!」
 ぱっと笑顔になり、思わず手を握る。
「取り戻しましょう!」
「う?」
「白姫に! 元の白姫を!」
「うー」
 再び眉根が寄せられ、
「変」
「変ですか」
「よくわからない」
 軽く。頭をふって、
「普通じゃないほうがいいの?」
「そういうことでは」
「いじめられたほうがいいの?」
「それはまったくないです」
 さすがに。
「だったら」
 と言いかけ、言葉に詰まる。
「うー」
「ユイフォン」
「ユイフォンは」
 言う。
「白姫は白姫がいい」
「ですよね」
 つまりは。
「押しつけたくない」
「えっ」
「白姫が」
 言う。すこし目を伏せて。
「いまの白姫がいいのなら……わがまま言わない」
「う……」
 正しい。
「で、でも」
 それでもだ。
「無理をしていたら」
「う?」
「いまの白姫がです」
 心持ち力をこめ、
「無理をしていまの白姫だったら、どうします」
「うー」
 眉根を寄せる。
「わからない」
「そうですか」
 自分もはっきりこれがいいとは言えない。
 けど、
「知りたいです」
「う?」
「友だちですから」
 言う。確かな想いで。
「本当の気持ちを知りたいです。友だちとして」
「う」
 うなずく。
「同じ」
「ですよね」
「友だちだから」
「ですよね」
 うなずく。
「わかりました」
 気持ちが通じ合えた。
「……で」
 言う。
「どうしましょう」
 かくっ。肩が下がる。
「アホ」
「アホじゃないです!」
 さすがに説得力がない。
「あ、やっぱり、みんなで相撲を」
「アホ」
「やめてください、くり返すのは!」
 涙目で訴える。
「好きなこと」
「えっ」
「好きなことをすればいい。白姫の」
「そ、それですよ!」
 思わず声が跳ね上がる。
「白姫の好きなことといえば」
「いじめ?」
「確かに、好きというか、よくいじめてはきますけど」
 そういうことではないと。
「歌ですよ!」
「う」
 ユイフォンもうなずく。
「白姫、歌、好き」
「ですよね!」
 力が入る。
「歌いましょう!」
「う?」
 またも首をひねられる。
「誰が?」
「自分とユイフォンがですよ。それで白姫をおびき寄せましょう」
「うー」
 不審の眼差し。
「大丈夫?」
「えっ」
「聞いたことない」
「何を」
「アリスの歌」
「それは」
 確かに、白姫のようにみんなの前で突然歌い出すようなことはないが。
「大丈夫です」
 言い切る。自分にも喝を入れるように。
「がんばりますから」
「うー」
 ますますの不審。
「あやしい」
「なんでですか」
 ひるみつつも、
「じゃあ、歌ってみせます。ここで」
「わかった」
 着席。
「う……」
 ひざを抱えて目の前に座られる。さすがに緊張してしまう。
「いきますよ」
 それでも覚悟を決めて、
「――♪」
 歌った。
「うー」
 パチパチパチ。
「アリス、上手」
「ありがとうございます」
 ほめられて、さすがに悪い気はしない。
「ユイフォンも」
 立ち上がる。
「――♪」
 歌う。
「うわあ」
 パチパチパチバチ。
「ユイフォンも上手ですよ」
「ありがとう」
 ぺこり。頭を下げる。
「これならいけますね」
「いける」
 うなずく。
「じゃあ、いく」
「あ、待ってください」
 歩き出そうとした彼女をあわてて止める。
「せっかくだから、みんなの前で歌いましょうよ」
「みんなの前で」
「そうです」
 拳を握り、
「みんなが楽しそうにしていたら、きっと白姫も気になりますよ」
「う。気になる」
「自分も歌ってみたいって気になりますよ」
「う。気になる」
 くり返しうなずく。
「あっ」
 とそこで気づいたように、
「みんなが集まるんですから、一緒に相撲も」
「それはいらない」


 そして――
「これから何が始まるのだ」
 わくわくと。
 アリスたちが暮らす屋敷の主人――六歳の少女・鬼堂院真緒(きどういん・まきお)が期待に目を輝かせる。
「歌です」
「おお」
「ユイフォンたちが歌う」
「おお!」
 ますます目を輝かせ、
「それはすごいな!」
「そうですか」
 思った以上の絶賛にさすがに照れ入ってしまう。
 一方で、
「ユイフォン、すごい?」
「うむ!」
「うー」
 得意そうに胸を張る。
「ユイフォン、すごい。媽媽(マーマ)の娘だから」
 媽媽――
 まだ六歳の真緒のことを彼女はそう呼ぶ。そして、実際、母親のように慕っている。
「――♪」
「あっ、ユイフォン」
 突然歌を始められ、さすがにあわてる。
 しかし、機嫌よく歌うのを見て、いまさら止めるのも無粋だと後ろに下がる。
「おお!」
 パチパチパチッ。
「いいぞ、ユイフォン」
 絶賛の拍手。
「うー」
 ますますうれしそうに頬を染める。
「――♪」
「え、ちょっ」
 続けて。新たな歌が始まる。
「あの……」
 さらに、
「う……」
 三曲目。
(いやいやいや)
 これでは、ユイフォン・リサイタルだ。
「あのっ」
 四曲目に入ろうとしたところでさすがに。
「う?」
「ユイフォンばかり歌うのは」
「そうだ」
 真緒が前に出る。
「歌うぞ」
「えっ」
「私も」
「ええっ」
「う!」
 大はしゃぎで、
「媽媽も! 一緒に歌う!」
 すっかり盛り上がってる二人を前に何も言えず、
「――♪」
(えーと)
 いいのだろうか、これで。
「楽しいな、ユイフォン」
「楽しい」
 楽しいのはいいのだが。
「あの」
 忘れてはいないだろうか。こうして歌っているのはそもそも――
「ほら、葉太郎」
「ええっ」
 真緒に手を引かれ、思い切り戸惑う顔を見せる。
(葉太郎様の歌……)
 聞いたことがない。興味をそそられる。
(って、そうではなくて)
 頭をふる。
「ほら、依子も」
「ええっ!」
 今度の『ええっ』はアリスだ。
「ちょ、真緒ちゃん、そんな」
 この場にいてくれているだけでも奇跡なのだ。もし怒らせたらお仕置きも。
「わかりました」
「……え」
 いまの『え』もアリス。
 そして、
「……う……」
 その独唱を聞いた一同は、
「おお……」
 真緒の感嘆の息。それが全員の拍手になるまで時間はかからなかった。


(ぷりゅったく)
 わかってない! みんな、ぜんぜん!
 ぷりゅぷりゅイライラ。
(特にアリスだし)
 ぷりゅー。鼻息が荒くなる。
(なんなんだし。すげー、うっとうしいんだし。うぜーんだし)
 思い返すたびにぷりゅイラが募る。
 そこに、
(!)
 聞こえてくる。
 歌声。みんなの楽しそうな。
(ぷりゅー)
 ますます募る。ぷりゅイラが。
(シロヒメだって)
 歌いたい。
 口にしかけた言葉を飲みこむ。
(……だめなんだし)
 噛みしめる。
 そうだ、だめだ。
 馬なのだから。
(シロヒメは……馬なんだし)
 それは誇りでもある。
 おろそかになっていた。気づかされた。
(馬なんだし)
 くり返す。心の中で。
(シロヒメは馬だし。ヨウタローの馬だし)
 そこが大事なのだ。
 ゆずれないのだ。
(ぷりゅーか)
 ぷりゅイラから、ぷりゅムカに変わり、
(なんか『ナニナニの馬』って言い方にいいイメージないんだし。『ナニナニの犬』とおんなじで。馬も犬も悪くないんだし。どっちもいい子で賢い子なんだし)
 イライラの矛先が別のところに向かい始める。
(ぷりゅーか、ぷりゅーか。シロヒメのことを)
 複雑な思いを交えつつ、
(人間みたいに賢いとか、言ってほしくないんだし)
 悪意がないのはわかっている。
 人間が嫌いというわけでもない。
 むしろ好きだ。かわいがってくれるのだから。
(ぷりゅでも、ぷりゅでも)
 ゆずれないのだ。
 まして、こちらが『自分を人間だと思っている』なんて見られたりするのは。
 違う、違う! まったく違う!
 馬だ。
 馬なのだ。
(シロヒメは馬なんだし! 馬に決まってるんだし!)
 心の中で。力説する。
(妹はいいんだし)
 葉太郎に妹みたいにかわいがられている、というのは許せる。
(おかしくないんだし。家族なんだから)
 けど、そこでも主張はあって、
(それより、ぷりゅより『ヨウタローの馬』ってところがじゅーよーなんだし。だって)
 騎士の馬なのだから。
 母から、祖母から、そのまたずっと前からの。
 誇りなのだから。
(だから)
 ぷりゅっ。唇をかみしめ、
(ゆずれないんだし)
 ゆずれない。
 だから。
「白姫」
(ぷ!)
 不意打ちだった。

(ぷ……)
 ――葉太郎。
「近くにいると思ったよ」
 あわてて。
 ヒヅメを返し、何事もなかったように草をはむ。
 馬のように。
「白姫」
 くり返し。
「行こう」
(!)
 それは。
(ぷ……)
 なんて。
 なんてひどい葉太郎なのだ。
 なんてひどいご主人様なのだ。
「あっ」
 そっぽを向くこちらに、驚きの声がこぼれる。
「白姫……」
 後ろ髪。
 というか後ろたてがみを引かれる。
 それでも、彼女はそっぽを向き続けた。
「ごめんね」
 なんであやまるのだ。
 もっと堂々としていてほしい。
 ご主人様なのだから。
(だから)
 自分は彼にふさわしい馬でありたいのだ。
 立派な馬に。
 ご主人様である彼が誇れるような。
 それを何もわかっていないのだ。
「白姫」
 くり返し。
 だから、こちらの機嫌をうかがうようなその呼びかけはやめてほしい。
 情けない。
 もっと厳しくあってほしい。
 いいのだ。
 彼の馬なのだから。
 そこら辺のアリスやユイフォンが接してくるのとは違うのだ。
 だから、
(………………)
 言いたい。
 いななきを大にして。
(………………)
 言えない。
 言ったら、それは。
 また――
「白姫」
(!)
 葉太郎ではなかった。
(ぷ……)
 アリスだ。
(ぷぅぅ……!)
 本人を前にしてめらめらと。
 怒りが燃え上がる。
 アリスだ。
 一緒にいて、いつの間にかこんなことになってしまっていたのだ。
 パカーンしてしまいたい。
 思う。けど、
(ぷぅ……)
 できない。
 騎士の馬がそんな乱暴なことはしない。
 戦いのとき、猛々しい。普通、そういう馬は日ごろから荒々しいものだが、自分は由緒正しい騎士の馬なのだ。
 しつけられている。生まれたときから。
 そんな自分が、わがまま放題に暴れたりできるわけがないではないか。
 それこそ主人の名誉にかかわる。
「あの、し、白姫」
 それでもこちらの怒りを察したのだろう。おそるおそる、
「いいんですよ」
(!)
 何がだ。何を言っている。
「無理をしなくても」
 無理! なにが無理だという!
 そんなものはない。これが本当の自分だ。
 馬なのだ。
 馬が馬であることになんの無理も、
「白姫」
 そこへ彼まで。
「僕は」
 言う。
「そのままの白姫がうれしいな」
 ――!
(そ……)
 そんなことを言われたって!
 馬なのだ。
 そのままでもう馬だ。
 それを、これ以上、もうどうそのままであれと。
「白姫」
 抱き寄せられた。
(………………)
 ずるい。
 間違っていない。
 主人が愛馬をかわいがるのは。
 それでも、
(ずるい)
 思ってしまう。
 逆らえない。
 そうではないか。
 ご主人様なのだから。
 そのままの自分であれと言われたら――自分は。
「白姫」
 アリスまで。
「いいんですよ」
 だから何が『いい』のだと。
「自分は」
 言う。
「そのままの白姫が好きです」
 知らない。知ったことではない。
 自分は葉太郎のことだけを。
「家族だよ」
 その葉太郎が。
「家族です」
 アリスも。
(ぷ……)
 家族――
「家族なんだから」
 間近で。
 優しすぎる眼差しでこちらの目を見て、
「いいんだよ」
 くり返される。
「……ぷ……」
 気づいたときにはすでに、
「ぷりゅぅ」
 すりすりすり。
 甘える鳴き声と共に頬をすり寄せていた。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅ」
 ごめんなさい。その想いを伝える。
「ふふっ」
 微笑まれる。
「いいんだよ」
 あくまで優しく。たてがみをなでられる。
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅりゅ」
 語りかける。
 これまでこらえていたものがあふれ返るように。
 そうだ。
 家族なのだ。
 家族が通じ合えないなんてあってはならない。
 隠し事はいけない。
 そうだ。
 最初からそういうことだったのだ。
「いいんだよ」
 くり返し。優しく言ってくれる。
「ぷりゅっ」
 すりすり。その優しさにゆだねるように、頬ずりをくり返す。
「そうですよ!」
 そこに興奮した声で、
「白姫は家族なんです! いいんです!」
「ぷりゅー」
 うっとうしい。
 となると、することは決まっていた。
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 澄み切った青空の下にヒヅメの音が気持ちよく響き渡った。
 いいのだ。
 これで。

「白姫ー」
「しろひめー」
 人気者だった。今日も。
「ぷりゅー」
 うれしそうないなきをあげ。鼻先をすり寄せる。
「よかったね、白姫」
「元気になってよかったね」
 次々と。子どもたちに笑顔がはじける。
 それを見ていると、こちらもうれしい気持ちになってくる。
(よかったんですよ)
 思う。心から。
「あっ」
 身を乗り出す。
「白姫、これあげるー」
「はい、これー」
「あ、ち、ちょっと」
 あわてて割って入る。しかし、
「う……」
 どうしよう。
 子どもたちのくれるお菓子。
 それがすべてのきっかけとなったのだが。
「あの」
 意見を求めるように後ろをふり向く。
「あっ」
 食べていた。
「し、白姫」
 驚いて、
「いいんですか」
「ぷりゅ?」
 首をひねられる。
「いや」
 ここでそういう反応をとられても困るのだが。
「いいんですか」
 あらためて。耳元に口を近づけ、
「また太るようなことになったら」
「ダイエットするし」
 あっさりと。
「はあ」
 そうきっぱり言われてしまうと、こちらは返す言葉を失う。
 しかし、それがうまくいかなくて、この間までのちょっとした『事件』になってしまったのではないかと。
「ちょっとくらい太ってもいいんだし」
「ええっ!」
「いまは」
 ためらいなく。口にする。
「みんなの気持ちのほうが大切なんだし」
 はっと。
「白姫……」
 正直。胸を打たれた。
(すごいですよ)
 感嘆の想いが止まらない。
 そうだ、その通りだ。
 お菓子を食べて太ってしまったとしても、そのことは取り返せる。
 けど、気持ちは取り返せない。
 いまこの瞬間の。
 それは何よりも大切にするべきものなのだ。
「その通りです!」
 声に出して。感動を伝える。
「ぷりゅっ」
 ふん、と。
 かすかに鼻を鳴らしたそこには、当然だという誇らしさがにじんでいた。
「自分も」
 大事にしなくては。みんなのあたたかな気持ちを。
「はい、アリスちゃんにも」
「あっ」
 お菓子が差し出される。
「ありがとうございます。おいしくいただかせて」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 高々と。受け取ろうとしたお菓子と共に舞い上がる。
「ぷりゅっ」
 ぱくっ。
 落ちてきたお菓子を器用に口でキャッチする。
「うわー、すごーい」
「白姫、すごーい」
 ぷりゅーん。得意げに胸を張る。
「ぐふっ」
 すこし遅れてアリスも落下する。そちらは当然のように無視される。
「なんでですか、白姫!」
 さすがに抗議する。
「なに言ってんだし」
 やれやれ。
「落ちてきたお菓子は食べるけど、落ちてきたアリスなんて食べれるわけねーし。おなかをこわしてしまうし」
「そういうことではなくて」
「シロヒメ、アリスのことを思ってしたんだし!」
 ぷりゅしっ!
「自分のことを」
 思いがけず、
「そーだし」
 ぷりゅ。うなずかれる。
「そう……なんですか」
 自分のことを思って。だとしたら、やはり、
「大丈夫ですよ」
 胸を張る。
「自分、また太ったりしないようちゃんと自己管理は」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 蹴り飛ばされる。問答無用。
「なんでですか!」
「わかってねーしー」
 やれやれ。
「ちょーしに乗らないようにだし」
「えっ」
「アリスが」
 ぷりゅしっ。またもヒヅメさし、
「自分も人気者だなんて誤解しないように」
「誤解って」
「誤解も誤解だし」
 力をこめ、
「はっきりさせとくんだし。人気があるからお菓子もらえてるんじゃないって」
「でも、もらえたのは事実で」
「だから、違うんだし」
 まったく引かず、
「逆だし」
「逆?」
「人気がないからだし」
 ぷりゅーん、と、そっぽを向き、
「アリスなんて人気ねーし。ぜんぜんねーし」
「そこまで言わなくても」
「だから、あわれまれてるんだし」
「あわれまれてる?」
「そーだし」
 うなずく。
「みんな、優しいんだし。だから、友だちの一人もいない人気のないアリスをかわいそうに思って」
「なんてことを言ってるんですか!」
 あわてて抗議する。
「じゃあ、優しくないって言うんだし?」
「そんなことは」
「ひどいアリスだしー。だから、自己管理できないんだし。太ってしまうんだし」
「それとこれとはまったく関係ないです!」
 懸命に言う。
「でも、だいじょーぶだし」
「えっ」
「シロヒメ、教室開くから」
「教室?」
 何のことやら。
「ダイエットだし」
「は?」
「シロヒメのぷりゅエット教室だし」
「また『ぷりゅエット』ですか!」
 ぷりゅーん。得意げに、
「見事、ぷりゅエットに成功したシロヒメだし。どんなアリスでもやせさせてしまうんだし」
「いや、まだ太ってませんし、この間は自分で」
「うるせーしっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「このようにパカーンしまくることで効果的にダイエットを」
「しないでください! やせませんし、ケガするだけです!」
「ケガなんてしないし。シロヒメがパカーンするんだから」
「へ?」
「アリスをパカーンしまくることで運動とストレス解消の両面からダイエットに」
「って、何なんですか、それは! 開かないでください、そんな教室―ーーーっ!」
 絶叫と共に、子どもたちの笑い声がはじける。
 青空の下。
 いつもと変わらない平和な時間があった。

シロヒメのドキドキぷりゅエット大作戦なんだしっ❤

シロヒメのドキドキぷりゅエット大作戦なんだしっ❤

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-23

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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