終電車横浜Version

終電車横浜Version

錦糸町の集まりに、やめた祥子も・・。

 前作「終電車」の粗筋。
 終電車
いよいよ、女性が社を辞め其の関係者数人での送別会に主人公も顔を出す事になった。 だが、三人の男性の内自分以外の二人のうち、一人があの噂の女性の上司だ。あまり気が進まなさそうで・・やはり彼女の事が気にかかる。 送別会当日の夜の事。小田急特急ロマンスカーは男三人とも終電車に乗りたくないから購入していたものだった。銀座での送別会が終わり新宿まで戻って来た男性三人に女性一人。小田急御改札口で女性と別れた三人だったが・・三人で共にロマンスカーに乗ろうとしたのだが主人公が切符が見当たらないと言い出した。発車のアナウンスが聞こえ、二人はやむなく先に乗る。ロマンスカーが出て行くのを横目で確認しながら、主人公が走った先は・・女性の乗る中央線のホームだった・・。



 藤堂のいる会社で新しいカラオケstudioがオープンし、其の記念式が行われた。
 新規オープンされた店は千葉県との境に位置する総武線の錦糸町駅の近くにある。
 カラオケと言えば個室が幾つもある狭い部屋を思い浮かべるのだろうが、この会社の店は丸いstageがある金をかけたもの。
 社長は都内にかなりの数のテナントビルや賃貸マンションを持つ不動産業と高利貸の会社を経営している。
 その息子の専務は、武者修行目的で取引先の銀行に3年程勤めた後に本来は父の後釜を目指すべきところ。
 ところが、お坊ちゃん育ちの専務には社長の様なハードな世界での会社経営は好まなかった。
 其処で、父親に専務がカラオケチェーンをやってみたいと言ったようだ。
 そうは言っても社長は金銭感覚は一回りも二回りも大きいから、当然ながら店も大規模なものになる。
 社員全員の他に、社を辞めた金谷祥子もゲストとして招待された。
 そもそも、祥子が退職したきっかけは上司の渡辺に騙され関係を迫られたが、渡辺は妻がおり遊ばれただけ。
 性格が良い祥子にとり、其の事で失意のあまり手首を切るという事までやったのだが、心の傷という後遺症は既に残っていない。
 藤堂に取ってみればまるきし他人ごととは思えない日々が続き、偶に仕事で出掛けたついでに二人で会い話をする事もあった。
 とは言っても、藤堂は渡辺と部こそ違え年は同じ、方や祥子は十近く下の三十半ば。
 恋愛というにはやや相応しくないようにも思えた藤堂だが、祥子の送別会の時の姿が脳裏に浮かべば、何か憐れを感じるのだが、其れだけではないものも感じていた。
 一方の祥子は渡辺との悪夢は断ち切れた様で、すっかり立ち直り婚期を逸したという思いは無いようだ。
 大きな部屋の真ん中に位置する円形のstageで順番に歌を唄いながら、今一つ盛り上がりを見せずに時間だけが過ぎていく。
 社長は硬派で経理の二号さんだけしか興味を示さないだろう。
 其れでは、専務はと言えば甘いマスクの優男の割には社内の女性に人気が無い。
 というのは、育ちの良い坊ちゃんなりに部下の女性達を激励するつもりなのだろうが。
 癖の様で・・、励ますのは良いのだが、女性の肩などに触れる。
 男性から見れば何でも無いが、或いは海外ではkissやハグが当然のように行われる光景がよく見られる。
 此の海外の風習も慣れていないと此の国では戸惑う者が少なくは無い。
 其れに、今の若者は自分達の独特なanimationのような世界を知らずに築いている様に見える。
 世代の差が歴然としてい過ぎ、祥子は其の狭間(はざま)で何方にも属さないのかも知れない。
 世代の思考形態はある意味単一化されてきており、政府の決めや上司の指示にしても、右と言われれば右、左は左と深く考えない。
 要は個性が無くなった時代と言えるのかも知れない。同じ三十代の女性とは違う考え方を持っているのが祥子であり、そう言う意味では、まだ藤堂共意思の疎通が図れる。
 studioのお披露目もそろそろ終わりに近づき、二人は祥子の社員時代を思い浮かべるように、待ち合わせを。




 前回もお披露目前の建築中に、男子社員だけで此処に集まった事があったが、其の時には藤堂は自らの車で来、帰りは首都高速の中央環状線を抜け最短距離で自宅に戻った。
 今回は飲酒が前提だったから、来る時は総武線で来たが、帰りは・・。
 皆が錦糸町の駅に向かい歩く姿を見ながら、逆に・・。コンビニの中で待ち合わせをした。
 祥子が雑誌に目を通している。店内の物陰から暫くその姿を見ていた藤堂。
 あの送別会の時の様な虚無感はない・・が、此れからどうしようかなど?
 帰りは電車でなく二人はタクシー乗り場に向かい、それ程待ち人もいない乗り場からタクシーに乗る。
 最も近くて料金も安いのは首都高中央環状線で一万程度。何かそうでは無い道を通ってみたかった。
「寄り道して行かないか?」
「・・何方方面かしら?」
 其れを話す間も無く運転手が行き先を聞いた。
「お客さん何処までですか?」
「湾岸線を取り敢えず横浜まで・・」
 横浜までは海岸線を真っ直ぐに走る。左手から、幕張方面からの路線が近付いてくるが、その手前でレインボーブリッジから中央環状に抜ける車と反対方向に分かれた連中だ。
 実に気分の良いコースだが、料金はかなり高くなるから運転手はほくほく顔だ。
「横浜のマリンタワーの辺りのホテルで少し腹を足して行くっていうのは?」
「ええいいわね・・私の家からだと横浜は遠いから偶には面白そう。其れにあそこでは皆御摘みに手を付けた程度で、家に帰ってから食事でしょうから?」
 この会社では忘年会などの思い切りはしゃぐような宴会は無いが、其れはきっと社長が年輩のせいで、途中で二号さんとアパートに向かうのだろう。
 其れに男性は管理職で、女性は二十代の事務員だからどう考えても一緒に飲む様な雰囲気にはならない。
 車は八十キロ近くの速度を出しているが、此の当時は首都高速は道路脇に明らかに気付くcameraがある程度で、運転はし易いだろう。
 高速以外の一般道では昼間は良く取り締まりをやる。高速でも東名高速以外の、中央高速・東北自動車道・上越自動車道・等では高速道路上で人類によるRadar探知機と白旗などで違反者を止めるが大抵同じ場所で張っている事が多かった。
 横浜そごうデパートの辺りで、後程走る第三京浜と別れ此の国で二番目くらいの高さを誇るランドマークタワーの横を通過する。
 この建物にも69階にレストランがあり、最上階の70階まで高速エレベーターが40秒で結ぶ。
 ベイブリッジが左手に見える頃は正面にマリンタワーの青い灯りがとても綺麗に見える。
 その手前にホテルがありそこまで向かう。其処でタクシーを駐車場で待たせて置き二人はレストランに。
 黒い海が波の音を立て、氷川丸に山下公園が窺える。窓際に向かい合って陣取りメニューから好きな料理と飲み物が二人が挟んでいるテーブルに並べられた。
「取り敢えず乾杯!」
「時々君の顔を拝見できるが、此処のところ久し振りだから?変わりないでしょ?」
「ええ、平凡な毎日でも、母と二人で退屈とは言えないほどには。買い物とか街に出たり?仕事は探そうかなと思っているんだけれど・・?」
「・・実は僕も何時までも此処にはいたくないから・・専門職で転職をと考えているんだ」
「藤堂さんなら専門職にピッタリね?」
「若し良かったら。僕が転職をしてから・・君も同じところに呼ぶ事が出来るかも知れない?尤も法務と言っても女性は事務だからいいんじゃないかな?」
「・・あら、いいな。藤堂さんなら気心も知れているし?・・まあ、以前の様な事は滅多にないから?」
 今ほど不倫などという言葉が大ぴらに使われる事も無く、あったとしても短期間で終わるのが普通だった。
 案外赤の他人だけではなく、簡単に親しくなった時には他人の奥さんだったなどという事もない事は無いだろう。
 人類なら浮気やそういう事はついて廻るとは言え・・二人には其れはあり得ない。
 尤も、祥子はまだ若いのだから何時でも気に入った男性が見つかれば結構だとも思う。
「・・横浜の雰囲気は、只海があって・・というのではなく、地方とは異なる都会の港という風が感じられる・・。地方の様な何かを干してあるような匂いとかではなく・・港横浜は洒落ているから?」
「ああ、僕も横浜は好きでね。学生時代から馴染んでいたから」
 学生時代にはキャンパスから横浜に来る事も少なくなかったが、当時は渋谷も上品な街で落ち着ける遊び場所だった。
「ワンマン社長とお坊ちゃんの専務の同族会社では、如何にもこじんまりし過ぎているから・・」
 藤堂は彼女と渡辺とを思いだしてからすぐに消し去った。
「専務のレベルは仕方ないが、あの社長も苦労人だが癖があってね。機嫌の良い時はリンカーンコンチネンタル左ハンドルを運転してみるか?など言ったかと思えば、そうでない時には、例えば銀行で散々皮肉を言われ帰社すると機嫌が悪くてね。まあ、高利貸が出来るんだから度胸はあるんだろうが・・一度こんな事があってね?母から社長に送った郷里の名産物なんだが、Elevatorの中で社長と二人になった時に・・あの、・・は拙いね」
 どういうつもりで言ったのか?誰かと間違えたのか分からないが・・驚いたよ」
「まあ、失礼ね・・。やはり、自分の手で此処まで気付き上げたという自信と共に自惚れと銀行からの皮肉が混在しているのかも知れないわね?」
「・・あ、よく分かるね」
「・・偶にマクドナルドで打ち合わせをする時に、珈琲に入れたミルクの小さな入れ物を舐める癖は有名よね?」    
「・・うん、新聞配達をやりながら日大を出たという苦労人だからなんだろう。しかし、個人会社がこじんまりとし纏まっているというのなら良いのだが・・やはり、金は持っていても・・二号のあの女性の器量ではね?役員でやはり日大の相撲部出身の彼ね?あの社長は一度は部下を突き落とすようなことをやるんだ。其れで、あの役員は夜中の二次に社長の自宅にご機嫌伺いに言ったというのだから、ちょっとした立身出世話どころでは済ませられない逸話だな?」
「渡辺さんは・・そう言う事は無かったのかしら?」
 祥子にしては最も口に出したくない相手の名を出して来たが・・。
「・・渡辺は確か横浜国立大学を卒業し噂では税理士の資格を持っていると言うが・・まああり得なくは無いだろう。あそこは経済・経営学部などは評価が高いから‥しかし、其処が彼の自惚れにも通じているような気がする。知識はあるが何処か僕などとは違うアンバランスな面も持ち合わせているから。だから・・」
 其の後は言えない、だから、女性を玩具に出来るのかも知れないと続けられたが・・其れでは彼女にとっては再び悪夢を見る事になってしまう。
「・・まあ、そんな事もあり・・次は専門職で自分を試そうと思ってね?」
「・・あら、藤堂さんなら・・まるきし違う・・優しいから・・」
「優しければ良いというものでも無いんだが・・此れは生まれつき・・両親から嫌でも体に覚えさせられた事で・・教育者だったから。尤も今は教育者は兎角やり玉にあげられる様で、教員だからこうあらなければならない・・という押し枷のようなものだが、実際に教え子と結婚するなどはあるようで、昔の教育者には無かった事だが・・まあ、好き嫌いはどうしようもないだろうが?都の教育委員会だったか?子供の方から、教員を異動させてくれという希望通りに・・何方も浅はかと言えそうだ。政治家はやはり先生と呼ばれ、弁護士もそうだが、教育者の先生とは意味が違う。其れでもうちの父の口癖は・・【先生と呼ばれる程の馬鹿で無し・・】だった。本当に真面目で優しい教育者だった・・」 
 二人の話は何時の間にか二時間にも達していた。
「・・そろそろ帰らないとお母さんが心配するから、引き揚げようか?」 
「そうね・・お願いします」



 運転手を待たせ悪かったが、料金メーターも相当上がったのだからまあ、良しとしよう。
 第三京浜方面に向かい、国道16号線に入れば、後は藤堂の家に寄る事になる。
「・・また、僕の方がはっきり決まったら君の就職も宛にしてくれて構わないから?」
「・・有難う御座います・・将来の上司さん?・・将来の・・?」
 彼女の言葉は其処で終わったが、どんな事を言おうとしたのかは・・また、何時の日か?



 運転手に十万程渡し、彼女を送ってくれるよう依頼する。残りは彼女に渡しておいて・・と。
「・・電話するよ・・」
「・・きっとよ・・きっとね?」
 藤堂は彼女の瞳を見ながら・・黙って頷いた・・。



 タクシーの赤い尾灯が去って行った・・。



 衛星は大きさを誇らしげに見せている・・やがて冬が来・・その次に春・・。 




 タクシーの排気ガスの匂いが薄ら(うっすら)漂っているかのよう・・案外、二人で眺めていた港横浜の風情がすぐ其処に残っていた・・。




「愛嬌というのはね、自分より強いものを倒す柔らかい武器だよ。夏目漱石」


「我々の生活に必要な思想は、三千年前に尽きたかもしれない。
我々は唯古い薪に、新しい炎を加えるだけであろう。芥川龍之介」



「 幸福というものは、受けるべきもので、求めるべき性質のものではない。 求めて得られるものは幸福にあらずして快楽なり。志賀直哉」



「即興演奏 by europe123」
https://youtu.be/J2TIqAx9h7E
    
 

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人類には・・いろいろな事情がある。

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且つての傷を忘れる事が出来るか? 年の離れた二人の物語は・・聊かも人類臭さが感じられない・・。 湾岸高速を走るタクシーの先にはランドマークにベイブリッジ・マリンタワーの美しい青い光が。 何も無くても・・其れで良し。 更に何か感じられたのであれば・・其れは・・きっと、素晴らしいもの・・去っていくタクシーの尾灯と・・二人の見た港横浜の風情が・・。「きっとよ・・きっと・・」

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-21

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