還暦夫婦のバイクライフ 6

ジニー、富士山を見たくなる2日目

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 掛川市の民宿福田屋さんで豪勢な朝食を腹いっぱい詰め込み、8時50分2日目の目的地のビーナスラインを目指し、出発した。
「さてリンさん。昨日の反省を踏まえて、今日はナビ様の言う通りに動きまっせ」
「了解。菊川インターまでね」
ジニーが前を走り、後ろからリンが指示を出す。
「この先右折、一つ目の交差点を左」
ジニーは指示通りに走る。
「道が左にゆっくりカーブして、橋を渡ってずっと道なり」
「おー。言った通りの道だ。今日はナビ様調子いいぞ」
「普通だから。でもゆっくり走ると指示遅れが無いわ。次、右折」
こんな調子で、本日のナビ様は二人を迷うことなく菊川インターまで導いた。
「いやー。初めてナビ様が役に立った気がする」
「ジニー、そんなこと無いって。いつも知っている道走るからナビを使わなかっただけだし、以前山陰行った時は、ちゃんと活躍したでしょ?」
「山陰に行った時?」
「まったく。もうろくするにはちょいと早いわよ」
そんなやり取りをしながら、ETCゲートを通過する。
「静岡向いていきますよ」
「了解」
導入路から速度を上げて本線に入る。風切り音が大きくなり、インカムが聞こえなくなる。手前の山に見え隠れする富士山が、だんだん大きくなる。しばらく無言で走り、やがて日本坂トンネルが見えてきた。
「リンさん、日本坂トンネルだ」
「え~、何~?」
「日本坂トンネル。昔大事故があって、車両火災がすごかったらしい。トンネルから黒煙が噴き出す映像を、テレビで見た憶えがある」
「何かごちゃごちゃ言っても、何も聴き取れませーん」
「そうでした・・・」
再び沈黙が始まる。
清水JCTで中部横断自動車道に乗り換え、甲府向いて北上する。速度が遅くなって静かになったので、インカムの通話が復帰した。
「そろそろ休憩したいな」
「ジニー、この先に道の駅がある。そこで休憩しよう」
「了解です」
やがて見えてきた南部ICで降りて、道の駅なんぶに止まった。
「うわー。すごい車の数。人もいっぱいおる。バイク停めるところ・・・あの隅っこなら良いだろう」
「ジニー、いつも思うんだけど、こういう施設って、なんでこうもバイクを止めるスペースが無いのかな。せいぜい3台くらいしか止めれないスペースしかないし。バイクでツーリングする人達って、5台や10台で動くのにね」
「まあ、止めにくい所には、ライダーたちは寄り付かないよな。車のスペースに止めてると、ちょっと視線感じたり、あからさまに嫌な顔されたりね。中にはここはバイク禁止だっていうところもあったな」
「あったねー。あれはびっくりした。有名な観光地なのに、あれから車でも二度と行かないもんね」
二人はぶつぶつ言いながら、店内に入った。地元の特産品やお土産を見て回り、みのぶまんじゅうと、お茶カレーのレトルトを買った。農産品とかもたくさん置いてあり、それを目当ての大勢の人たちでごった返している。身延をベースにしたアニメのコーナーもあり、すごい活気だ。
「さて、みのぶまんじゅうもゲットしたし、行きますか」
「うん」
11時ちょっと前、二人は道の駅を出発して再び中部横断自動車道に入った。しかし運悪く、遅い車が引っ張っている長い車列の後ろに付いてしまう。メーターを見ると、40Km/hしか出ていない。
「わあ~、蛇の頭遅い!自動車道なのに」
リンががっかりして叫ぶ。
 十五分余り我慢の走行を強いられた後、蛇の頭はICから降りていなくなり、やっと普通の速度になった。甲府で中央道に乗り換え、ちょうど12時に諏訪ICで高速から降りた。すぐ近くのドライブインに止まり、昼ごはんにする。
「なんか昔よくあった、観光バス仕様のレストランみたい」
「今でもそうだと思うよ。駐車場にバスが何台も止まっていたから」
店内に入ると、混雑はしていたが席を確保できた。ジニーはかき揚げそば、リンは湖畔の釜めしを買ってきた。
「うん。おいしい。さすが看板料理。おいしいよー少し食べてみー」
二人はお互いの料理をシェアする。
「ああ、確かにこの釜めしはうまいな。炊き込み系嫌いな僕でも、うまいと感じる」
「そばもおいしいよ、普通に」
「普通かい!」
ジニーは苦笑した。
 ご飯のあと30分ほど休憩してから、二人は出発した。R152に入り、ビーナスラインの標識の下を通り、しばらく走って県道191号に乗り換える。そのまま山道を上がっていくとやがて御射鹿池に到着した。本日の目的地の一つだ。東山魁夷の絵のモチーフになったところで、きれいに整備された公園には、多くの人が訪れていた。風もなく、鏡のような水面が周囲の景色を映しこみ、美しい。いろいろな角度で景色を堪能し、気が付けば1時間余りも滞在していた。
「リンさん。そろそろ行こう。時間が押してる」
「オッケー。では次は蓼科湖ね。ここからは再びナビ様登場でーす」
リンはナビを呼び出し、前を走る。ジニーは後ろをついてゆく。来た道を戻り、しばらく走った所で右折する。
「こっちに案内されているけど、大丈夫かな?やけに細い道だけど」
「うーん。僕の頭の中の地図では違うような気がする・・・・あ、案内板出た。蓼科湖こっちで合ってる」
「ジニー。今日はナビ様の言う通りだね」
「任せます」
リンはナビの案内通り走る。やがて道路標識が出て、迷うことなく蓼科湖にたどりついた。
「ここも人がいっぱいだねー。でも、ボートとか出てないなー。雨降りそうだからかな?」
「はいっ、次行きますよ」
写真を撮りまくっていたリンが、用事は済んだといわんばかりにジニーを急かす。
 休憩もほどほどに、再びビーナスラインを走り出す。
「あんまり路面良くないな。リンさん、この先展望所とかあるみたいだけど」
「いい。そのままスルーで。雲が厚くて見晴らし悪いし、雨降りそうだし」
「わかった。じゃあ、白樺湖まで一気に行きます」
ワインディングロードをテンポよく走り、もうすぐ白樺湖というところで、ついに雨が降り始めた。
「わあーリンさん。ついに来たー。しかもざあざあぶりだー」
「大丈夫、これくらいの雨なら、櫛谷のウェアがガードしてくれるから。あ、着いた。白樺湖」
二人は湖畔のローソンに入った。広い駐輪場の、歩道橋の下の雨がしのげる所を見つけ、バイクを止める。しばらくお天気の様子を見るが、雨は全く止むそぶりを見せない。
「ジニー、今日はずっと雨だわ」
リンが雨雲レーダーを確認して、ジニーにも見せた。
「ああ、これはもう美ヶ原高原は無理だね。カッパ着て、宿まで直行しよう」
ジニーはバッグからレインウェアとブーツカバーを出して、リンに渡す。自分の分も出して、着始める。
「今年は時々雨にあたるなー。ゲリラ豪雨にも2回やられたし。しかも2回とも善通寺走ってた時だったな。僕は今年の雨男か?」
「そうかもね。でもまあ今回は雨に降られるのは織り込み済みでしょ。昨日と今日の午前中、降られなかっただけでも良しと思うよ」
リンは雨も気にならないようだ。雨用グローブをはめて、そそくさと白樺湖を後にする。県道40号線からR152へ右折して、上田を目指して走る。路面が完全にウエットなので、ゆっくり走る。
 本格的に降る雨の中を1時間弱走る。そろそろ疲れが出てくるころだ。しかも眠いようで、リンがしきりにあくびをする。
「リンさん、この先に道の駅があるみたいだから休憩しよう」
「賛成、眠い!」
それから少し走った所で、道の駅マルメロの駅ながとに着いた。屋根付きの通路に置いてあるベンチで、レインウェアやブーツカバーを脱いで身軽になる。
リンが看板を見つけて急に元気になる。
「ジニー馬鹿バーガーだって。ぜひ食べよう」
早速売店に入って、店内を見て回る。いろいろな特産品や野菜とかが並べてある。しばらくうろうろして、やっと注文システムを理解した。
「なるほど、レジで注文するのか」
ジニーはレジ待ちの列に並んだ。
「馬鹿バーガーと五平餅1個ずつ、それとホットコーヒー2つください」
「はい、ありがとうございます」
ジニーが会計を済ませると、店員さんにあちらでお待ちくださいとイートインコーナーを案内された。そこでしばらく座って待つ。程なくして注文品が出来上がり、受け取ってテーブルに並べた。
「いただきます」
ジニーがバーガーに喰いつく。
「うまい」
ジニーはリンに手渡した。
「ほんと、おいしいね。もう一個頼めば良かったかな?」
「いやいや、晩御飯入らなくなるよ」
「それもそうね」
そう言いながら、リンは五平餅に喰いついた。
「これは予想通りの味ね。でも、おいしい」
二人はかわるがわる五平餅と馬鹿バーガーを食べ、コーヒーをゆっくり味わって体を休める。外は相変わらずしとしとと雨が降っていた。時計は16時30分を示している。
「さて、そろそろ動きますか」
ジニーとリンは席を立ち、外に出て雨装備を身に着けた。
「ナビ様よろしく」
リンがナビを起動する。
「リンさん。さっきスマホの地図で確認したんだけど、この先でR254に乗り換えて、少し行くと右手に県道65号のトンネルが見えるから、そっちに曲がるよ」
「了解、ナビ様もそのルートを案内してるわ」
「じゃあ、出るよ」
 少し小降りになった雨の中、R152からR254に乗り換え、その先の県道65号へ右折する。ナビに導かれてトンネルを抜けて郊外を抜けてゆく。そのままR143に乗り、すぐにR18に突き当たる。R18を北上し、千曲市向けて北上する。
「ジニー、ナビ様がR18から外れた道に行こうとするんだけど」
「そうなん?じゃあいう通りに行ってみよう」
ジニーは不安になるが、自分の脳内ナビが使い物にならないのを痛感しているので、大人しくナビの指示に従った。ナビはどうやら、千曲川の右岸堤防道路に誘導しているようだった。うっすらと暗闇が迫る中、ひたすら走る。こんなに走るのかと不安になった頃、県道340号に突き当たり、ここで左折の指示が出た。対岸へ橋を渡ったところで、大きな神社が見えた。
「リンさん。あの神社の向かい側に、今日の宿のうずらやさんがある。やっと着いた」
「あそこ?」
「うん」
左岸に渡ったすぐの所を右折して、少し走った左手に、うずらやはあった。時計は18時少し前を表示していた。宿の人が2名、玄関先で出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。お疲れさまでした。バイクですが、こちらの軒先に留めていただいても良いでしょうか?」
見ると、そこは玄関横の軒が張り出している雨の当たらないところだった。駐車場の後ろ側が2mほど空いていて、通路になっている。
「オッケーです」
ジニーはなるべく壁際に寄せるようにして、2台のバイクを止めた。雨装備をほどいて、荷物をバイクから降ろす。二人で荷物をロビーに運び、フロントでチェックインする。しばらくして、仲居さんが部屋まで案内してくれた。
 ジャケットを脱ぎ、部屋で荷物を解く。レインウェアをハンガーにつるして、バスルームにぶら下げる。
「やれやれ、疲れたー」
ジニーが畳の上にひっくり返る。
「お茶入れようか?」 
「うん、よろしく」
熱いお茶と、名物のうずらもちで一息入れる。
「夕食は19時からだから、先にお風呂行こう」
「わかった。例によって僕の方が早いから、鍵持っていくよ」
ジニーは大浴場でささっと温まってから部屋に戻った。リンが帰るのを待つ間、地図を見ながら翌日の段取りを考える。最初考えたのは、戸隠に朝行って、降りてきて美術館と善光寺、15時に長野を出発して、19時に多賀S.Aと思っていたが、今回時間の読みが甘いというのがよく分かった。第一目標は長野県立美術館東山魁夷館だから、これは外せない。となると、戸隠をあきらめるか?しかし、リンが行きたいと言っていたので、ジニーは悩んでいた。
「お待たせー、ご飯行こう」
リンが部屋に帰ってきた。時計を見ると、もうすぐ19時だった。
「地図見とったん?」
「うん。戸隠行ったら、後がちょっと大変かなって思って」
「あー、無理無理。戸隠行ったら、後は全部ボツになるよ。今回は魁夷がメインだから、戸隠はパスね」
「え、リンさん行ってみたいって言ってたのに?」
「そのうち行けばいいや。天気のいい日にね。それよりさっさとご飯行こう」
随分あっさりと言われて、ジニーは拍子抜けした。
 広い宴会場で、大勢の人が夕食を楽しんでいた。仲居さんに案内されて、二人は席に着いた。お品書きが用意されていて、見ると、和のコース料理になっていた。食前酒にリンはワイン、ジニーは冷酒を選ぶ。
「わあ、このワインおいしい。どこのだろう」
「さっき仲居さんが説明してくれたけど、実はよく聞こえなかったんだよね。地元のワインって言ってた気がするけど」
「え~。ちゃんと聞いといてよ」
あなたもねと、ジニーが心の中でツッコむ。
「あとで仲居さんに聞けば?さて、この豪勢な料理を、じっくりと頂きますか」
ジニーとリンは追加でビールやワインをもらい、おいしい料理にすっかり満足して、幸せな気分になって部屋に戻った。
「おやすみ~」
ほろ酔いになったジニーは布団に倒れこんで、あっという間にいびきをかき始める。
「ジニー明日は・・・早っもう寝とるし」
リンは店開きした荷物を片付ける。
「あっそういえば、ワインの銘柄聞くの忘れてた。残念」
リンは窓のカーテンを開け、外の景色を眺める。しとしとと雨が降っている。向かいに見える山の中腹に、列車が走っているのが見えた。
「明日は晴れますように」
リンはつぶやいて、カーテンを閉めた。




 

還暦夫婦のバイクライフ 6

還暦夫婦のバイクライフ 6

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-16

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