新潟経由

こないだの十月の

今年の十月の初旬、一日。父が死んだので、関東圏に住んでいる私と姉は父の葬儀の為に実家に帰省する必要が生じた。ちなみに書くべきことではないかもしれないが、このつい前日まで私と姉は実家に居た。秋田の、秋田の片田舎に。実家。そこが実家。
「死んだんだってー」
姉から父の死について連絡が来た際、
「おいマジかよお父さんよ」
って私は言った。それは言う。言わせてもらう。仕方ない。これは言わずにはいられない事。言わないといられない。我慢なんてそんな事出来ないです。
「もー、昨日死んでたら関東圏に戻ってくる必要も無かったのに」
これももう言わせてもらう。恨まれるとか関係ない。っていうか父に恨まれるとかそんな事あり得ないよ。先祖に恨まれるとかそんな事もあり得ない。みんなそう思ってる。みんなそう思ってるだろ。
「昨日死んでたらなー」
って。
「じゃあやっぱり昨日死んでたらなー」
って。死んだ父だけは大笑いしてるかもしれない。それはもう捧腹絶倒かもしれない。生前あんまりそういう事の無かった父だ。死んだあと位は大笑いしてもいい。もしこれが私だったら爆笑してる。満点大笑い。525キロバトル。ボキャ天大座布団。
それから九月の下旬に帰省していた理由は、
「父がもう危ないから、一回見舞いに来てほしい」
と母親に言われたから。だから姉と揃って帰省して週末病院に見舞いに行った。そこに居た父はもう完全に死ぬ雰囲気、イキフンだった。死相とかそういうレベルじゃない。死ぬもう。もう死ぬぞこれ。っていう感じだった。今ここでウーバーイーツかなんかでピザ頼んだとしたら、ピザ来る前に死ぬかもしれない。そういう感じだった。でも、父は耐えていたんだろうと思う。
「一回関東圏に戻るまで」
とか、思ってたんじゃないかと思う。私は思う。だって、何せ、関東圏に戻ったその日の夜。もうすぐ日が変わるっていうその時に、
「父、死にました」
って電話来たんだもん。完全に狙ってただろ。父。愉快犯だろ。父。
「だから、また切符とって」
姉は電話口でそう言った。実家帰省時は私がえきねっとで切符を取ることになっている。ルミネカード持ってるから私。ルミネビューカード。年会費千円ちょい。ただしかし、時間は零時。
「朝の五時までえきねっと検索も出来ないし、見ることも出来ないんですよね」
愉快犯。愉快犯に違いない。父。ちなみに父が病院で息を引き取ったのは、二十三時五十分とかだったかな。えきねっとで切符がとれない時間帯に死ぬとかさ。父。お父さん。
「とりあえず五時になって、切符の検索が出来るようになったらまた連絡します」
姉との通話を終えた。
それから五時になるまで、落ち着かなかった。尻の座りが悪い感じだった。見舞い時の帰省の時は、前もって言われていたから多少、一日二日だけど、前もって切符とった。取れた。取れたけどなあ。父死の今回はもう今日の今日でしょう。どうだろうなあ。
「混まない時期だから大丈夫だろうは思うんだけどな」
でも、心配だ。ダイジョブかな。だって今回ばかりは待ってもらえないでしょう。葬儀って待ってもらえないでしょう。ちょっと待ってくださいって出来ないでしょう。焼くの待ってくださいって出来ないでしょう。
「もうすぐ来るって。先始めちゃおうぜ」
主役のまだ来ない焼肉とは訳が違うでしょう。火葬ってさ。市役所になんか書類出して、申請通って、この日のこの時間にとか、そういうのあるでしょう。うかうかしてたら死父が腐っちゃったりするでしょう。
「大丈夫かなあ」
そんで、悶々としてる時に、ふとひらめいた。
「秋田新幹線がとれなかったら、最悪新潟経由で帰れるかな」
っていうか、新潟経由で帰りたいな。
というのも、以前に新潟経由で帰った際に、新潟から秋田に向かういなほ、特急いなほの中で、新潟の駅ナカのぽんしゅ館の下の魚沼釜蔵で買ったお弁当を床にぶちまけた事があって。あってそういう事が。だからそれのリベンジをしたいと思っていた。かねてより。このまま何もせずに時間が経つと、きっとあの思い出がトラウマのようになると思っていた。だからなるべく早くにもう一回いなほに乗りたかった。そんで今度こそ魚沼釜蔵で買った海鮮丼を綺麗に食べて、で、ぽんしゅ館で買ったスイートデビルっていう梅酒を飲んで、んで、日本海でも眺めながら寝たいと思っていた。それをしたいと思っていた。
「父の死をフックとして、新潟経由で帰るっていうのはどうだろうなあ」
そう考えるともう新潟経由で帰るのがいいような、それが正しい選択の様な気がして仕方なくなった。
「新潟行ったら、マントン行くでしょ。あとブックオフ行って、隣のガチャガチャもやってもいいな。んでドトールの隣のカレー屋さんでカレー食べるでしょ。あとぽんしゅ館でしょ。魚沼釜蔵でしょ」
いい気がする。父が死んだついでに。ちなみに秋田新幹線だと秋田まで四時間くらい。まあ、家まではなんやかんやの五時間半かな。上越新幹線ときで新潟行って、そっからいなほだとなんやかんやのまあ、最低でも八時間くらい。詰めて詰めてそれでも、七時間はかかると思うんだよなあ。
「そう考えると、あんまり変わんねえしな」
五時を待ってえきねっとで検索を始めた。とにかく私と姉はその日中に家に到着していればいいらしかった。そうすれば、次の日葬儀から参加可能。
「秋田新幹線高いしなあ」
それに今日の今日だしなあ。早割も無い。往復割りだけちょっとっていう感じ。
「お、おお、おおおお」
それに比べると、ときいなほ、新潟経由の方がやっぱりちょっと安い。ちょっと。多少。ただでも、いなほは一日三本しかない。そうなるとどうしても最短では帰れない。
「あー、これだと酒田でなあ。二時間くらい止まるなあ」
どうしたもんかなあ。
「あ、母親に車で迎えに来てもらえばいいんじゃないか」
酒田まで。県超えるけど。山形県酒田市酒田駅まで。車で迎えに来てもらえば。ついでに酒田駅の近くにある本間美術館とか行ってもいいし。そのような旨を姉に相談出したところ、
「母親も父が死んであれかもしれないからさ、それは無理じゃないかな」
って言われた。で、それを言われたとき初めて。
「あ、確かに」
って思った。そう言えば父死んだんだよな。って思った。
「そうか、新潟経由で帰りたいばかりに」
ちょっとの間、人としての、人の、人間の心を持ってなかったな私って思った。
「人間じゃなかった時間があったな」
私。父死んだのに。いなほでお弁当を食べたいばかりに。
「そうかあ」
人間じゃなかったよ。ちょっとの間だけど。
秋田新幹線で帰省した。
年末、新潟経由で帰省します。

新潟経由

新潟経由

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-14

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