深世界へ

深世界へ

 ずっと沈み続けている。足元、つまり上を見ると、自分の航跡とその奥の僅かな光しか見えない。
 奥の光は徐々に暗くなっていて、もうしばらくすれば見えなくなるだろう。ずっと深くに、沈んでいるのだから。

 始まりは唐突だった。底を見ようと下を見ていたら、後ろからものすごい力で押されて、見るだけのつもりだった底に向かう羽目になったのだった。
 顔に冷たい感覚があって、最初はひどく慌てて藻掻いたが、すぐにどうすることもできないことが直感で理解できた。

 だから今は沈んでいる。さっきまで見えていた足元の光がいま完全に消えた。
 完全な暗闇に包まれるかと思ったが、入れ替わるように光の粒が周りを漂うようになった。キラキラと光る点々はほのかな明るさだが、暗くなる一方だったあの光よりはよほどマシだった。

 どうして自分は突き落とされたのか、どう考えてもよくわからない。自分はただ暗い底がすこし気になっただけだというのに。未知は未知だからいいのに、それを暴かなくてはならないのだろうか。
 未知なことが気にならないといえば嘘になるが、それを暴くのは自分である必要はないではないか。何故か怒りが湧いてきた。なんだか情けない。
仕方がない、こうなればもうヤケである。いっそのこと底まで行こうではないか。

 気がつけば周りの光の粒が多くなった気がする。このまま行くなら、底は光の粒で満たされているのだろうか。だとしたらまた眩しい世界になるかもしれない。だが、むしろそれは嫌かもしれない。
 漆黒に包まれているほうがむしろ安心感すら感じる。明るくて煩い世界に戻されてもかえって辛いような気がする。

 突き落とされる前の自分もそんな考えだっただろうか。もうよく思い出せなくなっている。妙なことだ、しばらく沈んでいるとはいえ、突き落とされたのはついさっきのことではないか。
 突き落とされるよりも前の記憶は、底を見ようとする視点だけだ。

 増えていた光の粒は、存外すぐに元の量に戻っていた。底はまだ遠いようだ。他に変化がないか辺りを見回してみたが、均一に散っている光の粒以外は何も見えてこない。
 せめて底に着くことができれば、まだできることがありそうなのに。何もできないまま沈まざるを得ない。いずれはこの世界に溶けていくしかないのかもしれない。底も見れずに。

 もう何もできない。

 ...

 いやだ

 それはいやだ。

 底が見たい。

 ならばもっと速く沈むしかない。

 必死で足をばたつかせると、光の粒の流れが速くなったような気がする。
それに手でもがけばさらに速くなる。
 顔に当たる光の粒が眩しくて少し痛いがもうどうだっていいことだ。
 もう、ずっと深くに行くしかないのだ、自分にできることはそれしかないのだから。

 探査機の最終加速開始が確認できました。一時的に処理レベルが低下していましたが現在は予定通りに駆動しています。
 それにしても、開発部はなぜ探査機に人間の思考を模したシステムの搭載にこだわっていたのでしょうか。先程の処理レベルの異常な低下も、そのシステムが悪さをしていたように思われるのですが。
 えっと、なるほど?最終地点を探そうとするのは人間にしかできないことだからってことですか?
 人類の繁栄の背景はそうだったかもしれないですけど....必ずしもすべての人間がそうというわけではないのでは?みんながみんな冒険心に溢れてたら好奇心で死んでるんじゃないですかね。
 夢のないことをって言われても...ですがそうですね...あの最終加速を見る限りあれに意思があるのは間違いないですね。あの深宇宙探査機は。

 ディスプレイにはどんどん遠ざかっていく小さいが明るい光の粒が一つ表示されている。

深世界へ

読んでいただきありがとうございました
またね

深世界へ

ずっと沈み続けている。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-13

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