夜ノ町 R

夜ノ町 R

 コノ町ハ真夜中ノ最果テ。
 封ジラレタ瓶ノ中。
 深海ノ岩陰。
 盲目ノ目蓋裏。
 星屑ガ灯火。
 僕ハ記ス。
 鋭ク整エタ鉛筆デ。
 柔ラカナ紙ヘ。
 刻ム傷。
 傷ハ転ジテ光ト成ル。
 僕ハ光ル傷ヲ記ス。


  一.

 Rガ丘ノ工場カラ戻ッタ。
 月デ磨イタ様ニ光ル義足ヲ貰ッテ来タ。
 ソレハ漂ウ海月ノ透明サ、Rガ歩ケバ万華鏡ガ花ヲ散ラス様ニシテ色ヲ放ツ。
 余程僕ハソレニ見蕩レタノダロウ。
 Rガ触レテ良イト云ッテ義足ヲ伸バシタ。
 シカシ僕ノ指紋デ汚スハ如何ナモノカ。
 月光ノ万華鏡ヘ渦巻ク指紋。
 否。
 断ルト、Rハ鼻ヲ反ラシテ僕ヲ見下ス。
 気分ヲ害シタヨ、私ハ。
 否。
 見給エ、僕ノ指紋ハ恐ロシク奇妙ナ渦ヲ巻イテ居ル。
 満月ヨリ円ク目ヲ開イタRハ、僕ガ広ゲタ手ヲ覗ク。
 Rハ両手ヲ僕ノ手ヘ重ネル。
 渦ト渦ノ狭間デハ何ガ生ジルノダロウネ。
 ソウ云ッテ万華鏡ソノモノトシテ笑ッタ。


  二.

 Rハ右脚ヲ失クシテコノ町ヘ来タ。
 不慣レナ松葉杖ノ奏デル音ニ不機嫌ノRヘ小包ガ届イタ。
 ソレハ長方形ノ箱。赤イ紐デ緊縛サレテ居タ。
 箱ヲ開ケルト真白ナ骨ガ出テ来タ。骨ノ端ハ潰レ、亀裂ガ薄ク生ジテ居タ。Rノ手ヨリ垂レタ紐ガ一筋ノ血液ノ様ダッタ。
 Rハ骨ヲ右ノ太腿ノ下へ充テガッタ。
 今更接着不可能ダネ。
 Rノ内側へ嘗テ在ッタ白イ骨ハ、神経モ血管モ筋肉モ失イ、空気ニ晒サレテ乾燥シテ居タ。
 コレヲ宝物トシテ金庫ヘ納メルコトモ出来ル。
 又ハ粉砕シテ川ヘ流スコトモ出来ル。
 サテ如何シタモノカ。
 Rハ僕ノ肩ヲ木琴ノ様ニ骨デ叩キ呟ク。
 肩ノ内側、僕ノ骨ニ鈍ク振動スル音。僕モ骨ヲ剥キ出シテ、Rノ骨ト直ニ触レタラ、愉快ナ音楽ニ成ルダロウカ。
 君、チョット付キ合イ給エ。
 Rニ骨デ頬ヲ叩カレ妄想ガ破レタ。
 星屑デ作ラレタ街灯ノ道ヲ行キ、町外レノ荒野迄、Rハ何ヒトツ喋ラズニ松葉杖ヲ操ッタ。背負ウ鞄ニ骨ガ在ル。
 町外レノ荒野ハ風ノ衝突スル音ガ響ク、地平線ノ場所。
 何処カデ聞イタコトノ有ル風ノ音。
 風ニ耐エテ地面ヘ這ウ草ダケガ仄カナ光ヲ放ツ。
 町カラ伸ビル線路ガ暗闇ノ奥ノ奥ノ奥ヘト吸イ込マレテ行ク場所。
 Rハ線路ノ上ニ鞄カラ取リ出シタ骨ヲ置イタ。
 列車ハ何時来ルトモ来ナイトモ知レナイ。
 少ナクトモ僕ハ列車ヲ見タコトハナイ。
 風ノ吹キスサブ線路ノ彼方、星サエナイ暗闇ノ深クヲ、Rハ暫ク見ツメタ。
 置イテ行クヨ、失クシタ物ガ欲シイ訳デハナイヨ。
 風ニ乗セテ闇ヘトRハ輪郭ノ有ル声ヲ送ッタ。
 ソシテ部屋ヘハ帰ラズ、丘ノ工場ヘト入ッタノダッタ。
 僕ハRヲ工場ヘ送ッタ後、町外レノ荒野ヘ戻リ、遺棄サレタ白骨ヲ拾ッタ。
 ソレハ僕ノ秘密ノ箪笥ヘ大切ニ保管シテアル。
 無論Rハ知ラナイ。
 
 
  三.

 鳥ノ群レガ旋回シタ。
 星灯ニ翼ガ煌メク。
 Rノ細イ指ガ空カラ落下シタ羽根ヲ一枚捕ラエタ。
 近頃Rハ義足デ歩ク練習ヲシテ居ル。僕ハ提灯ヲ持チ、ソノ足許ヲ照ラス。
 義足ハ弦楽器ノ様ナ形ダ。提灯ニ照ラサレタ影ガ夜ニ同化スル部分ノ美シサハ他ニ比較出来ナイ。地面ヲ踏ム度ニ万華鏡ノ光ガ弾ケ、ソノ都度甘イ水滴ヲ垂ラサレル心地ダ。
 Rハ空ヲ仰ギ、提灯ヲ上ヘ掲ゲル様僕ヘ命ジル。
 知ッテイルカ、鳥ハ一枚一枚羽根ヲ落トス度、透明ニ成ルノダソウダヨ。
 否、知ラナイ、誰ニ教ワッタノカ。
 工場長サ。透明ニ成ッテ空ニ還ルノダッテ。
 僕モ空ヲ見上ゲタ。
 鳥ハ旋回シ、集合住宅ノ塊ノ向コウヘ隠レテ行ッタ。
 彼等ノ何処マデガ空ヘ溶ケテ居ルノカ、僕等ニハ確認出来ナカッタ。
 只、Rノ手ニ在ル羽根一枚分ハ空ヘト近付イテ居ルノダロウ。
 

  四.

 誰ガ磨イタノカ知ラナイガ、空気ガ随分艶ヤカニ成リ、真新シイ触角ヲ入手シタ心地ガスル。
 星製煙草ヲ噛ミ、雲ヲ瓶ヘ詰メナガラRハ云ウ。
 瓶詰メノ雲ハ町ノ駄菓子屋ヘ納品スル。駄菓子屋デハソレニ砂糖ヲ振リ子供ヘ売ル。僕等ハ山鉄塔ヘ登リ、泳グ雲ヲ網デ捕獲スル稼業ダ。
 Rノ云ウ艶ヤカナ空気ヲ僕ハ感ジナイ。山鉄塔ヘ吹ク風ガ大変冷タク皮膚ニ刺サルト思ウノミ。僕等ハ何故同ジ場所ト時ニ在リ、異ナル感覚ヲ持ツノダロウカ。触覚モ視覚モ嗅覚モRノ感覚ニ僕ハ驚ク。
 感覚ニ違イガアルノカネ。
 Rハ星製煙草ヲ山鉄塔カラ遥カ下ノ地上ヘ破棄。
 感覚デナイナラバ何ト考エルカ。
 僕ハ星製煙草ヘ点火。
 煙ガ立チ、脇ヲ流レル雲ヘ絡ム。
 Rハ手ヲ伸バシテ僕ノ口カラ星製煙草ヲ盗ム。Rガ吸ッテ吐クト煙ハ螺旋ヲ描キ昇ル。抗議スル僕ノ眼前ヘRハ瓶ヲ摘ンデ出シタ。
 私達ノ身体ガコノ瓶ダトシヨウ。感ズル所ハ恐ラク雲カナ。君ト私デ違ウトシタラ雲ノ所ノ様ナ気ガスル。
 Rハ瓶ヘ煙ヲ吹キ込ミ封ジタ。
 欲シイカイ、アゲルヨ。
 星製煙草ハ略奪シタ侭、煙封瓶ヲRハ僕ノ手ヘ落トシタ。
 

  五.

 蛙ガ百匹ハ居タ。
 沼デ光魚ヲ釣ッテ居タ時ノコトダ。
 林ノ奥カラRガ弁当ヲ届ケニ来タノダガ、周囲ヲ百匹ノ蛙ガ跳ネ従ッテ居タ。 
 光ル万華鏡ト蛙ノ声ガドンドン近付イテ来ルノダカラ迷惑シタ。
 光魚ガ皆逃ゲタジャナイカ。
 僕ノ文句ニモRハ平然、背負ッタ弦楽器ヲ下シ、調律ヲ開始。
 代ワリニ蛙ヲ馬穴ヘ詰メテ帰ッタラ良イヨ。
 何故蛙ヲ連レテ来タノカ。
 ガアガアゲコゲコ喚ク蛙ニ囲マレテ弁当ヲ広ゲタ。
 サテ。勝手ニ寄ッテ来タ、脚ニ。
 Rハ義足ニ跳ネタ泥ニ気付キ、手拭イヲ滑ラセ答エタ。
 他ニモ寄ッテ来ルモノハ有ルヨ、雀トカ、羊トカ。
 羊モ。
 嫌デハナイネ。
 握飯ニハ光魚卵ノ醤油漬、焼光魚ガ御菜。沼ノ光魚ガ益々震エテ逃ゲテ行ク様ナ弁当ダッタ。
 調律ヲ終エタRハ弦楽器ヲ抱エテ賑ヤカ愉快ニ弾キ鳴ラシ、完全ニ光魚ヲ追放、蛙ヲ残シ林ノ奥ヘ機嫌良ク戻ッタ。
 僕ハ知ラナカッタガ、僕トRハ仲違イシタラシク、Rノ非道ハソノ仕返シダッタト云ウ。結局如何ナ意見ノ相違ガ生ジタノカ、謎ダ。
 

  六.

 兎男ニ誘ワレテ海星雑技団ノ天幕ヘ来タ。
 獅子ノ団長吼エテ金銀鋼色ノ紙吹雪ガ天幕ニ荒レ散ッタ。
 我等海星雑技団、コノ世界ノ最果テ、月ト云ウ名ノ巨大ナ星ノ裏側、月ノ海ノ荒々シイ波打チ際ヨリ、遥々旅シテ参上。我等ノ美シク奇シク大胆ナ技ノ数々、ドウゾ皆様御照覧。
 炎吸ウ男在レバ虹吐ク女在リ。
 天井高ク輪ヲ放レバ何処カ異空ヘ消エ失セル。
 鳥人間ガ頭上デ踊リ、人魚ハ円イ水槽ノ中カラ花ヲ撒ク。
 頭ヲ外シテ投ゲ合ウ女達ノ尻ヲ追ウハ馬頭ノ綱渡リ。
 巨大ナ球ヲ指先ヒトツデ運ブ猿ヲ狙ウ熊男ハ滑稽役者。
 不思議ナル技数エキレズ。目奪ワレル心地良サ。心浮キ立ツ悪夢ノ時間。
 拍手拍手拍手。
 空気割レル程ノ拍手ノ渦、雨アラレ。
 兎男ト顔ヲ見合ワセ喜ビヲ合致。
 ソノ時階段状ノ客席ノ奥ニチラリト見エタ万華鏡ノ光。上ヘト登ル光。アレハ義足カ。
 拍手拍手拍手。
 花ト風船ト紙吹雪ガ一斉ニ舞イ、音楽ト歓声ガ天幕ヲ呑ンダ。
 天幕ヲ出テゾロリゾロリト列ナス皆ノ顔ハ歓喜。
 僕ト兎男ハ屋台デ串刺ヲ買イ、小腹ヲ満タシ感想ヲ交換シタ。
 僕等ノ脇ヲ背丈ノ低イ獅子男ガ走リ抜ケル。見事ナ鬣。獅子団長ノ系列カモ知レナイ。
 黄金ノ鬣ヲ一本記念ニ欲シイト兎男ガ突然飛ビ上ガリ、僕等ハ獅子男ノ跡ヲ追ッタ。広場ヲ出テ蟹座通リニ煌メク鬣ヲ発見。獅子男ハ誰カニ頭ヲ低ク下ゲ、何カヲ渡シタ様子ダッタ。仄カナ星屑街灯デハ煌メク鬣トソノ周リガ幾ラカ見エルノミ。獅子男ガ踵ヲ返シタ段トナ成ッテ、獅子男ト逆ニ遠ザカル万華鏡ノ義足ガ在ッタ。歩ク度ニ花開ク万華鏡。Rダト思ッタ。
 兎男ハ獅子男ヘ懇願、鬣ヲ一本貰イ、財布ヘ仕舞イ御守ダト御満悦。オマケニ僕ハ髭ヲ一本貰ッタ。


 Rト百鬼食堂デ食事シタ際、海星雑技団ノ獅子男カラ何ヲ渡サレタノカ尋ネタ。
 Rハ海星雑技団ナド観ニモ行カヌト憮然トシタ。
 既ニ観タモノト、残リノ公演ヘ誘イモシナカッタ後メタサカラ、僕ハ獅子男ノ髭ヲRヘ譲ロウトシタ。
 君ガ持ッテイ給エ、猫ノ髭ハ幸運ヲ運ブト云ウガ、サテハテ獅子ノ髭ハ何ヲ運ブノカナ。
 Rハ万華鏡ノ脚ヲ光ラセ、百鬼食堂ヲ出テ行ッタ。 
 
 
  七.

 Rガ義足ノ調整ヲ受ケルト云ウノデ、丘ノ工場ヘ同行シタ。
 理科室ト図工室ヲ混ゼタ様ナ所デ、人体模型ニ始マリ様々ナ身体ノ部分、用途不明ノ工具、無臭ノ塗料、良ク磨カレタ星ノ欠片、牛ノ歯、猫ノ爪、蛇ノ皮、鳥ノ羽根、魚ノ鱗等棚ヘ並ブ。完成シタ義肢群ハ大小ノ楽器ガ陳列サレテ居ル様ダ。
 星屑灯ニ照ラサレテ煌々ト光ルソレ等トハ布デ隔離サレタ場所ガ在ル。厚イ布地ヲ捲リ星提灯デ照ラス。其処ニハ心臓ガ在ッタ。
 鉛ノ心臓。風船ノ心臓。ゼンマイ仕掛ノ心臓。ブリキノ心臓。鈴ノ心臓。花ノ詰メラレタ硝子ノ心臓。時計ヲ埋メ込ンダ心臓。折リ紙ノ心臓。綿ノ心臓。剛毛ヲ植エタ心臓。飴ノ心臓。炎灯ル心臓。黄金ノ魚泳グ心臓。青イ花咲ク心臓。
 試作。
 試作デス。
 耳ノ裏デ声ガ聞コエテ振リ返ッタ。先刻Rニ紹介サレタY工場長ガ立ッテ居タ。
 心臓ニ興味ガアリマスカ。
 笑ッテ居ルノニ笑顔デハナイ。穏ヤカニ見透カス視線。
 君ガ此処ヘ来ルノハ初メテデスネ。欠ケタモノガワカリマシタカ。
 僕ニハ手足モ目鼻モ有リマス。
 オヤ。
 Y工場長ハ腕ヲ組ミ、僕ヲ上カラ下マデ眺メタ。眼ガ全身ノ寸法ヲ計ル。視線ガ合ウト脳内ノ落書マデ読マレル。只、ソレハ嫌ナ視線デハナイ。星ノ灯ニ似テイタ。
 Rサンハ調整ニ時間ガ必要デス。此方デ珈琲ヲ。
 Y工場長ニ心臓ノ部屋ノ奥ヘ誘ワレタ。ドウヤラY工場長ノ個人的ナ場所ラシイ。小サナ机ト椅子ガ一組、工具ト書物ガ積マレタ棚。僕ニハ椅子ヲ勧メ、Y工場長ハ木箱ヘ大キナ尻ヲ落チ着ケタ。酒精洋灯デ湯ヲ沸カシ、手際良ク珈琲ヲ淹レタ。
 砂糖ハナイデスガ構イマセンカ。ハイ。牛乳モナイノデスガ。結構デス。
 酸味ノ強イ珈琲ダッタ。頭ノ奥ガ痺レタ。
 君ハ此処ヘ初メテデシタネ。
 ハイ。
 コノ工場ハアラユル欠損部ヲ補ウ為ノ工場デス。町ノ中心デス。住民ハ何時デモ来テ良イノデス。シカシ君ハ初メテ。今回ハ如何シテ来タノデスカ。
 ソレハ。
 其レハ。
 何ダッタカ。
 身体ノ底デ風ノ音ガ響ク。
 嗚呼、ソウダ。
 Rノ脚ガ美シイカラ、覗キタクナッタノデス。
 Rニ憧レタノデス。
 Rガ羨マシクナッタノデス。
 水滴ガ垂レル様ニ理由ガ落チテ来テ、話シナガラ僕自身ガ頷イタ。
 Y工場長ハ珈琲ヲ飲マズニ僕ヲ観察シタ。
 君ハ欠ケタ部分ハナイト云ッタガ、コノ町ニ欠ケタ所ノナイ者ハ居ナイノデス。困ッタコトニ己ノ欠損部分ヲ把握シナイ者ガ殆ド。欠損部分ヲ補ウコトサエ出来タラ我々ハコノ町ヲ発ツ列車ノ乗車券ヲ入手出来ルノデス。列車ヘ乗ル者ヲ見送ッタ経験ハ有リマスカ。
 否。列車ヲ見タコトモ有リマセン。
 ソウデスカ。
 Y工場長ハ一瞬部屋ノ入リ口ノ方向ヲ見、再ビ僕ヘ視線ヲ戻シタ。其方ヘハ何ノ音モシナカッタ。何ノ灯モナカッタ。
 君ノ様ニ内側ノ欠損者ハ自覚他覚共ニ困難デス。マズハ誰カガ列車ヘ乗ル時、此処ノ動キヲ感ジルト良イデショウ。
 Y工場長ハ己ノ胸ヲ拳デ叩キ示シタ。
 欠損部分ヲ自覚シタラマタイラッシャイ。
 Y工場長ハ自覚シテイルノデスカ。
 僕ガ尋ネルトY工場長ハ頷イタ。
 節クレタ指ガ動イタ先ニハ、未完成ノ心臓ガ並ンデ居タ。
 厄介ナノデス。
 ソウ云ッテ珈琲ヲ飲ンダ。
 
 
  八.

 兎男ヨリ森ノ音楽会ヘ招待状。
 兎男ヘ紹介シヨウトRヲ誘ッタガ、用事在リト断ラレタ。コノ所R多忙。
 星屑提灯ヲ頼リニ森ヲ行ク。土産ノ酒瓶ハ兎男ノ好キナ蛍火酒。音楽会ノ後兎男ノ仲間達ト飲ム段取ダ。新シク森ヘ来タ猫女ノ歓迎会ヲ兼ネテ居ル。
 随分歩イタガ中々到着シナイ。音楽会ノ音モ聴コエテ来ナイ。風デ鳴ル森ダケ。提灯ニ足ス星屑モ残り僅カ。枝ガ厚ク空ヲ覆ウノデ星サエ見エナイ。森デ迷エバ二度ト町ヘ戻レナイコトモ有ルト云ウ。町デ時々発生スル行方不明ハ森ニ関係シテ居ルノデハト僕ハ睨ム。余分ニ準備シタ星屑モ底ヲ尽キソウダ。
 何カナイカ、ポケットヲ探レバ獅子男ノ髭ガ現レタ。
 猫ノ髭ハ幸運、サテ獅子ノ髭ハ何ヲ運ブカ。
 百鬼食堂デ鶏ヲ食ムRノ声ガ蘇ル。
 未ダ何モ運バヌ獅子ノ髭。燃料ニハ成リ得ルカ。提灯ヘ髭ヲ焼ベル。
 途端、
 爆。
 光ガ提灯カラ溢レタ。
 周囲ニ張付イテ居タ闇ガ人ノ型ヲ成シテ四方ヘ逃ゲ散ル。
 森ガ淡イ緑ヘ変化シ輝キ、緩々ト深ク青イ緑ヘト戻ル。
 完全ニ常時ノ森色ヘト返ッタ時、虫ノ声ヤ鳥ノ羽音ト云ッタ森ノ鼓動ガ聞コエ始メタ。幽カニ弦楽器ノ音モ届ク。僕ハ急ギ、音楽ノ鳴ル方ヘ駆ケタ。

 ソレハ悪イ闇ニ騙サレタマシタネ。
 兎男ノ友人デアル小人ガ同情ヲ寄越シタ。
 デモ良ク切リ抜ケラレタモノダ。運ガ良イ。
 森鼠ノ合唱隊ヘ拍手ヲ送ル。
 所デ兎男ガ居ナイノハ何故デスカ。
 兎男ヘノ土産ヲ抱エ、彼ヲ探スガ姿ガナイノデ尋ネタ。
 彼ハ行方不明ニ成リマシタ。
 小人ハ寂シゲニ拍手ヲ止メタ。
 ソシテ指差シタ。
 合唱隊ノ伴奏ガ新入ノ猫女デス。
 森鼠ト共ニ拍手ヘ応ジル、猫女ノ左眼ハ空洞ダッタ。
 
 
  九.

 何時デモ昏イコノ町デ眼ヲ瞑ル間ニ現レルモノダケガ夢トハ限ラナイ。
 目蓋ノ裏ノ温カナ闇ガ瞬キニヨッテ宙ヘ漂ウコトモアル。
 夢カ現カ。
 問ウモ空虚。
 僕ハ夢ヲ見タ。
 Rニ誘ワレテ百鬼食堂ヘ行ッタ。
 麦酒ヲ御馳走シヨウト云ウR。
 柔ラカナ豆腐ヲ崩ス。
 枝豆ヲ指デ潰ス。
 隣ノ卓子デハ牛男達ガ泡ヲ散ラシテ幾度モ乾杯。
 白粉ヲ塗ッタ女達ガ牛肉ヲ貪レバ唇ノ紅ハ血ニ変ワル。
 百鬼食堂ノ主人ハ混沌ノ厨房カラ皿ヲ飛バシテ割ッテ居ル。
 Rハ瓶ヲ片手ニ気前良ク、僕ノ杯ガ空ニ成ルヤ即麦酒ヲ注グ。
 如何シタンダイ、羽振ガ良イネ。
 君ニハ何時モ世話ヲ掛ケテ居ルカラネ。
 殊勝ナ言葉ヲ落トス唇。
 歯列ノ隙間カラ淡イ光ガ漏レル。
 僕等ハ闇ヲ吐ク。闇ノ色ノ闇ノ香ノ闇ノ温度ノ呼吸ヲスル。コノ町ガ何時迄モ昏イノハ絶エズ僕等ガ闇ヲ生成シ循環サセテ居ル故デアル。ソレハY工場長ノ言葉ダ。僕等ハ身体ト云ウ容器ニ闇ト云ウ液体ヲ満タシテ揺レテ居ル。牛男モ女モ食堂ノ主人モ闇ヲ吐ク。僕ハRノ口ト鼻カラ漏レル淡イ光ニ見蕩レタ。
 Rガ注グ麦酒ヲ空ケル度、僕ノ穴ト云ウ穴カラ闇ガ溢レ且闇ガ流レ込ム。
 イヨイヨ眼前ガ昏ク成ル。
 時刻デス。
 列車ガ出発シマス。
 聞キ慣レナイ声ニ顔ヲ上ゲレバ獅子男。
 安イ舞台装置ノ様ナ板切レノ停車場。列車ガ静カニ臥セテ居ル。荒野ノ風ノ音ガ耳ノ穴ヲ通ル。
 僕ハ椅子ニ座ッテ居タ。隣ニハRガ居タ。Rハ僕ノ頭ヲ撫デテ立チ上ガッタ。列車ノ窓ヘ一斉ニ灯ガ点イタ。ソレハ星屑ノ仄カナ灯ヲ百モ千モ万モ集メタ光ダッタ。眼ガ眩ム。僕ヲ覗クRノ顔ガ笑ッタ。
 コノ光ル列車デ行クカラネ。
 見テ、憶エ給エ。
 Rハ獅子男ト一緒ニ光ル列車ヘ近付ク。万華鏡ノ脚ガ車窓ノ灯ヲ反射シテ鮮ヤカニ艶メク。獅子男ノ鬣ハ炎ノ様ニ輝ク。
 僕ハ光ニ耐エラレズ怯エ、閉眼シ身ヲ縮メタ。身体ノ闇ガ光デ蒸発シテシマイソウダッタ。嗚呼光ヨ消エテクレ。ヒタスラ願ッタ。Rハ何故光ニ向カッテ歩ケルノカ。
 咆哮ガ聞コエタ。
 列車ノ唸リ声ダッタ。
 列車ハ叫ビ、身ヲ捩リ、線路ニ爪ヲ立テ、走リ出シタ。
 漸ク開イタ僅カナ視界ニ、車窓カラ手ヲ振ルRガ映ッタ。
 光ル列車ノ消エタ線路ハ風吹く荒野ヘト細ク伸ビテ居タ。
 闇ガ戻リ安堵スル。
 僕ハ停車場カラ線路ヘ下リ、荒野ヲ見タ。
 光ル列車ガ貫イテ行ッタ荒野ノ闇ハ元ノ姿ヲ取リ戻シ、重ク冷タク鈍ク、風ノ音ダケヲ棲マワセテ居タ。ソノ音ハ僕ノ身体ノ底カラモ聞コエル音ダッタ。
 
 麦酒ノ酩酊カラ醒メタ時、百鬼食堂ノ裏口ヘ鳥ノ骨ト共ニ僕ハ遺棄サレテ居タ。
 不思議ナ夢ヲ見タノダト話ソウト、Rノ部屋ヘ寄ッタ。
 扉ヲ叩クガ応答ナク、取手ヲ捻ルト扉ハ開イタ。
 部屋ノ内ニハ重イ闇ガ満チテ居タ。
 以来、Rハ町ノ行方不明者ニ成ッタ。

  十.

 隻眼猫女ノ鍵盤演奏会。
 見エザル巨キナ手ノ星空オハジキ。
 篭ヲ背負イ谷ノ星屑採集。
 山鉄塔、雲ヲ網デ捕エル。
 駄菓子屋デ綿飴ヲ買ウ子供ノ隣デ星製煙草ヲ吸ウ。
 帆立ツ湖、蛍ヲ放ツ、歓声。
 僕ハ何時モ濃イ闇ノ奥ニ光ル万華鏡ノ脚ヲ思ウ。
 光ハ美シイ。
 提灯ヲ傍ラニ、仄カナ光ヲ愛デル。
 記憶ノ中ノ光ハ殊更美シイ。
 ソレハ少シモ眼ニ痛ミヲ伴ワナイ。
 山鉄塔ニ登リ、見渡ス夜ノ町。
 闇ノ海闇ノ空闇ノ陸。
 小サナ星屑ノ光ハ遠ク点在シ、何処カ記憶ノ中ノ光ト似テイル。
 少シモ眼ニ痛クナイ。
 
 大闇ノ刻ト云ウノガ在ル。
 空ヲ大キナ雲ガ覆イ、星ヲ隠ス。
 ソノ時、地上ノ星屑ヲ原料トシタ灯火モ効力ヲ失ウ。
 大闇ノ昏サハ皮膚モ圧迫スル程濃密ダ。
 僕等ハ雲ヲ流ス強風ヲ待ツノミ。
 大闇ノ刻、僕ハ丘ノ工場ニ来タ。
 手探リニ何処ガ何処トモ知レヌ侭、歩イタラ工場ニ来テ居タ。
Y工場長ハ心臓ノ部屋デ果実酒ヲ振ル舞ッテクレタ。
 濃密ナ闇ノ何処カデ未完成ノ心臓ガ脈打ツ音ノ幻ヲ聴ク。
 ソレハ大闇ノ鼓動カ。
 Y工場長ノ顔モ僕ノ顔モ闇ニ溶ケテイル。
 互イノ声ダケガ闇ニ浮カブ。
 ソレハマルデ光デスネ。
 闇ニ浮カブノハ光デスネ。
 音ハ光ニ成ル。
 Rガ列車ニ乗リマシタ。列車ニハ眼ガ眩ミマシタ。
 列車ハ強烈ナ光ノ塊デスネ。如何デシタ。
 早ク消エテクレト思イマシタ。
 光ハ美シイノニ。
 光ハ美シイノニ、僕ハ闇デ包マレテ居ルト安心スル。闇デ満チテ居ナイト不安ニナル。
 光ルモノハ美シクテ、怖イ。
 Rハ光ニ怯マズ、顔ヲ向ケテ居マシタ。闇ノ消エタ顔ハ良ク見エル筈ナノニ僕ハRノ顔ヲ覚エテ居ナイノデス。
 眼ガ眩ンダノデショウ。
 僕ハRノ脚バカリ思イ出シマス。歩ク度ニ万華鏡ノ様ニ光ガ花開イテ、美シカッタ。
 君ハRサンヲ羨マシイト云ッテイマシタ。Rサンガ列車ヘ乗ッタ時、何ヲ感ジマシタカ。
 Y工場長。
 Y工場長、何カ感ジネバ成ラナカッタノデショウカ。
 Rノ部屋ニ新シイ居住者ガ決マッタ時モ僕ハ何モ感ジナカッタ。
 光ル列車ガ去ッタ時、闇ガ戻ッテ安堵シタ。
 記憶ノ奥ニ万華鏡ノ脚ヲ思イ起コセバ美シイ。
 ソレダケナノデス。
 此処ヘ来タノハ欠損ニ勘付イタカラデスネ。
 欠損。
 大闇ノ中デ脈打ツ未完成ノ心臓。
 轟。
 窓枠ヲ風ガ揺ラシタ。
 部屋ニ星屑ノ灯ガ戻リ、大闇ノ刻ガ終ワッタノヲ知ッタ。
 風ガ雲ヲ抱エ連レ去ッタノダ。
 考エノ読メナイY工場長ノ顔ガ机ノ向コウニ在ッタ。
 僕ハ背後ヲ振リ返リ、動カナイ心臓模造品ヲ見タ。
 実ハコノ様ナ物モ造ッテイマス。
 Y工場長ハ抽斗カラ小瓶ヲ出シタ。
 炎色ノ液体ガ入ッテイル。
 涙ノ模造品デス。
 涙。
 君モ、涙ヲ流シタ事ハナイノデハアリマセンカ。
 僕ハ小瓶ヲ掌デ包ンダ。ソレハ冷タカッタ。
 光ハ美シイ。ケレドモ僕ハ闇デ満チテ居ナイト不安ニ成ル。
 光ル脚ニ憧レテモ。
 光ル脚ヲ取リ込ンダRヲ羨マシイト、僕ハ思ッタノデショウカ。
 私ハ私ノ、君ハ君ノ、光ヲ探スホカナイノデス。
 Y工場長ノ眼ハ大闇ノ昏サダ。
 ソレハ僕ノ眼ト同ジ色ダ。

 コノ光ル列車デ行クカラネ。
 見テ、憶エ給エ。

 Rノ声ノ幻ヲ聴ク。
 僕ノ中ノ闇ニ万華鏡ガ一瞬花開ク。ソレコソ錯覚、幻。
 ワカラナイ。Rノコトヲ思イ出スト、胸ニ、万華鏡ガ。
 Y工場長ハ造リカケノ義肢ヲ持チ、僕ノ胸ヲソレデ突イタ。
 忠告。ソレヲ憶エテイナサイ。
 
 僕ハ時々荒野ヘ続ク線路ヘ立ツ。
 乾イタ風ガ土埃ヲ舞イ上ゲテイル。
 光ル列車ハ来ナイ。
 闇ニ溶ケルコノ町デ、僕ハ心臓ト涙ヲ製造シヨウト試ミルY工場長ヲ手伝ウ。
 手伝イヲスル中、光ル義足ヲ幾ツモ見ルガ、最初ニRノ脚ヲ見タ時程美シイトハ思ワナイ。
 隻眼猫女ガ斑ニ光ル義眼デ瞬イタ時モ。
 只、ソレ故如何シタトモワカラナイ。
 Y工場長ノ云ウ通リ僕ニモ欠損部分ガ在ルノダロウ。
 Y工場長ノ仮定ニ拠レバ欠損ガ埋マレバ光ル列車ヘ乗レル。
 Y工場長ハ光ル列車ニ乗ッタ誰カヲ追イカケタイノダト僕ハ推測スル。ツマリY工場長ノ願望デアリ事実カ不明ダ。誰モ乗車券ヲ入手シタ経験ノ有ル者ハコノ町ニ居ナイノダカラ。
 何故誰カヲ追イカケタイナンテワカルノ。
 隻眼猫女ガ何処カ責メル調子デ問ウテ来タガ、理由ハ僕ニモワカラナイ。
 Rハ今モ万華鏡ノ脚デ歩イテ居ルダロウカ。
 僕ノ部屋ノ秘密ノ箪笥ニハ滑ラカナRノ脚ノ骨ガ隠シテ在ル。
 星屑ノ灯ヲ吹キ消シ、闇ノ中デ骨ヲ確カメレバ、アノ万華鏡ノ脚ニ触レル様ナ心地ガスル。
 目蓋ノ裏。
 林ノ奥。
 沼ニテ光魚釣リ。
 遠クカラ近付ク万華鏡ノ脚。
 蛙ヲ伴ウRガ弦楽器ヲ爪弾ク。
 想起、僕ハ笑ウ。
 胸ニ万華鏡ガ開ク。
 ソレハ、仄カニ温カイ。
                     終

夜ノ町 R

夜ノ町 R

瓶の底へ沈められ封じられたような夜の町。 その町で暮らす僕とRのお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-26

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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