邦題 筆のいたずらは未だ・・宵の口。

邦題 筆のいたずらは未だ・・宵の口。

文明のlevelも乗り越えられるのが、文学というもの。

 尾上雄二は仕事で帝釈天まで出掛けた。帝釈天が目的ではなくその近くに新規契約先があるからだ。
 その辺りの風景は映画で何度も見た事があったが、仕事で来るとは思っていなかった。
 新規契約先の社長と話をしてから、ついでに周辺を見て帰ろうかと思い江戸川迄行ってみた。
 何という事のない土手沿いに結構沢山の家族連れや若者などが寛いでいるのが見える。
 その辺りで戻ろうかと思ったが、ふと二人ずれの男女が散歩しているのに気が付いた。
 仲の良さそうな男女で、男性は映画では主人公になっている。
 一緒に歩いている女性を見て驚いた。目を疑うが・・若井夕子にそっくりだ。
 夕子がこんな方までやってくるのもおかしいような気がしたが、美しい女性で着物姿の艶やかさが目立つ。
 雄二は声を掛けようかと思ったのだが、二人の間に何か事情がありそうな様子に見える。
 この映画には毎作Madonnaが登場するが、彼女もそうなのかと思う。
 それにしても、夕子がMadonnaに相応しい美女だという事は分かるが、どうして映画にまで登場しているのかと?
 二人が親しそうに話をしていると思った矢先、タクシーがやって来た。
 タクシーを待たせておいて降りて来た男が、夕子に近付くと何か声を掛け始めた。
 映画の主人公は何時もの筋書きでは、惚れては振られるというパターンを繰り返しているが、偶には逆に惚れられる時もある。
 タクシーから降りた男は夕子に車に乗って帰ろうと頼んでいるようにも見える。
 そうなると、主人公のMadonnaが奪われる事になる。主人公は面白く無さそうな顔をしていたが、夕子が慰めている様にも見えた。
 二人の男の間に夕子が割って入り、何やら揉めそうになっている。
 本来なら雄二が夕子に声を掛け二人に別れを告げて欲しいところだが・・。
 夕子の性格から考えれば、二人の間に入り何方にも優しくなだめそうな様にも見える。
 主人公は見飽きた何時もの服装だが、相手の男は着物が似合う旦那のようにも見える。
 雄二は主人公は兎も角、旦那と夕子は以前からの知り合いだったのかと・・猜疑心が湧いて来た。
 




 その場の光景は兎も角、念の為に何時もの茶店に電話をしてみた。
 女主人が出。
「あら?雄二さん・・どうしたの?何か用?ああそう・・夕子さんの事で電話したの?」
 電話口の向こうで芸者達が店に顔を出したような声が聞こえる。
 賑やかな彼女達に主人が何か話しかけている。
「貴女方・・休憩してからお座敷なの?其れなら師匠の夕子さんも此処に戻ってくるんだろうに・・?」
 芸者の声が聞こえる。
「ええ?何か師匠は今日は用事があって朝から出掛けているようよ。昔の芸者時代の旦那なのか、最近知り合った御贔屓なのか分からないけれど、随分会うのを楽しみにしていた様でしたよ・・」
 其の後に、主人が芸者達に問いかけているようだ。
「あの、夕子さんが?以前から知り合いの旦那のお屋敷に・・?其れとも、最近知り合った御贔屓なのかしら・・夕子さんらしくないわね。雄二さん以外の男性と親しくなるなんて・・?」
 其処で電話を切る事にした。




 雄二は呟く。
「やはり・・誰か親しい男性がいるのかな?そんな事言っていなかったのに・・?」
 其れで、こんな柴又くんだりまで会いに来たのかなど思った。
 その旦那というのがあの男なのか?主人公も夕子の事を気に入っているようだが・・?それにしても・・夕子に限ってあり得なさそうな・・いや?そうとも?」
 雄二はいろいろ考える。
 主人公と旦那の争奪戦は、どうやら旦那の方に軍配が上がったようで、夕子がタクシーに乗りそうになっている。
 主人公はがっかりしているが、雄二にとっては其れ以上に気が揉める。
 夕子に近付き呼び止めようとしたが、其れより早く主人公が声を荒げた。
「何だよ、お前は?彼女は愛想をつかして飛び出して来たんだろうが。よりを戻そうって言うの?」
 夕子は主人公に謝るように・・。
「私の事を好いてくれた人がいるの。でも、なかなか本音を言えなく?付き合いは随分昔の事ですけれど、もう二度と合わない覚悟でいたんですけれど・・」
 旦那は盛んにタクシーに乗ろうと誘っている。
「いや、私も悪かったと反省しているから、其れは謝りたいと思う」
 雄二はまさか夕子にそんな旦那がいたとは考えた事は無かった。
 結局、主人公とは別れ、タクシーは走り去った。雄二は夕子無き後どうしようかと途方に暮れた。



 帝釈天の参道を抜け柴又から電車に乗った。此のホームで主人公がいろいろなマドンナや妹のさくら、満男とのやり取りが行われたのが、今は亡き主人公の想い出。
 そう考えれば、夕子との時間的な関連がおかしな事になり・・其れ以上深くは考えなかった。
 社には直帰すると連絡した。



 気落ちした修二が花街の最寄り駅に着き、茶店に寄る。主人が夕子の事を気にしてくれた。
 おそらく、芸者時代の旦那のところに行っているのではないかと主人は考えたようだが詳しい事は分からない。
 一人で帰っても寂しいし・・など思いながら旦那の屋敷に行ってみる事にした。
 このお屋敷町の何処かに夕子がいるのだと思いながら、歩いていると、夕子の弾く琴の音が何処からか聞こえる。
 其れが途絶えた後、一軒の屋敷から風呂の湯の音がしている。
 風呂上がりに旦那と食事をするのかなど考える。それから?
 屋敷町に何時までいても仕方がないからと、肩を落としながら坂道を登って行く。
 下れば池の前の茶店に出る。其れでも雄二は夕子の事を恨みはしないし・・と思う。
 坂道を上る途中で前を着物姿の女性が歩いているのに気が付いた。
 並んでいる旦那は相当年の様だ。坂道の途中で止まっては、夕子が立ち止まり、待ってあげている。
 其処で雄二は・・。
「しかし・・柴又にいた割には幾らタクシーにしても随分早く着いたものだ。それにしても早過ぎる」
 雄二の前を歩いている二人の後を、再び茶店に。
 茶店の主人は三人の顔を端から見ては、口に出せない様な表情を示す。
「何よ旦那って、協会の旦那じゃない?私もよく知っている会長よ。夕子さん?年老いた此の人の所に寄っただけのようね。お年だから、まあ、無理もないでしょう」
 次に主人は雄二の顔を見ながら笑みを零す。
「嫌だね。夕子さんの件て此の事だよ。雄二さんもぼけるには早過ぎないかい?先程は何処から電話してきたの?柴又?夕子さんにそっくりだって?」
 そう言うと、主人は一枚の写真を皆に見せる。丁度、芸者達も店に来たところだった。
 誰が言うでもなく。
「女優の若尾文子さんじゃない。夕子さんと思っても無理は無いわ」
 そう言いながら皆笑う。
 夕子と若尾文子は生き写しといっても良い程。其れでなのか、夕子が艶やかで美しい着物美女である事に通ずるようでもある。
 




 雄二は気が付いた。
「そう言われてみれば、あの主人公の映画は彼是30年前のもので、主人公は既に亡くなっている。若尾さんは今、80代じゃないかな?という事は自分が見た光景は30年前のものという事になる。其れでも今と変わらない皆だったが、ほう、そういう事なのか?」
 タクシーに乗り去ったのは若尾文子さん扮すMadonnaで、劇中では亭主と夫婦喧嘩をし家を飛び出し、という筋書き。
 古くても良いものは良い。女性も同じだ。此の国の着物美人はそうやって評価をされたものだ。
 この国が海外諸国に劣らないものと言えば着物美人くらいしかないか?
 戦後、上から下まで総白痴化し、其れに加え世界一の貧乏国となり果て、増税・増税・増税・・他に能無し。
 茶店で一同思い思いに過ぎし日を思い浮かべる。夕子がきょとんとし皆を見る。
「何?何か顔についているかしら?ええ?若尾文子さんに?其れは光栄ね。古き良き大映時代の看板女優。此のくだらない作品を書いてくれているのは雄二?まあ、何でもいいわ。若尾さんにそっくりなんて?あら?雄二、ちょっと、私以外に・・嫌ね?」
 雄二は全ての・・仕組みが解けたように、店の棚からどさっと何かが落ちて来たのに気が付いた。
 主人達が・・。
「時計仕掛けの、という訳?時は揺れ動く事も有るし、止まる事も有る。止まれば懐かしい時代も現れる、というものだわ。殆んど政治から何から情けなくなってしまったこの時代には、思い掛けないお土産のようなもの。雄二?時間は変わらないの、其れとも変わるの?」
 雄二は。
「僕もよく分からないけれど、時間が自在に変化する事は宇宙の常識。どんなに進化した文明にも死は必ず訪れ、永遠の生など無い。しかし、時間は生き物では無いくせのに止まったかと思えばまた動き出す。ただ、其れに気が付かないかどうかだけの事。此の惑星の理論物理・宇宙物理でさえ、三次元のものが四次元空間を通る時の光景を空想している。あくまでも波動方程式などによる理論物理の中での物語だが。進んだ文明の考えている事は理解できないだろう・・永遠に・・其れも事実。その点、文章とは次元を超える事が出来るもので無きゃ。大体僕達は人類では無い、百五十億年も先に誕生した文明。あ?其れでは、この話は元からおかしな事になる」



 皆が何を言っているのかと考えていると。
 文豪達が現れた。
 漱石・芥川・志賀・川端・などなど。
「四角の世界から常識と名のつく一角を摩滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでも良かろう」夏目漱石
「どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え。幸福とは幸福を問題にしない時をいう」芥川龍之介
「金は食っていけさえすれば良い程度にとり、喜びを自分の仕事の中に求めるようにすべきだ」志賀直哉
「別れる男に、花の名を一つ教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」川端康成




 雄二と夕子は二人で手を繋ぎながら歩いて行く。
 ふと、雄二が・・。
「夜空に煌めく星は付きものだが、君は艶姿(あですがた)も素晴らしく、振舞も人類の女性らしい、其れでこんな事が」
 すると、夕子が。
「物書きには、何処か足りていない寂しき人類の方が相応しいわよ。反省しなさい!」

邦題 筆のいたずらは未だ・・宵の口。

まあ、遊びと・・。

邦題 筆のいたずらは未だ・・宵の口。

シネマにしても・・役者が次々に亡くなっていくのは世の常。 年齢に関係無く、今の時代には見られない・・ちょっとした・・コメディー?

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-11

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