邦題 尾上雄二の或る案件前半。プラス、年金。
尾上雄二の或る管理課案件。其の他。
役員会が終わりを告げた後、社員達の間からもひそひそ話が聞こえてくる。
此の国ではトップに位置する企業の今回の不況に瀕しての経営見直しが始まった。
役員会で議題に上ったのは役員の数を減らすという事だが其れだけでは治まらなかった。
役員だけでなく社員も削減する事になった。既存の社員の給与の内賞与はカットできるが、給料については法的に減らす訳にはいかない。
新規の雇用はせず、現状のままで企業として存続させるとの判断である。
定年制も見直され、65歳が定年と決められ其処から継続しての雇用はしない。
其の先は国の年金で生活していく事になり、何も死ぬまで働かずとも今のところはそれが可能だと思われる。
今のところとの判断に限ったのは、何れ国の年金原資も底をつくという予測に基づいているから。
賭けとも言えなくは無い現世代の年金の行方は何とも言えず。
ところが、年金を貰える年代でも繰下げ受給を希望するする者が増えていた。
繰り下げ受給とは文字の如く、65からの支給を敢えて先に延ばす・後で貰うという意。
繰り下げ受給のメリットは、80歳、90歳と長生きするほど受給累計額が増えると言われている。
ところが、デメリットは毎月の受給額が減額がされるため長生きすればするほど受け取る年金の総額がすくなくなってしまう点。
ある専門家は意見を示している。
「近年、公的年金の繰り下げ受給が、週刊誌などで話題になっています。本来65歳からもらえる年金の受け取り開始を遅らせると、年金額が増える仕組みがあります。これを「繰り下げ受給」といいます。
年金額は1カ月につき、0.7%増えます。今の制度だと5年間繰り下げることができ、70歳まで繰り下げると、年金額は42%も増えます(0.7%×12カ月×5年)。
例えば、基礎年金と厚生年金を合わせた年金額が年230万円の人が、5年繰り下げると年326万円になるのです。
この超低金利時代に、年金が増えるのは確かに魅力的に見えます。
運用の専門家などは【こんなに増える金融商品はない。長生きの最大の対策になる】などと言う人も多いようです。
公的年金は終身なので、長生きをするとオトクになります。
しかし、私は繰り下げ受給を積極的にはお勧めしません。
それは、メリットに比べてデメリットも多いからです。
デメリットの一つ目は、繰り下げ中は「加給年金」が受け取れなくなること。
加給年金とは、年下の妻がいる夫が受け取れる「年金の奥さん手当」のようなもので、妻の厚生年金加入期間が20年未満などの要件を満たしたとき、妻が65歳になるまで受け取ることができます。
金額は年39万円なので、仮に妻が5歳下だと、5年間で約200万円も受け取れないことになります。
二つ目は、夫の死亡後に妻が受け取る「遺族厚生年金」の額は、65歳時点の年金額を基に計算するので、繰り下げで増えた分は反映されないこと。
妻にはメリットを引き継げないことを覚えておきましょう。
三つ目は、年金額が増えても、手取りは額面と同じ率では増えないこと。
額面では42%増えても、手取りベースでは36%アップに過ぎないのです。
それは、年金額が増えると、税金と社会保険料の負担が増えるから。
試算のケースでは、所得税の税率は変わりませんが、国民健康保険料と介護保険料が増えて手取りを押し下げています。
四つ目は、何歳まで生きると繰り下げをしなかったよりも「トク」になるのかという「損益分岐年齢」は、額面では81歳10カ月。
それが手取りベースでは87歳になります。分岐点が81歳10カ月と87歳では、寿命を予測しなければならず、皆さんの判断が変わるかもしれません。」
此れは、現在の世界経済の低迷からしても早目に気が付くべきだったとも言えるが、先の事が見えないのは人類の世の常と言え、何方が良いのかは、一種の賭けとも言える。
役員秘書室長から声を掛けられた尾上雄二は何時もと変わらぬ笑顔で室長を励ましている。
というのも雄二は以前から60歳で役員をやめる事にしていたから。
人類ではない雄二にとり此れから先に起きる事は手に取るようにはっきり見えている。
雄二の余裕のある貯蓄額からも、其れが判断材料となった。
秘書室を出たところで、丁度昼休みの休憩に出る女性の社員と一緒になった。
加賀百合は雄二が法務室長時代に女性にしては珍しく審査課でなく管理課に所属していた。
社内での業務だけでなく全国への出張時も雄二に同行をした。
其れだけに、難解な案件を次々に処理してきた雄二に絶大なる信頼を寄せている。
審査課のように社内での事務的な仕事が多いのとは異なる。
時としては厄介な輩などと対面で交渉をする際など、管理課には幾多の危険が付いて廻る事もある。
かなり昔の事だが、本屋の店頭で見た書籍の中に、建設機械を扱っている信販会社の管理担当者の嘆きが載せられていたが、「何時暴力団(よく893と表記するが、やくざと読む。)に殺られるのか」と。
危険といっても腕力を使うのではなく、頭脳を使う事を意味するのだが、そうは言っても度胸は欠かせない。
男性の社員でも支払い不能者への強制執行の申立書に担当者として自らの名を明記する事を嫌う者がいるのは事実だが考え過ぎ・・。
二人は銀座のカフェでテーブルを挟み対面しながら雑談をし食事をとる。
そんな中、百合に視線を移した時或る案件での記憶が蘇って来た。
常識的に、前以て危険度が高いと思われる業務には女性を向かわせないのは当然の事なのだが、会って見なければ分からないという事も付いて廻る。
男性でさえ、要望があれば二人ペアーで訪問をするし、其れを承諾する相方(あいかた)も自らも何時同じ目に合うのか分からないのを百も承知だから。
其の案件とは、雄二は知りようもなく監督していた課長が許可を出した案件だった。
契約者の延滞の督促に彼女と体格の良い男性社員が同行した。
東京の外れの街の住所で二人が見たものは、よくある事だが契約者の住いが築年数も古い戸建ての市営住宅。
夏の暑い日で、その家の戸は開けっぱなしになっており、簡単なレースの暖簾の様なものが風に揺れている。
戸口から声を掛け出て来た契約者は、背丈もそう高くは無かったが、交渉が始まった時の表情が次第に変わっていき、乱暴な口調に豹変をした。
督促をする身の二人なのだが、逆に相手の攻撃的な言動に何時の間にか専ら聞き役に回っていた。
其の状況では、更に相手をあおる様に言い負かそうなどという態度を見せないのが通常で、大手会社の面子もあり、交渉事の際の基本的な姿勢とも言える。
結果的に、二人は相手の一方的な攻撃とも言える言動を何とか交渉の場に変えようとした。
だが、相手の乱暴な言動が増々エスカレートをしてきたので、二人は通り一辺倒な事は言ったもののその日は督促だけで引き返すしかなかった。
更に、其の状況の報告を受けた課長自らが赴く(おもむく)事になった。
今度は、課長が彼女に同行したのだが・・。
生憎、其の男性はおらず妻が出てき、課長はよくある事だが、人類は酒の勢いを借りると威勢が良くなる事を思い描いたようで妻には、
「あの時はお酒が入っていたんですか?」
と質問をしたようだ。
妻は、案外度胸があるのか、いいえしらふですよと答えたという。となれば、そういう輩は厄介者と判断。
其れが、極道(ごくどう)ともなれば、機嫌の悪さを他人のせいにし、妻に酒を買って来いなどと怒鳴る事もあるのだが・・。素面(しらふ)となればまた異なる。
課長から其の報告を受けた雄二は、法的措置も辞さない旨の対処を指示した。
ところが、其の案件は其処までで終わらなかった。
邦題 尾上雄二の或る案件前半。プラス、年金。
尾上雄二の或る管理課案件。其の他。