コーラルスカイ

僕は、死んだ。見事に死んだ。

 ススキ、大きな月の手前に、がっくり項垂れて、斬られた死体の僕はただ力無く、真昼間の青い月を仰向けのまま見上げていた。

 僕は、決闘を申し込んで、負けて、死んだ。
 辻斬りにいきなり襲われて死んだならまだ格好がつくけれど、わざわざ勝負を挑んで真っ向勝負し、その割に一太刀で切り捨てられ、激痛が肩から胸に掛けて降りて来て、皮がズレる感じ、血が滲み出てくる感じ、山から吹き下ろす風に湿ったところが冷たく、時計の音みたいに足音が去っていくのが、段々遠くなってきて、はぁ、と短く息を吐いて瞬間、力が何処にも入らなくなったまま、三日過ぎた。

 僕を切ったやつに無性に腹が立って、起き上がって不意打ちを喰らわそうと思ったけれど、どうももう立ち上がれそうにない。
 最初は腹も捻じ切れるぐらい悔しかったが、もうどうでも良くなった。
 だって、死んだのだ。

 死んだ人間が、生きている人間に干渉するなんて、やっぱりみっともない。

 けれども不思議と、僕の意識は消えずに残った。
 これが幽霊というやつか。
 やることもなくて暇だと思っていたら、ちょうど、視界に月見草。
 その奥に、聳える高い山、あれは、なんていう山なのか、きっと山に詳しい人に聞けば分かるが、生きているうちは剣のことしか考えてなかった。

 剣の振り下ろし方、手入れの仕方、初めて決闘して負けた時の帰り道、そんな狭い世界の中で生きて来て、人の目がどうこう、あれがどうこう、悩んだ人生だったけど、目の前にある山の名前すら知らない、哀れな人生だったな、と少し後悔した。
 今となっては聞こうにも聞けない。

 ただ何の当てもなく青空を一日中見上げているのは気持ちが良かった。
 決闘をした日は曇天だったけど、次第に雲が裂けて梯子みたいな太陽の光が降り注ぎ、そこら中全てのものを照らす様は少し感動した。
 ずっとここに居てもいいような気がする。


 もうあれから何日経ったか分からない。
 

 僕の体が相当臭いのか、それとも美味しそうな匂いなのか、分からないけれど、カラスが一匹、僕の周りで、あっちに行ったりこっちに行ったりしながら、段々距離を詰めてくる。

 ススキの奥の月。手を伸ばせるなら伸ばして、触れられるのなら触れてみたいが、多分、無理だと思う。
 勝ちとか負けとか、そんなことばかり考えていたけれど、僕が欲しかったのは静かな水面みたいな世界だったんだろうな、と月を見上げながら思っていたが、口を開けたカラスが視界の真ん中にスッと入ってきて、僕の萎びた目玉を咥えた瞬間、僕の意識は暗闇に飲み込まれてしまった。

コーラルスカイ

コーラルスカイ

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-04

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