三題噺「ジュヴナイル」「ノエル」「アルカディア」
「君には選択するチャンスがある」
その男は紳士ぶった口調で僕に話しかける。丁寧な話し方なのに、なぜか声を聞いていると胸がムカムカしてくる。
「今ある才能だけで世界を越える開拓者となるか」
そんな僕の気も知らず、偽紳士の男は続ける。
「今なき才能を求めて世界を旅する探求者となるか」
男が僕の顔をまじまじと見つめながら問いかける。
「君はどっちを取る?」
「……あなたは…誰ですか……?」
やっとのことで僕は男に言葉をぶつける。
「私のことなどどうでも良いことさ。そうだな、ノエルとでも読んでくれたまえ」
「…ノエル……?」
僕の好きな格闘ゲームに、そんな名前のキャラクターが出てきた気がする。でも、どんなキャラクターだったのかぼやけて思い出せない。好きだったはずなのに。どうしてだろう。
「そうさ、ジュブナイル計画を司る22人の一人。それが私、ノエル・レイトリートさ」
聞きたいことは色々あった。どうして僕はこんなところにいるのか。どうして僕はノエルと話しているのか。わからないことだらけだった。
「君は少し混乱しているようだ。だが、残念ながら説明している時間はないのだよ」
途端、パチンと破裂音が響く。男が指を鳴らしたと思ったときには、すでに男の手には黒いステッキが握られていた。
「選ぶんだ。君にはその資格がある」
わからない。一体なんだ。なんの冗談だ。僕は――
その時、ふと気付いた。
男の顔が目の前にある。それなのに、僕にはその顔がはっきりとは見えない。
男の声は聞こえている。けれど、僕にはその声がどんな声なのかわからない。
自分でも気付かないうちに身体が震えていた。
それに気付いた途端に、奥歯がカタカタと音を鳴らし始めた。
喉がカラカラして声が出せない。それなのに手の中は汗でべっとりと湿っている。
黒いステッキが僕に向けられる。
「さあ、君はどちらを選ぶ?」
ステッキの先についた水晶に、僕の見開いた目が映りこんでいる。
それは僕の知っている僕のようで、僕の全く知らない僕だった。
「私に聞かせてくれ。君の選択を」
水晶の中の僕の瞳に僕の姿が見える。僕の意識が僕の瞳の中の瞳に吸い込まれていく。
僕は自然と質問に答えていた。
「……僕は――」
男が本性を現したかのように大きく歪んだ笑みを浮かべた。
「――ようこそ。我らのアルカディアへ」
僕らが決して通ってはいけない扉が、静かに開かれていく音を聞いた気がした。
三題噺「ジュヴナイル」「ノエル」「アルカディア」