立ち寄った女性
物書きの物書きとしての芸術論と、筋書き。
物書き同士で集まりがあった時には初名坂の辺りを通って帰る事がある。
少し遠回りになるのだが、料理屋や置屋など昔ながらの風情があり茶屋の長椅子にに腰を掛け茶を飲みながら、高齢の女性の店主と世間話をする。
茶屋には近くの商店の店主や偶には料理屋の客も帰りがけに立ち寄る事もある。料理屋に出入りする芸者も見掛ける事は多い。
置屋は料理屋に近いからだろうが、今日は芸者とは思えない女性が茶屋の主人と話をしているが、どうやら置屋に着付けや踊りを教えに来ているようだ。
名取だろうが・・。師匠にしては年の頃は三十代後半から四十位の様に見られる。
店主との話を小耳に挟む限り、何処からか引っ越して来たようである。何某かの引きがあったにしても、来るなり教授をするからにはそれなりなのかと。
身のこなしからして如何にも品の良さと天賦の才の様なものを感じるのは、名取というだけではないからのようにも思える。
茶屋の客も見て見ぬふりをしたくらいに、美しさは絶品だ。其れは始終料理屋で遊んでいる客達の眼差しが物語っている。
それ程ならば元は芸者・・などとは思わせないものが感じられる。美しさに色香なら芸者でも中にはそんなものを窺わせる者はいるし、其れが芸者たる魅力。
芸者が人を惹きつけるのは、商売だからと割り切る事が出来る。人間臭さが色香と結びつき生身である事を物語る。
物書きは時に、人と違った見方をする事がある。勿論筋書きにもよるのだが、或る時には娼婦だったり、そうで無ければ・・創造の世界で自在に描く。
其の描くものが思いも掛けなく創造の世界を抜け出す事もある。絵の具の色が何色もあるのは人が作った色の種類。
空に限らず自然の色や現象が幾つも異なるのは人の考えを超え作り出せないものだと言えるが、其れでは文章として表現できない事になる。
志賀牧人が目にしたのは、其の後者の方だと思える。美しいだけで和服の彼女を表現してしまうには物足りず嘘になる。
人には眼力というものがあり、店の老女は牧人に絵描きか其れとも・・と尋ねたから、物書きだと。
其れを見抜いた老女は、其れであればあの女性の事を物語るのかいと言う。其処までは確かだが、さて、どんな風にという段になれば、聊か足踏みをする。
そのくらいに思うのは彼女について何も分からないから。分からないものを表現する事は難しい。
老女はどういう因縁を感じたのか、難しい事に取り組む手助けをして、茶屋の客とは違う特別扱いをしてくれた。
女性の名は美緒だと。
丁度、茶屋に足を運んだ時に彼女に会う事があった。茶屋から道の向こうに見える公園に目を遣っていた彼女に。
「美緒さんとおっしゃるんですね・・」
と、驚く様子もなく振り向く彼女の瞳は輝いている。
「よく、私の名をご存知で・・何処かでお会いしたかしら・・」
美緒は真白い滑らかな指を曲げ手の甲で口元を押さえる様にしながら微笑む。
「ええ、以前一度此の茶屋で・・私の存在には気付かれなかったでしょうが・・私の方は貴女に気付きまたお会いするのではと思っていました」
彼女はそう言った牧人の事を特におかしな人間だとは思っていはしない。其れが彼女の自然な素振りから窺える。
「・・実は、私は物書きでして貴女を・・」
彼女は其れがどういう意味なのかを承知しているのか。
「私が何かお気に留まったのなら・・取り柄も無いのに?其れとも・・物書きの方が・・まさか身受けをなど・・芸者ではありませんから・・」
おそらく彼女にその様に話し掛ける者も少なくないのかも知れないが、それにしてもいきなり・・探りを入れるとは・・。
牧人は、とんでもない、と首を横に振りながら。
「modelですよ。お話のmodelにと思いまして?」
彼女は頷きながら
「・・私で無ければと思われたには何がしか?」
口頭で説明するのは難しい。美しいから、と言葉にしてしまえば、台無しになるものがある。
「物書きがmodelにするというのは、写真家の被写体というのではなく・・どちらかと言うと絵画に近いかな・・」
彼女は最初から分かっている・・そう思った。
「絵を描くには、姿形だけでなくそのmodelについて、何らかの絵描きなりに全てを知り尽くしたようなものが参考になるのだと思います」
彼女は、微笑んだままで。
「では、例えば裸体ならばすべてを知り尽くしたという事になりますかしら?」
何か、引っかけられたような気がするから・・。
「・・そう、時によっては、裸の貴女を知り尽くしておく事も必要かも知れませんが、此れは貴女も分かっている心の中の事です」
彼女は、其れは分かっていたが、一応許可を与えるのに参考程度にしたのだと思う。
「物語といっても、いろいろあるのでしょう?一体、どんなお話を・・?」
そう言われてから、以前から同じ事を考えていたと思う。画家ならば座って貰うだけで後は心の中も同時に描けばよいが。
其処で、暫く彼女の迷惑にならない程度に、同行してきっかけを掴みたいと思う。まあ、彼女に向いているのは恋愛か・・。
彼女の仕事柄、芸者に教授したり料理屋の中での出来事などが浮かんで来るが、其れは普通の師匠の周囲の事で、彼女の神秘性を表現するには物足りない。
牧人は、出来るだけ彼女に同行出来る時に、物語を作ってしまおうと思った。
彼女の仕事だけを忠実に追っていくだけでは詰まらないドキュメントに過ぎなくなる。
彼女が恋する相手を作らなければならない。其れとも、彼女に恋する男性を現に登場させるか。
modelと決めただけでストーリーが決まる訳ではない。其れに、おそらく・・彼女の滞在時間は少ないような気がする。
ストーリーは単純に描く事にした。彼女を好きになる付き人の十も年下の洋二という男性。
彼女は美貌の師匠で芸者から好かれるだけでなく、周囲の男性を虜にしていく。美緒をものにしようと希望する金持ちの男達。
芸者でも無いから身受けは出来ない。そんな男達の身も心も掴むシーンが登場する。料理屋での芸者達と客の遊びの場に義理で美緒も同席をする事になる。
男達をじらす様に、和服の襟足・うなじや裾から見え隠れする脚に男達に白い天女の様なものを感じさせる。酒が入った時の頬の紅も色香を放っている。
更に、彼女に、若い見習いの芸者が同性愛の憧れを抱く。彼女の着替えの途中に我慢しきれなくなった女性が背後から抱き着く。
その気持ちを知っていた美緒が着替え途中の衣装を落とし裸身になる。
二人の手足が互いの身体を這うように蠢(うごめ)く。
男には興味を示さない彼女は、手の届かない天女のような存在で美しさだけが輝いている。
男達からの一切の誘いにも応じない美緒に、一人の男が仕掛ける。彼女の帰りを待っていて夜道で襲う男。
彼女の付き人の洋二が、彼女を助ける為に男と組みあう。怪我をしながらも彼女を助ける。
やがて、彼女が姿を消す時が来る。彼女の正体を知ってしまう洋二。
誰もいない部屋で、二人だけになる。
洋二に別れを告げる間際に、帯を解き素肌になる絹絵。
洋二は、彼女の一糸まとわぬ後姿の素肌に見惚れる。
素肌のまま何時の間にか開いた襖から天に昇っていく美緒。
月の灯りに白い肌がくっきりと浮かんでいる。だが、此処で彼女の前面の描写をしたら、台無しになる。
世の男達の欲望はそんな事程度だが、実は人類も動物が多少進化した程度のもの。
世の男性達が目当てのものは、実は赤子用のモノといってもおかしくはない。
黒ずんだ乳首・へその緒を切り離した臍・そして膨らんだ下腹からその下に至れば、単なる生殖器であり、そもそもの目的である出産を、男達が横取りしたとなれば、全体の持つ美しさはその時点で消滅している。
男女共に欲望を満たすための犬などと同じ凹凸だけが残ったもので、同じ事を繰り返すに過ぎない。。
其れは、汗をかくのと同じ意味合いで、単なる作業としてしか、芸術家には認められない。
芸術とは感情は捨ておき、感性が豊かでなければ辿り着けない途方もなく気高く神秘的な高山に似たり。
暫くして出来上がった原稿を持ち茶屋にやって来た牧人に老女が話をする。
元々、美緒は偶々此処に現れた美女。
其の正体は、誰も分からないが、後ろ姿だけという事は天女だったのかも知れないと言う。
老女には其れが最初から分かっていたと言う。
そう思ったのは、あのような美しい女性などいる筈がないと確信を持ったからだと言う。
二人で、空を見上げた時、実は、牧人も、あの時に同じ事を感じたと言う。
あまりにも美し過ぎるの表現を・・地に這わせるような人類には天女などは到底窺う事は出来ずと。
人類は決して其れを捨てきれない動物だとの羞恥心程度も感じずに滅びゆく事であろう・・。
青い惑星に於ける生命体の長い歴史上・・何度も全生命体の消滅が記録されている・・又は考古学上そう推測されている如し・・。
(因みに、此れから時々登場する、広大な宇宙の生命体から人類を見ると同じ様に感じるものだが。宇宙空間には死んだ惑星というものが幾つも存在する。その理由は兎も角、百五十億年も進化した生命体にとり、その様な滅びた文明を発見した際には、芸術作品其の物ではなく、絵画で言えば「レプリカ」として持ち帰るが、如何に滅びた文明であろうとも、其の所有物を盗む事は出来無いという法則に則っているからである。)
「Shadow Arranged by europe123」
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立ち寄った女性
美しい天女の例で例えた芸術というものを記す事と、此れから登場する事が増えて来る、広大な宇宙の生命体の考えるところ。