Fría que    邦題  冷たい彼女

Fría que 邦題  冷たい彼女

デパートlady。

 休み明けの仕事も半日もすれば勘を取り戻す様になる。さて今日は昼食はどうしようかと取り敢えず店を出て、通りを歩きながら腹が何を要求しているのか視覚にも頼りながら、店を探している。田辺道雄はG通りにあるデパートに勤めている。昼休みは交代制で、混んでいるピークの時間帯を外せるからその点くらいが長所だと思っている。あまり時間が掛かる様なものは食べないが、立ち食い蕎麦や牛丼の様にカウンターで並んで食べるのも好きでは無い。
 コンビニで買って近くの公園のベンチで食べる事もある。一人が寂しく思う事もあるが、気楽でもある。公園までは片道十分は掛かるから、休みとしては正味四十分も無い。
 デパートの中で食事を済ませる者もいるが、女性などは気分転換も兼ねて近くのカフェなどに行く。何故か、複数でという光景は見た事が無い。営業中に表に出る時は警備員が透明な袋の中を確認して、商品の持ち出しが無いかなどをチェックするから面倒には違い無い。其れでも表に出るからには、一人の自由を味わいたいという気持ちが強いからだ。店内の食堂や休憩所は騒音の渦であるし、毎日同じ顔を見ながら食事をするのも詰まらない。
 だから、外出するメンバーはたいてい同じだが、お互い顔を会わせたくないから別の店に行く事が多い。



 公園に向かう途中小雨が降って来た。場所を替えて近くのカフェに入った。頭の中には特に変わった事など浮かばない。家に帰ってからの時間が暇だから、楽器を購入したのだが、同じ曲ばかり弾いていても詰まらないからと考えていた。少し離れたテーブルに腰を掛けている女性は同じ店の制服を着ているが、見た事は無い。偶に転勤という事があるから、其れとも中途入社なのか、でも、デパートに中途は先ずない。此の女性も人目を避けて来ているのだろうからなるべく無視をする様にと心掛けていたのだが。
 次の日も来ている。というよりも道雄が二日続けて来たからだろう、二日続けて天気が悪いからと、それなら別の店にすれば良かったのだが。
 済ましたような冷たそうなところは一人で来る女性には共通している。それは見慣れた光景ではあるのだが・・。
 逆に言えば自分の部署にはいないタイプとも言える。だからといって声をかけてみるなどと言うことは考えないし、失礼いや、迷惑だろうと思う。まだ、入りたての頃、気に入った女性がいて盛んに誘った事があったのだが、最終的には断られた。
 其れから、ほぼ毎日のように同じ店に行くようになった。女性は自分の事は知らないから気にする素振りも見せない。単に、時々見かけるくらいにしか思っていないのかも知れない。
 只、十五分くらいの休憩時間の差があることには気がついた。女性の方が早く来て早く帰る。




 二週間もする頃、その日は同じ売り場の店員が休みだったから早めに休憩に出た。売り場はワンフロアー全体を道雄が見ているが、叶明子、以前交際していた事がある女性が休み。
 早めに店に行けばあの女性も来ている筈だ。どうやら、I店が一部改装をするので、部分的に閉鎖されているからこちらの店に来ている店員が数十名いて、その中の一人が彼女らしいという話を聞いた。冷たいように見えるという事は見ようによっては近づきがたい美人とも言えるような気がする。勿論、店のメニューが気に入らないのでは用は足りないのだが、それは他店と比較しても劣らないと味覚が承知している。何時も同じ二種類のものを交互にオーダーしていたが、その日は彼女がオーダーしているものと同じものを頼んだ。店員が運んでいく時に見ていたから、何が好みかはだいたい分かっている。彼女も同じように三種類位のものを日によって変えてオーダーしている。
 此れでメニューが一つ増えた事になる。昼食だから酒も飲まないし摘みはいらないからだいたいが同じようなものを頼むことになるなどと思いながら、では、酒でもあれば、というか、彼女と一緒に酒でも飲みながら、と思い描いてみた。冷たい彼女と共に飲む酒の味はどうだろうなどと、思わず「満更でもないな」と呟く。それは今日の料理の味についてと、其の想像についての・・。
 食べ終わりスマフォを見たりしてから彼女は席を立ってレジに向かう。支払っている姿を見て、此れが一緒なら自分が払うんだと思ったりもする。フランスの女性は勝手に男性に奢られることを好まない場合が多い。この国では堂々と男性に払わせるのが常識のようになっているがと、詰まらないことを考えたのも、想像が勝手に歩き始めたようだ。ふと我に返り今日は早番だった事に気づき、女性に続いてレジで支払いを済ませると慌てて自動ドアの絨毯を踏み表に出た。結果的に彼女の後ろ姿が社員専用口に近づく手前で並んでいた。口をついて何かが出ようとした。振り返った顔と目があった。目は冷たさの中で唯一微笑んでいる。此れで声を掛けやすくなったと思うと同時に、「ああ、休憩お済みですか・・」と、彼女が、「何時も一緒ですね」とは、「見ていたんだ、いや、見ていてくれたんだ」と、何か突然灯りが付いたようにぽつんと胸が返事をした。
 



 其処からは、Smoothに?事が運んだ。その週の休日前には、夕食を一緒にという話をしていた。
 エレーベーターが開いて、二階婦人服売り場の向井静香が薄暗い照明に照らし出されたFloorを迷わずに窓際の席に歩いて来る。Tホテル17階のFloorは広いから、初めての客は視線を彼方此方揺らしながら目指す相手を探し、場の雰囲気に戸惑い気味に・・、で無いのは以前来た事でもあるのか、其れとも・・。
 道雄が静香を誘ったのはよくある一般的な女性に対する関心だけでは無かった。以前飲みに行っていた女性で最も最近は、叶明子だが彼女も似ている様なところと、何処か違うところがあった。其れは違う女性だから当たり前といえば其れきりだが、道雄が静香に関して何か特別なものを感じている点で、明子にも似た様なものを感じた。逆に二人を単純に比較すると、言ってみれば育ち或いは育った環境とでも言ったらよいか、其れは異なる。
 明子とは疎遠になった訳でも特別な関係になった訳でも無かった。そんな付き合いが無理の無い自然な気がしたし、その後も二人の間には痴情の縺れなどは毛頭、親しさを持って・・という間柄は築かれたままだ。そういう点では、静香と夕食をとって語り合う事は少しも不自然では無い。
 静香がエレベーターから真っ直ぐに、まるで絨毯に運動会の50メートル競走の白線でも書かれている様に迷わず・・、そして、今テーブル越しに対面して座っている。其れは、明子も全く同じだった。共通点と言える。偶然、そんな事もあるだろう、だが・・。
 仕事の話はさっと流す様に、謂わば前菜の様だった。静香は婦人服売り場の経験はI店からだからベテランと言える。職場が変わっても覚えが早いというか、物事を先に読むような事があるようだ。だから、客の好みのものや似合っているものを見つけたりして売り上げに貢献している様だった。 
 其れは、明子も似ている。では、違いは何か。仕事に限らず恋愛に関しても解釈が何か異なっている様な気がする。ちょっと見が冷たく見えるかそうで無いかの違いもある。
 静香は全面窓ガラスの壁の外を見ながら街の灯りを懐かしそうに見ている。道雄が、「最近、何時も同じ店に行くようになったのも、君に何か惹かれる様に、ああ、勿論店の味もいいんだが」と、「そう言って貰えると嬉しい様な、案外、集団の中で一人のような事があるから。美味しいわねあのお店」
 道雄は思い切って、「君って、何か人を寄せ付けないような、言い方は悪いけれど、冷たさというかそんなものが漂っている様に窺えるんだ。其れが、逆に魅力でもあるのかも知れないけれど。ちょっと言い過ぎたかな、気に障ったら御免」と、「うん、自分では分からないけれどI店の時も何時も一人だったから、仕事上は勿論人と協力してやり、成績は上げていた・・、ああ、ちょっと余計な事だわね」。
 道雄は静香の仕事ぶりが、何故か超高速コンピューター並みであるかのような気がしたから、単なる自慢では無いだろうと思ったが、どうしてそう思ったのかは自分でも分からなかった。外の灯りに見とれている様は単に街の美しさに気をひかれているのか、其れとも何か思い出しているのか、元付き合っていた彼氏の事でもなど邪推をしたが、どうもそんなレベルの事では無い様な気もした。
 二人は静かに話し合い、飲食を味わい、時には互いの事に触れたりして、楽しい時を過ごす事が出来た。
 帰り道、駅まではすぐだったが、並んで歩きながら改札の前で立ち止まり、笑顔を交わしてから、互いのホームに別れて行った。
 
 



 店で、明子に其の話をした。明子は黙って聞いていたが、「そう、彼女と話が弾んだんだ。私ともそうだし、貴方も、やはり・・」
 


 道雄は此の期末で職場を離れるつもりだ。静香にも明子にも其の話はしてある。


 期末が近付いて来る。二人との恋愛はどうするのだろうかと自分でも考えた。違った形での恋愛は成立するだろうから・・と思った。



 どちらとどうなるのかは、決められている。取り敢えずは三人は同時に転勤になる。



 道雄は静香と話をしている。「後釜は決まっているから、人に迷惑は掛からないし。ところで君も・・」
「ええ、大丈夫。明子さんは?大丈夫だわね・・」



 明子と静香、其れに道雄は期末に転勤になった。夜空が澄み切っていて、星が数多と煌めいている。よく見れば其々の星が少しずつ違う色だという事は分かるかも知れない。其れに、色だけでは無い・・。




 明子が先に店を出た。其れから、店から明子にそっくりな店員が出て来た、後釜は見分けがつかない。何処か暖かそうな雰囲気も何もかも瓜二つだ。明子は空間に消える様に・・上がって行く。透明なバリアーに包まれ姿は見えなくなった。声だけが、「途中まで一緒かな、其れとも・・恋愛?はまだ此れからも続くから・・静香さんも、もう準備は出来たようね」。




 続くように、静香と道雄も・・。「後釜は・・大丈夫?」
「勿論。それにしても。君が冷たく見えた筈だよね。あの星では、皆、そんな育ち方をしてきたからね。其処が明子さんとの環境の違い。昔は、此の星で魔女と言われていたくらいだからね・・」




 三人は同じ様に行き場所は同じ方向。途中でどうなるかは、その場の旅程や星間の状況によってまだ、未定・・愛情は何処でも同じ不変のモノ。尤も此の星とは少し表現が異なるが・・。 



 三人のDummyのそっくりさんを下に見ながら、透明に変わった物体が上がって行く。
 少し離れた道雄が二人に言った。「此の星の言葉では、愛している。恒久にね。もう転勤は無いから・・」
 静香が氷の様な微笑みを見せ頷いた。すると、気温は静香の星の常温に変わり、一瞬だけ、辺りはこの世のものとは思えぬ絶対零℃に変わった。




 宇宙には様々な星が煌めいている。誰かが故郷の空を思い出したら恐ろしい事になる事もある。夜は零下170度の美しさを見せる月が近付いて来た。

Fría que 邦題  冷たい彼女

異動は勤め人にはつきものだが・・。

Fría que 邦題  冷たい彼女

Dummyを残して・・其々の故郷に戻っていく者たち・・。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-04

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