うらしま太郎と桃太郎
うらしま太郎と桃太郎は大学時代の同級生である。
二人は慶応大学の経済学部で、ゼミも一緒にやったりして、また部活も同じテニス部で、非常に仲のいい友達だった。
二人はいつも、
「教授の金子勝先生の授業は安倍政権の批判ばかりで、経済学、は全然、教えてくれないからなー。やんなっちゃうよなー。せっかく経済学を、しっかり勉強しようと思って入学したのに」
と愚痴をこぼしていた。
「まあ先生も今年で定年退官だからな。次の教授は、きっと真面目に経済学を教えてくれるだろう。それまでの我慢だ」
と言った。
「だけど卒業試験では安倍政権の批判を、いっぱい書いとけば、単位は確実にとれるからな。まあ、いいじゃないか」
と愚痴をこぼしていた。
サークルは二人ともテニス部だった。
ある時、慶応大学のテニス部の3名と、聖心女子大学のテニス部の女子大生、3名で合コンをした。
慶応大学からは、うらしま太郎と桃太郎と、それに金太郎の3名が行った。
一方、聖心女子大学からは乙姫と亀子と熊子の3名の女子大生が来ていた。
金太郎は慶応大学の法学部で相撲部の主将だった。
合コンでは色々と会話が弾んだ。
聖心女子大学の3人の中では、乙姫、という女学生が一番きれいだった。
桃太郎は、乙姫、に一目惚れしてしまって、さかんに乙姫に話しかけた。
しかし。
うらしま太郎も、乙姫を、一目、見た時から恋してしまったのである。
しかし、うらしま太郎は人を押しのけて、自分の気持ちを通すことなど出来ない、おとなしい性格だった。
それで桃太郎が、乙姫に、さかんに話しかけるので、うらしま太郎は黙っていた。
乙姫の横には、亀子、という、おとなしい子が座っていた。
そして金太郎、は、さかんに熊子に話しかけていた。
なので、うらしま太郎は話し相手のいない、亀子に話しかけた。
合コンが終わった後に桃太郎は、
「乙姫さん。どうでしょう。二人きりで喫茶店で、お話しませんか?」
と乙姫を誘った。
乙姫は、
「ええ。いいですよ」
と言って桃太郎について行った。
金太郎は、熊子、とばかり話していて、合コンの後、熊子、と喫茶店に行くことになった。
熊子、は聖心女子大の、女子レスリング部なので、伊調馨よりも強く、全国大学学生相撲選手権で優勝した、金太郎を知っていて同じ格闘技を愛する者として相性が合ったので話が弾んだ。
「熊子さん。ドライブに行きませんか?」
金太郎が聞いた。
「どこへですか?」
「足柄山です」
「えっ。でも、あそこは熊が出ると言いますよ」
「大丈夫です。僕は熊より強いですから熊が出たら、やっつけてやりますよ」
「わー。金太郎さんて強いのね。頼もしいわ」
ということで、金太郎は、熊子、と足柄山にドライブに行った。
あとには亀子が、一人、とり残された。
うらしま太郎は、亀子とは、ほとんど話していなかったが、亀子に、
「亀子さん。僕でよろしかったら、少し、お話しませんか?」
と亀子に聞いた。
亀子は、
「ええ。有難うございます」
と言って、うらしま太郎、は合コンの後、亀子と二人で別の喫茶店に入った。
そして少し話した。
「乙姫さんはミス聖心女子大なんです。頭もいいです。私なんかミスコンの一次予選も通らなくて・・・」
と亀子は、さびしそうに言った。
亀子は、乙姫、に比べて器量が劣っていることを気にかけているようだった。
「・・・・・」
うらしま太郎は、亀子に、かける言葉を見つけられなかった。
安易に「そんなことないですよ」などと心にもない同情の言葉は、うらしま太郎は、かけらなかった。
合コンが終わった後も、桃太郎と乙姫の二人は、桃太郎が、さかんに乙姫をデートに誘ったので、それによって乙姫と桃太郎のカップルが出来た。
ある時、うらしま太郎と桃太郎と乙姫と亀子の4人は、テニススクールのレンタルコートを借りて、ミックスダブルスをした。
誰とペアを組むかは公平にジャンケンで決めた。
うらしま太郎は乙姫とペアを組むことになった。
桃太郎は亀子と組んだ。
桃太郎は乙姫とペアを組みたかったので、少し不本意な様子だった。
ミックスダブルスの試合が始まった。
「さあ。負けないように頑張りましょう」
と乙姫が、うらしま太郎、に声をかけた。
「はい」
と、うらしま太郎は答えた。
うらしま太郎がサービスで試合が始まった。
前衛で構えている、乙姫、のテニスウェアの短いスカートが妙に艶めかしかった。
うらしま太郎は、ボールをトスアップして、サービスをした。
レシーバーの桃太郎は、いきなりダブルスの定石を外し、乙姫を超える高いロブを上げた。
乙姫は、その球をスマッシュしようとジャンプしたが届かなかった。
うらしま太郎が急いで乙姫の後ろに回ってロブを返した。
その後、桃太郎と亀子のペアがサーバーになると、桃太郎は、うらしま太郎に、もの凄い高速サーブを打ち、乙姫には緩い球のサーブをした。
しかし、うらしま太郎は桃太郎の打つ高速サーブを全部、返した。
桃太郎の打つスマッシュやドロップショットも全部、うらしま太郎が返した。
うらしま太郎は何としても、勝って乙姫を喜ばせたかったのである。
結果、うらしま太郎と乙姫のペアが勝った。
乙姫は、うらしま太郎に、ニコッと微笑んだ。
「有難う。うらしま太郎さん。私達が勝てたのは、うらしま太郎さんが、私のミスを全部カバーしてくれたからだわ」
と言ってニコッと微笑んだ。
「い、いえ。僕なんか、たいした事はしていません」
と、うらしま太郎は顔を赤くして答えた。
しかし、うらしま太郎は、その時、乙姫は確かに自分に好意を持っていると感じとった。
「あ、あの。うらしま太郎さん。少し喫茶店でお話しませんか?」
と乙姫が話しかけようとした。
その時である。
桃太郎が急いで乙姫の所にやって来た。
「乙姫さん。最近、いいイタリアンの店が出来たんですよ。行きましょう」
そう桃太郎は言って、乙姫を車に乗せてテニスコートを去って行った。
亀子が一人、残されて、おずおずとしていた。
うらしま太郎は亀子の所に行った。
そして、うらしま太郎は亀子に、
「よかったら、僕たちも近くの喫茶店で少し話しませんか?」
と言った。
「はい」
と亀子は嬉しそう返事して、二人は近くの喫茶店に入った。
うらしま太郎も亀子も、アイスティーと苺のショートケーキを注文した。
食べ終わると亀子は、おずおずと話し出した。
「うらしま太郎さま。ごめんなさい。乙姫さんは人を傷つけることは言えない性格なので、はっきりとは言っていませんが、乙姫さんは桃太郎さんが積極的に誘うので、それを断れなくてデートしていますが、乙姫さんの本心は桃太郎さん、ではなく、うらしま太郎さんが、好きなんだと思います。乙姫さんと話していて、私は、それを、はっきりと感じました」
と亀子は言った。
「いえ。いいんです。でも、それを教えてくれて有難う」
と、うらしま太郎は亀子に礼を言った。
うらしま太郎は、亀子が、うらしま太郎を好いている、ということは、亀子の態度から、わかった。
しかし、うらしま太郎は亀子に「付き合いませんか?」とは言わなかった。
なぜなら、うらしま太郎は亀子には好意を持っておらず、好意を持っていない女と付き合うのは、結局は女を不幸にしてしまうと、思ったからである。
やがて、うらしま太郎、桃太郎、金太郎、と、乙姫、亀子、熊子、の6人は大学を卒業した。
そして、それぞれ民間企業に就職した。
そして桃太郎は乙姫を口説いて二人は結婚した。
うらしま太郎は、心の中では、本心では、不本意に思いながらも、二人の結婚を祝福した。
そして続いて、金太郎と熊子も結婚した。
やがて、桃太郎と乙姫の間には、可愛い女の子が生まれた。
女の子は父親の桃太郎からとって、桃子、と名づけられた。
しかし幸福は長く続かなかった。
桃太郎は、日本で、難病指定されている筋萎縮性側索硬化症を発症してしまい、入院することになってしまったからである。
しかし、結婚式、以来、うらしま太郎は桃太郎と疎遠になってしまった。
というより、うらしま太郎が、桃太郎と乙姫から、意図して距離をとったのである。
というのは、うらしま太郎と乙姫が、好意を持ちあっていることを、桃太郎が気づいていることを、うらしま太郎、は気づいていたからである。
そして、うらしま太郎は、乙姫が、自分のことを忘れて、桃太郎と幸せになって欲しいと、思っていたからである。
桃太郎は根はいい性格だし、うらしま太郎は、乙姫も桃太郎と二人きりで暮らしているうちに、桃太郎を愛するようになるだろう、と思ったのである。
そのため、うらしま太郎は、乙姫に自分を忘れさせるために身を引いたのである。
そのため、うらしま太郎と桃太郎は、一年に一度の年賀状の遣り取りもしなくなってしまった。
ある日、うらしま太郎は本を買いに神保町に行った。
そして本を買って、近くの喫茶店で本を読んでいた。
すると。
一人の女性が喫茶店に入って来た。
うらしま太郎は、その女性を見た。
そして吃驚した。
何と、その女性は亀子だったからである。
うらしま太郎は亀子に向かって、
「亀子さーん」
と呼んで手を振った。
亀子は、うらしま太郎に気づくと、急いで、うらしま太郎のテーブルに行き、うらしま太郎と相対して座った。
亀子は、ニッコリと、笑顔で、うらしま太郎を見た。
「やあ。久しぶり」
うらしま太郎は挨拶した。
「お久しぶりですね。うらしま太郎さん」
亀子も挨拶した。
「元気ですか?」
うらしま太郎が聞いた。
「ええ」
うらしま太郎が答えた。
「亀子さんは?」
うらしま太郎が聞いた。
「私も何とか、やっています」
と亀子は答えた。
「唐突だけど、君はもう結婚したの?」
うらしま太郎が聞いた。
「ええ。桃太郎さんの従兄弟に、犬男さん、猿男さん、雉子男さん、という方が、いて、桃太郎さんが紹介してくれたんです。それで、お見合いして犬男さんと結婚しました」
亀子が答えた。
「うらしま太郎さん。あなたは?」
亀子が聞き返した。
「僕は、まだだよ」
うらしま太郎が答えた。
「うらしま太郎さん。本当のことを告白します。私は、本当は、うらしま太郎さん。あなたが、好きだったんです。でも、私はカンがいいので、あなたが乙姫さんを、愛していることに気づいていました。乙姫さんも、あなたを愛しています。なので出来たら、あなたと乙姫さんが、結ばれてくれるのを、期待して私は遠慮していたんです」
と亀子は告白した。
「そうだったんですか。それで今、桃太郎くん、と、乙姫さん、は上手くやっているのか、どうか、知っているかね?」
うらしま太郎が聞いた。
「うらしま太郎さん。桃太郎さんは、筋萎縮性側索硬化症を発症して入院しています。乙姫さんは、まめまめしい性格なので、夫の桃太郎さんを介抱しています。一人でパートで働いています。乙姫さんは、桃太郎さんと結婚しましたが、乙姫さん、の、心は、うらしま太郎さん。あなたにあります。ですから、どうか乙姫さん、に会って彼女を励ましてやって下さい」
亀子はそう言った。
「そうだったんですか。わかりました」
うらしま太郎は、そう答えた。
翌日。
うらしま太郎は、亀子に教えてもらって知った乙姫の家に行った。
ピンポーン。
うらしま太郎はチャイムを押した。
「はーい」
と家の中で声がして、パタパタと玄関に向かう足の音が聞こえた。
そして玄関が開いた。
乙姫が顔を現した。
「あっ。うらしま太郎さん。お久しぶりです」
乙姫は恭しく頭を下げた。
「お久しぶりです。乙姫さん」
うらしま太郎も丁寧に挨拶した。
「どうぞ。お入り下さい」
乙姫に促されて、うらしま太郎は乙姫の家に入った。
「どうぞ。おかけ下さい」
乙姫に勧められて、うらしま太郎は居間のソファーに座った。
「乙姫さん。桃太郎さんのことは、昨日、亀子さんに会って聞きました。一人で大変ですね」
うらしま太郎は、乙姫に、なぐさめの言葉をかけた。
「い、いえ・・・・」
乙姫は、謙遜して、何と言っていいか、わからない様子だった。
その時。
ピピピッ。
と、乙姫の携帯電話が鳴った。
乙姫は携帯電話を取り出して耳に当てた。
「乙姫さん、ですか?」
「はい」
「私は、小石川療養所の、桃太郎さんの主治医の、新出去定(にいできょじょう)です。夫の桃太郎さんが、今、危篤になりました。血圧が、どんどん下がっています。出来ることなら今すぐ病院に来て下さい」
と言った。
「はい。わかりました」
と乙姫は返事した。
「夫が危篤だそうです。うらしま太郎さん。すみませんが私は今すぐ病院に行きます」
そう言って乙姫は立ち上がった。
「僕も行きます」
うらしま太郎が言った。
「そうして頂けると助かります」
こうして、二人は、タクシーで小石川療養所に行った。
病室には、金太郎と熊子の夫婦、それに、亀子と犬男の夫婦が来ていた。
そして主治医の新出去定(にいできょじょう)と研修医らしい若い医師が桃太郎を見守っていた。
若い医師の胸のプレートには「安本登」と書かれてあった。
桃太郎は痩せ衰えた体で酸素マスクをしていた。
「あなた」
乙姫は夫の桃太郎の元に駆け寄った。
うらしま太郎も駆け寄った。
「何か、話しますか?」
主治医の新出去定が聞いた。
新出去定は顔は髭もじゃ、で(赤ひげ)という、あだ名で呼ばれていた。
「ええ。ぜひ」
乙姫が言った。
新出去定は酸素マスクを外した。
すると桃太郎が弱々しい目を、うらしま太郎、と、妻の乙姫に向けた。
「やあ。うらしま太郎くん。久しぶり。君と会うのは大学卒業、以来だね」
桃太郎は、うらしま太郎に弱々しい口調で言った。
そして妻の乙姫にも視線を向けた。
「僕は、もう死ぬだろう。死ぬ前に君に言っておきたい。僕の遺言だ。僕の書斎の机の一番下の引き出しの中に玉手箱が置いてある。乙姫。僕が死んだら、どうか、うらしま太郎くん、と、立ち合いのもとで、玉手箱を開けてくれ」
そう言い終わるや、桃太郎、は、ガックリとして、目を閉じた。
「いかん。呼吸筋の麻痺だ。私が気管挿管をやる」
赤ひげ、は、そう言うや桃太郎の口の中に、喉頭鏡を入れ、気管チューブを口の中に挿管していった。
「安本。お前は心臓マッサージをやれ」
新出去定が言った。
「はい」
安本登医師は、桃太郎の胸骨に両手を当て「エッシ。エッシ」と声をかけながら心臓マッサージをした。
「ボスミン6ml注入しろ」
新出去定が看護婦に命じた。
「はい」
看護婦は、新出去定に、言われて昇圧剤を注入した。
しかし血圧は上がらず、どんどん下がっていった。
新出去定は安本登に目を向けた。
「安本。よく見ておけ。人間の死ほど荘厳なものはないぞ」
と新出去定は言った。
「はい」
と研修医の安本登は、桃太郎の顔を、じっと見つめなが、心臓マッサージをした。
しかし、ピコーン、ピコーンと、鳴っていた、心電図の波形の間隔が、だんだん、そして、どんどん長くなっていった。
そして、やがて心電図は、ツー、と平坦になった。
そして桃太郎は息を引き取った。
新出去定は、ペンライトで、対光反射が無いのを確かめると、
「ご臨終です」
と言って深く一礼した。
うらしま太郎、と、乙姫、の、二人は、タクシーで家に帰った。
そして、乙姫は夫の桃太郎に言われたように、桃太郎の書斎の机の一番下の引き出しを開けた。
そこには桃太郎が言った通り、玉手箱が置いてあった。
乙姫は、その箱を開けた。
中には手紙が入っていた。
それには、こう書かれてあった。
「うらしま太郎くん。僕はやがて死ぬだろう。妻の乙姫は、僕ではなく、うらしま太郎くん。君を愛していたことは僕も気づいていた。君の気持ちを配慮せず、強引に乙姫と結婚してしまった悪人の僕を許してくれ。僕が筋萎縮性側索硬化症を発症してしまったのも、きっと、僕が、ワガママを通してしまったために神様が僕に与えた罰なのだろう。不治の病になって僕は初めて気がついたよ。(愛)とは奪うものではなく与えるものだということを。さらに死に及んでまでの僕の身勝手なお願いを許してくれ。僕が死んだら、どうか、君が妻の乙姫と結婚してくれ。そして妻と娘を幸せにしてくれ。よろしく頼む。愚劣な悪人、桃太郎」
うらしま太郎、と、乙姫は、お互い見つめ合った。
「乙姫さん。桃太郎くん、の言う通りなんです。僕はあなたが好きでした。誰よりも好きでした」
うらしま太郎が言った。
「私も、うらしま太郎さん。あなたが好きでした」
乙姫が言った。
「それは、大学の時、4人で、テニスをした時に、亀子さんから聞いて知っていました」
うらしま太郎が言った。
うらしま太郎と乙姫の二人は、手を固く握りしめ合った。
二人は、桃太郎の遺言通り結婚した。
やがて、うらしま太郎と乙姫の間にも男の子が生まれた。
男の子は、幸一、と名づけられた。
姉の、桃子と、弟の、幸一、は、とても仲のいい兄妹となった。
そして4人は末永く幸せに暮らした。
平成30年11月8日(木)擱筆
うらしま太郎と桃太郎