鎌倉時代の海も・・現代の海も・・変わらないが・・人類だけは変わってしまったようだ・・。

鎌倉時代の海も・・現代の海も・・変わらないが・・人類だけは変わってしまったようだ・・。

いざ鎌倉・・其れは彼方の事・・。如何にも其れらしき風情の海に空にくるりと輪を書く鳶・・。

 沖田洋二は学生時代、先輩のいなくなった下宿を出、安いアパートに引っ越した。
 学生の住む様なアパートは何処も四畳半ばかりだったが、本立てに机と椅子・蒲団に服程度の荷物だったから、其れで充分の広さだった。
 畳の部分からはみ出した三尺程度の流しがあるが、簡単に食事を作る時用のものだ。
 最初は自炊をしていたが、時間は掛かるし汚れが目立つと思ってからは、以前のようにスーパーで買い物をする様になった。
 中には自炊をする友人もいたが、せいぜいカレー程度に電気釜でご飯を炊くだけ程度だ。
 学生の用事と言えば大学に行く事と勉強くらいで、14インチの白黒TVを購入してからは、其れを見る事もあったが、面白い番組は無かった。
 最初はパチンコをやる事もあったが、チューリップのうちは良かったが、台が新しくなってからは百円玉では遊べずやめた。
 親からの仕送りで一か月を過ごす筈が、月末までに足りなくなる事もあったが、その原因は周辺の飲み屋街で酒を飲むようになってからだ。
 お陰で、仲が良かった友人と其々質草を持ち、質屋に行く事もあったが、サラ金が流行る前で、物的担保があるので利息は安いし、お金を返せば物は戻る。
 学友と遊ぶ時間がある時には、互いに双方のアパートを行き来したりし、雑談にギターを弾き・夜は狭い部屋でラジオの深夜番組を聴きながら酒を飲む。
 ほとんど毎日がそんなだったから、或る日、気晴らしに休みの日に旅行でもと思ったのだが、そう遠くまで行く金がない。
 其処で、いろいろ考えた挙句、鎌倉に行く事にした。乗車賃は往復千円ちょっとあれば足りるし、藤沢から江ノ電で海を見ながら電車に揺られ、ちょっとした小旅行気分が味わえた。
 単身での旅行だから、江ノ電の周辺の見所と言えば、鎌倉の大仏・紫陽花寺くらいで、後は終点の鎌倉まで行くしかない。
 京都は理想の旅行先であるが、学生には四年間に三回程度、友人達と三人で其々の親戚泊で何とか行ってこれた。
 其れは其れで、面白い事や記憶に残る事もあり、また何れ話そうと思う。
 


 一人での旅は、前述二か所の名所を見れば、鎌倉だが、目的は鎌倉の通りに面している土産物屋に飲みやで一杯くらいだった。
 だが、一人で店に入り店のカウンターでどうでも良いような話をする事にはすぐに飽きてきた。
 鎌倉の中でも最も人気のあると言うか、誰でも詣でるのは八幡宮だ。其れも、詣でてしまえば時間が余る。
 其の日、八幡宮の横には池があるが子供でも無ければ喜ばない。其処で、神社の右側から裏手に出、海と山に挟まれた様に歩き出した。
 空を仰げば、鳴き声が、
「ピーヒョロ・・」
 確かにそんな風に聞こえ、頭上の高いところを輪を書くように飛ぶのがよく見られた。
 其れを見ながら歩くうちに、道が急に開け住宅街が現れた。丁度、その辺りで行き交った若い女性から話し掛けられた。
「・・此処ですか?住宅街・・と言っても別荘が多いんです。え?私?すぐそこの別荘にやって来たんですが、一人では暇も潰せず、表に出ていました。貴方は?」
 女性は洋二と同じくらいの年齢で、やはり、大学生なのかなど思った。
「・・ああ、僕は学生で、暇だから此処まで電車に乗りやって来たんですが、見るところも計画してこなかったので、神社の横を通り気が付けば此の別荘街にに来ていたという事です」
 女性は着物を着ており、何か川端康成の伊豆の踊子の映画に出てきそうだったが、あの映画の主役のタレントよりは美しいような気がした。
 着物の柄は明らかにあの映画の様な質素なものには見えず・・それもそうだ・・あれは踊り子・・此方は別荘のお嬢さん?そう思った。
 二人は何の関係も無いし、其れでさようなら・・と言うべきだったのかも知れない。
 其のつもりだったのだが、思いがけず彼女から、暇潰しの提案を受ける事になった。
「・・鎌倉には詳しいんですか?」
「・・言え、滅多に来ないし、お金も掛かるし、見るところも調べて来なかったから・・?」
「・・良かったら、私も暇を持て余していましたから、こうして家を飛び出したのですが・・暇潰し同士で、私、案内しましょうか?」
 渡りに船とはこういう事だろうなど思いながら、戸惑うpauseは付けたものの、やはり、案内をして貰う事にした。
「・・ええと・・何処に行くつもりですか?」
「・・そうねえ・・江の島・・知ってます?」
「いや、此処も来たのは初めてで、その江の島は歌で聞いた事があります。確か、southern何とかの・・」
 洋二の大学のキャンパスは日吉と三田にあり、日吉は神奈川県だが、大学の男子学生は、良く、湘南ボーイと呼ばれる。
 確か、加山雄三とランチャーズだったか・・エレキバンドだった筈だ。高校生時代にはグループサウンズが流行り、彼等の演奏も聴いた事がある。
 加山は映画スターで金持ちの坊ちゃん・・ヨットも持っているとか?
 其の話をしたら、電車の中で話しましょう?と言われた。




 再び江ノ電に乗り、今度は終点から終点まで行くそうだ。
 江ノ電・湘南海岸には独特の雰囲気があり、其れで格好が良いと言う意味だろうが、湘南ボーイと言われている。
 電車に二人並んで座ると、車窓から見えるのは途中は海・・やはり、塩気のある匂いが漂ってくるが、眺めは良い。
 鎌倉高校前という駅を見た時に、寅さんの映画に出て来たのを思い出した。満男と寅さんが用事を済ませ、此処で別れるところで・・少し寂しそうなsceneだった。
 やがて、狭い住宅の間を、電車は器用に住宅の軒(のき)を擦りそうなくらいに接近しながら走って行く。
 終点の江の島は案外質素な佇まいの駅で、改札を出ればすぐに海が見えた。駅前には釣り客用の店が二軒ほど・・釣り道具や餌を売っているような・・まあ、売店程度に見える。
「釣りは・・お好きですか?」
「いえ・・家族が釣りをしなかったので、僕もした事はあまりありません」
「良かったら、釣り道具買って行きましょうか?」
 洋二は慌てて財布を出そうとしたが、彼女の方が早かった。
 二人並んで、釣り道具と簡単な餌を持ち橋を渡ると、島にあたるが、此れが江の島だと教えて貰った。
 其処からが結構大変だった。島といっても階段を上がっていく・・小さな山のようでもある。
 其の階段が何時までも続いていて、途中でやっと足を止めたのは、江の島神社だったような気がする。
 さらに進むと今度は階段を降りるようになった。曲がりくねった階段を下り切ったところで、今までは山肌ばかり見えていたのが・・突然海が開けた。
 海には入れそうもない・・というのも、天然の岩場になっており、家族連れや子供達が遊んでいる。
 岩場はほぼ平らの様な・・凸凹があり・・穴が開いているところに海水が溜まっている。
 よく見ると、穴には何か小さな生き物が見えるが・・蟹か何かのようだ。
 其処で、皆遊んでいるのだが、少し先まで行くと洞穴が見え、入る人、出る人が見える。
 二人も入ろうか考えたが、大した大きさでも無く暗そうだったからやめる事にした。
 洋二は、持って来た釣り道具は此処で使うのかと彼女に聞いたのだが、
「・・うん・・此処でも良いし・・最初の橋のところでも良いし・・どうします?」
「・・此処だと荷物になりそうだから・・橋にしましょうか?」
 そうは言ったが、岩場は子供が遊ぶには丁度良い、いろいろな生物の姿が見えた。




 一時間も経ってから再び階段を上がり、神社の辺りで階段を下がると、最初の橋が見えて来た。
 橋を渡れば駅だが、彼女が橋の先で、釣りをやってみましょうか?と言う。
 言われるまま、入り組んだ海に向かい、二人並んで腰を下ろし、やっと釣り道具の出番がやってきた。
 釣りといってもサビキ釣りというらしく、釣り竿から伸びている糸に小さな網が付いており、其処に餌を入れるだけの事だ。
 彼女は学生なのか?そう思ったがそうでも無いようだ。二人並んでコンクリートに座ると、竿を垂らす。
 暫くすると・・すぐに浮きが引いているのが見えた。
「・・かかったわ・・竿をあげなくては?」
 竿をあげると・・糸の先程に近く幾つも付いている針に銀色の小魚が跳ねている。
「釣ったはいいけれど・・入れるものが無いのでは・・?」
「大丈夫・・此れを持って来たから」
 彼女は持っていた布袋から折り畳み式の布製のバケツの様なものを取り出した。
 其れに海水を汲み、魚を入れた。
 一時間もする頃には、バケツには何匹もの小魚が泳いでいた。
 洋二は、初めて魚を釣ったから面白いとは思ったのだが、この後どうするのか?と考えると、彼女が、
「・・また、海に話してあげましょうか・・?すぐ死んでしまうと困るから・・」 
 確かに、魚はあまり元気がなくなっている。
 洋二は慌ててバケツの水毎魚たちを海に流した。
 最初はぐったりしていた様に見えた魚だが・・次第に泳ぎ出し・・海の中に消えて行った。
「釣りって・・こうやって放してあげるものなんだろうか?」
「・・そうではないけれど・・漁師さんでは無いし・・食べるような事もないから・・死んでしまう前に放してあげた方がいいでしょう?」
 洋二は・・其れが釣りのルールかなと思い、彼女の横顔を見た。微笑みが似合い綺麗だな・・そう思った。
 釣り竿はどうするのかと思ったのだが、彼女は、其処の橋に置いて行きましょう?誰かが又使うでしょうから・・?と言ったから、其の通りにした。
 帰りの電車内から見える海には・・既に夕陽が低く感じられるほど迫っている。
 鎌倉駅で降り、八幡宮に彼女が詣でるというから、洋二も同じ様にした。




 歩いてすぐに御屋敷町に着いた。
 彼女の別荘には誰かいるのだろうと思い、
「じゃあ、僕は此処で帰るから・・有難う案内してくれて・・面白かった」
 彼女は・・もうじき日が暮れるのを分かっているのだろうが、
「・・良かったら上がって行きませんか?」
「ええ?初めての僕が・・別荘に?家の人に何か言われたら・・?」
「大丈夫・・誰もいませんから・・」
 そう言われ、洋二は一瞬彼是考えたが・・帰ってもどうせ一人・・なら、お邪魔していくか・・そう思った。
「・・本当にいいんですか?其れなら少しだけ上がっていきます・・」
 別荘は案外広く、幾つも部屋があるようだ。
 門というほどの者ではないが・・一応其れらしいものが両側にあり、表札が・・。
「・・何と書いてあるのか・・?」
「・・早く上がっていらして?」
 玄関の上がり框の手前で、下駄の横に靴を並べ、部屋に上がった。
 考えてみれば、彼女・・よくこの下駄であのキツイ階段を上がり降りできたものだなど思う。
 客間の様な座卓が置いてある部屋に上がると、彼女が奥に消えた。
 お盆を持った彼女が一旦、お盆を置いてから、部屋の襖を開け、再びお盆を持ち卓に次々に置いたものを持て驚いた。
 お茶でも?と思ったのだが・・夕ご飯一式が並んでいるようだ。箸置きも二人分あり、
「・・遠慮なく好きなものがあったら食べて下さい?疲れたでしょう?お腹が空いたのでは?」
 確かに良い運動をしたから、腹は減っていた。だが、毎日一人で食べるか・・偶には友人と食べるくらいで・・人と一緒に食べるのは実家以来。
「・・本当に・・何時の間にこんな料理作ったの?美味しそうだけれど?」
「・・何時も学生さんは一人なんでしょう?偶にはこうして食事をするのもどうかしら・・?」
 少し躊躇ったのだが・・というのも・・幾らなんでもずうずうしい様な気がしたから。
 しかし、彼女の表情は明るく上品だ。きっと、良い家の娘さんなんだろう・・と思う。
「・・では・・遠慮なく・・でも、本当に初めてなんだ・・人と一緒に食べるのは・・ああ、学食では皆と一緒だけれど・・?」
 彼女が箸を動かすのを見ながら洋二も箸を動かした。宅にはビールとコップも並んでいる。
「・・どうぞ?ビール飲むんでしょう?今は暑いから・・丁度いいんじゃない?」
 其の通りだった。あれだけ運動したのだから・・琥珀色がご馳走に花を添えている。
「・・じゃあ、遠慮なく頂きます?」
 二人が・・一息ついた頃・・彼女は名を名乗ったのだが・・そう言えば今迄名を聞いていなかった・・。
「・・みなもと・・灯り・・」
「・・え?何て?みなもと?・・あの源?」 
 灯りは頷くと微笑み・・横にあったモザイク模様のランプのswitchと、TVのswitchを捻った。
 部屋の天井からは古風な灯り・・。 
 彼女が其れを幾分調節すると・・何か如何にも鎌倉らしい雰囲気が出来上がっていた・・。
 TVは丁度・・NHKの大河ドラマだろうか・・。
「・・あ・・こんな番組あったの・・」
 画面には・・鎌倉時代の武士や女性が映っており、テロップには、「鎌倉殿の13人・・」となっている。
 大河ドラマは知っているが・・此れは聞いた事は無い・・最も部屋のTVは白黒だから・・小さいし・・違うのかな?そう思うが・・まあ、いい・・と思う。
 鎌倉に来て鎌倉とは・・。
 灯りが画面を見ながら。
「・・これ・・お話ですけれど・・嘘ばかりなんですね?鎌倉時代の雰囲気は出ていますが・・筋書きが事実ではないと思います・・?」
 良くは分からないが、鎌倉の灯りが言うのだから・・本当なんだろう・・と思う。
 結局、其の晩は食事をたいらげ・・風呂までもお相伴をし・・そろそろ・・帰ろうと思ったのだが・・。
「・・一人でお住まいなら・・今晩は泊まりい・・明日帰ったら良いのでは?」
 そう言われ・・また驚いたが・・考えてみれば、今から電車に揺られ・・アパートの真っ暗な部屋で電灯をつける・・其れを浮かべた途端おかしな気になった・・。
「ああ・・あまりにも図々しいと思うのですが・・今晩は旅館に泊まらせて貰うつもりで・・宜しいでしょうか?」
 云うまでもなく図々しいに尽きるが、何故か、少しもおかしくは無いような気もした・・。




 翌朝、早くに目が覚めれば・・卓上には朝食が並んでいる・・。
「・・あれ?此こまでして貰い・・?」
「折角作ったのですから・・食べて行ってください?」
 朝食を食べた後・・灯りには丁寧にお礼を言ってから帰宅の途に就いた。




 その後、鎌倉に行く事はなかった。
 何か・・行くと・・あの別荘も無くなっているような気がした・・。
 電話番号も知らないし・・手紙を書きたいが・・住所が分からない。
 一応・・手紙にいろいろ書いてから、住所は郵便局であの辺りの住所を聞き適当に書いたが・・宛名は、
「源灯り様・・」
 と書いて出した。
 果たして・・返事は来たのだが、また会うだけの機会はない。其処で・・また、何れお会いましょう・・?とても素晴らしかった・・有難う御座います。
 そう書いて・・手紙を投函した・・。




 会社に行く際・・ふと振り返る・・。
 確かに・・あの・・別荘に相違ない・・しかも・・今度はやや落ち着いた年頃の灯りが手を振っている。
 社に着き・・人事課に届けを出した。
「・・へえ・・?珍しい苗字だね?源・・か?」
 課員はそう言ったが・・洋二には懐かしい苗字に名前。
 其の日は会社が終わってからすぐに帰る・・が。
 何か・・突然・・灯りがいなくなっているような気がする・・。




「只今・・」
「お帰りなさい・・」
 夕食を食べながらTVのswitchをONにした。
「鎌倉殿の13人・・」
 二人で見終わってから・・。
「何処かで見たな・・?だが・・この話・・史実と全く違うな・・?」
「・・違いますよ・・其れは・・鎌倉ではないのですからこちらは・・?」




 ついでに、こんな事を。
 洋二と灯りは一緒に住んでいるが・・まあ、同居ではあるが・・其の実・・ちょっともおかしな関係ではない・・というのも・・鎌倉時代と・・現代では・・違うに決まっている・・何もかもが・・。
 其れで充分だ・・洋二はそう思っている。
「彼女がいてくれるだけで・・まるで・・あの時の様に鎌倉の風情が窺えるんだから・・」
 空には・・あの時の鳶が・・ピーヒョロ・・と・・あの小魚も鱗を輝かせ・・泳いでいる・・。  
「・・しかし・・不思議な事に・・彼女も僕も何時になっても年齢が変わらないよう・・何故なのかなど・・よいのでは・・」



「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ。漱石」



「魂の記憶に刻まれた遠いあこがれのように愛しい。吉本 ばなな / 満月 キッチン2「キッチン (角川文庫)」」</span>


「by europe123」」
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鎌倉時代の海も・・現代の海も・・変わらないが・・人類だけは変わってしまったようだ・・。

ほんのちょっと訪れただけのつもりが・・。

鎌倉時代の海も・・現代の海も・・変わらないが・・人類だけは変わってしまったようだ・・。

未だに・・鎌倉・・ドラマにしてしまっては・・風情が感じられない・・。 時代は変わっても・・変わらず・・待っていてくれたのは・・やはり・・鎌倉・・。 凡そ・・現代の世の人類には・・相応しくない・・其れでも・・垣間見る事が出来たのは・・呼吸をしている・・鎌倉の君・・。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-02

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