合併

合併

各業界で統合合併が続く。

  天野光江は同じ損保業界のN社の係長である金田茂雄と知り合ってから一年になる。
 二人が知り合うきっかけとなったのは、業界関係の研修会だった。
 茂雄はN社の営業課で営業を、光江はY社の業務課で事務員をやっている。
 光江は業界で二番目のY会社で採用され大卒で入社、茂雄はN社で採用され大卒で入社した。
 N社の女子社員は全員短大卒だったが、茂雄は、田端緑という女性と交際していたようだった。
 茂雄に、緑、光江の三人で夕食をしないかと誘われて、光江はサングラスをお洒落のつもりでして行った。
 欧米人などはよくサングラスをする事があり、それは瞳の構造が光に弱いからと聞いている。
 テーブルに座った時、いきなり緑が言った。「人に会うのに、サングラスは失礼じゃあ無い?」
 光江はそれもそうだなと思って「済みません」と謝ったが、随分ハッキリ言う女性だなとも。
 その席でN社という会社がどんな会社なのかを知る事になった。
 緑が光江に話をし出したのだが、「新入社員が入ると、ワザと仕事を与えずに干したりする事もあるの。最初はそんな風に教えないと覚えないから・・」。
 正に小さな会社で無いと起きない様な事だが、N社の親会社は日本で二番目の自動車会社であるから、光江は、常識的には考えられない事だと驚いたり、緑の喋りの滑らかさに感心するやら、「仕事をそうやって指導するんだね。大変だね」と相槌を打ちながら頷いていた。
 其れからも、三人の関係は以前からの知り合いの様に続いていった。
 学歴がどうとかいう事は世の中では関係無いから、N社の男性が出た学校はY社の男性が出た学校よりも一レベル下、とは言っても、比較するべきでは無い。
 茂樹の場合にはN社の中でも特に性格が陽気と言うのか、アクションが派手なのは、個性的な特徴だという事が、付き合っていくうちに自然に分かって来るものだ。
 光江が茂雄に誘われて飲みに行った或る日。
 茂雄は飲むと人が変わった様に、TVのお笑い番組で子供に受ける様な事で笑わせようとしたり、飲み屋のTVが野球中継を放送していると、一番人気のあるGチームを応援しだすのだが、其の騒ぎ方と言ったら結構なものだった。
 茂雄は、上等なスーツを着ていた。
 光江はいいスーツだなと思ったので、「いいスーツね」と褒めた事があったが、茂雄はニヤッと笑って、「オーダーメード。三十万したんだよ」と片手でスーツの上着の内側を拡げて見せたから、「本当、生地が違うわね上等な物は」と感心したが、「やはり、分かるんだね」と、ご満悦のようだった。
 光江はあまり物事に拘る方では無いから、そんな茂雄も分かり易くていいんじゃないかと思っていた。
 でも、茂樹は、緑とも付き合っている訳だから、あまり出過ぎた真似をしてもいけないと思って、光江の方から誘う事は無かった。
 茂樹が、自分と緑という二人の女性と、其々良い所と悪い所があるのだろうが、どんなふうに付き合っていくのかと思った事もあった。
 光江の通勤しているY社の高層ビルには有名なゴッホの「ひまわり」が飾られていたが、一般の社員以外の人々も見に来る事が出来た。
 光江は絵画には興味があったので、素敵なプレゼントだなと思い、実物を見ては流石に天才は違うなと思った。

 損害保険業界では会社間の合併が次々に行われていた。
 Y社は、N社を吸収合併して名がS社と変わり、その後他の会社とも合併をしていった。
 通常、合併をすれば大きな会社の給与形態に変わるので、合併された会社の社員の給与も上がる事が多いのだが、一方、業界では元Y社は堅苦しい会社だと思われていたから、元N社など合併された会社の社員の中には、仕事が厳しくなるのではなどと口にする社員もいたようだ。
 合併しても、二人の勤務するビルは、元のままで、元N社はメトロ線G駅の近く、元Y社はJRのS駅の近くと異なっていたが、二人が会うペースは以前と変わりなかった。
 S社で期首に人事の異動が発表されたが、此の異動は元Y社内に関するものだったので、合併したN社の役職に関係のあるものでは無かった。
 光江の配属先の業務課は業務部にかわり、光江は課次長に昇格した。
 課次長とは課長の下、つまり係長という事になる。
 合併をしていた元N社の人事担当部署にも、異動の通達があったと思うのだが、巨大な企業となったS社の社員全員の目にとまったかどうかは分からなかった。
 茂樹が、飲みに行かないかと誘って来た。
 光江は、緑さんも一緒にどうですかと言ってみたら、「そうだね。呼んでみようか。多分、来れると思うよ」と言う。
 その言葉を聞きながら、光江は茂樹と緑の関係がかなり親密になっていると感じた。
「自分の出番は無いだろう。其れに茂樹さんには緑さんがお似合いだ」と思った。
 三人で夕食を食べながら、酒を飲んだ。
 茂樹は何時ものノリで上機嫌だった。
 緑がテーブルの料理を摘まみながら話を始めた。「ねえ、二人共知っている?何か人事異動があったって誰かが言っていたけれど、何か聞いている?誰がどう変わったのかね?」
 茂樹は相変わらず冗談を飛ばして、その事に関しては興味が無いようだったところをみると、異動の回覧が自分と関係無いと思ってめくら判を押したのではないだろうか。
 光江はそんな茂樹と緑を交互に見ながら言った。「私は何も聞いていないけれど、私達に関係無いんじゃない。其れはそうと私思うんだけれど、緑さん茂樹さんにお似合いだと思うんだけれど。どうかしら?二人共・・」
 またTVの野球中継を見ながら何時もの応援をしようとした茂樹が、ハットしたように、「ええ?そう言われると、少し困るけれど、実は・・僕もそう思っていたんだ。光江さんとも随分楽しかったから・・」
 光江は笑顔で言った。「緑さんは、異論は無いんでしょ?ああ、そう、良かった」
 やがて、二人の結婚が決まり、緑は退社をした。

 光江はゴッホの絵を見に行った。
 何時もと変わらない素晴らしい絵だ。
「私は、やはりこういう世界の方が向いている様ね・・生前は不遇だった天才ゴッホ・・いいじゃない・・そういう人生も・・?」
 光江は、会社を出た所で立ち止まって、夕陽が眩しいからと、バッグからサングラスを取り出そうとして封筒を開けてない事に気が付いた。
 手に取って封を切った。
 T大同窓会からの案内だった。

 文面には載っている訳も無いが、光江は難関T大卒のintelligentsia。

 S駅までの道を、夕陽が一日の終わりを飾る様に照らし出している。

 光江はサングラスをかけるとゆっくりと歩き出した。

 170センチを超える、スラっとしたモデルの様な姿態が人込みに紛れて行く。

 深い黄昏が降りてくると、駅前までの両側にある高層ビル群の窓が並んで、きれいに青に浮かんでいく。その中で動いている人影や、上下するエレベーターが、みんなしんと輝いて薄闇に溶けてゆきそうだった。

合併

会社が異なれば、巡り合わせもあったりなかったり。

合併

我関せずと、マイペースを貫いていく女性の話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-02

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