いぬかぶり 第11話
これまでの登場人物(の一部)
佐藤晴彦 最近、働いていた警備会社を止めた人。現在は、新しく「犬飼直里」というタレントの「謝罪係」として働き始めている。
犬飼直里 犬の被り物をしたタレント。声も顔も出さない。コミュニケーションツールはホワイトボード。
舟木智子 犬飼のマネージャー
藍沢公彦 以前佐藤が働いていた会社で一番佐藤をかわいがった人。会社の大宮支部の偉い人。
甲藤 藍沢の部下。最近まで違う人の元で働いていた。会社の本社勤め。
こんな人たちがいろいろします。
ちなみに、最初のシーンは犬飼の所属する事務所の社長室のシーンです。
社長室には佐藤君・舟木・社長がいます。
佐藤君は初めて犬飼に出会います。
犬の被り物をした女性が社長の部屋に入ってきた。もちろん片手に小さなホワイトボード。社長はデスクに帆杖をついたまま。
「おや、犬飼君じゃあないかね。珍しいね、仕事のない日に会社に出てくるなんて。」
【私を担当するスタッフが一人増えるとマネージャーに言われたので来ました。社長は私のことを無礼な人間とでも思っているのですか。さすがに挨拶しないといけないと思いまして。】
犬の被り物の顔が佐藤の方に向けられる。佐藤はお辞儀をする。犬飼もお辞儀をする。そのまま、少しの間二人は見つめあう形で固まる。犬飼の顔は相変わらず半笑いの犬の顔である。
「犬飼さん、明日のロケの時間と場所は大丈夫ですよね。」
横から舟木が犬飼に話しかける。
【またさいたま市内ですよね。さすが地方のFM局と思いますよ】
さらっと書いて舟木にホワイトボードを向ける。続けて体の向きを変えて、社長室から出ようとする。
「犬飼君、もう帰るのかね。」
【ええ。あのスタッフは直接自分に関わることはないと思うので、交流する必要もないかと。】
すぐに犬飼は部屋から立ち去った。部屋には再び3人が残される。
「佐藤さん、明日の予定です。」
そういって、舟木はわきから資料を取り出す。A4 サイズの資料だ。
「ここに、集合時間・場所・全体の流れといったことが書いてあるから。君の仕事は必要に応じて行う感じだね。」
「舟木さん、犬飼さんっていつもあんな感じなのですか?スタッフに対してもそっけない態度って言うか…。」
佐藤はさっきの犬飼の姿を忘れることができなかった。いつも何を見ているのかわからない顔。でも、きれいな字を見るといい人なのではないかという印象も受ける。
「いつものことです。彼女に関していろいろと考えるのは馬鹿らしいと早急に学ぶ方が賢明だと思いますよ。」
舟木は笑いながら佐藤に答えた。
「マネージャーなのに気にかけないのですか?」
「ええ。普通のアイドルだったらいろんなことを気に掛けると思うね。でも、彼女は心配する必要ないよ。なんか、いろんなことを一人で片づけちゃうし。この間は…といっても、人伝えに聞いた話だけど、襲ってきた人を一人で処分したらしいし。」
「処分…ですか。まさか、殺人とかそのような騒ぎではないですよね?」
「当たり前じゃない。そんなことしたら、ろくに仕事できなくなるわよ。少し相手を伸しただけらしいよ。」
「そうなんですか。あの人、少し物騒ですね。」
社長の咳ばらいが聞こえてくる。
「明日は初めての仕事だ。早く家に帰って準備でもしたらどうかね。」
社長は佐藤に帰ることを勧めた。
「わかりました。明日からよろしくお願いします。」
佐藤は資料を持ち、社長室から出て行った。
「甲藤、藍沢は何か言ってなかったか?」
ビルの一角にあるQ・G・J本社。仕事から帰ってきた甲藤を社長が呼びとめた。自分の場所に戻ろうとする足を止めて、社長のデスクの方に足を向ける。
「彼は社長のことが特に嫌いみたいですね。」
「わかっている、そんなこと。改めて言われるような話ではない。他に何か言っていなかったか。」
考え込む甲藤。藍沢の言っていたことはとにかく社長を蹴落としたいということばかりだった。
「特にこれといったことは話していませんでしたよ。あの人は時々何を考えているのかわからなくなって怖い感じがします。」
「そうかね。彼は明確な目的を持って行動をする人だと私は思うんだがね。…ところで、君、藍沢から仕事が急激に増えた話をされなかったか?」
「あ、されました。」
「そのようにしたのは私なのだが、なぜそのようにしたと思うかね?」
「嫌がらせ…ではないですよね?大の大人がそんなことしませんよね。何か、目的があるように考えることはできますが、とうてい予測はできません。」
「そうか。じゃあいい、君は君の所に戻ってくれ。引き留めて悪かった。また藍沢に呼び出されたらそのときは頼むよ。」
「わかりました。」
自分のデスクの方に戻る甲藤の背中から、もしさっきの問題の答えが予測できたら君も少し成長したと思ったんだがさすがに無理だったか、とつぶやく社長の声が聞こえてきた。
「君は佐藤君のことをどう思うかね?」
佐藤が出て行った後の社長室。中には舟木と社長が残された。
「まあ…そつなく仕事をこなす感じがします。とても駄目な人とは思えませんね。しっかりしていると同時に、物腰の柔らかさが好印象を与えていますね。男性的というより、女性的な印象が強いです。少し顔が丸い感じなので、気が立っている人には顔相的に、ぴったりだと思います。あと、個人警備委託会社に働いていたのも高得点ですね。あのような会社に勤めていたということは、物騒な現場は慣れているということと予想できます。」
「細かい分析ありがとう。君は少し聞いただけなのに多くの答えを返してくれてありがたいよ。今の君の分析を参考にして彼の仕事のサポートをしていこうかな。」
頬杖をついたまま、社長は微笑みながら舟木を見上げる。無表情の舟木は、一切反応を示さない。
「舟木君?何か気に食わないことがあったかね?」
「いいえ。社長のさりげなく人を使う態度に少し感心していただけです。」
「言葉に気を付けないといつか職を失うから気を付けろよ。」
社長は笑いながら手を振った。それを見て舟木は部屋を出て行った。―社長の手を振る動作は「もう部屋から出て行ってくれ」という意味でカロームの社内で通っていた。
「ふう。何とか、犬飼の件は少しだけ何とかなったかな…。」
社長は椅子に踏ん反り返った。体をもとの態勢に起こすと、携帯を取り出して多田に連絡を入れた。
「多田君かい?佐藤君は確かにいい人だったよ。こっちで採用することになったから。ああ、本人も了解しているよ。たまには君も役に立つんだなって思ったよ…。…ああ、冗談だよ。いつもお世話になっていますよ。今度、また何かあったらそのときはよろしく。じゃあな、また時間が合ったら。」
藍沢の携帯が鳴る。一人で自宅のベッドの上で寝そべっている状態。つい20分前に一つの案件を済ませて帰ってきたばかりだ。疲れた体をベッドに沈めながら携帯を開く。着信があることを知らせている画面には佐藤の名前が記されている。それを確認すると携帯をそのまま閉じた。数秒後に携帯の着信音が止む。それを確認した藍沢は携帯を開き不在着信の表示を消す。携帯を閉じ、体を深くベッドに沈める。身体的な疲れは何より、精神的な疲れが藍沢にはたまっていた。目を閉じる。今日までずっと警備をしていた依頼人の様子が目に浮かぶ。何かにおびえる様にしていつも移動する姿。何をしたかまでは把握していなかったが、どのような訳か夜道を歩いていると襲ってくる男たち。彼らの狂ったような瞳も鮮明に思い出せる。暴れる男を一人一人丁寧に伸した後の空虚な達成感。彼女は最後までどうしてこのような状況になったのかを話さなかった。きっと彼女は再び他の会社に依頼して自分の身の安全を確保するのだろう。藍沢は自分がこなしてきた仕事のことを途切れそうな意識の中でぼんやりと考えていた。再び藍沢の携帯が鳴る。メール受信の表示が携帯に出る。部屋には、受信の音と寝息が響いていた。
いぬかぶり 第11話
お久しぶりです。
本業の学問に追われていて更新がぱったりと途絶えていました。
レポートを書いたり、部活のことを考えたり…。とても忙しいんですが、その分充実していました。
部活の仕事が終わらなくて、朝4時まで起きていたりもしました。
このような生活はこれまでなかったので、新鮮ではありました。
こんな経験から何かを得られたらいいな…と、ふと思います。
ところで、今更ながら冬です。
足も手も冷え冷えです。
どうやら冷え性のようですね。
毎年悩まされているこの現象と、今年も戦います!
体質をなんとかしなければ!
そんな事を言いながらここであとがきをしめようかと思います。
ここまで読み続けている人、ありがとうございます。
間が空いてすみませんでした。
そして、これを始めて読んでくださった人、こんな拙い文章に付き合ってくださりありがとうございます。
またお目にかかれることを楽しみにしています。
では。
(きっと休み中は更新できる…か?)