冬の短歌
もう十年経った今ではあの部屋の枕の色も思い出せない
この窓に切り取られし青空にさへ冬は来にけり枯れ葉散る見ゆ
君と見し田無タワーも今は昼、あの夜の光は消えてしまった
担任の言葉を憶う今生きていはしないだろう墓も知らない
コロナ禍の師走は雨は始まれり台風のような匂いする空
もし僕に十五の彼女がいたとしてあんなキッスはもうできないね
釈迦牟尼の明星一度、五度六度わが星光るひとでなりせば
「クリスマス、大きくなったら普通の日」君が隣で笑ってくれてる
雪の降る窓を見るたび一粒が大きくなりてまた雪の降る
憧れは叶わぬこのまま死ぬだろう死にたし死ねばみんな無駄骨
夜半過ぎ目覚める寒さ這い上るこのまま半端で終わるんじゃないか
人生の一番いい時とうに去りさてなぜ私は生きているのか
振袖の娘ら行けば正月は終わりとぞ知る年度末が来る
一日の仕事が終わりこぐチャリが沈む日を追う春が近づく
暖房はあれども庭を眺むれば春の待たるる心地もぞする
あゝそうだ誰の耳にも届かない言葉は私のためだけのもの
君たちは若さを何に使うのか私にも問う春がもうすぐ
手袋に霜焼け包む指先が温もりを知る春はもうすぐ
冬空よ春日のぞみて漕ぎ出づや雲のまにまにさざ波の立つ
ちぎりおきし37.5℃のきみ35.9℃とあえずとは
たらちねの祖母の命日近づけば母のその日を思い息飲む
こうやって使えぬジジイになってゆく隣の若手の顔を窺う
うちの子が俺らの歌をうたってる不図目をそらす彼の若さに
久方の氷雨ふりにし安ワイン酸っぱい胃液を飲み今日も寝る
琥珀色でグラスも脳もいっぱいにCD一枚タイムマシンになる
見つめて手に触れるものは己が足しかないわれにもCHARAは歌へり
君の声、香り、目と背を思い出すそれでも時間は遠ざかってく
君が手を叩きつつ読む物語ぼくも小さい頃に読んだよ
冬の短歌