琴乃の葬式

 あたしにとって、琴乃ってなんだったんだろう。今日は起きるのキツかったとか、昼寝してるときに落ちる夢見たこととか、そういうのを聞いてくれるのが琴乃だったから、今日はツイッターに書いた。代わりがきくってことだ。起きるのは当然キツかったし、空は晴れてるとかきれいとかじゃもうなくて、琴乃が死んだ日から雪が降り続けている。それから、うまく眠れなかった。
 制服で花束を持って歩くなんて、卒業式とか入学式、とにかくおめでたいイメージだったから、こんなことになるなんて考えてなくて、あ、人生ひっくりかえったな、と思った。琴乃が死んだことを聞いた瞬間からというよりかは、琴乃の葬式で花を受け取ったせいで、あたしの人生は、これから別物になっていく。そんな感じだ。
 あたしは親友として、花をもらった。白い百合の花だ。称号みたいなものかな、と思う。対して、称号のない千葉くんは、看板の近くで手をぶらぶらさせて、退屈そうにしている。名前のつかない関係には、なにも残らない。彼こそ花束をもらうべき人なのに、ってわかるのはもう、この世であたしだけなんだ。それってなんか、疲れる。琴乃は死ぬべきじゃなかった。千葉くんの隣に立って、前を向く。やまない雪が降ってる。
「言っておけばよかった?」
「なにを。誰が、だれに?」
「好きですとか。付き合ってくださいとか?」
「誰が、だれに」
「恥ずかしくないの」
「べつに」
「そんなだから、花束もらえなかったんじゃん」
 千葉くんはちょっとあたしを見て、面倒そうな顔をした。「要らないよ。だいたい、琴乃の好きな花でもないんだし」
 出た、と言いたかったけど、やめておいた。白い百合の花は、雪景色のもとだと、雄蕊とか雌蕊とかだけが浮かぶように見えて、気持ち悪い。赤とか、ピンクがよかったんじゃないかな。好きな花なんて、あたしはよく知らないけど、でも、琴乃のことをよく知らなかったのは、千葉くんだって同じはずだった。
 琴乃は、両親にも内緒で、魔法少女をやっていたらしい。よく、夜空に飛んでいる、アレ。それは千葉くんも親友のあたしも知らないことで、まあ内緒の趣味があったんだろうと思えばそれで終わる話だったけど、無視できない問題として、琴乃はそのせいで殺されたらしかった。この街には、懲らしめるべき悪もなければ、守るべき平和もない。じゃあなんで琴乃は、戦いの末殺されたみたいになってるんだ? なにと戦って、琴乃は死んでいったんだろう。
「どう思う?」
「なにが」
「琴乃は、なにと戦ってたんだろ」
「馬鹿。戦ってすらないよ」
「そうなの?」
「だって、殺されたんだ」
「知ってるよ」
「殺されたんだよ」
 千葉くんは、噛み締めるように言って、それから俯いてしまう。誰が、なんのために? 千葉くんはつぶやく。誰が、なんのためにだろうね。小さい公園の裏、その日も降っていた雪のなかで琴乃の死体は見つかって、犯人はまだ、逃げているらしい。魔法少女の服のままで、琴乃は見つかった。それって怖いことだ、とあたしは思う。普通の名前を持つ女の子として死んでいくことが、できなかったってことだから。
 たとえば、琴乃の爪は、はげしいピンク色だった。先生に注意されれば言い返したし、挫けてやめるとかは一度もなかった。こっそりタバコを吸っていた。あの真っ黒な髪のツインテールが、あたしは好きだった。好きだったんだなあ。あんだけ真っ黒だったのは、ブリーチしたあとですぐ、黒染めをしたからで、ようするに琴乃は自由奔放だった。そういう琴乃をみんな、なんだかんだ認めていて、好きで、きっと愛されもしていて、だから彼女は戦う必要なんてなかったのに。
 頭を殴られて死んだこと。琴乃のつくった血溜まりが、どこかにあったこと。白い百合が似合わないなんてことしかわからないあたしたちでは、あまりにも頼りなかった。千葉くんはいつのまにか泣いていた。あたしは泣くかどうか迷って、迷う余地があること自体馬鹿らしかったから、千葉くんの背中をそれなりにさすってみせた。千葉くんの泣き声が、雪が作り出す無音のなかに溶けていく。
 すごく静かだった。
 琴乃が飛んでいく空を、想像してみる。コスチュームみたいなやつはきっとすごく似合うだろうけど。もともとかわいかったんだし、コスプレだってよかったのに。魔法少女になることでしか果たせない憧れがあったとしたら。そのさなかに殺されてしまって。生きることより大切な輝きが。あったとしたら、そしたら、あたしも千葉くんも、もう二度と彼女には追いつけない。
 ひとりの女の子のために泣きじゃくる千葉くんは、ちょっとかわいい。しばらく黙って、雪がゆるく降っていくのを見ていた。最近は天気予報を見るのも馬鹿らしくなっていたけど、そろそろ雪も、終わるころかもしれない。
 
 しばらくして、あたしと千葉くんはふたりになった。制服の下の素足が寒いと思った。
「かえろうよ」
「うん」
「琴乃、もうここにはいないよ」
 真っ白な景色に、あたしは、花束を投げ込んだ。思ったより遠く飛んで、ばらばらの方向に散っていって、風景に溶け込んでいく。千葉くんは、そのときだけ顔を上げて、黙ってそれを見ていた。雪はまだ止まない。べつに雪は、あたしたちのために降ってるわけじゃない。ふたりともそれを知っていて、だから、静かだった。
 看板も奥に引っ込んでいったから、もう仕方なくて、あたしたちはべつべつに帰った。千葉くんは、今夜も泣くだろうか。琴乃がいちばん好きな花のことを考えて。

琴乃の葬式

琴乃の葬式

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-02

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