還暦夫婦のバイクライフ 5
ジニー、富士山を見たくなる
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
9月中旬、コロナ規制が大幅に緩和され、旅行が自由になってきた。
「あ~、久しぶりに富士山見たいな~」
テレビでソロキャンのアニメを見ていたジニーが、突然そんなことを言い始めた。
「富士山!行ってみる?」
「え~?仕事はどうする?」
「お互い嘱託だし、どうにでもなるんじゃないの?」
リンが大乗り気で、ジニーのつぶやきに喰いついた。
「いつ行く?」
「そうねー。嘱託とはいえ、忙しい時は避けて・・・」
リンがスマホカレンダーを確認する。
「10月11日休み取れば、4連休になるわね。ここで段取ろう」
「了解」
それから半月の間、二人は段取りに忙殺される。連休がらみのため、意外と宿が取れない。お財布とルートを考慮し、しかも途中で行きたいところが変更になったりして、宿を押さえれたのは出発10日前だった。
「リンさん。これ使えるよね?」
高速道のルート検索をしていたジニーが、パソコンの画面を示す。そこにはNEXCOの二輪車定率割引についての案内があった。
「え~っと。・・・・これは使えるわね。登録が面倒だけど、37%割引はかなりお得だわ」
二人は早速登録を始める。ジニーは2台のバイクに付けているETC車載器管理番号と、ETCカード番号を記録し、リンに教える。それからそれぞれのバイクの登録をおこなった。使用日を一日毎に登録したり、いろいろ手間だが使わない手はない。
大まかな予定が決まった。初日は松山から高速に乗って浜松まで行き、スズキ歴史館を見学する。その日は掛川市の民宿に一泊する。翌日は諏訪ICで降りて、御射鹿池まで走る。ビーナスラインに入って蓼科湖経由で白樺湖に行き、あとは天気と相談しながら予定を決める。二日目は千曲市の旅館に泊まる。三日目は長野県立美術館東山魁夷館に行く。
東山魁夷は、ジニーが大好きな画家なのだ。せっかく長野近辺まで行くならぜひ行きたいとなり、富士山見たいの予定が変更となった。
東山魁夷館のあとは、お隣にある善光寺にお参りに行く。時間があれば戸隠まで行きたいのだが、さすがにそれは無理だろう。その日は名神多賀SAのホテルで一泊。4日目はひたすら高速を走って、松山まで帰る。
「これ・・・かなりハードだわ」
リンが不安を口にする。
「うん。でもまあ、何とかいけるんじゃないかな」
ジニーはあまり気になっていないようだった。しかし後で、自分の見通しの甘さを思い知ることになる。
いよいよ出発の日の朝3時、ジニーはコーヒーを入れて軽い朝食を作った。リンと二人で食べてから片付け、バイクに荷物を載せる。ちゃんと固定できているか確認する。
「よし、大丈夫だ。リンさん行こう。4時までに高速乗るから」
「少し寒いね。天気持つかな?」
「今日は大丈夫。明日と明後日は、雨みたいだね」
「雨かー。嫌だなあ」
「ひどく降られないことを祈るよ。いくぜ」
2台のバイクは動き始めた。3時50分松山インターから高速に乗る。
「あ~、冬用ジャケットのインナー外したのって、暑いかと思ったけれど丁度いいわ。着ててよかった」
「さすがに朝は寒いな。次は入野で止まりますよ」
「近くない?」
「近いよ。でもここを外すと、次は山陽道だよ」
「そうよねー」
二人は入野PAで休憩する。何をするでもなくベンチに座り、体を休める。10分ほど休憩してから、再び走り始めた。
瀬戸大橋を渡る時リンがくすくすと笑う。
「何?リンさん」
「照明とか、対向車のライトがね、みーんなⅤサインに見える。VVVV、Vだらけだー」
「それって、乱視?」
「うん」
「それは何とも・・・、たいへんだねー」
山陽道に乗り換えてから、吉備SAで休憩する。時計は6時20分だった。松山から2時間半かかっている。ジニーの予定より、少し遅れていた。
「寒い。何か暖かいもの飲みたいな」
「リンさん。ホットココアがあった。もうすぐ夜明けだし、これから暖かくなるよ」
「暑くならなければいいけどね。さて、行きますか」
リンはホットココアで少し元気になったようだ。
吉備SAを出発してすぐに、ガソリン給油を忘れたのに気付く。仕方なく寄る予定の無かった龍野西SAに止まって給油する。そのまま走り出し、三木SAで休憩する。時間は8時40分だった。
「ジニー。腹減った。何か食べる」
「うん。飯にしよう」
フードコートでメニューをガン見して、リンは豚汁朝食、ジニーはまる得うどん朝食を注文した。
「まる得うどんって、うどんとカレーセット?チャーハンラーメンみたいな感じね。何かそれ、いいなー」
「何なら交換しようか?」
「いや、いい。今豚汁食べたいから」
朝食メニューは安く設定されていて、ボリュームもあってお得感満載だ。
疲れが出始めた二人は、ここで大休止してのんびりとする。三木SAを出発したのは、10時だった。ジニーの計画では、大阪を通過している時間だ。
「最初の計画では、浜松に13時過ぎ到着って思っていたけれど、無理だね」
「全然無理よ。言ったじゃない。ハードじゃないかって」
「うん。僕の見積もりが甘いなあ。こんなかったっけ」
「知りません。それよりこの先渋滞25Kmって表示があるわよ」
「あらー。まいったね」
まもなく二人は、渋滞の最後尾に追いついた。ひたすらのろのろと走り、時には停車してしまう。
「ねえねえ、私高速道路に足着いたのって、初めてだわ」
リンは、渋滞すら楽しんでいるようだ。
渋滞は断続的に大津トンネルまで続き、やっと解消した。ペースを上げて草津で新名神に乗り換え、土山SAに止まる。時間は12時30分になっている。
「すごい人ごみ。さすが連休中だわ」
「何か食べる?」
「あまりおなか空いていないけど、食べとかんと後々しんどいよねー」
ジニーとリンは売店をうろつく。いろいろな名産品やお土産がいっぱいあり、見ているだけで飽きない。その中から、ジニーは丹後のばら寿司を1個取り、合わせてほうじ茶も購入した。外のベンチに座って、リンと半分ずつ食べる。
「さてと、私らの燃料補給は済んだ。バイクの飯は?」
「ここで調達するよ」
「この先は?」
「新名神から伊勢湾岸自動車道に入って、刈谷PAまで走って休憩する。そのあと東名に入って浜松西で降りる」
「了解。あまり時間無いから急ごう」
ジニーは空容器をゴミ箱に捨て、トイレに寄ってからバイクに戻った。リンはすでに用意を終えてジニーを待っている。二人はバイクを始動させ、GSで給油を済ませる。土山SAを出発したのは13時だった。
ジニーは前を走り、リンを引っ張る。新名神から四日市JCTで伊勢湾岸自動車道に乗り換え、刈谷PAを目指す。
「新名神からここまで、道がいいわねー。良すぎて眠くなりそうだわ」
「そこは頑張って。1時間くらいで到着するから」
ジニーも単調な道に少し眠くなりながら、ひたすら走る。四国とは規模が違う街並みを眺めながら走り、1時間後刈谷PAに到着した。
「ねえ。スズキ歴史館って、予約何時だっけ?」
「え~っと、14時から16時までだったかな」
「すでに14時ですが」
「連絡するよ」
ジニーは電話を掛ける。少し話して通話を終了した。
「16時30分までで閉館ですので、それまでに来てくださいって」
「急げ急げだね。間に合わなかったら今日のメインイベントが、没ということだし」
「ごめん。時間の見積もりが甘かった」
「まあ・・ね。途中渋滞もあったし、休憩も長めだったし、仕方ないんじゃない?」
「とにかく、水分補給したらすぐ出よう」
二人はゆっくり休憩する間もなく、14時30分に刈谷PAを出発した。
伊勢湾岸自動車道から東名高速に乗り換える。この頃からリンが、しきりに眠いを連発し始める。
「眠いー眠い眠いねむいー」
「リンさん、耐えて。時間が無いから先を急ぐよ」
ジニーは後ろから来た早い流れの車列の後ろに付き、ペースを上げる。
風切り音がひどくて会話が出来ない。ジニーはリンの姿をミラーに収めて確認しながら、車列についていく。1時間ほどその状態が続き、浜松西インターに到着した。
「リンさん降りるよ」
「え~聞こえん」
ジニーは聞き取れているのに、リンは聞き取れないようだ。マイクの位置が悪い?とジニーは考える。
「お~リ~る~よ~」
「き~こ~え~ま~せ~ん~」
こりゃだめだ。ジニーはゆっくり減速しながらウインカーを出す。
「あ、降りるって言ったんだ。わかった」
リンがやっと理解したようだ。
浜松西インターを降り、一般道に出る。リンがスマホのナビを見ながら、前を走るジニーに指示を出す。
「えーと、ナビ様のお告げでは、・・・うーん、聞き取れない。あ、さっきの所右折?いや、真っすぐになった」
どうもナビ様が頼りない。ジニーは刈谷PAに止まった時に確認した地図を思い出しながら、
「多分こっち」
と言って左折する。
「えー早いと思うけど、まあジニーがそういうならば」
ナビがイマイチあてにならないので、ジニーの脳内ナビに頼ったリンだったが、期待は完全に裏切られた。住宅街の路地に迷い込んでしまったのだ。
「リンさんストップ。これは下手に動くと泥沼にはまってしまう。地図を確認しよう」
ジニーとリンは、道端にバイクを止めて地図アプリを呼び出す。
「う~ん。ここに行きたいんだから、あ~。少し北よりに動いてる。この先の広い道に当たったら右折して、あとは道なりに走って、歴史館の前の道に左折だわ。もう一度ナビ様設定するから」
「お願いいたします」
自分の脳内ナビがすっかりポンコツになっているのに気付いて、ジニーはしょんぼりしていた。
「しょうがないでしょ。年寄りになったのよ」
リンが、慰めているのかけなしているのかわからないことを言う。
気を取り直して、ナビに従って走る。いよいよ左折というときに、ナビの指示が遅れて素通りしてしまう。
「ええい、このポンコツナビがー!」
リンがスマホに毒づく。やっとのことでスズキ歴史館に到着したのは15時50分だった。
「わあ、見る時間あるかな」
「あるある。ほら、あの人達も今からだし」
見ると子供連れの家族が後ろから入館してきた。随分とにぎやかだ。
ジニーとリンは、順路に従って展示を見て回る。
「わー懐かしい。こんなバイクやったなー」
「あ、この車。お父さんが乗っていたわ」
「見てみてリンさん。このフロンテのデザイン。今出したら売れるんじゃない?かっこいいんだけど」
「本当!かわいい!!」
「お~GT750。岩角さんがこの前車検整備していたな」
「まだ走ってるの?こんな古いのが」
「旧車は今、人気だからね。乗ろうとは思わんけど。直線番長だし」
「何それ」
「言葉通り。まっすぐしか走らん。当時は早かったけど、何しろ曲がらん」
「ふーん」
昔を懐かしく思い出しながら、館内を見て回る。途中で蛍の光が流れ始めた。
「あ、もう時間。何とかぎりぎりまで」
時間ギリギリまで見て回り、最後に退館する。駐車場には二人のバイクだけになり、係のおじさんが待っていた。
「すみません、すぐ出ます」
「ああ、慌てなくてもいいですよ」
「そうだ、R1号は、どうやって行きますか?」
「あ~それなら、そこを左に曲がって、踏切渡って、ずっとまっすぐ行くと出るよ」
「ありがとうございます」
二人は係のおじさんにお礼を言って、出発した。教えられた通りに走り、無事R1号バイパスに出る。
「リンさん、あそこのスタンドで給油する」
ジニーはスタンドを見つけ、バイクを乗り入れた。いつものように2台縦列にして、一度の給油で2台入れる。
「ハイオク173円/Lか。松山並みだね」
「本当。静岡も結構安いね。180円台の所が多いのに、ちゃんとしたメーカー品でこの金額は、安い方だわ」
「うん。さて、あとどれくらい?20分くらいかな」
「え~?ジニーやっぱりあなたのナビ、壊れてるよ。あと40分かかるってナビ様が言っとりますが」
「そーなん?掛川って浜松から30分くらいじゃないの?地図を見てそれくらいと思ったんだけど」
「はあぁ・・・。とにかく急ごう。18時まで時まであと40分しかないわ」
給油を終えた二人は、宿に向かって走り始める。途中でR150号に乗り換え、ひたすら進む。時々道が混んで、車の流れが遅くなる。どうやらお祭りの日に当たったようだ。
道をおみこし御一行が歩いてたりする。
「ジニーそろそろ近いわ。あと1Kmくらい」
「わかった。ところで何て所だっけ?」
「えー?今それ?自分で予約したでしょ。福田屋さんよ。ふ・く・だ・や!」
「ああ、OK。・・・・あれだな」
ジニーは道端に立看板を見つけた。
「リンさん、あそこ左だ」
ジニーは案内通りに左折して、今日の宿にたどりついた。ちょうど18時、予約した時間通りだ。
「あーやっと着いた。疲れた~」
リンが玄関先にバイクを止めて、ふうっと大きく息をついた。
「リンさん、受付してくるから」
ジニーが玄関を入って、フロントで声をかける。宿の主人が出てきて対応してくれる。ジニーとリンはバイクから荷物を降ろして、玄関ロビーに置いた。
「お疲れさまでした。バイクはこちらに留めてください」
主人に案内されて、バイクを移動させる。建物の裏手にプライベートガレージがあり、その中に留めさせてもらう。
「今日はバイクが多くて表のガレージに入らないので、こちらに留めてください。夜はシャッターを下ろしますので」
丁寧な対応に、ジニーもリンも恐縮する。さすがバイク大歓迎というだけのことはある。
部屋のカギをもらって、荷物を運びこんで上着を脱ぐ。体が軽くなって、ほっとする。窓を開けて外をのぞくと、富士山が見えた。
「ジニー、富士山見えた。ちょっとちっちゃいけど」
「うん。とりあえず目的の一つは果たしたね。本当は本栖湖あたりから見たかったけど、今回はこれで良しでしょう」
「さて、先にお風呂行きますよ」
二人は着替えを用意して、お風呂場に行く。
「多分僕が先に部屋に帰るから、鍵持っていくよ」
「よろしく」
ジニーは浴槽につかり体を伸ばす。10分ほどで風呂を上がり、部屋に戻る。しばらく横になり、目をつぶる。
「おまたせ、ご飯行くよ」
リンに起こされて、ジニーは目を覚ました。
食堂に移動して、夕食をいただく。刺身や煮付、お肉料理、おまけにビール1本飲んですっかり満足して、二人は部屋に戻った。
「リンさん。明日の朝、高速までの道程分かった?」
「菊川から乗るんだよね。これは、ナビ様の言う通りに行かないと、分からないわ」
「うん。僕も地図見たけど憶えきれん。自分の感覚で行くと、今日みたいな事になりそう」
「それは間違いないなくそうなるわね。ジニーのナビはあてにしていないから」
「すんません」
「ところで明日は、いよいよ雨に降られそうよ。昼までは持ちそうだけど、15時過ぎから雨だわ。美ヶ原高原には行かない方が良いわね」
「じゃあ、ビーナスラインはちょっとだけ走って、さっさと宿に行こう」
「うん。とにかく疲れた。今日一日、なんだか修行しているみたいだったわ」
「あははは。長距離走行の修行だね」
二人の修行の旅は、まだまだ続く。
還暦夫婦のバイクライフ 5