夜景最終章~優子が白血病で・・。
物語は最終章へ・・。
優子の家、一男の家、どちらも二人の付き合いを、暖かく見守ってくれていた。
卒業式も無事終わり、二人の頭には、「就職」「結婚」という二文字が、浮かんでいた。
何時もの様に、二人が愛し合うのと同じ様に、文学を趣味として、美しい夜景を沢山味わいながら、未来は、二人にとって何も課題を与えようとはしないかのように思えた。
まさか、そんな事になるとは・・。
卒業して間もない頃、優子から一男に、「主治医に会って貰いたい」という申し出があった。
優子は、それ以前に、激しい頭痛等極度の体調不良を訴えていた。
二人が会っている時には気が付かなかったが、優子は、気になる症状があったのかも知れない。
一男が主治医から優子の病気について聞かされた時、「夢じゃ無いか?夢であって欲しい」と思った。
優子は、野宮病院の系列のK大学病院に緊急入院した。
急性骨髄性白血病 と診断された。
一男は、野宮病院の院長であり、優子の父でもある野宮哲夫とも会った。
いろいろと病気について説明をして貰ったが、一男には詳しい事は分からなかった。
その後、優子は、約二ヵ月に亘る闘病生活を送っていた。
高熱が続いたりした事もあったが、医者は出来るだけの手を尽くした。
一男は、毎日病院に通い詰めた。
ジャーメインも出来るだけ来てくれた。
不思議な事に、高熱が下がり始めた。
そして、病状は徐々に快方に向かっているとの事だった。
医者が野宮哲夫と、何か難しい話を繰り返ししている。
暫くして、優子は野宮病院に移された。
一男には、その事情は分からなかった。
野宮病院では、院長の許可を得て、優子の病室の近くの部屋に待機していてもいいと言われた、勿論、面会時間は長くは取れなかったが。
優子は一男から貰った、エメラルド キュービックジルコニアのネックレスを枕元に置いていた。
優子と話をしている時だった。
優子はこんな事を言った。「あなたには黙っていたけれど、不思議な夢を見た様な気がしている。あなたと同じ人がいた様な気がする。ね?可笑しなお話でしょう?そして、夢の中で、不思議な木彫りの人形に、この世に同じ人間は二人いると言われる事がある。でも、実際は一人だと言っていた。若し、そうだとすれば、私は、あなたという人を二回愛したことになる。でも、私は、あなたを何度でも愛したい。だって、私にとって、それは最高の幸せなんだもの」
一男は優子の話を黙って聞きながら、零れる涙を拭う事もしなかった。
一男は考えた。「この世の愛し合う男女にとって、別れは最高の悲劇、しかし、永遠に別れないという事は生と死を超越するしか無いが。自分の心の中で、優子が生き続ける事は、それだけでは無いのでは?永遠に優子を愛し続けるという事は・・」
一男は優子の手が冷たくならないようにと、願いながら、面会時間中、何時までも両手で優子の手を握っていた。
優子と一男の想い出は永久に走馬灯のように周り続け、止まらない。
一男は、「奇跡が・・」と、何回心の中で叫んだ事だろう。
一男がうとうととした時だった。
木彫りの人形が見えた。「此れが優子の言っていた・・」
人形はじっと一男の目を見つめているが、何か言いたそうだった。
すると、優子の病状は次第に快方に向かっていった。
やがて、面会時間は、午後八時までとなった。
病室の窓から昼間・夕刻・夜間と移り変わる景色が見えた。
庭の花壇には、色とりどりの花々が咲き誇っている。
二人共、何も言わなくとも同じ事を感じている様だった。
港の見える丘公園で、港や海に浮かぶ船を眺めた時に、辺り一面に咲いていた花々と、あの時の眩しいくらいの明るさ。
一男のアパートで、漱石の本を読み味わいながら窓の外に見えた庭の花壇。
傾いた陽が庭木の影法師を細長く斜めに地に映すと、朱を含んだ紫陽花色の夕空がひろがる。
最後の日差しが部屋の中を、無音のうちにこっそり移ろっていくと、空の淡い青が、より深みのある青へとゆるやかに目を覚ましていく。
夜が近づいてきて、その夜の入り口に待っていた記憶の底から、次々と這いあがる様に街の灯りが輝きだすと、其の灯りは見た事がある夜景に変っていく。
闇に紛れそうだった予感は、両手で顔を隠しても、宝石箱をひっくり返したような灯りのショーが始まると、色鮮やかでとりどりな夜景の輝きに叶う筈も無い事を知り、ただただ自らの過ちに気が付くだけ。
一男が自らと優子の瞳に同じ夜景が幾つも並べられている事を承知しながら、
「随分綺麗だったよね?」と優子の寝ている顔を見る。
優子が笑みを浮かべて頷く。
一男は木彫りの人形を思い出して。「君に見える者は僕にも見えるようだよ」
「本当?」
「ああ。美しいものは此れから先も美しいと言いたかったようだよ」
「つまり、君はきっと元気になるということ」
優子の瞳が輝くと、一男も握っている手に力を込めた。
夜景最終章~優子が白血病で・・。
まだ、稚拙な筆で書いていた当時の事。終わりをどうするかで迷った。