夜景8

夜景8

優子とジャーメインの二人が静岡市に。

期末試験も無事終わった。
 いよいよ、静岡に優子が来る日になった。 
 一男は、静岡駅の下り線のホームでひかりが到着するのを、そわそわしながら待っている。
 一男は、時計を見ながら、「十一時か。もうじき、電車が来るな」。
 優子と一緒に来るジャーメインには二回ほど会ってはいるが、一男の英会話ではお互いに自由に意思の交換をする事は出来ない。
 駅のアナウンスが、ひかり号の到着を伝えている。
 電車は、ゆっくりとホームに停車する。ドアが開いて、優子に続いてジャーメインが狭い通路から出て来る。
 優子は、手を振りながら降りて来た。
 満男が挨拶をしながら、笑顔で優子達に近寄ると、「お疲れ。バッグは僕が持つよ。静岡はこの辺りでは大きな街だから、いろいろと見たりして楽しめると思うよ」と、二人の簡単なバッグを持つ。
 三人は、階段を降りて改札口を抜ける。
 少しの間なら、駅の近くに無料の乗り降り専用の駐車場があるから、車まで行く。
 車には一男の叔父さんが乗っていて、ドアが開くと東京からのお客さんに挨拶をし、中野信也ですと名を名乗る。
 どうして、叔父さんが一緒なのかと言うと、中学校で英語の教師をやっているので、通訳をお願いしたという訳である。
 とは言っても、叔父さんも生徒を相手に英語を話す事はあっても、外人を相手に話すのは今回が初めてで、自分でもどの程度自分の会話が通じるか楽しみにしているようだ。
 一旦一男の家に寄る、両親と話をする事がメインだが、同時に美味しい昼食を食べる為に。
 一男の父悦郎と母たかが、「いらっしゃい」と言いながら、門まで出迎え四人は応接間にあがる。
 悦郎は小学校の教員、母の たかなは元教員で、東京で教鞭を取っていたこともある。偶然だが田町にあった国民学校という所で。
 何時も、一男が帰ると、両親は同じ町内にある中川という鰻専門店から出前を取ってくれるが、今日もそのパターンだ。
 鰻は同じ静岡県の浜松も有名だが、知名度や値段と美味しいかどうかは、全く関係が無い。
 ここの鰻はタレガ違う、鰻そのものは最上等だが、タレガ美味しくなければ味は落ちてしまう。
 出前の鰻を木製の岡持ちに入れてやって来た中川の主人は、「毎度、有難うございます」と言いながら玄関に岡持ちを置く。一男が店主に、「何時もお世話になります。おじさん、もうじきやめちゃうんだよね、一代で」。
 店主は鉢巻を被った頭を下げると、「そうなんですよ。娘が嫁に行き、後とりがいないものでね」と、笑顔を絶やさない。
 六人が席につくと、改めて一男の両親が、「何時も愚息がお世話になりまして有難うございます遥々遠くから良くいらっしゃって頂いて」と話しながら、「どうぞ、鰻が冷めてしまうといけませんから、お召し上がりになって下さい」。
 優子は日本人だから特に気を遣う事は無いが、ジャーメインは、日本語は殆ど分からないから、優子がフォローをするが、叔父さんはまだ英語を使わない」
 一男は、外人に鰻の味が分かって貰えるか少し気にはなっていたが、ジャーメインが優子に話をしている様を伺う限り美味しいと言っている様な気がした。
 静岡の最上級のお茶を飲んで貰って、一休みしたところで、話が始まる。
 優子の事は、一男が既に両親や叔父さんに今迄の経緯を話してあったから、優子がジャーメインの事に軽く触れる程度に紹介をする。
 たかなが、「二人共、もうじき目出度く卒業ね」言うと、悦郎と叔父さんも笑顔で頷いた。
 叔父さんが、二言三言ジャーメインに話し掛けると、何とか通じているようだ。
 会話も一通り済んだ頃、一男が簡単なパンフの様な物を見せながら今日の日程を説明する。
「先ず、家から歩いて行ける浅間神社・徳川家康が隠居していた駿府城・県立美術館・日本平動物園・徳川家康を祀ってある久能山東照宮・東海大学海洋科学博物館・夕方以降は日本平ホテルから夕景色と刻々と変化していく十万ドルの夜景を見る。ああ、この家は静岡の中心街から歩いて十分だから、三越伊勢丹などのデパートや、東京にある大きな店は何でもあるし、近いんだ」
 一男の両親とは此処で別れ、観光コースを廻るから、両親が笑顔で、「皆さんで楽しんで行って、又来れたら来てください」と、皆を送り出す。
 四人は歩いて浅間神社に向かう。
 丁度、神社は年に一回の祭りが催されているから、長さ二百メートルくらいある門前通りや境内には数々の出店や見世物小屋が出ていて、市内の道路には屋台と言われる御練(神輿や山車)が数台祭り装束の人々に轢かれて移動している。
 通りにズラッと並んだ出店を見ながら、赤鳥居を潜って、境内に入る。
 お化け屋敷やオートバイサーカス・怪しげな見世物小屋の前を通る。
 ジャーメインには珍しい光景だと思うが、優子が気が付く毎に説明をしている。
 一男が優子とジャーメインに射的をやってみないかと誘いかけると、二人は満更では無い表情で、挑戦をする。
 射的にはコツがあるから、店のおばさんが、「外人さんだね。此処を狙って撃って御覧」と、サービスをする。
 境内は、人で溢れている。四人は 玉砂利を踏む音が響く中、本殿に詣で、人垣で一番前には行けないから、遠くから賽銭箱を目掛けてコインを投げる。手を打っては頭を下げる。
 慣れていないジャーメインも見様見真似で。
 四人は、家の駐車所に戻り、車に乗る。
 車は、左手に家康のいた駿府城の外堀・県庁、右手に市役所・中央警察署を見ながら進んで行く。
 一男が運転をしながら、「静岡市という街は、静岡県の中でも工業都市の浜松と並んで、人口70万余りの大きな商業都市なんだ。日本で雪が降らない所って、知ってる?」と、優子が被りをふる。
 「沖縄と静岡市だけだよ、北に南アルプスがあるから雪はそこで落とされて、一滴も雪は降らないんだ。徳川家康が隠居したのも分かるような気がする。家康が関が原で勝った後、江戸に徳川(江戸)幕府を築いたんだったよね?それから、15代将軍徳川慶喜の大政奉還までの265年の間幕府は続いたんだったかな?」。
 優子が車の外を見ながら、「さっき車で通る時に信号機の下に、追手町と書かれていたけれど、東京の大手町と何か関係があるのかな?」。
 叔父さんが、「うん、他にも江戸城と同じような地名があるけれど、小さくても同じ家康の城下町だからね。」と歴史の話をする。
 車は、国道一号線を抜け、線路の下をくぐると、鐘紡通りに入る。
 県立博物館に行く。
 一男が歩きながら、「此処の特徴は、上野程は大きくは無いけれど、西洋美術館の表に展示されていたロダンの彫刻。あれをもっと沢山陳列した屋内の「ロダン館」というものがあって、その数は、上野の五倍以上はあると思う。他にも常設展や特別展があるのは、上野と変わらないね。ああ、そうだ、この辺りに「草薙」という地名があって、『大昔、ヤマトタケルがヤマタノオロチを退治した』という所があるんだ」。
 車は、「日本平」と書かれた標識のある交差点を左折する。
 車を動物園の駐車場に止め、上野動物園とあまり変わらない広さの園内を見て回る。パンダやコアラの様な特別のモノは見られないが、昆虫・鳥類・猛獣から海獣その他何でも、結構綺麗な動物園だ。二人は順路に従って園内を一巡する。
 一男が、ちょっと関係無い話を始める。「静岡というのは、日本でも中くらいの標準的な町だから、昔は、煙草の新製品を全国発売する前に、先ず、此処で発売してみて反応を見たりしたんだ。本当に平均的なところだから、店などは無いものは無いけれど、逆に言えば、これといった特徴が無いんだよね。だから、映画などの舞台として使われたことはないんだ」
 四人を乗せた車は、日本平パーキングウエイを軽快に登って行く。
 一男がアクセルを踏み込みながら、「この道は元は有料道路、飛ばしやすいがキツイカーブもある」。 
 日本平の頂上に着いた。車を駐車場に止めた一男が、「皆、ロープーウエイに乗ろう。家康を祀ってある久能山まで簡単に行けるんだ」と、四人並んで、乗り場に向かう。
 ロープーウエイから辺りの山や谷を見ながら、あっという間に久能山に到着。
 優子がゴンドラを降りながら、「結構高い所を通って来たね、ちょっと、スリルがあった。あれ?海が見える、太平洋が拡がっている」。
 久能山の東照宮は日光の東照宮の親戚だ、何れも家康を祀っている。
 叔父さんが、小さな神社を見ながら、「家康の遺命によってこの地に埋葬されたらしいんだ。大きさは日光とは比較にならない程小さいけど。家康は、常に西の方角を気にしていたと言われているんだけど、まあ、京の都があったせいもあるんだろうが、幕末に幕府が無くなる原因となった薩摩・長州・土佐は全部西だったから、勘は当たったのかもしれないな」と言い、皆の頷く顔を見る。
 四人は、折り返し、ロープウエイ乗り場に向かうと、再び日本平の駐車場に戻る。
 日本平を清水側に下ると、 羽衣の松で有名な美保に着く。
 一男が、「東海大学海洋科学博物館は大きい、近頃は何処の町にも水族館はあるが、此処は海洋学部を持つ東海大学の研究も生かされているし、恐竜博物館などもあり、まあ、楽しめる」。
 うみの博物館では、一男が、「日本で一番深い駿河湾には、随分多くの生きものがいるから、面白い」と言いながら、四人一緒に館内を歩いて廻る。
 四人は、満足顔で車に乗る。
 辺りはすっかり夕暮れ時、斜めにオレンジのパステル画が描かれているようだ。
 一男が運転しながら、「さあ、これからがとっておきの・・」と、笑顔になる。
 車は、来た道を戻り、日本平パークウェイを登って行く。
 再び、日本平の頂上に着くと、日本平ホテルに車を止める。
 一男が三人の背を押すようにしてエレベーターで6階に。
 ドアが開くと、目の前に、スカイテラスからの絶景が拡がっている。
 夕暮れ時から夜に変るあたりが二種類の景色が見れて最高だ。日本一の富士山をバックにして、眼下に拡がる清水港や街一体に陽が落ちていく。やがて、十万ドルの夜景が現れる。
「わあ、綺麗!富士山も日本一だけど、此処からだと本当に大きく見える」思わず優子が呟きながら、ジャーメインの顔を見て説明をしている。
 一男は自慢げに、「ねえ、いいでしょ。この景色、何度見ても飽きないよ。東京の高層からの夜景と違って、自然が造った壮大な景色だからね」と言いながら、スマホを取り出す。
 先ずは、夜景を撮影し、次は、「皆、其処に立って」と、三人の背後に夜景が来るようにと、名カメラマンに変わる。
 それを見ていた男性が、「君も一緒に写してあげるよ。はい、四人並んで、いい顔して」。
 四人共、今度は最高のモデルになる。
 四人は、ホテルのレストランで、ゆっくり休む事にする。
 今まであまり話さなかった叔父さんが、ジャーメインに英語で話し掛ける。
 叔父さんの英語も通用するようだが、時々、優子が付け加える様に話している。
 叔父さんとジャーメインとの会話は長く続いた。
 一男は殆ど分からないが、「叔父さんも案外やるんだ」と思った。
 今日は叔父さんやジャーメインもいるから、文学の話はしない事にした。
 七時半も過ぎた頃、満男の運転する車はパークウェイを静岡に向かって一気に下って行く。
 叔父さんの英会話にも驚いたが、お客さん二人が気に入ってくれたか、一男は気になったが、その必要は無かったようだ。
 一男は優子に、「今日は親と話をする事があるから、一緒には帰らないけれど、気を付けて帰ってね」と言いながら、ジャーメインにも叔父さんの通訳付きで挨拶をして貰った。
 叔父さんと二人で優子とジャーメインを、新幹線のホームで見送る事になった。
 ひかりは、自由席の方が空いている事が多い。
 二人は、ホームに滑り込んできた電車に乗り込むと、車内のデッキから手を振った。
 街の灯りは東京と違って控えめだが、駅員のアナウンスの後、ゆっくりと発車した電車は、その控えめの灯りの間を去って行く。
 電車の尾灯の輝きが、スピードをあげて去って行くと、星と分からない程小さくなって消えて行った。

夜景8

静岡市での出来事。

夜景8

最終章の前の、静岡行き・・。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-01

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