夜景1

夜景1

一番初期に書いた・・当時交際していた大金持ちの家のお嬢さんとのお話。

 夜景1
(このタイトルの通り、何十枚もの夜景の写真を張り付けていたのですが、残念ながらこのサイトでは其れが出来ないので悪しからず・・。)



 初めて優子に出会ったのは、山手線の田町の駅から大学に行く途中に有る古谷書店という本屋だった。
 一男は東京の三田に在る大学に通っており、4月の今週から新3年生としての生活が始まった。
 講義で使う本等は、キャンパス内の生協にも一部は置いてあるが、殆どの学生は古谷書店のような大学の指定店で大方の書籍を購入する。
 一男は、2時限目の田宮教授の民法の講義の前に、買い忘れていた本を買いに来た。
 この時期に学生が購入する本は、大量に店頭に並べてあるのですぐにわかった。
 太閤社の民法シリ-ズの(1)総則を手に取り、確認してからレジへ。
 同じ様な目的で来た学生達で店内は非常に混んでいる。
 一男は、書棚の随分上に並べてあった1冊の本を取り出しレジに行こうとする女性と、ぶつかってしまった。
 はずみで女性の本は通路に落ちたので、一男が腰を屈めて拾い女性に渡した。
 何かタイトルが英語で書かれている難しそうな本だ。
 その女性は一男に礼を言うとレジの列に並んだ、一男もその後ろに・・。
 一男が其の女性に感じた第一印象は、綺麗な人だな・・だった。
 講義の時間まであまり余裕が無かったので、慌てて仲通りを抜け三田通り(桜田通り)へ出る。
 通りの青い歩行者用信号が点滅していたのから、急いで渡ろうとし道路の縁石に脚を取られ、前につんのめった弾みで持っていたショルダーバッグを落としてしまった。
 すぐ後ろを歩いていた女性がそれを拾い渡してくれた。
「あっ、どうもありがとう」
 照れくさそうにお礼を言いながら顔を上げる。先程の女性だった。
「これでお返しね」
「何か・・偶然のようですね」
 一男はそう言いながら、改めて美しい彼女を認めざるを得なかった。
 二人は並んで一緒に歩き始める。
 講義の始まる時間が迫っているからと、二人は殆ど言葉を交わす間も無く、其れでも笑顔を忘れる事も無く並んで歩くと、警備員が脇に立っている正門(南門)からキャンパスに入る。
 そこで二人は行き先をかえ、一男は講義の有る南校舎に、女性は更に奥の校舎へと向かった。
 教室にも、何百人収容できる広い大教室・・床は斜面に階段が、机は数人程座れる横長式で高い位置から教壇が見易くなっていると、高校まで見慣れてきた通常の教室~語学の授業等に使用~が有る。
 一男は法学部政治学科で民法は必修科目であるから、大教室で田宮教授の講義を一時間半ほど聴講した。
 午前の講義が終ると、昼は学生食堂でスパゲッティーミートソースを食べた。
 何故か学食では一応は他のメニューにも目を遣るのだが結局同じ物ばかり食べてしまう。
 一二年時に通った日吉キャンパスではカツカレーばかり・・三田ではミートソースという具合に。
 大学の友人とは、たいてい同じ高校からこの大学に入った同級生に、1~2年時に語学クラスで一緒に学んだ同級生であるが、一男は前者の友人とは学部を越えよく付き合ったが、他高校から入学した者達とは殆ど付き合いが無い。
 三田のキャンパスに来てからは、特に単独行動が多くなった。
 其のほうが慣れも手伝い気楽な気がし・・自分の好き勝手に行動できるから。
 午後の講義が終ったので、生協に寄りノートを1冊購入する。
 一男は、大学受験時にはどの学部・学科にするかと随分迷った。
 趣味は音楽や読書等いろいろあったが、学問~科目については特に興味を感じるものは無く、実務系~経済・法律・商学等はどれも取っつきにくい感じがしたし、文学部はやや就職難などという噂もあったから、迷った挙句、経済学部と二学部受験し最初に受かったほうに決めた、それが今の学部学科である。
 大学に入り二年が過ぎたが、未だにカリキュラムどおり忠実に単位を取得しているだけという感が否めなく、案外意欲というものが湧かない。。
 大学などというものはそんなものだと勝手に解釈している。
 其れで、授業(講義)が終わった後こそ、彼の彼らしい面を出せる時間が訪れるような気がする。
 夏休み後と二月に二回有る前・後期・試験の前は、厭でも勉強せざるを得ないが、まだ四月である現在はその足枷が無い。
 先程のノートをバッグに入れ、目指すはレンガ造りの図書館、この八角塔を備えた図書館は明治の生まれだそうで重要文化財なのかも知れない。



 入口で警備員に学生証を提示し階段を上がると空席を探す。
 空いている席に座ろうとし周囲を見回しているうちに・・気が付いた。
 赤緑色などのチェックのブレザーを着た女性が近くに座り本を読んでいる。
 何時間か前に見たチェックのブレザー・・。
 と、運良くなのか・・彼女の隣の席にいた学生が立ち上がると椅子を机の下にしまった。
 すぐさま、一男が椅子を引きその席に座る、バッグは静かに足元に、ノートは拡げ机の上に置く。
 一男は暫く何もせず、隣人の様子を窺う。
 その気配に気付いたのか・・女性は、面(おもて)をこちらに・・。
 二人の目が合うと、共に笑みを浮かべる。
 一男は女性が読んでいた見覚えの有る本を見ながら小声(こごえ)で、
「その本はあの本では・・?何か難しそうな英語の・・」
「ええ、あなたに拾って貰った・・だったわね」
 其れからは自然な会話になっていき・・互いに自己紹介をすることになった。
 野宮優子は文学部の英文科ということで、それなら本も然りか。
「で、あなたは・・」
 ノートを拡げたまま何もせずにいたから・・何をしているのかと。
「ええ、これに、日記を書こうと思い・・」
 大学生で日記をつけるというのも珍しいと思うが・・。
「本当は小説でも書きたいんだけれど、最初は日記式に書いていこうかと思い・・」
「小説?いいわね、私も小説は好きよ」
「やっぱり英語の小説など・・?」
 そうではないらしい、夏目漱石や森鴎外のような日本の文豪と呼ばれる作家の作品が好みだそうだ。
 一男は、何か気が合いそうだなと思う。
「僕も、漱石とか好きなんだ、でも、その本は・・?」
 彼女の友人にフィリピン人の仲の良い女性がおり、フィリピンの事が詳しく書かれているから読んでみたらと薦められたとのこと。
 小声での話は続くが、其れでも周りに迷惑ではないかと気になる。
 一方、一男は、話を交えるほどに優子に好感を持つようになる自分を感じる。
 相手は自分の事をどう感じているのか・・・など・・。
 話は簡単には終わりそうも無いので、ここでは長話もできないからと、一緒に図書館を出てキャンパスへ。
 小説で気が合った・・二人は、西校舎の自販機の方へ行こうとしてから、優子がふと足を止める。
「ねえ、良かったら喫茶店に行かない」
「あ、そうだね、自販機じゃ味気無いから」


 二人は幻の門と呼ばれる東門からキャンパスを後にした。
 横断歩道から東京タワーが真正面に見える三田通りを渡り、仲通りのカモンというカフェに入る。
 朝から偶然が重なった二人だが、ここまでに至れば話も弾むというもの。
 小説の話から・・趣味・美味しいもの・気に入ったお店や何処から通っているのかなど・・次々に話題は発展していく。
 最後には・・・、次に一緒に遊びに行くという約束までも・・。
 若者はたった一日でも気が合えば・・すぐに打ち解ける。
 二人は田町の駅まで並んで歩くと、優子は京浜東北で、一男は山手線でそれぞれの家に帰宅する。
 二つの電車は同じホームの両側であるから、二人の話しは電車が到着する間際まで途切れない。
 青い電車と黄緑色の電車は、ほぼ同時にホームに入って来、二人を別々に乗せると滑るように走り出す。
 同じような速度で走るから、二人ともドアに張り付くように窓ガラス越しに互いを見ている。
 品川の駅から線路が分かれる、優子が小刻みに手を振る、一男も負けじと大きく手を振る。

 間も無く・・線路沿いの建物で遮られ見えなくなった。


 一男は、大学に入ってから二年間、東急目黒線の洗足駅から歩いて十分くらいの一軒家の二階に下宿をしている。
 二年までは日吉に通っていたからここからでも不便では無かったし、食事付きで無い点も気楽で良かったが、三田に通うことになった今、玄関も家人と同じであるし、そろそろアパートにでも引っ越そうかと思っていた。

 急に、昨日の優子の顔が浮かんだ。

 今日は金曜日、授業は午後からだから駅前の3軒の不動産屋の貼紙を見ながら回ると、1軒の不動産屋の扉を開ける。
 結局、京浜東北線の大森駅から歩いて15分程のアパートを車で案内して貰い、アパート代も安いからまあいいかなと思い契約をした。
 京浜東北線ってことは優子と同じ電車に乗る事になるなと思う。
 午後1時前にキャンパスに着いた。
 講義の終り頃、一瞬、今日は優子に会うかな・・など思う。
 午後の講義が終ると、陽の光が優しく感じられた。
 ノートの入ったバッグを持ち図書館へ。
 階段を上がり空席を探す。
 ・・いた、前回とほぼ同じ場所に。
 優子と会うようになってから、何か伝統のある図書館の蛍光灯の光さえ違って感じられ。
 柔らかそうな白色の光が絨毯や周りの物を引き立たせている。
 その蛍光灯の下で、一男は笑みを浮かべながら、
「やあ」。
 優子も其れに応えてくれるように笑顔だ。
 そして、また一緒に図書館を出ることになった。
 これでは一男の日記は全く進まない、が、優子と一緒に居るほうが楽しかったから、日記は家に帰ってからつけようと勝手に考えた。
 一歩先を歩いていた優子が突然振り返ると、
「ねえ、これからちょっと東京タワーでも行ってみない」。
「ああ、僕は暇だからいいよ・・」
 東京タワーまでは、都営地下鉄で三田駅から御成門駅まで行き、歩いて十分程、陽が傾き西に落ちる頃には、タワーに綺麗なブルーライトが点燈する。
 二百五十メートルの特別展望台まで昇る、エレベーターのドアが開くと辺り一面に東京の夜景が広がっていた。
「何時見ても、綺麗ね・・」
「ほんと・・素晴らしいね、クリスマスなんかのイルミネーションも綺麗だけれど、僕はこういう自然な夜景の方が好きだな」
「私も、同じ・・気が合うのかな」
「ねえ、明日はどうしよう・・」
「明日は・・何処か行こう・・ここは大学から近いからちょっと来てみたかっただけ・・」
 二人は並んでゆっくり移動する、眼下に宝石が散らばり輝いているかのような夜景を見ながら・・いろいろな話をした。
 先ずは明日の候補を幾つか挙げ、待ち合わせは田町の駅に10時ということにした。
 一男の引っ越し予定の話やお互いの家の事、フィリピンの友人がジャーメインさんと言ってお父さんがフィリピン大使館に勤めているとか・・いろいろ。
 まだまだ話は尽きなかったが、明日の予定もあることだしと其の日は帰ることになった。

 浜松町の駅まで15分ほど歩き、同じホームから別々の電車に乗る。

 そして、電車は並行して滑るように走りだす。

 電車の蛍光灯が車内を浮き立たせている、二人はドアの窓ガラスに張り付き車外を見ている・・それぞれの姿を確認するように・・。

 品川を出る・・手を振る。

 やがて、電車の赤い尾燈が別々に向きを変え・・街の灯りに溶け込むように遠ざかって行った。

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同じキャンパスで知り合った男女の学生。小さな本屋でのちょっとした巡り合わせ。
三田の図書館で・・。

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seriesものとして初めて何作も書いた時には、いろいろな想いが・・。 二人の好物が・・何と、小説だったなんて・・さて、此れからお話は小説家の作品の感想を述べながら・・シリーズ最後まで続いて行く。 文豪という現代の世代には理解が出来ない・・ところがそれが素晴らしいから・・二人は虜になって行き・・街の夜景が美しさを惜しげもなくさらけ出してくれるでしょう・・。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-30

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