地獄の男のデッサン
わたしの好きな画家のひとりは、フランシス・ベイコン。ぐわと口ひらき叫ぶ青春映画のポスターから、するすると糸ひき陰惨奇怪なそれ等の絵画想起するほど。
灰いろにやつれた かれが貌をみてくれ、悲惨と憂鬱に捩れ、
ぞっと鮮烈な戦慄、神経奔る如く、皮膚突き破り、黝い血滲ませ、
眸は罅割れ、かわいた音すら 立てぬ、白目には砂の轢き、
鼻面、如何なる悪臭によってなら、ここまでひん曲がるのか、
手足 手折られ乾き切った草のよう、欲望の火も、果たして
ここまで徹ることはないのか、衣服は八つ裂き、泥まみれ、
ああ 無惨きわまるのは口許だ、断末魔歌いつづけるような
ひらっきぱなしの 歯の不揃いな、うらがえったケモノの叫び。
さて そのかれが眸、ふしぎに沸き起こる涙あって、さながら
澄んだ硝子音立てるようで、そうだ、かれが肉を剥ぎとってみよう、
ああ 泉が、瑕を負う魂毀す泉の音楽が、天の光と呼応して!
ぼくはしずかに肉体を綴じよう、すればかれが秘めた涙に
手を合わせ、祈りもしよう。かれが どうか報われませんように、
さればそれによって、かれがどこまでも報われますように、と。
地獄の男のデッサン