Les Saisons des Deux 邦題 二人のシーズン

Les Saisons des Deux 邦題 二人のシーズン

中学野球部の試合を一部実況した、男女学生の・・将来どうなるのかな・・?
中学児童など向け・・。

国立S大付属中学校のグランドで掛け声が聞こえる。身体の大きさでは学年までは分からない。吉田誠は野球部の三年だ。
 専ら、掛け声を掛けているのは下級生で、一通りの練習を終えたら、最後は三年生はバッティングで、下級生はバッティングピッチャーを含め守備についている。
 他校との練習試合が無い時には、毎日このパターンの繰り返しになる。誠は、入学時は公式テニス部に入ったのだが、事情により廃部になり、野球部に。
 テニス部で知り合った紺野葉子が、今、ホームの後ろにあるバックネットから見てくれている。二人は知り合ってから、学校が終わると帰りに本屋に寄ったり、カフェに行ったり。
 葉子も、バレー部に所属しているが、今日は練習が無いようだ。受験校である此の中学では、部活はあまり盛んではない。
 二人は小学校から付属を受験し合格後入学し、更に其の卒業時に入学試験を経て付属中学に入った。国立S大の系列の付属とはいえ心太(ところてん)式に進学できるものではない。
 小学生が中学へ進むのは当然なのだが、付属小学校の場合には六年の進学を間近に感じる頃になると、教師と生徒親子との進学相談があり、付属中学の受験レベルに達しないと見做された場合には、其々の学力に見合う市立中学若しくは私立中学などにほぼ無試験で進学する事になる。
 付属中学校に入学できる生徒は其の約三分の二で、其処で他の市立中学校からの合格組と合流する事になる。
 二人の本来の学区の小学校・中学校は家から近いところにある。二人共、幼馴染と言う訳だが、近所には他にも同じように仲が良かった幼馴染・仲間は沢山いる。
 そういう仲間とは其々の家庭の事情により、別れ別れになった様なものだが、だからといって交流が無くなった訳では無い。
 学校に行っている間こそ別々になっていても、下校し家に帰って来て仲良く遊ぶ機会は、寧ろ、互いの家が遠い付属の同級生より、多い。
 勿論、遠くても自転車で、或いはバスで級友の家まで遊びに行く事はあるが、総じて回数は少なくなる。
 やはり、県下でも一・二を争う受験校へは、勉強が目的で入学するのだが、中には他の遠くの街から越境入学をしている者もいる。
 次の目指す高校は殆どが県立S高だが、一学年の中で入学出来るのは三分の一程度で、他の生徒は二番目のランクの普通高校や女子高に、或いは此の街ではレベルが低いと言われている私立高校に進学する事になる。
 二人共、目指すは同じS高で、一緒に勉強をやる事もある。只、そんな時にはお喋りはしない。たいてい複数で一緒に勉強をしている連中の殆どは勉強以外の話が多くなる。
 二人共学力は極上のレベルで、全市の中学一斉の模擬テストの順位は(約数万人中)十番前後に位置している。其れが余計に二人の励みにもなっている。
 互いを抜こうとは思わないが、順位を上げたいという気持ちは同じだ。ところが二回目の模試の結果では、蓋を開けてみたら、最も優秀だと言われているこの学校の生徒よりも順位が良い生徒が通学しているのは市立中学で、中でも末広中学がダントツだ。
 何と、十番以内に五人入っている。此れは市立小学校で優秀な生徒がこの学校を受験しなかったという事だが、年度によってはそういう事もある。
 其の中でも男子は一人だけで後は女子が四人。そうなれば、葉子の意欲は増すというもの。実は、此の末広中学は二人の学区で、本来、二人は此の中学を受験しなければ其処に入っていた筈。
 葉子の意欲には二通りの意味がある。一つは、同じ学区で幼い頃互いの家が近所にあり一緒に遊んでいたから、幼馴染であり、今でも家に帰れば一緒に遊ぶ事もある仲だ。
 仲が良いだけに、幼い頃から良く相手の事を知っているだけでなく、大きくなったら一緒に頑張ろうねと約束をした。
 頑張ろうねとは、子供心であるからいろいろな意味であるが、其の中には当然学力というものも含まれる。
 もう一つの意欲とは、確かに学力を競うにしても、幼い頃から見知り、仲良く遊んできた仲間である。順位に連ねている名を見た時に、ほんのりとした何かを感じたのだが、其れは、孤軍奮闘中の男子生徒も幼馴染であるということ。
 奇しくも、今、二人のターゲットに入っている中に其の馴染みが名を連ねている。女子で四人のうち少なくとも一人は葉子が姉妹のように遊んできた増田清美で、最近は会う毎に、「頑張ろうね」が合言葉になっている。
 此れは、葉子としても少しの手も抜けないどころか、友情があればこそ約束通り実力勝負は熾烈を極める事になる。
 其れが、女子の葉子に限っての事であれば、葉子だけが末広組を相手に競う事になるのだが、同じ学区だっただけに、誠も同じ境遇である。
 誠も末広中学の女子には負けていられないのは尤もだが、模試の順位の中に一緒に遊んできた鈴木茂雄の名を見た時には驚いた。
 兼ねてから優秀だという噂は聞いていたが、やはり・・と思った。と同時に、決して負けられないという身震いのようなものが・・。だが、其れは別の意味の身震いでもあったのかも知れない
 自分は受験して、此の優秀な学校に入学したが、此処で、彼と学力を競う事になるとは・・プライドもあるが、其れよりも堂々と戦いたいという意識の方が強かった、何せ、市内から越境組迄含めて、県内の何十万人中のベストメンバーの筈であるから。
 それにしても、この学校から十番以内に二人だけとは意外な感じがした。其れが、何回目かの模擬試験で、ようやくこの学校の生徒がもう二人ほど十番以内に入ってきた。
 更に、十番以下でも猛追をしている生徒達が見られ、順位を上げて来ている。試験は自分との戦いではあるが、クラス仲間で話をする機会があれば、互いに闘争心がむき出しになる事もある。
 例えば、まだ将来の話だが、大学の話をした時に、僕は一橋大だと言えば、負けじと僕も同じだと競ってくる。
 其れでは、ひょっとしたら東京大学を目指すかも知れないと言い直せば、やはり僕も・・と食い下がって来るのだが、正直言って二人共現実にそうなる事を決めている訳では無い。が、過去の実績を考慮すれば、それ程無茶な相談であるとは思えない。
 そのくらいで無ければこの学校に入った意味が無いという自己責任と、売られた喧嘩的な、言ってみれば受験勉強のストレス解消にと、口がそう言わせてしまう事がある。
 その点、誠と葉子の二人にはそういう競争心は無い。というのも、二人の間には早かりし愛情のようなものが芽生えている。
 家は近い。朝の通学時には一緒になる事もあるが、別の時もある。下校時は二人が折り合えば一緒になるのだが、部活などや他の友人に誘われた時などは、別々になる。
 誠には、同じクラスに越境入学組の友人がいるのだが、帰りが一緒になる事がある。其の時にワザと遠回りをして帰る事がある。
 二人の趣味が楽器で一緒だからそんな事も関係しているのだが、楽器店のショーウインドウに並んでいる高嶺の花であるエレキギターを眺め溜息をついた後、並んで歩きながら話が勉学の事になると前述のように他愛無い競争心をむき出しにする事がある。




 其の級友からはよく、誠が一日中面白い事を言って皆を笑わせるからと、青島幸男のようなお笑いのネタを書く作家になればと言われる事がある。
 そんな時の彼の顔は案外真剣で、半分くらいは本当にそう思っている様にも思えるから誠も、ひょっとしたらなどと考える。
 まだ、中学で先の事などどうなるかなど分からないだけに、却って、そんな気にさせるのかも知れない。
 葉子と話をした時に其の話が出ると、葉子は真面目な顔付で。
「ねえ、誠ってさあ、勉強だけでなく、真面目に・・面白いから、案外いけるかもよ。でも、野球って線もあるけれど・・ね」
 葉子とは何か互いの事を知り尽くしているように思えるのは何か不思議なのだが、其れだけにこういう話をすると其れも満更では無いのかななどと思ったりもする。
 誠は葉子が自分の事を贔屓目(ひいきめ)に思っているとしても、頭に浮かぶ事がある。其れは、誠の父が口にする、旧制中学時代に野球をやっていて投打ともに活躍していたという事。
 その証拠では無いが、家にはおかしな形のグローブがある。まるで、手袋を大きくしたような革の固いグローブで、誠のグローブの様にしなやかで球を包み込むような構造では無い。
 戦前の事だから戦死したあの天才投手の沢村だって同じグローブでべーブルースを三振に撃って取ったのだから、最もプロとアマの違いはあるが、父の話も単なる自慢話とも思えない。
 大体、父は自慢話はしない方で教員だから、極めて真面目なのだが、家にいる時にはお笑い話が上手いし、お笑いの芸人が好きでわざわざ東京の浅草の六区まで一人で見に行ったという。
 目の前で見た芸人は思っていたより体が大きく、かなり元気、でなきゃ人を笑わせる事など出来無いよと言った時の顔は真剣そのものだった。
 父の系統なら、お笑いでも野球でも出来そうな気がするのもおかしくないと思ったりもする。其処に持って来て、葉子は、自分には明かな嘘など言わないだろうから・・。
 そんな時にもう一つ思うのは、では、葉子の能力は、勉強は分かっているが、バレーボールはどうだろうかと思うのだが、まだ、中学なのだから此れから先の事など全く分からず、思わぬ方向に・・なども考える。
 二人の気持ちは、二人が良く分かっているだけに愛情など、口に出さなくても・・。
 親もそうだろうが、愛情は相手の事を良く思う事から始まる面もある。親が子に期待するのと同じように・・葉子も・・或いは誠も・・。
 夏がやってくれば、部活も新旧交代をする前に、最後の段階を迎える。Lastは何処の部活もトーナメントでのゲームを楽しみにしている。
 


 葉子の活躍を期待して誠は応援に行った。誠の方は少し遅れて公式試合(6人制)が始まるから、練習が早めに終わる時には其れが出来た。
 結果から言えば、残念ながら葉子の活躍にも拘わらず準決勝で敗退する事になった。試合後、集まりで先生からの言葉が終わった後に、二人で一緒にカフェに行った。
 誠は葉子が活躍したにも拘わらず残念だった事を是非とも口に出したくてうずうずしていた。
「・・葉子さあ、あれって、僕は本当に負けたってのが信じられないんだな・・若し、あの相手も連続得点が無ければ、つまり、そう言っちゃ悪いけれど、サーブのミスで相手方にサーブ権が移って連続得点が始まったんだけれど、此方はレシーブも不可能なくらいの強烈なサーブが、丁度、レシーバーがいないところとか、かなり難しいポイントに正確に、まあ、偶々かも知れないけれど・・其れから、やっとサーブ権が移っても、また・・流石に追いつけなかったのは・・まあ、東京オリンピックの、「東洋の魔女」では無いんだから、いや、あれだって運が良い事もあったし、回転レシーブの凄さで‥あれは・・中学生じゃ無理だからね・・」
 口角泡を飛ばしではないが・・長い台詞に葉子は誠が何を言いたいのかは理解できたのだが、其れよりも応援してくれ、よく細かいところ迄見ていてくれて、最後は、悔しい・惜しい・で締めた事に感謝したいと思った。
 葉子はそのお返しでは無いが、真面目に誠のゲームが楽しみだと思った。
「・・有難う・・其れで・・まだ、誠は準決勝・決勝ってあるじゃない。応援、楽しみだな・・ひょっとしたら・・何て・・考えるもんな・・」
 誠はその言葉を嬉しく受け止めたが、葉子が思ったよりも敗戦に拘りが無かったのが何よりだと思った。
 野球部は準決勝戦を快勝したが、決勝はトーナメントの運で、最後の最後に最も強豪高と争う事になった。運命はまたしても・・徒(いたずら)なのか・・、強豪は末広中・・。
 今度は葉子が応援をする番だ、その準決勝が終わった後に公園まで二人で歩いた。
 薄い陽が傾いてきた中央公園で、二人が何を語ったかは言うまでもない。翌日の決勝ゲーム。天候は快晴の予報。
 誠は葉子が何を考えているのだろうかと考える。
 明日の相手は、幼馴染の茂雄がピッチャーの優勝の経験が何回かある末広中。対する此方は受験校で部員は九人しかいない。
 誠は、ゲームの結果の事もさることながら、両校の人間模様におかしな・・。
 葉子・自分・そして・・茂雄。皆、幼馴染で気心は知れている。
 思い出した。
 葉子は、何時も誠が好きな相手でいてくれた。
 長い間の事だからいろいろな事があった。
 葉子も自分の事を気に入ってくれている、だから、一緒にこの学校に入学した。
 幼い頃だったが、一度、葉子が怒った事があった。
 誠は、特にガキ大将では無く大人しい方だったが、当時流行っていたメンコで誠が一番になった時だった。
 誠は、何も意図した訳では無かったのだが、大層喜んでくれると思っていた葉子が、負けた茂雄を慰めている。
 其の時、ひょっとしたら、葉子は・・茂雄の事が好きなのでは・・?と思った。
 そういう事は、一回だけだったが、何故か記憶に残っている。
 今、目の前にいる葉子は、相手のピッチャーが茂雄だという事をよく知っている。
 小学校の時に、町内の子供会のソフトボール大会があった。
 ティームは、誠以外は全員学区の小学校である安西小学校のメンバーだった。
 ゲームは負け試合だったが、茂雄が学校では人気があったようで、ピッチャーだった。
 敵は更に追加得点のチャンスを迎えて、安西小学校では有名らしい大柄なホームランバッターがボックスに立った。
 メンバーがとやかく言いだしもしないのに、茂雄は誠にピッチャーをやってくれと言った。突然の事で、学校は違うし、近所の子供では無い連中が多かったから・・其れでも代わって、ホームランバッターを三振に撃ち取った。
 町内の大会に出たのは其れきりだったが、そんな事が印象に残っている。
 誠が、我に返ったように葉子に。
「・・強豪末広、部員は多いし・・ピッチャーは茂雄・・此方は優勝経験は無いし九人・・どう思う・・?」
 葉子は、誠のバッグをベンチに座っている自分の膝に移すと、バッグにぶる下がっている幾つかのキーフォルダーを手に取るように。
「・・ねえ、此れ、皆、誠の事、お願いして彼方此方で買ったものだけれど・・此れ、もう一つ追加。明日のゲーム・・頑張ってねって・・私からのお願い・・分かった・・?」
 葉子はそう言いながら、自分のバッグから既に取り出しているキーフォルダーを輪にしてから取り付けた。
 誠が、ああ、有難う・・と、言った時、更に。
「末広って・・私達も末広学区なんだから、実力は同じなんじゃない?だって、今年の模試でも末広とうちはせっているじゃない?年によっては、そういう事もあるだろうけれど、やっぱり、王者はうちの学校でも・・そのために入ったのだから・・頑張らなきゃ・・ね?誠は7月の生まれだから、暑い夏は好きだってよく言っているじゃない・・」
 誠は、葉子の笑顔に答えるように笑った。
「・・ねえ、此処まで来たんだから、上手くいけば・・いけばよ・・若し、勝てたら・・誠さあ、もう一つの線も考えたら・・?」
 誠は、突然、葉子が何を言い出したのかは理解できた。勉学・お笑い、そして野球に掛けるつもりは無いかという事だと。
「・・うん?そんなにオールマイティーじゃないからさあ・・でも、そう言ってくれる事は嬉しいよ・・とっても・・でも、高校の野球は軟式じゃ無く硬式だからまた違うしね・・其れに、明日は明日の風が吹くで・・どうなるか・・?」




 決勝戦が始まった。決勝戦だけは市営の球場が使用された。何時もより広い球場が出迎えてくれたが、果たして・・。
 内野スタンドは、一塁・三塁共、満員とはいかないまでも、生徒で賑わっている。
 級友や、そして、葉子の姿もハッキリ見えた。
 快晴で多少水を撒いた。夏の強い日差しがすぐにグランドを乾かしてくれた。試合は思いのほか接戦になっていた。
 双方のピッチャーの調子は暑さにもめげず、快調に五回まで無得点のまま、六回の表に進んでいる。
 相手の末広中学は模試でも五分に検討していた様に、今年の三年は頭の良い連中が揃っている。野球と頭も関係があり、特にピッチャーやキャッチャーの配球・コントロールの正確さ・バッターの特徴の読みを始め野手の判断も勝敗を分ける原因となる。
 今は、相手の攻撃だから此方の投手の出来と相手の打撃が何処でチャンスを掴むかに掛かっている。
 先頭バッターの当たりは三遊間を抜けたように思えたが、ショートの誠は奪取が早かったから、ギリギリで球に追い付き、一塁へ。
 よくある事だが、ホッとした後に案外の事が来る場合もある。
 夏の太陽は容赦なく球児を灼熱地獄に陥れる。
 突然、ピッチャーのコントールが乱れると連続フォアボールを出した。
 ランナー一・二塁で、更にクリンアップの中心、四番バッターの登場だ。
 余裕の様子でバッターボックスに入るバッター。
 片や、若干、バテ気味のピッチャー。
 両監督からサインが出る。
 誠はサインを見なくても分かる、当然、またとないチャンスで、相手の監督は、バッターに「行け・思い切り振り抜けだろう・・」
 案の定、一球目は大ぶりの空振り。
 此処で、バッテリーの判断は・・。
 二球目はボール。
 三球目もボール。
 何と、四球目も・・ボール。
 ピッチャーは噴き出る汗を袖でぬぐうと、構えて投げた。
 カウントはスリー・ワン。
 此処で勝負しなければという事は、バッテリーの判断だが、満塁策を選ぶか、次の五番に回る。 
 当然、バッターは次の球を良く見極めてから、思い切り振るだろう。
 バッテリーは勝負に出た。
 ストレートのややインコースの低め、スピードはあったが・・。
 ストライクギリギリと読んだバッターのバットは低めを思い切りすくい上げるようにフルスイング。
 快音と共に、引っ張った打球はレフトの頭上を抜け野手が捕球に走る間に、ランナーは二人ホームイン。バッターは三塁に。
 少し、疲れたようなピッチャーにキャッチャーが近寄り励ます。
 まだ、水分の補給が叫ばれていない当時の事。バテが早く来る。
 袖で汗を拭うピッチャーが、モーションから構える。
 投げた球には威力が見られなかった。
 五番は甘く入ってしまった球をフルスイング。
 球は、またもやセンターに点々と転がっていく。
 続くバッターにもフォア。
 3点、ワンナウト、ランナー一・二塁。
 三塁側の内野席の葉子を始め級友の姿が暑さで揺れて見える。
 味方の応援の声が・・。
 だが、一塁側からは、更に大きな声での声援が・・。
 カウント3・1からフォアボール。
 此処で、監督が動いた。
 ピッチャーは完全にバテている。
 交代。
 で、交代はショート。
 ピッチャーが一塁に、一塁がショートに。
 ショートと言えば、誠。
 誠は普段からピッチャーの経験はあったが、思い出したのは父に言われた言葉。
「お前、投げ方が変わっているな・・」
 



 誠がモーションから・・。
 7番が打った球は代わったばかりのショートに強烈なライナー。
 ショートが正面より二塁寄りで捕球。よく言われている様に、代わったところに球はいく。
 あと一人、の人差し指が守備の選手に送られる。
 続く8番バッターはフルカウントから二塁ゴロで、一塁ランナーは早めのスタートを切ったが、球の転がった先が悪く、フォースアウト。
 長かった六回が終わり、攻撃は陣を組んで掛け声一発。
 七回以降は誠が押さえている。
 逆に相手側が少しバテ気味だ。
 単発のヒットやフォアボールは出ても、後が繋がらない。
 結局3点リードされたまま、最終回を迎えた。
 もう、誰が見ても此方の負けだと思った。
 



 スタンドからの最後の応援の声が聞こえる。
 葉子は胸の中で何とか無事終わる事を願っていた。
  突然、ピッチャーが汗を拭(ぬぐ)ったまま、動かなくなった。
 かなりの温度だが、条件は両者に平等だ。
 振りかぶって一球目。
 いきなり、先頭バッターがセンター前ヒットで塁に出る。
 更に、コントールを見出したピッチャーの球は制球難。
 まさかの連続フォアボール。
 ゲームは何が起きるか分からない・・。
 此れで満塁。
 続くバッターの当たりは、惜しくもショート真正面で、ランナーは慌てて戻る。
 ワンアウトの後のバッター、フルカウントから思い切り振り切ったが空を切る。
 ツーアウト。もう、誰もが可能性の方を考えた。
 3対0
 Lastバッターは、四番誠だった。
 葉子は誠の運を信じた。
 バッターボックスに入った誠が、タイムを掛け、一度外す。
 目にゴミが入った様な仕種で、暫く、再びバッターボックスに。
 ピッチャーは早めにと勝負を望んでいる。
 もう、体力は・・暑さで・・早めに打ち取るのみ・・。
 初球。
 ピッチャーの球は・・?
 いきなり・・すっぽ抜けたような球が・・。
 ど真ん中だが低めにスローで侵入してくる・・。
 疲労度の勝負だ。
 誠も、ピッチャーに交代してから・・。
 暑さと疲労・・。
 だが、夏は得意な7月生まれ。
 思い切り振ったバットの快音。
 引っ張った打球は・・レフトに向かっていく・・。
 すくい上げて・・高過ぎる・・レフトが追い掛ける・・レフトフライか・・。
 フェンス際まで走る・・。
 衆目はフェンス・・。
 僅かに、フェンスの上を・・。
 逆転満塁打。
 何方も唖然としている。
 目を擦りながら塁を廻っていく誠。
 ベースが良く見えない。
 踏み忘れたら・・だけが・・頭に・・。
  まさかの逆転に両校の選手もスタンドも・・一瞬遅れて・・湧き上がった。
 片や、口パク、片や、溜息から・・声になっている。
 ホームベースを踏んでから、本当だったのかとレフトを見る誠。
 試合終了。
 両校メンバーが向かい合って礼・・。
 高校野球のようには、歓声は聞こえない・・。
 其れよりも、両校の選手は、水道に駆け寄り、水を頭から掛け、水を飲む者・・口に含む者・・まだこの当時は、水を飲む事は容易では無かった。

 


 翌日、葉子が誠とカフェで話をしている。
 葉子が日焼けした誠の顔を見て笑った。
「前と後ろが見分けがつかない程、よく焦げている・・ね。其れで、誠さあ、野球っていう線も出て来たって・・勉強もいいけれどさあ・・考えてみれば・・」
 誠は首を横に振る。
「駄目・・父から言われていた言葉・・お前の投げ方は変わっているなあ・・意味分かる・・?」
 今度は葉子が首を傾げる。
 誠が、小声で。
「・・あれ・・もう限界だったんだ・・変わっているっていうのは・・肩から力だけで投げているって事・・要は・・肘や・・手首の回転が足りないから・・肩にもろに負担が掛かり、此のままやっていたら・・お釈迦・・って事」
 二人は、此れから夏が終われば、入試の勉強が待っている。
 今度は、思う存分其方で頑張る事になる。
 葉子が誠の肩を心配そうに見てから。
「・・うん?お笑いは?・・まあ、後でもどうにかなるか・・?勉強なら肩は使わないから・・大丈夫ってか・・?」
 立ち上がった葉子が軽く誠の肩をポンと・・。
「痛!つー・・そこんところ・・よ・ろ・し・く・・って」
 葉子が笑いながら。
「お笑いは、やっぱり、後で良さそうね・・」

 

Les Saisons des Deux 邦題 二人のシーズン

中学野球部の試合を一部実況した、男女学生の・・将来どうなるのかな・・?

Les Saisons des Deux 邦題 二人のシーズン

中学野球部の試合を一部実況した、男女学生の・・将来どうなるのかな・・? 白熱した試合の模様・・! 将来は、何になろうかな?あれもこれも・・やってみたいが・・どうしようか? やはり・・此れしきゃないか・・? そうよ・・お笑いも野球も良いけれど・・あとは・・勉強?じゃあ、頑張ろう・・!

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-29

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