教室物語

教室物語

国立大学付属中学でのお話。

白黒TVが出始めたのは今田勝男が幼稚園の頃、家には早速備え付けられていたが、近所ではまだ普及しておらず、斜め前の駄菓子屋の店先に置かれたTVの周りに長椅子が幾つか設けられていて、住民は夕方など其処に来ては見ていた姿を思い出す。
 NEC社製14インチで初代の此れはかなり長持ちをした。中にはニ、三年位で故障・買い替えという事もあった。此の六、七年後の東京オリンピックの時には高度経済成長の時期で、此の番組を見たいという事で何処の家でもブラウン管の前で楽しむ姿が見られた。東名高速や新幹線なども此れに間に合うように造られ、正に一番此の国にとって勢いがあった時代では無いだろうか。
 新聞にオリンピックの予定表が挟み込まれていて、此れを襖などに貼って見たい種目を見た。
 オリンピックの映画はあまり評判が良く無かったが、此れは、一般庶民は記録映画として見直したかったのだが、監督市川昆は感性を重視して所謂記録では無く、映画として作成したからだ。更に四年後には大阪万博も開かれ、此の国にとっては世界に此の国ありと自慢できたようだ。


 話は飛ぶが、NHKの大河ドラマが始まったのも其れの一年前だと思う。勝男の家では第二回目の「赤穂浪士」が一番楽しく家族で見れたという。配役も良かったが、主役だけでなく脇役の宇野重吉扮する雲の甚十郎は良かったと。当然ながら討ち入りの時の記録だと思うが、大河ドラマ史上最高の53%(TVを見ている家々の半分が見た事になる。)という一番の高視聴率を上げた。水戸黄門にしてもしかりだが、此の国の国民には定番受けするストーリーで、此方は実際に起きた事件を取り上げたものだから、余計に真実味があったのだろう。
 当時の深夜バラエティーの夢で逢いましょうでデビューしたり、人気者になった役者のひとりが寅さんの渥美清。連続ドラマのバス通り裏では十朱美千代・岩下志摩などが人気者になった。
 勝男は次第にTVは見なくなったが、それ以前に勝男の母は市川雷蔵のファンクラブに入った事があり、近くの小さな映画館に日参した事もあったから、勝男も此れには驚いたらしい。
 映画館も多いに人気があった時代で、大きな映画館で勝男も高校生くらいまではいろいろなものを見たが、クラスの男女三人くらいで見に行ったサウンドオブミュージックの記憶が残っている。
 後で考えてみたら、勝男以外の二人の男女は小学校の教師になった。更に面白いのは、女性の方は勝男の高校の同期の男性と職場結婚した事。勝男の父も教師であったから、同じ学校に勤めた事があり、其の父が帰って来て、「あの、・・君、仕事が面白くてしょうがないって言ってるよ、お前の小・中学校の同級生の女性と結婚するらしいよ」といった事を覚えているという。
 日本が一番活気があり、且つやっと戦争の記憶から逃れ、穏やかな毎日を過ごせる古き良き時代であった。
 映画館は東宝・日活・東映・大映・松竹・オリオン座などがあり、オリオン座で洋画を放映した以外は、皆邦画で、東宝はゴジラを代表とする特撮ものや加山雄三の若大将series、東映は時代劇・やくざ者など・山口組をモデルにし、菅原文太などが人気があったようだ。
 大映は若尾文子などが時代物から現代ものまで。松竹は表の大きな看板がシスレーの有名な絵だったから今でも覚えているようだ。小津安二郎など現代もの。オリオン座は007などあらゆる洋画で、これ以外に一回り小さな映画館が各所にあったようだ。現在は人口70万都市だが、徳川家康が幼少時代に今川義元に人質に取られたり隠居した駿府城がある。
 



 勝男が進学して上京するまでは此の町で過ごしたようだ。勝男は勉強は人並み以上だったらしいから、18歳まで何不自由なく育ったという。
 日本一温暖な気候で、絶対に雪は降らず、一番深い駿河湾もあり、新鮮な海の幸や蜜柑・茶が名産。人柄は勝男曰く、のんびりし過ぎていて大物は出ないという。


 此れでは小説にはならないので、此処から勝男が主人公のお話を始めようと思ったが、なかなか浮かばない。そうだ、勝男の恋愛はどうだったか、好きだと意識した女性は小学校から高校までいたらしいが、交際をした事は無かったらしい。今の高校生ともなれば、いや、中学生でも怪しげな事をやっているというが、其の当時はそんな事も無く、小学校時代は一人に好かれたが付き合いは無かった、更に中学時代は好きな女性がいたのだが、全く相手にされず、学年の誰もが同じ様に振られたらしい。その子の家はJRに三十分くらい乗った所にあったのだが、色が白くてかわいい子だった。只、性格はきついようで、何か人を寄せ付けないところがあったという。其れだから、勝男は何とか女性と付き合いたいと思ったらしい。というのも高校はhigh gradeで勉強中心の様だったから、今のうちにと考えた。実は、もう一人美人がいて、この女性は背もスラっとして如何にも良いうちのお嬢さんの様だった。少し日本人離れした顔付だったから、ハーフの様にも思えた。同じクラスになった時には何とか近付きたいと思ったのだが、隙が無い。学年は三クラスあり、そのうち同じクラスだったのだが、手紙を書いた事があった。とはいっても短いものだったが。返事を待ち望んでいながら、失望感への不安もあった。果たして結果や如何に。クラス担任は社会の教師で実に面白い変わった人だった。授業中に忍者の話に変わってしまう。其れだけでは無く、其の話が面白いから、聞き惚れてしまう。どうしてこんなにも面白い話が即席でつくれるのか不思議だった。社会の教師とは皆、こういう才能があるのではないかと勝男をして謂わしめたようだ。だいたい、時間中はその方が長いから、教科書などいらない。何時の間にか忍者になったり武者になったり、鎖鎌が刀に巻き付き武士と忍者の双方は互角の戦いとなった。双方の戦いもさることながら、突然武者は実は有名な武将だったりする。其処からが又面白い。息も抜けないくらい、少しも聞き漏らさないようにと。そして、何時の間にか教科書に出て来そうな武者や甲賀や伊賀者であったりする。配役は男性ばかりでは無い。女性も登場する。此れが又綺麗な姫君だから、参ってしまう。其処からは戦いだけでなく恋愛も絡んで物語は佳境に入っていく。あわや、其の結末は如何に・・、というところで「此の続きは次回・・また・・」と来るから、「ああ・・」とクラスメイトから溜息が出る。勝男は其の話に登場する姫君が何となく、すぐ近くにいる美女では無いかと思うようになった。そうだ、絶対其れしきゃ無い。何となく勝男の胸中には憧れと愛の念が共存するようになった。其処へ持って来て、教師の、赤塚という名だったらしいが。忍者はからくり扉から現れたり、天井の桟に器用にしがみついたり、手裏剣は空を切りながら回転して武者を狙う。
 武者も教科書に出てくるようなレベルであるから、刀で手裏剣を弾き飛ばす時、火花が散り金属音がリアルだ。教室が舞台だからそんなに大勢の援軍は登場しない。やはり、最強忍者と武者との一騎打ちが見せ場だ。其処にお待たせしました、姫君が登場すると、何方が悪役なのか分からなくなるほど、結構な正義と正義の様になる。何方も一流であるから、せこい真似はしない。其れでは姫君を巡っての争奪戦か?忍者は教室狭しと飛び回り、武者は素早く移動をして隙を見て切りかかるが忍者は小刀を逆手に構えて受ける、其の音が凄い。何とも言われぬ間の取り方やその場の空気やピンとする様な緊張が、聞いている者をバーチャルな世界に誘い込む。其の時、姫君に危機が、新たな悪代官がいきなり登場すると、姫君をさらおうとする。勝男は思わずクラスの彼女の身はどうなのかと錯覚してしまう。其処は互いに秀でた忍者と武者だ。戦いながらもすり寄っていき、姫君を守って悪代官を一刀のもとに切って捨てる。
 「はい、此処まで、次回を・・」。また、誰からともなく、「ああ」とため息が漏れる。
 ところでその場合のクラスの姫君は如何かと気を揉むのだが、優雅な風情は其のままで、また、最後に笑った顔が素晴らしい。
 



 結局、三年が終了する頃まで手紙の返事は聞けず、赤塚教師の物語も余韻を残して終わる。


 勝男は、時間の経過と共に次第に彼女の存在は自分だけのものでは無い様な気がしてきた。
 クラスの皆から好かれている美女から、振られたからといって、捨て鉢になる様な気にはなれなかった。一つだけ、残念だったのは、美女は如何にもお嬢様用の女学校に進み、勝男達は進学校に進む事になったから、会う事は無いか。美女の家は此の町では無い。勝男の中学は国立だから学区で無い所からも来ている。離れ離れになるのは寂しいが、其々の事情もあり、やむを得ない処となった。


 卒業式の日、体育館に整列している生徒の前には担任達が並んでいる。どの顔も懐かしいが、赤塚教師は二度と忘れられない。


 蛍の光が流れる中、拍手の中を教師達が次々にお辞儀をしていく。拍手をしながら勝男が横を向いたら美女も同じ様に拍手をしながら、初めて勝男の目を見た。


 若さは無限の可能性を持っている、そう教えてくれたのは赤塚教師を始めとするお世話になった教師達。そして、夏目漱石の坊ちゃんに出てきそうな美女は体育館から出ようとして、立ち止まると、振り返って白い歯をキラッと光らせると微笑んだ。其れで、勝男は何もかも分かった様な気がした。

教室物語

中学生向け児童書。

教室物語

中学でのいろいろな出来事・・。 どうして、社会の授業に、「忍者・姫・武士・悪代官」が出て来るの? 幾ら面白くても、学生時代は一度しか無い。不登校もいいけれど・・学校も面白い・・時代だったかな・・? ああ、そうだ・・少し気になったクラスの女性の事は・・卒業式での最後に・・どうなった・・?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-29

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