君ちゃんの入院

君ちゃんの入院

児童書。

君ちゃんはお母さんと二人暮らしだった。
 でも今は一人だ。
 
学校には仲の良い友達がいた。
 授業が終わると、下駄箱で靴と内履きを履き替え、校門迄皆で駆けて行く。
 舗道に出ると、まるで子犬がじゃれ合う様に戯れながら、家までの道を歩いては立ち止まり、その日の話題を話しては、また歩き出す。
 家に着いたら、お母さんに宿題を済ませる様に言われているから、大急ぎで宿題を済ませ、友達と待ち合わせをした児童公園に向かう。
 ある時は買って貰ったおもちゃを手に、ある時は予め皆で示し合わせた遊び道具を持っていく事もある。
 でも、そんな物が無くたって、集まれば遊びのアイディアが浮かんでくる。
 お話をするだけで自分達の世界に入り込み、飛び跳ねているうちに公園はワンダーランドに変わる。
 
 そんなある日、やって来たのは、悪い知らせだった。
 君ちゃんは、お母さんと一緒に町の病院に行った。
 骨や関節の痛みが続いたり、熱が出たり下がったりしたから。
 医者は診断の結果、お母さんに白血病の疑いが強い、白血球に異常がみられると話した。
 大きな病院に入院する事になった。
 車で大分走った所にある大学病院が近付いて来ると、君ちゃんの頭の中には友達の顔が次々に浮かんだ。
 病室の外には君ちゃんの名前が貼られている。
 一人部屋だから、そんなに広くは無い壁際にベッドが置かれている。
 お母さんが毎日の様に様子を見に来てくれる。
 お母さんはパートで働いているから、仕事が終わってから夕方やって来るのだ。
 ベッドの横に座って、君ちゃんの顔を眺めるのだが、お母さんは何時も笑顔を絶やさないから、「母さんは元気だからいいよね」と君ちゃんも笑顔になる。
 お母さんは、今日はこんな事があったと、表情豊かに面白そうな話をしてくれる。
 時々は友達の名前も登場するから、そういう時は君ちゃんは聞き耳を立てる様にして一言も聞き漏らさない。
 そうするとお母さんは其れを見てまた笑うから、君ちゃんも頬が緩む。
 君ちゃんが幼い頃にお父さんは亡くなった。君ちゃんもお母さんもその時は泣いた、だって、優しかったお父さんの姿を浮かべると、悲しくなったから仕方が無い。
 でも、何日かするとお母さんは泣かなくなったから、君ちゃんも泣くのはやめた。
 今日の昼間に、君ちゃんがトイレに行った時、廊下で何処かの子供達と会った。
 部屋が違うから詳しい事は分からないが、何人もいるようだ。
 皆、何処か身体が悪くて此の病院に来ているんだろうと思ったが、そういう話はしないで、遊びやTV番組の話になったりする。
 皆で話に夢中になっていると、時間はすぐに経ってしまって、制服を着た女の人が「お部屋に戻ってね」と言って来るから、皆「じゃあね」と手を上げて、自分の部屋に戻って行く。
 お母さんはそんな君ちゃんを見ても何も言わないが、ひょっとしたら自分と同じ病気かななんて思ったりもするが、良く分からない。
 何時の間にかその子達と名前で呼ぶようになった。
「君ちゃん」「友香ちゃん」「美紀ちゃん」「哲ちゃん」、まだ他にもいる。
 廊下で立ち話をしたり、ソファがある所で話をするのだが、会っている時間はそんなに長くは無くても、一日の内で、退屈な時間に穴が開いたように、楽しくなる。
 君ちゃんが、毎日そんな事をしている内に、誰かが何か病気の名前の様な言葉を口に出した事があった。
 病気の名前なんて分からないけれど、「何か、私とは違うみたい」と思った。
 今日は、お母さんが学校の友達の話を持って来てくれた。
「はい、此れ皆から預かってきたの」と言って、友達の名前と銘々が話をしたい事を書いた四角な紙を見せてくれた。
「君ちゃんが居ないと詰まらないから、早く帰って来てね」
 君ちゃんの頭の中には、学校や公園の景色などが次々に浮かんで来たから、思わず呟いた。「・・皆と遊びたいな。早く元気にならなくちゃね・・」
 お母さんは其の紙をベッドの脇の机の中にしまいながら、「ねえ、お食事はどう?何か食べたい物があれば、今度持ってくるよ」と言ったから、「うん、あんまり・・」と横向きになっているお母さんの顔を見てから、「でも、お腹も空かないから・・」。

 病院にはお母さんが面会出来る時間というものがあるようだ。
 お母さんが帰る前には、部屋の外のスピーカーの様なものから、女の人の声が聞こえて来る。「当病院の・・時間です・・」
 お母さんは椅子から立ち上がって毎日同じ事を言う。「君ちゃん、また明日も来るから」
 何時なのか時間は分からないが、眠くなって来る事もあるし、部屋の窓の外は真っ暗だ。
「お母さん。今から帰って食べるの?遅いからお腹が空かない?」
「大丈夫だよ。まだ遅い時間じゃ無いから、大人が食べるには丁度いいんだよ」
 君ちゃんはお母さんの後ろ姿が廊下に消えた後、ベッドの上で寝返りを打って反対側の窓の方を向く。
 窓の下の方に止まっていたお母さんの乗ったバスが、駅へ走り出していく音がする。
 一人になるとやる事も無いし、次第に眠くなって来る。
 今の所、夢はあまり見ない。
 次の日だけれど窓の外が明るくなっても、何となく家にいた頃の明るさと違う様な気がする。
 今日も美紀ちゃん達と会った。
 何時も来る子が一人、今日はいないのに気が付いた。
 気のせいか、何か理由があって来れないのかも知れないと思った。
 部屋が違うようだから、美紀ちゃんも知らない様だ。
 学校の友達は転校でもしなければいなくなる事は無い。
 次の日に美紀ちゃん達と会った時、誰かが言った。「あの子、退院って言って、病院にいなくても良くなったから、家に帰ったらしい」
君ちゃんも美紀ちゃんも思った。「そうか、元気になったからなんだ」
 其れから暫くして、又、一人いなくなった。
 新しく入って来る子もいたが、仲良くなったと思ったら、自分より先にいなくなる。
 そして、今日は美紀ちゃんが来ない。
 誰かが言っていたのを思い出した。
「病気によって、廊下が違ったり、階が違ったりする。病気が違えば、退院も
違うんだよ」
 美紀ちゃんも家に帰ったんだと思ったら、少し寂しくなったけれど、仕方ないなと思った。
 君ちゃんは、周りの子が次々に退院していくのに取り残されていく寂しさと不安を感じた。
 お母さんが来た時に、其の話をしたら、「君ちゃんもそうなるよ」と言って何時もと同じ笑顔が。

 何時もの様に皆で話をしてから、部屋に帰る時に気が付いた。
 廊下を歩いて行くと、近くの部屋の外の名前があった所に昨日まであった名札が無くなっている。
 其の部屋にいた子とは、一緒に遊んだ事は無い。
 何か、美紀ちゃん達がいなくなったのとは違う様な気がした。
 部屋に戻ってから、どういう訳かなと考えたが、やはりいなくなったんだから、何か理由があったんだろう。
 その晩、君ちゃんはおかしな夢を見た。
 美紀ちゃん達が、笑いながら手を振っている。
 其れとは場面が変わって別の夢を見た。
 屋根が付いた車が見える。
 確か何処かで見た事がある。
 多分、お父さんの亡くなった時にそんな車を見た。
 車は、長くクラクションを鳴らしてから走って行った。
 夜になって、お母さんが来た時に車の話をした。
 お母さんは一瞬、何時もと違う表情になったけれど、すぐに笑顔に変わり、「そうだったかな?忘れちゃったよ。君ちゃん、疲れて無いかい?」

 君ちゃんの容態は日に日に変わる。
 でも、次第に安定して来た時があった。
 お母さんが医者に呼ばれて夕方で無く、昼間来た時があった。
 部屋では無い所で長い間二人で話をしていたようだ。
 やっと、お母さんが部屋に戻って来た。
 笑顔は何時もと同じだが、何か君ちゃんにはお母さんが考え事をしている様な気がした。
 次の日も、早く来て医者と話をしている。
 部屋に戻って来た時に君ちゃんに言った。「君ちゃん。お家に帰ろう」

 タクシーを呼んで二人で家に向かった。
 家まで長く感じた。
 家に着いたら、お母さんが君ちゃんが好物の料理をテーブルに並べてくれた。
「やはり、病院のとは全然違って美味しい。お母さん有難う」
「そうやって君ちゃんが喜ぶ顔が見れてお母さん嬉しいよ。お父さんには・・食べさせられなかったけれど・・・」

 君ちゃんの此れからを書こうとして・・作者は此処で一旦筆を置く事にする。
 
 間違い無く、君ちゃんの病は良くなるだろう。
 きっと、学校の友達と此れからも仲良くやっていく事だろう。
 幼い子供が、ひどい目に遭うなどという事は無い。
 其れで無かったら・・そう信じたい。


 月はもう浮かんでいて、見渡す限り、その光が地上を覆いつくし、満天の星も周りを取り巻くように瞬いている。この世の光は、二人の家の幾つかの窓から入りこんで、家の中の灯りに溶け込んでいく。恰も灯影が消え去り、ことごとく、静かな夜空の下に、色も形もおぼろげな、ただ明るい空間を、際限もなく広げていた。

君ちゃんの入院

児童書。

君ちゃんの入院

君ちゃんが入院した病院で気が付いた事。お母さんとの対話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-29

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