七色の世界
児童書。
杉田香と牧野早苗は同じ小学校に通う親友、今日も大きな声で笑いながら下校途中だ。
晴れていた学校の帰り道、二人は可笑しな事に遭遇した。
晴れている住宅街の道路を歩いていたら薄いカーテンを引いたような晴れと雨の境界線に出くわしたのだ。
早苗は、「私、こういうの、前におばあちゃんから『馬の尻尾』と言うんだって聞いたことがある」と答えた。
しかも、雨が降っている範囲は虹が掛かったように、順番に七色の世界に分かれているようだ。
香が驚いたように、「まさか?でも、此処から先は青い雨が降っている、周りの景色も青く染まっている」
「そんな?でも、本当だ・・遠くを見ると雨の色が違うみたい」
不思議な事に、違う色の雨の切れ目があるようだ。
二人が歩く毎に薄いカーテンを抜けるように、雨の色が変わっていく。
雨だけでは無い、景色も全て同じ色に染まっている。二人は、暫く七色の雨の世界でじゃれあうように走り回った。
香が満面の笑みをたたえながら言った、「早苗ちゃん、これって本当の世界かな?ほっぺたをつまんで・・痛たた!夢じゃないね」
不思議な事に、二人以外の人達にはこの「七色の世界」は見えない様だ。行き交う車や自転車も何事も無かったように通り過ぎて行く。
一時間も経った頃、夕闇が「七色の世界」にもやって来た。
早苗が、「何だ、もうおしまいか」という間もなく、すべてが薄暗くなりやがて真っ暗になった。もう「七色の世界」の閉店らしい。
「じゃあ、また明日ね」二人は手を振りながら帰途に就いた。
香の家は中町の林を抜けた所にある。
父と香の二人だけ、母は香が小学校に上がる前に亡くなった。だから、朝早く父が会社に出かけ夜遅く帰宅するまでは一人ぼっちだ。母が亡くなった後、とても寂しい日々が続いた。母の写真を見ては、「おかあさん」と呟く事が多かった。一年も経った頃、母は香の心の中で励ましてくれているような気がして来て、次第に寂しさは想い出になった。
友達は早苗だけ、何となくそんな事になった。その代わり早苗とは大の仲良しだ。
香が「二人だけに「七色の世界」が見えたのは、どうしてだろう」などと考えながら林を抜ける時、「こんにちは」という小さな声がした。
毎日通るこの林の一本の木から聞こえるようだ。香はその木の上から下まで視線を移す。
「あれ?」気が付くと、一枚の木の葉からまた声が聞こえた。よく見ると、木の葉の裏から何かが現れた。
「香ちゃん」そう呼びかけながら葉の上にちょこんと乗っかったのは、小さな人間?。
「誰?あなた、小さいけれど人間?」香は思わずそうきいてしまった。
「僕はポロタルという名前、人間では無いよ」おちびが小さな口を開けて言う。
「人間じゃないの、何だろう?でも、かわいいな」香が微笑む。
おちび・・ポロタル・・が、「ねえ、一緒に帰ろうよ」と言いながら、香のランドセルにぴょんと飛び乗った。
「いいよ、どうせ家に帰ってもあたし一人だけだし」
二人・・ではない・・一人とポロタルが、家に帰ったら、自然に家の灯りがついた。香は明るい蛍光灯に照らされたポロタルを、まじまじと見つめた。
「どう考えても人間に見えるけれどな」おもわず香が呟いた。
ポロタルは絨毯の上に立って香を見上げながら言った、「香ちゃん、僕の名前長いから「ポロ」」って呼んで」
香は笑いながら言った、「何か犬みたいだけれど、わかった、これからそう呼ぶね」
それから香の毎日は、ポロと一緒だった。父にはポロが見えないらしい。
何となく、父にはポロの話はしなかった。
ポロは学校にも一緒に行った。でも、先生や生徒には見えないらしい。いや、一人だけ見える生徒を忘れていた、仲良しの早苗だ。
初めてポロと一緒に学校に行った日に、「香ちゃん!その子誰?」早苗がポロを見て驚いて言った。香が早苗に、ポロと出会った時のこと、二人にしかポロは見えない事を説明した。
それから、二人とポロは毎日一緒になって遊んだり、宿題をしたり。
二人にしかポロは見えないというだけで、特に普段の生活に差し障りがあるわけでも何でもない。それどころか、香にとっては家族同然だから、一人の寂しさは何処かに飛んでいった。小学校・中学校・高校と香と早苗は同じ学校に通った、勿論ポロも一緒に。
やがて時が経ち、香も早苗も社会人として働くようになっていた。
それでも、二人とポロは仲良しのまま。
或る日、香が早苗と街にある喫茶店で待ち合わせをした事があった。
香が早苗に真剣な顔つきで言った、「あたし・・好きな人がいるんだけれど、これ早苗だから言うんだけれど」
早苗は驚きもせず、香を励ますように笑顔で言った、「そうなんだ。香が好きな人なら、きっと優しい人・・いい人だろうな」
「それで、結婚するつもりなんだけれど・・」香が早苗に問いかける様に言った。
「いいんじゃないかな、結婚して幸せになるなんて、最高じゃない」と早苗は自分の事のように嬉しそうな顔で言った。
やがて、結婚式の話もまとまり、香は早苗にも見て貰って「ウエディングドレス」を買った。そのウエディングドレスを家に持って帰った。仏壇の「母の写真」に見せたかったのだ。
鏡に映る香のウエディングドレス姿を見て、「母の写真」は微笑んだ。
結婚式の前日、香と早苗がポロと出会った林を通った時、晴れていたのに急に雨が降り出した。晴れと雨の境界線がある。
気が付くと、先は「七色の雨」だ。
早苗が懐かしそうな表情で香に言った、「あら、これ・・あの時と一緒だね」
境界線から中に入ると、「七色の世界」が現れた。
二人で顔を見合わせて笑った。
香は気が付いた。
香がキョロキョロと辺りを見回しながら早苗に、「ポロがいない!」
早苗が、「あれ?あそこにいるのはポロ?」と一枚の葉を指差しながら香に言った。
ポロは一枚の木の葉の上に乗っていたが、「僕は何時でも君達の心の中にいるよ」と言うと、虹が消えるように周りの景色に溶け込んで行った。
二人の前にはもうポロの姿は無かった。
香の結婚式が行われた。勿論早苗も来ている。
早苗が香を祝福しながら言った、「香ちゃん、幸せだね、良かった」
香も頷きながら言った、「七色の雨の日、ポロが来て帰った。そして、私は幸せ。
ポロって、神様・・」
早苗も頷きながら呟いた、「ポロが見てたら祝福してくれただろうな・・」
一瞬、純白のウエディングドレスが虹色に輝いた。
七色の世界
児童書。