Flores reales  邦題 花

Flores reales  邦題 花

ちょっとした恋愛模様。

 電車の中で考えた。昔は企業戦士という言葉があった。競争社会の中で、数々の多難にもめげず働いてきて、現在の自分がある。もうじき、社をやめる事になる。気が付いてみれば、一人。
 子供達は皆独立して核家族化しているから、音信も殆ど不通のようなものだ。妻は十年程前に亡くなった。
 社の少し大きめの机の脇のポールにコートを掛け椅子に座り、ひじ掛けに体重をかけ社内を見回す。過ぎてみれば際立った想い出も無い。
 審査室長と書かれた札の脇に並べられている、未決済と書かれたケースの中から、書類を取り出し目を通す。今は、景気が悪いから、大きな案件は滅多にない。長年やってきた仕事だから、疑問点があれば、担当者を呼び説明して貰う。
 正午過ぎに、白板に行き先を書いてから出掛けた。
 スマフォが振動している。デパートのショーウインドウの前で立ち止まると、画面に浮かんでいる文面を見てから、予定通りメトロに乗る。



 取引先を幾つか回った頃には、街の姿も変わっていた。眩しい程のオレンジ色の夕陽が両側の建物の窓ガラスを舐める様にゆっくりと下がっていく。
「斜陽・・?」
 高層ホテルのレストランの窓際の席を予約しておいた。薄暗い照明に照らされたFloorのエレベーターのドアが開くと、Elevatorの明るい光を背にし、近付いてくる姿が一瞬影になって見えた。
 マスクをした藤村京子が、
「待った?御免なさい」
 とソファに沈み込むように正面に座る。マスクをしていると女性は眼の辺りを化粧しているから美しく見えるものだ。其れでも・・其れが無くたって京子は美しい。
 ナプキンを膝に掛けメニューは何時も通りのようなものをオーダーしてから、京子が背を向けたウエイトレスに声を掛ける。
「ああ、済みません・・其れに此れもお願い」
 特に何か拘りがあったのか、微笑みに笑窪を付け足して緒方明の目に話し掛ける。
「もうじき、あなたの誕生日・・?」
 二人の付き合いは彼是五年以上になる。デパートの紳士服売り場の担当である京子に明が話し掛けたのがきっかけで知り合った。
 其れから何度かデパートに買い物に行く毎に、二人の付き合いは歩きだした。
 京子は三十代末、明は五十半ばを超えている。明は人から・・社員からも、年齢は十程若く見られると言われるが、だから何だと思う・・。
 ワイングラス越しに京子の姿が映っている、美しい。デパートでも彼方此方から誘いがあるようで、上司にも声を掛けれているという。
 二人が付き合っている事は誰も知らない。強いて言えば、レストランのウエイトレスくらいだが・・其れだって交代があるだろう。
 二人は都内のマンションに住んでいるから、当然、マンションで会う事もあるが、殆どは京子のマンションが多く、管理人にも何度か顔を見られている。
「どう?気に入った男性は見つかったかい?」
 小皿に明の料理をとりながら、
「また、それ?どうして私の事ばかり気を使うの?」
 と、明が、口籠った様に、
「君ほどの女性をほうっておく男性はいないだろうと思って・・。でも事実、デパートの花なんだろうから」
 長い付き合いなのに、この様な会話をする事は普通では無いのかも知れない。お互いの性格もよく理解しているのだし、二人の姿を見てありきたりのcoupleではと思わない者はいないのかも知れない。
 グラスの中で揺れ動くワインの残りを飲み干すと、京子が、
「ねえ、もう、五年以上になるんじゃない?」
 と、明が何かを憚(はばか)る様に、
「そうだね。君と二人でいれば時間など忘れてしまいそうだから・・ああ、いや、事実・・そうなるかな・・?」
 と、語尾が消え入る様に・・。
 明が入院した事があったが、そんな時も京子が見舞いに来てくれた。明も年齢と共に身体を壊す事が何回かあったのだが、社の連中も一度は来てくれたが・・京子はその度に日参してくれた。
 明は、姿形だけでない・・心音が優し過ぎるような・・美しさを京子に感じる。其れが、却って、勇気が持てないという拘(こだわ)りになっていると感じてしまう・・言ってみれば・・意気地(いくじ)の無さ。
 自分には到底高値の花だと・・。その癖、ずるずると五年以上も付き合っていていいんだろうか・・と自問自答を繰り返しながら、都度(つど)、自戒の念が頭を出す・・。
「私の事、気を使ってくれるのは有難いのですけれど、私は、貴方用の花瓶の花ではないのよ・・?」
 そんな時、明は何時も同じ抗弁を・・。
「・・其れはもっともでも、僕と君は歳も離れているし、僕は、徒(いたずら)に経験が多いというだけで、此れといった長所は無い、勿論二枚目でも無い。であれば、君のような周りが放っておかない女性にはどうだろうと思う・・」
 どうも・・言(げん)と動(どう)に矛盾があり、歯切れの悪さだけが目立つ男だと・・其れは理解できているのだが・・。
「私が、他の男性に誘われ彼方此方飲みに行ったりするのが気になるの?其れが、あなたがある意味で妬んでいたりしているのなら、却って嬉しく思うけれど、そうは思えないわ。寧ろ、私にお似合いの男性を探した方が良いと言っている様に聞こえる。どうしてなんだろうと私は思うわ・・?」
 明は、至極当然だと暫く黙っていたが、まるでレフリーであれとばかりに、ウエイトレスを呼ぶ。明は自分のワインの銘柄を変えてから、京子には何か違うものでもオーダーしたらと勧める。
 京子は言われた通りメニューに目を送る程度で、やはり同じもので良いと言う。
「偶には、違う銘柄でも味わってみたいから・・」
 ととってつけた様に言うが、そのfollowも優し過ぎるように思えるが・・。
 ワインはとても美味(おい)しく感じられた。明は京子の顔色を窺うようにポツンと瞳を見つめたら、微笑みを返してくれる。
 そういう京子を見る度に胸が痛くなる。そのうち別れを切り出さなくてはならないだろうなど思うのは・・また。妄想の世界で・・全く逆な筈だ。此れでは・・何時かは斬り捨てられるのが常道というもの・・。



 明が、社内の人間から結婚式に招待されたことがあった。披露宴中にスピーチも頼まれていた。新郎新婦とも社内の人間だったから、お決まりのスピーチをしながらも、頭の中では、京子も何時の日にか誰かとこの様になるのかとの考えが浮かんでいる。
 お似合いのcoupleが、一瞬京子と新郎の姿に摺り替わっている。幸せそうな二人を見て、若さとは素晴らしいものだと思った。
 と同時に考えた。手負いの動物が群れから離れていくという事を。
 デパートに寄った時に、売り場に行く途中で京子が背の高い男性と話し合っているのに気付いた。結婚式の事が思い出された。
 その場から離れていきながら、何か其の光景は道理に叶っているかのような気もして、社に戻ってから難しい案件について相談に来た部下と久し振りに熱心に話し合っている内に、何某かのもやもやが晴れてきた様な気がした。
 久し振りの大口の案件であったから、其れなりの手間を要するようになった。取締役会の意見もあり、暫く地方に出張する事になった。
 不景気だけに大きな収益に繋がる此の一件を上手く処理する事が上出来というもの・・。メンバーは営業が中心だから、其の幹部と担当者、其れに管理部門から明が加わり、製造工場の見学から製品に関する説明を中心に話し合いがされた。
 予(あらかじ)め、審査に関する資産や興信所の調査書類などは取得してあったが、興信所の調査や評価点数などはほぼ宛にはならない。
 やはり、実際に目で見て判断するしかない。財務書類も既に受理してはいたが、この手の書類も何種類か作成される事が多い。
 例えば、金融機関用に・税務対策用に・取引相手用になどと。個人なら、信販系・銀行系・消費者金融系のネガ・ポジデータをパソコンで見る事はできるが、法人相手では、殆ど役に立たない。
 出張が終わってから、帰社し再び慎重に決裁内容を確認する。社長の言(「ゲン」漢音 (新しく伝わった読み)「ゴン」呉音 (古く伝わった読み)どちらでも。)では無いが、
「審査部門の長はあまり太っ腹な人間には任せられない。少しくらい慎重すぎるくらいの方が適している」。
 勿論、案件の金額が少額のものは、パターン化されていてスピーディーに処理されるのだが。
 案件は決済された。ネガ(否定的な)材料は見当たらなかった。明としてはこの案件くらいが、おそらく在籍中の最期の大きなものだったなど思う。





 京子とのメールの交信はあったが、決済が終了するまでは、殆ど、簡単な「仕事中だから」という返信で済まさざるを得なかった。
 久し振りにデパートに行く事があった。売り場には京子の姿は見られなかった。デパートも不景気で閉鎖や縮小・合併などが多い。
 メールは、他の店に応援に行っているとの返信だった。前の様に「待ち合わせをして・・」と言う文面は送られてこなかった。
 新しい部署で忙しいのかも知れないし、いろいろな事情があってもおかしくは無い。其れに、何より彼女はデパートでも花なのだからという気持ちがある意味でおかしな心配を払拭してくれた。
 次第に、メールの交信が少なくなってきた。明にとって、其れがどういう事なのかという事を知るまでに時間は掛からなかった。
 仕事中出掛けている時に、偶然、京子の姿を見かけた事があった。デパートの休みは定休日と個人の交代休だが、その日は定休日だった。人混みの中を歩いているのは京子だけでは無く隣には男性の姿・・。



 明は、それから、いろいろな事を考えてみた。此のまま、自分との付き合いが終わってしまうのか。其れは、決して悪い事ともいえない。
 しかし、彼女の想い出は尽きない。哀しみとして感じる事もある。だが、彼女の事を思えば、何が良いのかは分からない。
 応援に行く前の売り場に立ち寄った。以前の記憶が蘇ってきた。
 明は、最後に一回だけ、会っておきたいと思った。随分勝手な言い分かも知れないが、スマフォの連絡先の名前を見ながらメールを送る事にした。
「若し、時間があれば、会わないか・・」
 返信は来なかった。何か忙しいのか、或いは他に事情があるのかも知れない。何れは来るだろうと思った。京子の性格はよく知っているつもりだが。
 この場所には京子の足跡がついているような気がした。
 売り場から離れてエレベーターに向かおうと・・。


 

 
 振り返った途端に目の前に立っているのは。京子だ。
 京子は明の目を見ながら微笑むと小指を差し出す。
「目の前にいるのに、メールはいらないでしょう」
「ああ・・そうだね・・まさか君がいるとは・・気付かなかったから・・」
 明は、自分の胸の内に潜んでいたものが一気に飛び出してきそうな気がした。  
 小指を結ばせながら、子供みたいだなと思った。京子が言うには、応援が終わって戻って来たのだと言う。
 其れから、何時ものホテルで待ち合わせをした。
 ワインで乾杯をしてから、いろいろな話をしたが。殆ど、何も聞いていない様な気もした。
 あまりにも、思い違いが多かったのと、明は自分が本当の気持ちを偽っていた事にやっと気が付いた。
 明は自らは年だと思っていても、まだまだ、恋愛というものを理解していないのだと恥ずかしくなった。明は、其れでも聞いてみたかった。
「君、こんな僕でもいいのかい?僕は・・」
 明は、小指では無く、京子の透けるほど白い人差し指を見、
「美しい君には美しいものが似合うって・・?」
 京子のマンションの奥の部屋に入った事は無かった。
 明は京子と一緒に、寝室に飾られている花の絵画を見た。
「どうする?もう二つもマンションはいらないし・・」
 京子はその花を見ながら、
「此れは私が毎日あなたの事を考えると見ていた・・「花」。あなたのマンションに持って行けるかしら・・?」。




 遠くに見えた美しく輝く星が近付いてきた様な気がした。明は仕事を延長してくれと会社から言われた時、そうしようと思った。
 京子に巡り合えたことが其処から始まった事を忘れない為にも・・。
 一つ明は京子にこんな話をしてみた。
「・・文豪の作品で、耽美派、と言われている世界があるんだが、例えば、谷崎潤一郎の痴人の愛や、田山花袋の布団・・その他、永井荷風・三島由紀夫(此の人は女装が好きだった幼少期から最後は極右翼として腹切り。)・或る意味LGBTQも・・。凡そ、若い女性の奴隷のようであったり、まあ、道徳や常識を超越し、あくまでも美を追求した文学・・とでも。
 其れとは関係は無いが、サディズム・マゾヒズムというものがあるね?」
 京子には凡そ縁は無いだろうが・・一応そんな話をしてみた。意外に・・京子はこんな事を言う・・。
「・・知っているわよ。でも、今まで随分マゾヒズムを味わったから、二人になったらサドになろうかと思っているの・・?其れで、歯切れの悪い貴方には、徹底したサドでと思いまして・・?」
 明は・・。
「・・何で・・?」
 と、
「・・今までのお礼をしなくては・・」
 明は、今まで優し過ぎる程の京子に面倒をみて貰ったのだから、鬱積が積もり積もって・・しかし、艶やかな美女であれば・・仕方がないなと思った・・。
「・・そういうのもいいのかもねマゾか・・?」
 二人が初めて同じマンションに住み始めた部屋からは・・鞭の音と悲鳴が聞こえた・・という噂もあるとか・・?定かではないが・・。 

Flores reales  邦題 花

この程度のものなら誰でも書けると思われるが、恋愛模様のある一コマ。

Flores reales  邦題 花

短い文章でほんの一コマを・・男女のよくある事。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-28

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