窓

ノンジャンル。

「此処から見える景色は」



 水野哉が、此の街に引っ越しして来てから、時々、此の二階の窓から見える庭園を見る。
 どうという事も無い庭園だが、都心から離れた此の地方には、大して興味を感じるところが無い。
 立ち並んでいる家並みを見ても、遠くに見える街の灯りを見ても、都会にいた時と大して変わり映えがしない。
 此の窓から見える庭園は、公園でもある。
 賑やかに子供達の声が響いている日もあるが、やはり、静かな中に花や草が入り乱れて生えている様は、見ていても落ち着く。
 絵に描いても素晴らしいのではと思うのだが、残念ながら哉は、そういう才能は無い。


 最近、時々、庭園のベンチに座っている女性を見かけるようになった。
 それが、庭園と女性の双方がマッチして、美しさを感じると言っても過言では無いだろう。
 女性は、何処かの娘さんなのだろうが、此の庭園の何かが気に入って、ベンチに座っては、本を読む事もあるし、時々訪れる小鳥を相手にして、飽きもせず寛いでいる。
 小さな池もあるから、小鳥達は其処で水を飲んだり、木々にとまったりして、静かな時をつくりだしている。
 女性の服装も和服であったり、普通のドレスであったりするから、何か稽古事でもしているのか、それとも、仕事の関係なのかは分からないが、ベンチに腰掛けている様は暖かな美しさを感じる。
 小鳥達と草木や花と池に、女性の姿は印象派の絵画から抜け出してきた様な、独特の雰囲気を醸し出している。
 印象派と言えば、光を色彩で上手に表現している事で評価されている。
 本当は、庭園もさることながら、女性だけでも、その清楚な美しさを感じさせるものがある。
 だから、哉は、庭園だけでなく、女性の服装にも関心がある。
 今日は、どんな服だろうとか、庭園に不思議にマッチしている姿を見ては、哉は何とも言えない心のときめきを感じるのだ。
 女性の清楚な顔は、周りに溶け込んでいるのだが、灰汁が全くない自然さに付け足すように、余計な色彩が持つ違和感を取り払っている。
 哉が窓から見ている事を、あの女性は知っているのだろうかと思う事がある。
いや、知っているにしても、拘りを感じない、まるで、空気の様なものに例えれば一番表現し易いかも知れない。
 哉にしても、女性に却って不自然さを感じたく無いから、なるべく、そっと、見る様にしている。
 覗いている訳では無いから、二人の間には、過剰な意識が無い。


 しかし、哉としても、和服を着ている時の彼女が一番気に入っている。
 庭園をバックにした時に、融和するのだが、その和服の柄がセンスがあると感心する。
 七五三や芸子さんが此処に座っているのでは、雰囲気をぶち壊しにしてしまうと思う。


 哉は次第に、このまま見ているだけでは物足りなくなってきた。
 絵画でも習おうか、とも思ったが、一足飛びに此れを描写する事は無理だと思った。
 かと言って、写真に撮るのは邪道の様な気がする。
 これも、余程の高度な技術を持っていて、感性が優れていないと難しいと思った。
 何とか、描写をしたいが、してしまうと、大事なものが消えてしまう様な気もする。
 哉は或る日、庭園に出てみる事にした。
 といっても、此の雰囲気を壊さないで、情景の中に入って行く事は、至難の業では出来ない。
 哉は、庭園の外側をゆっくり歩いて、女性や小動物や木々を見ながら、考えた。
 此のまま、自分がベンチに近付いてしまっては、女性も驚いてしまうだろうと。
 その日は、それで、部屋に戻る事にした。
 次の日、哉は同じ様に庭園に出た。
 やはり、女性に話し掛けてみようかなと思った。
 ベンチにゆっくり近づくと、葉を踏む音に気付いて、女性が此方を振り返った。
 哉と女性は軽く頭を下げて挨拶をした。
 哉は、自分の名を言ってから、女性の名前を聞いてみた。
 女性は「昭子と申します」と言って、微笑んだ。
 その微笑んだ顔が、またいいなと思った。
 此の庭園が好きなんですかと聞いてみた。
 女性は頷いてからひと言。「此処には、昔、祠もあったんですよ。私のおじいさんの時代には」
 そんな古くから此処に来ていたのかと思った。
 哉は少し話をしてから、考えた。「やはり、此の雰囲気を崩さないようにするには、・・絵にでも挑戦してみようかな」と呟いた。


 哉は午前中に二時間くらい絵の描き方を教えてくれる教室に通った。
 或る程度慣れてきてから、庭園の片隅で絵を描き始めた。
 庭園全体とその昔あったという祠も想像で書く事にした。
 一か月も経った頃、大体絵は完成に近づいた。
 女性の来ているものは和服にした。

 完成した頃、女性に話をしようと思って、庭園に出た時、女性がいなくなっている事に気が付いた。
 どうして、来なくなってしまったのかなと思っていろいろ考えた。「あの女性は此の庭園とは何かの縁があって来ていた様な気がする。ひょっとしたら、妖精だったのかも、それとも、幻想の中に現れていたのかも知れないな」などと考えた。

 二階の窓から見ていればいなくならなかったかも知れないななどと思った。
 哉は、毎日二階の窓から見ている。
 と、あの女性がベンチに座っている。
「そうか、妖精はそっとしておいてあげた方がいいんだろうな」と、呟いた。
 それから、哉は、毎日、窓から見るようにして、降りて行くのをやめた。
 美しいものは、離れてみていた方が、庭園とマッチしていて何とも言えないからな。

 そう言って、暫く掛かって描いた絵を部屋の中に飾って見てみた。
「こうしておけば、降りて行かなくたって、見れるし、雰囲気も壊す事はないからな」

 今日も庭園の女性は来ている。
 女性が思わず、此方の窓を見て微笑んだが、其の微笑みは一生忘れる事が無いくらい素晴らしいものだった。
 


 ふと気が付くと、絵の中の女性も振り返り哉に微笑んでいた。

窓から見える景色に女性の姿が。

芸術がテーマかな・・。 他愛無い話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-27

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