貴重品
ジャンル無し。
やっと、自分の番が来た。
迷う事は無かった。
物書きである夢中仁は、此れからちょっとした預け物をしようと思っている。
質店の看板がある建物の横の狭い階段を上がって行ったところに事務所があって、其処で預け物と交換にモノを受け取る。
預けるのは・・「貴重品」。
また戻して貰う事は出来るが、今のところ・・暫くは・・預けておくつもりだ。
では、どの様なモノかと言えば、スマホ型のコントローラーを介して、耳を通して人の心や、頭の中の考えが声の様に聞こえて来るというモノ。
仁は別に其れを欲得目的で利用しようと思った訳では無いのだが、其れなら其れでまた別にもう幾つかの純文学的な物語が作れてしまいそうだなどと思った。
街を歩いていても、すれ違う人々の心が分かってしまったり、会話をする時に相手が此れから何を話そうかとしているかが分かってしまう。
実は、他にもレベルによって交換できるモノはあり、最高レベルなどになると、無敵のパワーコントローラーなどとも交換できる。其れに緊急用のスイッチも付いている。此れは、勝手に死なれては質屋も後で面倒だから、そんな装置も付けているらしい。
その代わり、貴重品の価値によってどのレベルのものなら交換できるかという基準があり、仁の貴重品では、其処までの価値は無いと言われた。
だからと謂って仁は今手に入れているモノでは不足だとは思っていない。
目的があくまでも物語を書く為の材料になりはしないかとの事だったから、少なくとも最初の考えでは。
仁は早速其の材料を探して、彼方此方歩き回っている。
そうしているうちに、あまりにも同時にいろいろな他人の心の声が聞こえてくるから、一つ一つが正確に聞き取れない事に気が付いた。
質屋に連絡して、コントローラーの使用方法を教えて貰った。
コントローラーの切り替えで、限定されたものだけが耳を通じて仁の脳に入って来るようになった。
「不安・困惑等」に限定してからは、すっきりした気分で材料探しが出来ると安心したのだが。
其れでもハッキリ聞こえて来るものにもいろいろあるので、仁が自ら選択をする事にした。
仁は、世の中の人々に殆ど其の条件に該当しない人はいないことに気付いた。
仁が、「俺は何でも無いのだから、どうする事も出来ない事について頭を悩ませても意味が無い」と思った時、以前医者が仁の不治の病について、「医者は神様じゃ無いんだから」と言われた事を思い出した。
病の治癒から見放された経験があるだけに、其の類のものに首を突っ込むのはやめよう、もっと簡単なものから材料をと・・。
そんな事を考えながら街のデパートに入った時だった。
エスカレーターで六階まで上がったところで、若い女性の悩みが聞こえて来た。
女性は楽器売り場の前で、どうしたら良いか、何処に行けば良いのか、などと考えながら立ち往生をしている。
どうやら、「学校には行きたくないから家に閉じこもっていたのだが、親に気分転換に何か気に入った趣味の様なものを見つけたらどうかと言われ、最初はその気も無かったのだが、何となく・・気が付いたら此処迄来ていた」という事らしい。
無表情な顔からは、何も窺えないのだが、心の声が、「どうしようかな。TVで見たミュージシャンのライブの印象が、楽器を購入して習ってみようかな、でも、自分には無理かな。そんな事をして、また人から馬鹿にされたら嫌だな・・、どうにか此処までは来れたけれど、やめた方がいいかな」
と、続けざまに仁の耳に入って来る。
仁は出しゃばるつもりは無かったし、どうしてよいかなど分かる訳も無いと思ったのだが、余りにも其の声が大きいのでつい、「此の楽器、弾いてみたいな。弾けるかな」と口に出してしまった。
仁は、楽器の椅子に座ると鍵盤に手を触れてから、単音で鍵を押してみた。
どうってことが無い音が出ただけで、詰まらないから、色々なセッティングをしてから、自分の知っている曲を弾いてみた。
女性が帰るんじゃないかと心配になった。
通り過ぎる人達がちらちらと仁の方を見ていたが、女性が帰っていない事が分かった時、仁は続けざまに何曲か連続して弾いていた。
何か、そうする事によって、女性の気をひく事が出来るのではと・・、賭けだった。
だから、時々分からないように女性の顔を見ながらも、自分の演奏に酔っている様にノリながら派手なアクションで弾いた。
女性は帰るのかと思ったのだが、まだ、立って此方を見ている。
周りに響く音で弾いてしまったから、人が何人か寄って来て女性に混じって仁の演奏を聴いている。
店員が近付いて来て、「如何ですか?」と聞かれた時に初めて我に返った。
仁は店員の目が仁の反応を期待している様な気がしたので、椅子から下りると、クラッシックギターが並んでいる辺りまで移動した。
仁はどうせ女性は帰ってしまうんだろうと思ったから、其ればかり気になっていたのだが、女性はまだ、売り場に留まっている。女性の心の声ははっきりは聞こえない、何か考えているのだろうが、仁の心の動揺が邪魔をしているのか、其れとも・・、コントローラーを操作しようと思った時、女性が迷う様に一歩二歩、仁の方に近付いた。
仁は思い切って女性に声を掛けた。「君、ひょっとしたら楽器に興味無いかな?僕は音楽が好きでね・・つい、楽器が弾きたくなってしまって・・、勝手にノッテしまうんだ」
コントローラー―の周波数を調整するまでも無く、女性は遂に口を開いた。「あの、音楽、好きなんですけれど、弾けないから・・、でも、ちょっと見に来たんだけれど・・」
仁は、女性が何の楽器に興味があるのかと思ったのだが、心の声が聞こえるようになって、「ギターなんか最初はいいのかな・・」との事だった。
仁は、近くにある女性用の長さが短いギターを手に取ると、黙って女性に見える様に抱えて弦を鳴らしてみた。
女性が後ずさりし始めた様な気がして、心の声に集中した。
「何処の人か分からない人に、学校の同級生だって会うのが嫌なのに・・」
仁は、此れは拙いと思いながらも、この場を逃したら、帰るに決まっているからと、「あの、僕は音楽屋さんじゃ無いんだ、文章を書いているんだけれど、ああ、御免、僕の名は夢中仁という・・変な名前でしょ、何でも夢中になってしまうからかな・・いや、そんな訳じゃ無いんだけれど・・」。
女性は少しずつ話を始めた。「私は川野・・文、中学三年・・」
仁は背は高いがまだ中学生では、難しいかなと思った。
難しいとは、楽器を鳴らすという事や、年齢的に傷つきやすい年頃、増してやひきこもりとあっては・・と。
質屋に連絡してもう一つ契約に追加して貰いたい事があると話した。
相手の心の声を聞くだけで無く、此方の心を逆に相手に転送する事は出来ないかと。
質屋は、「難しいですね。コントローラーに頼らず、心を込めて話すしか無いですね」と言うから、仁はその通り、「楽器は最初は誰でも上手く扱えない。でも、音楽というものは自分だけ満足すれば、つまり、一曲でも弾けるようになったら、楽しいよ」と言いながら、スマホに楽器を演奏している人の顔や体ごとノッテいる映像を映し出して、文に見せた。
最初は反応を示さなかったが、仁が、「楽器は美味い下手よりも自分がノル事が出来れば弾けたようなものだ、楽譜通りに弾くだけで無く、上手くなれば楽譜などいらない、メロディーを聞いただけで何でも弾けるようになるし、自分の好きなアレンジで弾けば自分がノッテ来る、其れが音楽だよ。何でも学校というものに頼るよりは、先ずは、弾いてみる事をしなければ・・」と、話を進めていくと、文は、何か考えている様な表情をした。
文は、其れから暫くして楽器に触れて、音を出してみたりしていた。
仁は、「今日はこんな感じでも、何時かは分かって貰えるかな」と呟いた。
偶々、二人の帰る方向が一緒だという事だったから、表通りに出て歩き始めた時だった。
文の心の声というよりも、まるでメーターの針が激しくマックスを示すように揺れたが如く、文が走って逃げようとした。
仁が気が付くと、正面から中学生の男子生徒が歩いて来る。
仁は、文が舗道を歩いて来る生徒に違和感を感じたことに気が付いた。
文は、舗道から車道を走り抜けようとしているのではないかと、仁には思えた。
そうであれば、その先には、此方に向かってくる車やバイクが信号待ちをしているのが見えた。
文は走り出ようとしている。
仁は緊急スイッチを押した。
質屋の声が聞こえたか瞬間、仁は、「契約を、変更して!・・・に!」
質屋は、「其の変更をしますと、「貴重品」の返還の保証が出来なくなる可能性が・・。上手くいけばいいのですが・・」
その言葉を最後まで聞くまでも無く、仁は既に文の後を追ってダッシュしていた。
信号が青に変わって、車やバイクが一斉に、此方に、文の走る方向に向かって来る。
仁はコントローラーを操作した。
質屋がセッティングを完了したかどうかは頭の片隅にも浮かばなかった。
何とか、仁が文を追い越して、文の身体を覆う様に前に出た時、急ブレーキの音が聞こえた。
仁の身体がに何かが当たる鈍い音がした。
文は、立ち止まり・・難を逃れる事が出来た。
仁は、質店の看板がある建物の横の狭い階段を上がって行った。
事務所に入ると主人と話を始めた。
コントローラーを返すのと引き換えに、「貴重品」を受け取った。
主人が苦虫を潰した様な顔をしながら尋ねた。「大丈夫とは信じられない。どうなったんですか?」
仁は笑顔を返すと、「まあ、運が良かっただけ。軽傷で済んだ。ところで、今回は文章が書けなかったから、また、改めて契約に来るよ。今度はどんな契約にしようかな、オプションも付けておいた方が良さそうだな」と、主人が、「あまり無茶されますと、貴重品が質流れする事になりますから、尤も此方は、損をしないように、保証を掛けてありますから、損害はありませんが」。
仁は、帰りがてら、質屋の事務所の契約書を横目で見ながら狭い階段を降りて行った。
契約書には。
「第四条 乙の「命」(以下単に「貴重品」と呼ぶ)が著しく・・・・・」
貴重品
作品数が多過ぎるので、作者も何を書いたのか分からなくなるお粗末さ。
少し、風変わりな話。