忘れ物

忘れ物

他愛ないショートショート、少し長め。

 「忘れ物をしちゃった・・戻らなきゃ・・」

 鎌田奈美は踵(きびす)を返すとゆっくりと、会社に戻って行った。
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 奈美は畜産会社支社の研究室に勤めている。
 仕事の都合で日によっては遅くなる事もある。
 今日も残業になってしまって、奈美と栄子が研究室にいるだけだ。
 研究室の見本が保管されている金庫の扉が微かに開いている。
 栄子がコーヒーを飲みながら仕事をしていたが、奈美が戻った時には、慌ててトイレにでも行ったようで姿は見えなかったから、挨拶もしなかった。
 美奈が警備員室の前を通った時、作蔵は、
「さて、定時の見回りをしなきゃ」
 と呟きながら、飲みかけのジュースのグラスを机に置くと、警備員室から出て行く。
 



 栄子の夫の康夫は、元は、奈美の恋人だった。
 二人は、結婚をする事になっていたのだが、康夫の気持ちは奈美を離れて栄子の方に傾いて行った。
 康夫と奈美は、結婚式の準備を進めていたが、直前になって式は解消する事になった。
 奈美にとっては、まさかの出来事であった。
 奈美は涙を流しながら康夫に、どうして結婚を解消するのか?と聞いた。
 康夫は、
「御免、君には悪いが、僕は社長から本社の役員室に転属になるようにと言われたんだそれで・・」
 と、頭を下げた。
 康夫の弁解の最後が聞こえない程、美奈は失意のどん底に落ちていった。
 栄子の叔父が此の会社の社長である。
 栄子と康夫の結婚を歓迎したのは、本人達だけでは無かった。
 警備員をやっている山田作蔵は、栄子の父親だ。
 前の会社を定年で辞めた後、兄弟にあたる此の会社の社長の計らいで、長い取引先である警備会社に入社し、会社の警備を任せられている。
 康夫と娘の栄子との結婚を喜び、美奈の顔を見て鼻で笑って言った。
「あんた、康夫君と付き合っていたんだって?そりゃ、可哀想だったね。栄子は利口な娘だからな、まあ、康夫君もそれが・・」



 
 次の日、社員が出勤して来た。
 入口のドアが開けっ放しになっている。
「一晩中開けっ放しだったのかな?物騒だな!」
 次々に社員が出勤して来た。
 研究室の社員が、別の社員に、
「今日は山田女史は休みだったかな?」
 と、尋ねた。
 尋ねられた社員は、
「いやあ?僕は聞いて無いけれど、遅刻かな?そのうち来るだろう」
 と、机に向かうと仕事をし始めた。
 暫くし、先程の社員が、
「山田、遅いな、連絡が入っているかも知れないから、課長に聞いてみるか?」
 と、課長室に入って行ったが、戻って来、
「何も連絡は無いらしいよ。無断欠勤かな?今までそんな事なかったけどな」。
 人事課では別の話をしていた。
「警備員の山田作蔵さんの姿が見えないけれど、朝、玄関のドアは開いていたらしい。昨晩閉め忘れたのか?物騒だな。だとしたら、此方に連絡がある筈だけれどな。日報を見てみるか」
 日報には、昨晩戸締りをした記録は無かった。
 人事課員が、警備会社に連絡をして、その旨を話したら、
「ええ?それはおかしいな。此方にも何も連絡が無いなんて、どうしたんだろう?済みません、此れからすぐそちらに行きますから」
 との事。
 間もなく警備会社の車が到着して、責任者が降りて来た。
 確かに記録にはドアを閉めた時刻の記入は無いし、鍵は机の引き出しに入ったままだ。作蔵は、ドアの鍵を閉め鍵を持って帰る毎日なのだが。
 警備の会社の責任者が、持って来た予備の鍵を眺めながら、
「おかしいな。急病でも・・なら、何処かに倒れているとか・・」
 複数で会社中を探し回ったが、何処にもいない。



 

 突然、女性の悲鳴が聞こえた。
 女子社員が片手で口を押さえながら、
「あれ・・見て!牛・・!」
 と、震えながら、積み重ねられた・・牛と・・を指差している。 
 何人かが、悲鳴が聞こえた部屋「急速冷凍庫」に入ると女性の指(さ)している方向を見る。
 周りが氷で覆われているからハッキリは分からないが、完全冷凍されている筈の物の中に、牛だけで無く何かが見えたようだ。
 どうやら、昨晩、落雷があった時、屋上にある避雷針に落ちた雷のせいで、導線の直近にあった電子機器が、これに流れる雷電流そのものの分流や電磁誘導作用により破壊されたらしい。
 冷凍庫の制御盤は焦げ落ちていたから、冷凍庫付近で火災が発生したものと思われる。
 それで、完全冷凍されていた物が溶け始めて中が見えて来たようだ。
 社員が冷凍室に集まって来たとほぼ同時にパトロールカーが到着した。

 
 牛に紛れていたモノは、解凍したところ、山田親子だった。


 警察では、二人の死因を調べた。
 死因は毒物を飲んだ事によるものだった。
 其の毒物は作蔵のグラスと栄子のコーヒーカップから検出された。
 誰かが毒物を其のグラスとカップに入れたと推測されない事は無いが、毒物の管理者は栄子で、他の者は絶対に見本には手を触れないようにという規則だったから、誰の仕業かは分からず仕舞いのようだ。


 仮に、犯行動機などで誰かが疑われたにしても・・落雷のせいか・・予備電源を備えた防犯カメラも作動しておらず誰も映ってはいない・・無人で真っ暗であったと思われる当時の社内には二人以外は誰もいなかった事だけが証明されている・・。
 というのは、鑑識班・科捜研も足跡・指紋その他ありとあらゆる犯罪の可能性を指摘しながら調査をしたのだが・・。
「・・此れでは他殺だと仮定したところで・・何も誰かの犯行だと・・いや、もしそうだとすれば科学的ではないが・・落雷迄予測は無理だろうし・・こりゃ神業と言えそうだな・・」
 勿論・・推定死亡時刻当時に社を出入りする者の姿を目撃したなどという情報すら皆無だ・・何せ・・日頃から・・増してや夜間は、人通りが無い裏通り。疑わしきは罰せず。


 小さな祠の前・・何者かの影・・。
「・・・毒は毒を持って制す・・」

忘れ物

あくまでもショートショート。

忘れ物

少し長めのショートショート。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-27

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