十一月の詩
階段
先輩、もう、じゅういちがつですよ。名前のわからない花のように、あなたのせなかの曲線を目でなぞる。じゅっ、とわたしの胸が灼ける。わたしのこころをかたどったら、どんなかたちになるのだろう。そうだねえ、と、じゃあね、の笑い方がおんなじですよ、先輩。階段と踊り場の連続が、どこまでも続いていたらいいと思いませんか、先輩。わたしたちの永遠は百年しか続かないんでしょうか、先輩。あなたが手を振る。木の葉が窓の外で舞い落ちる。やわらかな風の曲線をなぞって。
失恋している
太陽に照らされているのではなくて
太陽がわたしのひかりを奪っているような気がしている
雨らしい
真冬のような日らしい
こういうとき
駅のホームで
自分だけが
薄着だったり
傘を持っていなかったりする
恋していると同時に
失恋しているような気がしている
ひとりで
信号のひかりに目を伏せたり
くるぶしにつめたい風を受けたり
スカートの裾を濡らしたりしているうちに
地球のどこかにいるのに
思い出の中で
あなたはどんどん神様になる
ピアノ
ピアノはへたくそだったけれど、バッハは好きだった。かっちり、きっちり、声部を積み上げて、両手で鍵盤をぽろぽろ押す。祈りだから。十一月、ピアノをやめようかと思った。わたしはもうマフラーをしていた。寒い日を待ち構えている。佐藤が、ローファーの靴音をぽかぽか立てて、昇降口への階段を上る。ピアノ、やめない方がいいよ。なんでも、やめない方がいいよ。やめてよかったって思うことなんてないよ。佐藤が踊り場で言う。向こうの棟の四階の音楽室から、バッハの平均律が聴こえてくる。白いスニーカーで、わたしは階段の佐藤を追いかけた。
十一月の詩