Obediencia absoluta a las brujas 邦題 魔女には絶対服従
学生時代三田キャンパスでの出来事。
下宿の先輩との二人の生活と先輩の同級生魔女が・・。
学友のところで飲み過ぎた。あまりにも馬鹿らし過ぎて、尚且つ面白く、深夜のトランジスタの音楽は、軽快だし、つい時間を忘れてしまった。
私鉄は既に最終電車も止まっているし、歩いて帰るしかない。線路沿いを歩けば間違い無いのだから訳はない。
とは言っても、聊か飲み過ぎたかというより、飲んでいる時には幾らでも飲めるのだが、後で、あるいは翌日反動が来る。
朝一の授業などに出られなかったり、起きてみたら枕元に吐いているとか、其れでも飲んではやりたい事をやる。guitarは必需品だから、何処にでも持ち歩く。
今日は珍しく手ぶらで何か物足りない。下宿には普通なら泊まりますの連絡をするところ、忘れてしまった。
何とか、モップスの「辿り着いたら何時も・・寝た・・ふり」では無いが、辿り着いた途端に寝てしまったようだ。庭の芝が心地良い布団のような気がした。
何か、夢と現実がごちゃ混ぜになっている。起こしてくれたのは、驚くべき美女だった。先輩の級友で一回お目に掛っている。
道理で、この時期にしては、極点のように寒いと思った。魔女が近付けば極端に気温は下がるという事は案外知られていないのかも知れない。
其の、代わり、恐ろしい程の美しさで、言葉など出て来なくなる。暫く、慣れるまでに時間が掛かる。腕輪が月明りで輝いているのが印象的だった。
では、先輩はどうしたのか、あの、二階の灯りの下で無線でもやっているのか。魔女が視線を二階の先輩がいる部屋の窓に移す。
突然、窓が開けられて、二階の灯りが庭を照らす。魔女の姿は見えなくなった。
姿が影になっていて表情はよく分からないが、此方を見ている。救助隊が来てくれた。先輩が肩に手をかけて裏口から静かに中に入れてくれた。下宿のおばさんや娘さんに知れたら大変だ。
魔女の話をしたが、何も言わない。お前、寝ぼけてるんだろう、此れで気付け薬だと・・また、今度はウイスキーだ・・。ジェットストリームが流れている。此れで、世界中何処にでも行ける、夜間飛行で・・。
翌日は、昼からキャンパスに出掛けた。多少頭痛がするが今日の講義に出ないと単位が足りなくなる。酒臭いからと言われると思い、大教室の一番後ろに座った。
お陰で、マイクを通しての教授の声は聞こえてくるが、黒板の字が良く見えない。人のノートはあまり宛にならない。以前、千円で買った事があったが、全く試験では役に立たなかった。
鞄から望遠鏡を出して何とか判別するが、少し手振れがすると何処まで読んだのか分からなくなる。潜水艦の潜望鏡もこんなものかななどと思っている内に、皆が席を立ち始めた。
もう一時間半、別の講義を受けて、キャンパスに出ればもう夕陽が芝を燃やしているようだ。今日は此れで終わりだと思うと、何か物足りなく感じたから、図書館に寄っていく事にした。
臙脂の絨毯の先の横並びの席の向こうに見えるのはひょっとしたら・・。そっと、近付いてその更に先の空いている席に座る。暫く、真面目に復習をしてから、出口に向かったら鉢合わせになった。
宙美知さんが階段を降りて行く。扉を開けて表に出たところで、声を掛けられた。
「あなた、片山君のところの紺野君でしょ?」
ガードマンや行き交う人々が此方を見ている。並んで桜田通りを渡る。この時間帯は学生が塊となり一方通行のように駅までの抜け道を流れていくが、近付けば皆こちらを見る。
「ああ、昨夜はどうも・・」
美知さんは、何事かお分かりなのかそうでないのか、黙ったまま紺野康介の顔を見る。此のキャンパスには美女は一人だけではない。ひょっとして違う美女かなと思うが、あの零下の寒さは・・。
大体が、あの夜更けに出歩く女性はいないだろうし、美知さんは田園調布に住んでいるから、電車が走って無ければ来る訳も無いなどと思う。
しかし、そのあたりは魔女だったら関係無いのではという考えに変わる。何れにしても、何人か美女がいるのだが・・。
だが、知り合いでも無い魔女が来るのもおかしいと考えていたら、美知さんが、あなた、其の時酔っていたんでしょう、魔女ならこんなもの持っている筈と、見せたものは確かあの腕輪。
康介が、ああ、やはりと美知さんの顔を見る。美知さんがクスっと笑う。一瞬冷気が・・。環状七号線を下宿から内回りに少し走った辺りにも先輩と一緒に行った時に泊めてくれた美女がいるが。
美女と魔女の関係は因数分解で解ける訳はない。
康介の高校時代に美女と評判だった竹内が此方を見てみない振りをしている。取り巻きは竹内に夢中のようだが・・。
竹内は・・女の勘という奴ではないかと思う・・真っ先に気が付いたのは。更に、美知さんが連中の脇を通った際の冷気で取り巻きも唖然としている。此れだから、目立ち過ぎるのもどうかと・・。
田町は、自動車会社や食品会社や電機会社の本社がひしめいているから、夕刻は拙いなと思うが、そんな事は関係無く、振り返る人の行動まで制限する訳にはいかない。
美知さんは人混みの中を気にもせずに歩くが、周りが道を開けるように・・。
昨晩のお礼でもと思ったが、卒論で忙しそうでもあるしと、何も言わずにいたら、美知さんが一緒に帰ろうという。
同じ方向だから構わないが、電車に乗ったら何処まで一緒に行くのかが気になる。
目黒から目黒線を使えば、康介の降車駅の洗足は途中だが、其の先が美知さんの田園調布だ。
東京タワ―に行かずして、一体、と思っていたら、美知さんが家に来ても良いという。先輩が同行しないのに自分だけ行くのも拙いような気もする。
大体、田園調布はお屋敷だから、凄い豪邸に住む魔女の何かを知ってしまい兼ねないのが何か心配になる。
果たして、洗足を通り過ぎ康介はホームが遠ざかるのを見送っているが、美知さんは何処吹く風で意に介していない。
すぐに、西側に半円のエトワール型(放射状)が特徴の田園調布駅に到着する。此の形からしても昔からどうしてかなと思った事があった。駅の東側に較べ西側の方が高級だ。
駅から近くにある屋根が変わっている家の前で、康介は少し躊躇したが、自動ドアのように開いた扉から入った美知さんが、何をしているのという表情を見せる。
別段変わった風には見えなかったが、中に入ってから内部がアンティークで神秘的なのに感心した。やはり、こういう雰囲気だから、美知さんとマッチしているのではと思う。
応接室には暖炉のようなものがあり、屋根が変わっていると思ったのは、左右に開くのだと教えて貰った。どうして、その様なつくりなのかは分からないがと思っていたら、早速屋根が二つに分かれて、夜空がそっくり現れた。
神秘的な景色に、康介が綺麗ですねと感想を述べたら、美知さんはこんな景色を見ていると卒論が進むのだという。
屋根と言えば、先輩は時々屋根から入って来るんですよと話したら、そうねと言うが、そうねとはどんな意味なのかが分からない。
美知さんが魔女だとの異名を持っているのは知っている。単にキャンパスでつけられた渾名かも知れないが、康介にはやはり、本物の魔女のような気がしてならない。
ファッションモデルになろうとすれば、卒業すればなれると思う。しかし、その様な問題ではなく、美知さんには逆らえ難い何か神秘的な魅力を感じる。
何か命令されれば、素直にその通りにしてしまいそうで、其れでいて、美しさに見惚れてしまいそうなのだ。
あまりにも現実離れしているかなど思い、極端な事を想像してみた。美知さんが風呂から裸で出てきたらどう思うかなど考えたが、そういう事は未知さんには似合わないなと反省する。
美知さんが、そんな事を考えている康介に、「何?何か言った・・?」と、いえ、何も考えていません、と慌てて弁解したが、そんな事も意味が無いだろう・・。
美知さんは、超・coolなのだ。だから、魔女になる資格があるのだと、何かどうしてもそこに行きついてしまう。
美しさがとんでもないところから生まれていて、人間臭さが感じられず、冷気がスーッと漂って来たらもう手の施しようも無い事になる。
突然、家族はいないのかと思う。だが、いたら皆魔女の一族の様で、確かTVの海外番組にその様なものがあったような気がする。
其れで其の事は聞かない事にした。
其処で、ハタと気が付いた。此の夜空に此処から舞い上がっていく事が出来れば、先日の庭の件も納得がいく事になる。
魔女の集会にも此処からいくのかな・・など考えだしてからやめにした。其れでは、まるで御伽噺ではないか・・。
美知さんが大人しく何かをやっているので、聞いてみたら卒論のまとめを終えようとしているという。
もう、終わるんだ、一体どんな風に纏めたのだろうと、何気なく思った。
「見たい?」と聞かれた時、迷って、「いいです・・」と言ってから、やはり見たくなった。
しかし、二人でいる時にそれを見たら、何か起きそうな気もする。
美知さんが、突然「片山君、呼んでいる・・」と言った時、身体が宙に浮くような気配がした。
気が付いたら、下宿の庭の芝生に座っていた。
時計を見たら、門限をとうに過ぎている。
微かに声が聞こえた。
下宿の屋根を見上げたら、先輩が瓦屋根の上で此方を見ている。どうやら、何時ものように塀から屋根に上がったのだが、宛にしていた自分がいないから中に入れないようだ。
裏口のドアは外からでは開かないから、二人共中に入れない事になる。
康介は思い出した。
先日は、美知さんが・・魔女が、窓を見上げた時に先輩が窓を開けてくれた事を。
同じ様に窓を見つめた。
すると、突然部屋の蛍光灯のグロウランプが点滅しだし、蛍光灯が点いた。
窓がするっと開いた。
先輩は其の窓から中に入り、裏口に回り中から鍵を開けてくれた。
二人で忍び足で階段を上がると、部屋の机に座った先輩が、「お前、何処に行っていたんだ?てっきりいると思ったら、いないから焦ったよ」と、康介が事の次第を話した。
先輩は、美知さんの事については何も言わなかったが、黙って納得したようだ。
「道理で、お前、やたらに冷え切っていると思ったよ、あれ見てみな・・」と、柱に掛けてあった温度計を目で示した。
この時期だから、二十度は越えている熱帯夜だが・・。
康介は、其の事には触れないで、窓から田園調布方面を眺めて、「おやすみなさい」と言ってから窓を閉めた。
翌日、図書館で未知さんに会った。
周りの迷惑にならないように、小声で、「卒論、終わったんじゃないんですか・・?」と尋ねた。
美知さんは黙って椅子をしまうと、目で表に行こうと言う。
此方を見ているガードマンや行き交う人の視線が・・。
「教授からアドバイスがあって、もう少し現実的に書いた方が・・此れでは・・まるで・・君が魔女のような・・事になってしまう・・客観的に・・」
其れで、卒論を書き直しているんですか?と聞いたら、そうではないと言う。
何か付け足す事があったから、書き加えたと言う。
其の時一瞬感じたのは、其の教授とやら・・美知さんにそんな事を言ったら・・とんでもない・・?付け足す・・って、何だろう・・?
駅前で、また、竹内の取り巻き連たちが此方を見ている。
大勢の帰宅途中の会社員たちも立ち止まって此方を見ている。
何か何層もの人垣のブロックが出来ているような気が・・。
道を開けてくれた中を二人が歩いて行く。
俄かに、辺り一面が冷え切ってきた。
おそらく、零下にはなっていそうだ。
皆、其のまま凍り付いているように見える。
其の晩は、東京タワーに上った。
青い灯りの中で、一際(ひときわ)おそろしく美しく・・輝いて見える美知さん。
眼下に見える街中の動きが止まっているような気がしたが、街の灯りだけ色とりどりに煌めいているのが嘘のように思えた。
美知さんが卒論に書き加えた部分を見せてくれた。
「・・今年は思い掛けない冷夏になりそう・・」
此れ、もう一度教授に見せるんですか?と聞いたら、首を横に振る。
「明日は、全部休講になるから・・誰も・・いなくなるんじゃないかな・・」
その意味が、何となく分かるのは自分だけだろうと康介は思った。
翌日、講義に出掛けたが、掲示板の前にも何処にも誰もいない。
掲示板には、誰が貼ったのか分からないが、・・月・・日・・君の・・講義は休講。
この大学では福沢諭吉以外は皆君付けで、先生と呼ばれるのは諭吉だけ。
全ての講義が休講になっている。
来る時に気が付いたが、康介は珍しく原付で来たから良かったが、何もかも街中が氷山の如く固まっていた。
自分の原付だけ動いたのは・・きっと・・美知さんが・・。
下宿に帰ったら、唯一の声が聞こえた。
「ハローシーキュー・・此方・・ジャパンの「J」・・どなたかお聞きの方がいらっしゃいましたら・・」
先輩だけは変わりないようだが、誰も無線に出ないのか、何時まで経っても・・。
先輩は、いい加減に諦めたように、「だから、あいつにちょっかい出すと・・こういう事になるんだ・・」。
康介は呟いて・・美知さんのおそろしく美しい顔が尚一層際立っているだろうことを・・。
「・・美知さんも仲の良い先輩は特別扱いなんだな・・俺も・・魔女には絶対服従さ・・!」
一日、月も星も固まっているのに、光だけが変わらずに輝いているのが、不思議な気がする。突然、異常気象になった時は、何か原因があるのだろう・・。
Obediencia absoluta a las brujas 邦題 魔女には絶対服従
この作品は何度も書き換えたもので、結構面白かったから、そんな事になったのだろう。