踊り子の涙
踊り子の涙
舞台は華やかなフィナーレとなっている。人気のある歌手が登場して客席は盛り上がっているが、Lastナンバーだ。
其れにあわせるように観客は手拍子を・・。金沢都はその間に帰り支度を始め出した。此の劇場で前座として踊りを踊っている彼女。
何人かの仲間と一緒に踊るのだが、客席には空席が目立っている。真剣に見てくれる客などはいないだろうと思う。
場末の劇場に出ている時、自殺を図った。人生は自分に笑顔を運んできてくれなかった。生活費も乏しくなり、もうこれ以上生きていても何もいい事など無いと思った。
咄嗟に支度部屋から抜け出て裏の細い路地の行き止まりに座った時、・・思わず倒れていたようだ・・。
此れで、何もかも終わるんだ、楽になれると思った。気が付いた時には、病院のベッドに寝ていた。看護婦が様子を見に来て戻って行った時、誰かの気配がした。
奇術師のモアが帽子を手に持ってベッドに近付いてきた。こと切れる直前にモアが都が倒れているのを発見し救急車を呼んでくれたという。
そして、一緒に病院まで付き添ってくれたと・・看護婦が話してくれた。モアとは芸名で木田敏夫というのが本名だ。
敏夫は其の劇場で前座の奇術をやっていて、丁度終わった時、控室に来て都がいない事に気付いて探してくれ裏の路地で都が倒れているのを見つけてくれたという事だ。
其の劇場にはいく事は無い。そんな事があったから元締めに追い出された。其れから、劇場を探したがなかなか見つからなかった。
そんな時、敏夫が知っている劇場を紹介してくれた。勿論、事件の事は敏夫以外は誰も知らないから、何とか踊り子としてやっていく事が出来ている。
手当は安いが何とか、いろいろなものをきり詰めてギリギリの生活をしている。新しい劇場に慣れるまでは大変だったが、敏夫が心配してくれて、皆ともうまくやっている。
何処の劇場も、客の目当ては名の売れた歌手の歌を聞きに来る事だ。其の前座で出ている奇術師や踊り子などを真面に見てくれるのはほんの少しばかりの客しかいない。
だから、若い時はまだ良いが年を取ったら踊り子などやっていられない。都はもう三十近くになる。其れだから、此れから先どうやって暮らしていくかが心配になる。
他の踊り子は都より若いからまだ、そういう事は考えないだろうが、皆年になれば踊り子など廃業になる。其れから先は、何も宛が無いから、中には先輩で水商売などをやっている人もいる。
都も、同じ道か、其れとも何か暮らしていける職業を探さなければならない。でも、踊り子に出来る職業など殆ど無い。
そんな事を考えていると、また、不安になって・・。誰にも相談できないが、敏夫にだけは愚痴を聞いて貰っている。
そんな時、都が此れからどうしようか困っていると話すと、敏夫は、一緒になって、悩んでくれる。都は其れが逆に敏夫に負担になると思い、出来るだけ・・。
敏夫は都より年は二十歳ほど上だ。其のせいか都の事を心配してくれるのだが、手当ては敏夫だって幾らも違わない筈だ。
其れなのに、少ない手当から食事を奢ってくれたり、必要なものがあったりすると、足しにして、と都にお金を手渡す事もある。
都はそんな時に、受け取らない事があった。敏夫は、奇術道具を取り出すと、お金を次々に出して見せた。都は、其れを見て、涙が出そうになって、其れからは、遠慮しながらも手渡されたお金を素直に貰う事にした。
敏夫は、奇術師になる前は画家になりたかったらしい。だから、休みの時など、都を誘って上野の美術館に連れて行ってくれる事がある。
美術館には、いろいろ綺麗な絵が飾ってある。館内を二人でゆっくり回って、ある絵の前で立ち止まる。敏夫が、此れはドガという有名な画家が描いた絵だといった。
其れを見た時、本当に綺麗だと思った。照明に照らされた踊り子の姿はまるで天使のようだと思った。上手い人が描いたからそんなに綺麗に見えるのかと思った。
そう言ったら、敏夫は暫く黙っていたが、確かにドガの絵は綺麗で上手に描いているけれど、踊り子の事をよく知っているからこんな絵が描けるんだと言う。
都は絵の事など何も分からないから、そんなものなんだと思う。でも、其れを話している敏夫だって絵を描いていたのだから、同じ様に踊り子の絵が描けるのかなと思う。
其れを敏夫には言わなかったけれど、きっと描けるのではないかと思ったら、何時か自分の事も何時か描いて貰えるかも知れないと思う。
だって、敏夫は踊り子の事をよく知っているし、気持ちが分かるから、其れだったらきっと・・と思う。
最近、踊りを見に来てくれる人がいる事を知った。皆、歌手が目当てで見に来るのに、其の人は踊り子の踊りを見に来るという。
其れは、どうやら、踊り子の中でも都の踊りが気に入っているようで、舞台が終わった後、楽屋迄花束を持って来てくれた。
そんな事は無かったから、都は嬉しかった。其れから、何回か其の人が差し入れを持って来てくれるようになった。
敏夫に其の話をしたら、喜んでくれた。
そうした事が何回か続き、結局、二人は結婚をする事になった。此れで、生活は困らないが・・。
其の話を、敏夫に話した。喜んでくれた。
敏夫は、笑顔を見せたが、何処か、悲しそうな表情にも見えた。
帰って行く敏夫の背中が寂しそうに揺れていた。
最後の日に、敏夫からプレゼントがあった。
一つは、絵だった。
都がドガの踊り子のように、輝いて描かれていて、素晴らしく綺麗だった。
もう一つは、最後に、とっておきの奇術を見せてくれた。
誰もいない、舞台の上に立った敏夫。
都は、一人、観客席の一番前で見ていた。
Lastの瞬間、取り出した小箱から、綺麗な星のようなものが溢れ出て来ている。
天使も現れて、舞台の上を、小さな羽で飛び回っている・・。
突然・・スローモーションを見ている様に・・敏夫が舞台に・・倒れていく・・。
初めて聞いた。
敏夫は、癌で医者からもうあと僅かの命と言われていたと言う。
舞台に転がった小箱から・・敏夫が虫の息で・・最後に・・取り出した通帳を都に差し出した・・。
「・・本当の・・娘だと思っていたんだ・・」
そう言ってから・・目を閉じた・・笑顔のまま・・。
舞台の照明は・・静かに・・暗くなっていくような気がしたが・・都は・・何時までも・・敏夫の両手を握っていた・・。
踊り子の涙
踊り子を子供の様に思っていた父子的な愛と結末。