少女埋葬

 ぼくはこんなことがしたかったわけじゃない。床に広がる血溜まりを見て、赤なんだ、と他人事のように思った。魔法少女の血って、ちゃんと、赤なんだな。その確かな手触りに、このことを知りたかったからこうなったのだ、という気もした。ごつごつした岩を海に投げ入れると、まるでこういうことに手慣れているみたいで笑えてしまう。ぽちゃ、と、遅れて音が聞こえてくる。ここが海の見える場所でよかった。
 
 それからぼくは、血溜まりの、明らかな殺人現場を背に、魔法少女を背負って歩いた。スパンコールの輝く衣装は誰かがつくったものだと思うと、せめてきれいに洗わなければという気持ちになった。きれいに洗おう。そうしたら、すべてが良くなる。うちにある洗剤で、血は完璧に落ちるだろうか? でもきっと、よくなるよ。元通りにはならなくても、きっとよくなる。そういうまじないをかけるのが魔法少女の役目だったと思って、頭が痛くなる。わけもなくキラキラ光っているステッキ。そういうものを、ぼくは壊した。代わりに、街灯がよわく光る。光の量を、誰かが調整しているみたいだ、と思いつく。
 夜の町は人が多いけれど、ぼくたちはそういう酔っ払いみたいにすり抜けていけた。殺した人を、ぼくたち、と呼ぶのは死体蹴りみたいで嫌だから、嫌だからってもう手遅れなこと散々した分際でって感じだけど、ぼくと彼女、と言うことにする。そういえば、彼女の名前はなんて言うのだろう。魔法少女に名札はついていないから、そうか、じゃあ、名前なんてずっとないのと同じだったのか。
 
 家の風呂場で、制服を脱いだ。魔法少女は浴槽で、青白い光に照らされている。死んでいる。制服のスカートは血を吸って、重くなっていたし、においを嗅ぐと、鉄のにおいも海のにおいもして、なんだかケガをしただけなのだと思えてしまった。浴室の窓を開けると、ようやく正常な夜のにおいがした。
 魔法少女の服を脱がしていく。後ろのチャックを開けるとか、リボンをほどかないといけないとか、そもそも頭の飾りは壊れているとか。当たり前だけど、生きていなければ変身もできないんだった。かちかちに固められた前髪が、入ってきた風でほんの少し揺れる。魔法少女は、半袖のヒートテックを着た、ただの女の子になる。ぼくと同じに。
 自分の制服は脱いだまま放っておいて、きらびやかなその衣装を、洗剤に浸した。開いた窓から、魔法少女が飛んでいくのが見える。大丈夫になる。血は少しずつ薄くなっていくように見える。殺してごめんなさい。よくなっていくよって、おまじない、かけてくれたらうれしいです。


 それから、雪が降った。夜通し降った雪は、街を真っ白に染めたし、ぼくが犯したことを、人の目から隠してくれた。もう春も近かったから、雪は、誰かの願いを叶えようとして降ったのだろうと思った。それはぼくのものかもしれないし、昨日死んだ彼女のものかもしれなかった。つめたく凍るまぶたが、寂しかった。生きていれば、彼女と話ができたかもしれない。
 学校は休みだった。雪の日は、どこまで行っても閉じ込められているような気がするから、つまりどこに行っても無駄ってことだった。彼女を背負って、雪のなかを歩いていった。ふたりでいるのに、一人分の足跡しかつかないなんて、変だね、と背中にしゃべりかける。でもぼくは一生こうしていくんだと思う。
 
 街を抜けて、なにか変だと思ったら、今までずっと惰性で飾られていた季節外れのイルミネーションが、すべて取り払われているのだと、あとで気がついた。
 魔法少女のツインテールが顔の横をかすめる。一度も染めたことのないような黒髪が、雪に濡れて束になっていた。どこもかしこも、太陽を反射して光って、ぼくたちの居場所は、生きている限りなくなり続けるかもしれない、と思った。だから自分自身が、光になってしまうしかなかったんだね。そうして魔法少女になったんでしょう。ぼくは光にはなれないから、光っているものを壊し続けるしかなかったんだよ。だからあなたを殺した。ごめんね。
 
 幼い頃、木がたくさん生えている場所のことならなんでも、森、と呼んでいたことを思い出した。ぼくは森に来た。魔法少女を埋めてしまうためだ。
 昨夜洗った衣装は、完璧にはきれいにならなかったから、真っ白な雪のなかでは、わずかな汚れも浮かんで見えた。でも今日が、雪の日でよかった。そうじゃなかったら、ぼくは魔法少女を、海にでも棄ててしまおうと思っていた。そんなのは、かなしいから、よかった。海にいると、なんだかすべてがぼやけるから、顔もわからなくなってしまうから、すでに名前を失ったあなたを、取り戻すことは二度と叶わなくなってしまうだろうから。
 積もった雪の浅い部分を掘って、彼女を沈めた。ふくらみのある頬は本当、白雪みたいに、きれいだった。そういえば、化粧は落とさないままだった。雪が降り積もる長いまつげも、見つかるころにはどろどろに溶けてしまっているかもしれない。魔法少女はもう、自力では魔法を解けなくなってしまっていたのだろう。制服をうまく脱ぐ方法が、突然、わからなくなるみたいに。
 魔法少女の顔に雪をかぶせて、それから立ち上がった。一人分の足跡の道を、帰っていくことにする。大丈夫。魔法の解けた女の子を、誰かが、すぐに見つけてくれるよ。

少女埋葬

少女埋葬

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-25

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