アーユルヴェーダ伍拾弐

これちかうじょう

仏壇の前にて

「おじいちゃん、おばあちゃん」
手を合わせる。
お願いだから、俺に力を貸してくれ。
話ができなくてもいい、ただ、教えてくれるだけでいい。
この指輪は、祖母のものだ。
祖父のは、誰が持っているんだ。
「おじいちゃん、おばあちゃん」
料理を教えてくれた、裁縫を教えてくれた、優しくも厳しかった祖母。
そして、体が弱くて将棋ばかりしていた祖父。
雨の中、俺を元気づけようとして、励まして、
風邪をひいてこじらせて肺炎で亡くなった祖父。
「俺は、もうどうしたらいいのか分からない」
写真を見る。
この人に逢いたい。
逢わせて欲しい。
多分、逢えば何か分かるはずだ。
俺の弟だったんだ。
「…どうしたら、逢えるんだろうか」

「いつ逢える?」

俺は誰かにそう聞いた。
今度またいつ逢えるのかと聞いた。
それは、別れの予感を感じていたからだ。
それでもその背中を見送ったのは、自制心が働いたからで。

あの自転車置き場の青い自転車には見覚えがある。
どうして忘れたんだろう。
どうして思い出せないんだろう。

どうして、俺は独りなんだろう。

真っ暗だ。
目の前が真っ暗なんだ。
いつも明るい日差しを差し込ませてくれる人がいたはずなんだ。
俺は父に似て不器用だった。
でも、十和子も認めるくらい、器用になれた。
まだまだだけれど。
それは、この人のおかげだと思うんだ。
俺をここまで器用にして、そうだ、祖母が亡くなったあの日、
俺が初めて、泣いた日。
背中を支えてくれた人がいた。
泣くことを知らなかった俺が泣くことを初めて覚えた日。
笑うことを知らなかった俺が笑うことを初めてした日。
それが、去年の11月13日だった。

カレンダーを見る。
ああもう、12月になるのか。
期末試験ももうすぐだ。
クリスマスには大きなケーキを作ろうと計画していた。
別に職人さんにあげるためじゃない。
この人にあげたかったんだ。
それから誕生日をお祝いして、またケーキを作ろうと。
…誕生日。

俺の誕生日は3月3日。
中村冬至という人間は、恐らく、だが、冬至の日に生まれたんだろうか。
だとしたら、クリスマスの前の、12月22日が誕生日だ。
柚湯を用意しようと思っていた。
陣馬さんに頼んで庭の柚を大量に確保しておいたのは、
多分この流れだ。
「…どうすれば、逢えるんだろうか」
写真の中でこの人は笑顔だ。
少し照れてる感じで笑っている。
俺にはあまり見せてくれない笑顔だ。
そう、そうなんだ。
拗ねたり、怒ったり、機嫌が悪くなったり、
そういう顔がぶわっと頭の中によみがえる。

「…逢いたい」
夢の中ででもいい、あなたに逢いたい。

枕の下に写真を置いて寝ると夢で逢えるらしいよ

枕の下に写真を置く。
そしてその上に寝転がる。
逢えないものか。
逢えたらきっと分かるはずなんだ。
俺の、弟。
それは分かった。
弟だってことは分かった。
父が調べても分からなかったことだけど、
きっとこの人は俺にとっては大事な人で。
「お願いだから、夢で逢いたい」
神様がいるとしたら、お願いします。
俺とこの人を逢わせて下さい。

お願いします。


「俺のせいで…馬鹿、馬鹿!」
バカだよもう、と左手を舐められる。
「俺なんかのために怪我なんかして、馬鹿!」
ぞくぞくする。
左手を、血だらけの左手を誰かが舐めている。
「俺なんか死んでもよかったんだ、此処に居ちゃ駄目だったんだ、
 なのにどうして死なせてくれなかったんだ、
 俺は死にたかった。
 死んで、父さんとお母さんのところに行きたかった。
 それを邪魔したのはお前だ、
 だから俺はお前を許さない。
 ずっと忘れてろ、俺を思い出すな。
 本来なら、出逢うことすらしなければ、
 こんなことにはならなかったはずだ。
 あの時死んでれば、俺なんかいなければよかったのに」
そんなことを言わないでくれ、と俺は思う。
「許さないから、俺を思い出すな、
 絶対に俺は戻らないから、
 何があっても俺はお前を許さない。
 俺を死なせてくれなかったお前を、
 一生許さない」

天野が泣いていた。
死なせてくれと猪瀬に言われたと言っていた。
それと同じだ。

「俺は死にたかった。母さんに見えないことにされて、
 いないことにされて、寂しくて苦しくて、腹が減って、
 死にたかったんだ。
 あのまま死んでればよかったんだ。
 腹が減らなくなってから、ああもうすぐだなって思った。
 水も喉を通らなかった。
 これが死ぬことなんだと理解した。
 だから最期の力で薬を飲んだ。
 これで死ねる、お母さんのところに行ける、
 そう思ったのに、
 それを助けてくれた人がいた。
 俺の親友だった。
 でもそのせいで親友は生死の境をさまよった。
 だから俺は土下座したんだ。
 連れて行かないでってお願いした。
 何度も何度も頭を下げた。
 俺のせいでこうなってるって分かってなかったから、
 俺は馬鹿だから、
 親友が死にそうなのをどうしても助けたかった。
 今思えば、あいつも俺のことをそう思ってくれてたのかな。
 だから俺にキスしたのかな」
キス。
おはようと、おやすみの、キス。
いや違う、この人が今言っているのは、
親友とのキスであり、
力を使ったということであり、
助けられたという事実だ。

「俺はもう死んだも同じだ。最期、3度って言われた時、
 ああもう終わりだって思った。
 もう終わるんだって思った。
 だから早めに起きたんだ。
 早く決着をつけたかった。
 この世界を守るためだ。
 それより何より、お前を守るために」

「俺を守るって、どういう意味なんだ」

「俺がいない世界は退屈だって言ってたな。
 確かにそう見えた。
 窓の外を退屈そうに見てたもんな。
 でもな、ちゃんと周りを見てみろよ。
 一ノ瀬先輩もいる、天野先輩も、城善寺先輩もいる。
 君島先輩も、長谷川先輩も、手塚先輩も、霧島先輩も、
 真希先輩も、相馬先輩も、みんないるだろ。
 みんながお前のこと待ってる。
 だから俺の声なんか聴きに来るな。
 みんなと仲良くして、三年生になって、受験生になって、
 卒業して、大学行って、経済学学んで、
 一心さんみたいに営業うまくなるようにって、
 そうなって欲しいんだ。
 そしていつか誰かお嫁さんをもらって、子供が生まれて、
 藤原酒造を継ぐんだ。
 それがお前の生きる道なんだ。
 その道の途中に俺は要らない。
 だからもうやめてくれ。
 俺のことは思い出さないでいい。
 ちゃんと見てるから、
 俺は忘れないけど、
 お前は忘れろ。そして倖せになってくれ」

「違う、俺が望んだ未来は全然違う」

「何が違うんだ、何が違う?
 普通の人生を歩んでほしいんだよ。
 俺は全部諦めたんだ、
 だからもう思い出させないで。
 いろんな気持ちが出てきちゃうから、
 だからもうやめてくれ。
 いいのか、後輩泣かせても。
 確かに酷いことされたけど、
 俺はお前を許した。
 だからお前も俺を許してくれ。
 お前から逃げた俺を、もう解放してくれ」

「…名前は何て言うんだ」

「今はそんなの関係ない。
 ただお前は普通に生きて行けばいい。
 そこに俺は要らない。
 もう12月だ。
 そっちは12月になった。
 余計な事考えるなよ。
 俺が存在していたことを肯定するな。
 否定しろ。
 そして、年とってお父さんみたいに明るい人になって、
 この星に還れ。
 前は言わなかったけど、生まれ変わりってのはあるからな。
 いいことをすると人間は生まれ変われるんだ。
 お前が普通に生きていって、死ねば、
 きっとまた生まれ変われる。
 そうしたら、その時だけは逢いに行ってやる。
 だからそれまで、
 全部忘れてろ、いいな」

「…いつ逢える?」

「またその質問か…
 だから言ったろ、
 お前が生まれ変わろうとするときに、
 一度だけ逢ってやる。
 よく生きたなって褒めてやる。
 そして生まれ変わってもまた倖せになってくれ。
 それが俺からの最期のお願いだ。
 ありがとう、
 今まで俺を倖せにしてくれて、
 ありがとうな」

「…待ってくれ、俺は誰も倖せにしていない」

「俺は倖せだったよ。
 父さんに頭下げてもらった時も、
 俺を守ってくれた時も、
 おいしいご飯も、
 おいしいお弁当も、
 みんなみんな楽しくて、嬉しくて、
 倖せだった。
 俺はそれだけでもういいんだ。
 それに今はもう違う人と一緒にいるから、
 お前とは一緒にいられないんだ。
 馬鹿みたいだけどさ、
 放っておけない人なんだ。
 その人のことを俺が癒してやってる。
 好きだとも言われた。
 でもやっぱり俺は、
 お前が好きだった。
 うん、そう、好きなんだ。
 だからこのままにしておいて欲しい。
 俺は俺でうまくやってるから、
 そっちはそっちでちゃんとしてくれよ。
 それから、
 泣くな」

目を開ける。
だらだらと涙が流れている。
「…俺は、誰と会話してたんだ」
不思議と温かい。
まるで隣に誰かが寝てくれていたかのような。
「…どうして、好きだって言ってくれるんだ」
俺はきっと、この人のことを好きだったんだ。
起き上がって枕の下から写真を引き抜く。
「…逢いたい、離さないでって言ったのに、
 置いて行かないでって言ったのに、
 独りにしないでくれ…」
傍に置いてくれないかと言った記憶がある。
でも、誰に?
この人に?
「昭和だなあ」
俺は顔を上げる。月明かりで部屋が少しだけ明るい。
「忘れ物したから取りに来た。
 それも没収」
「…だ、駄目、駄目だ!」
写真を握りしめる。
顔が見えない。
でも分かる。
声で分かる。
さっきまで喋っていた人だ。
「制服と服3着、持っていく。それとバランスボール、1個くれ」
「…嫌だ、駄目だ、あれは俺のだから駄目だ」
「ケチだなあ、まあいいか。とにかく服と自転車は持ってくからさ。
 もう詮索するなよな。
 それから、普通に生きて行ってくれ」
「…とう、じ、なのか?」
「…違う」
「じゃあ名前は何て言うんだ」
「凪っていう名前だ。
 これはお母さんがくれた名前だ。
 見事に一文字、まさにこの家にぴったりだなあって思っちゃった自分が馬鹿だよな」
「…凪って、あの手紙の」
「ああ、その手紙も持っていくわ。貸せ」
「嫌だ」
「お前なあ、俺の言うこと聞いてる?
 我儘言うんじゃない、料理と裁縫と一ノ瀬先輩で完結してたお前はどうしたんだ。
 そうやってまた泣いて、
 俺が同情するとでも思うのか?
 ばーか、しねえよ」
「お願いだから、俺を」
「あん?」
「一緒に連れて行ってくれ」
「…じゃあ服と自転車と手紙は持ってくからな。じゃあな、
 これで俺の痕跡はもうないだろうし」
「一緒に連れてけと言ってる!」
「大声出すなよ、みんなが起きちゃうだろ。
 じゃあ最期に魔法を使ってやろう。
 余計なことを考えないようにするために、
 最高のおまじないだ」
「…おまじない?」
「くらえ」
ばしっとデコピンをされる。
「痛い」
「そうだよな、痛いよな。でもな、俺はもっと痛かったんだぞ。
 それを理解しろ、いやしなくていいか。
 とにかく今のでこれは消えるから、
 記憶から消えるから安心しろ。
 じゃあな、これでおしまいだ」
俺は動けないでいる。
何かの力が働いている。
「時間を止めてるんだよ、だからお前は動けない。
 そういうわけだから、悪いな。
 制服、クリーニングかけてくれたんだな。さんきゅ」
「…」
「俺、この五か月間、すげえ楽しかったよ。
 だからお前も、これからたくさんの人と出逢って、
 恋して、たくさん楽しめ。
 お別れだ、じゃあな」
動けない。
顔が見えないまま、その人の影が行ってしまう。
「…」
それに何だかすごく眠い。
何だか、薬を飲まされたかのような…。

なくなったもの

「会長、自転車がありませんでした」
「え、誰かが片づけたのかな」
それと、と猪瀬がドアの外にいる人に声を掛ける。
「藤原、どうしたんだ」
「なくなってた」
「何がだよ」
「服と制服が。それから手紙と写真も」
「なんの話してんの藤原」
「それに俺が動けなかった、俺が馬鹿力なの藤堂は知ってるはずだ」
「まあ、馬鹿力で止められる人はそうはいないね」
やっぱり夢じゃなかったんだと藤原が呟く。
「昨日、俺の部屋に人が来た。
 でも顔は見えなかった。でも声は知ってた。
 いつも聞いてた鼻歌と同じ声だった」
「あああの部屋ねえ、すげえでかいベッドのある部屋」
「俺はもう駄目だ、藤堂」
「藤原、君がそう弱気でどうする。団長だろう。
 それに来年の夏で引退だよ。
 応援団は廃部になっちゃうよ」
「それでもいいと思っていた。俺はあの子を吹奏楽部に渡そうと思っていた」
「あの子?」
「よくは分からないんだが、俺たちには後輩がいた。
 それがその子だ」
「名前は」
「思い出せないんだ、もう」
ここは生徒会室だ。
藤堂と猪瀬と俺しかいない。
「猪瀬、名前とか知ってなかったっけ?ほら、僕たちが忘れてる人の」
「いやあそれが、俺にももう思い出せなくて」
「…近藤は」
「大河先輩の勉強に付き合ってるよ。一応推薦通ったけど、あの学力じゃね」
「…近藤なら覚えてるかも知れない、大河先輩なら」
「…おい、藤原」
変なの、という声を聞きながら俺は生徒会室を出る。
もうすぐ12月22日だ。
今日は、12月20日。

「近藤、大河先輩」
「藤原先輩、どうしたんですか」
3年3組に顔を出した。
「じゃあ私たちは行くわね、行きましょう風馬」
「そうだね、お邪魔してたもんな俺たち」
笠井時雨と佐々木風馬。
二人がすれ違う時に、少しだけ笑った。
「…」
知っているんだ、あの二人は。
「近藤、大河先輩、今の二人は」
「笠井さんと佐々木君です、僕を守ってくれるいいお友達です」
「ちょっと行ってくる」
「藤原先輩!?」
俺は二人を追いかける。
「あの、少しいいですか」
二人が振り返る。
「本当に忘れてるのね、あなた」
「びっくりしちゃった、もう12月だもんなあ。9月から3か月も経った」
「二人は…何を知ってるんですか、
 俺は何を忘れているんですか」
顔を見合わせて二人は笑う。
「あなた、ライバルの出現にも気づいていないのね」
「はは、冬馬もよくやるよ」
「とうま?」
「今あの子、冬馬と寝てるわよ。それってジェラシー感じないの?」
…冬馬、冬馬?
古関冬馬、だ。
「そうだ、あの子のことも忘れてたけど、先生のことも忘れてた」
「冬馬ったら腑抜けになっちゃって、すっかりあの子に夢中よ」
「一緒に家族でご飯食べてるみたいだしな、でもあの子のお父さんが先約があるからって、
 冬馬には言ってるらしいよ」
「ご飯…先約…」
「本当に忘れてるのね。思い出させてあげましょうか」
「やめろ時雨、あの子が望んだ世界なんだ、ここは。
 だからあの子のためにはしちゃいけないことがある」
「そうね…残念だけれど、私たちも大河君と同じ大学受けるから勉強しないといけないの。
 帰るわね」
「あの、」
まだ何か?と笠井先輩が振り返る。
「この世界は、その子が、願った世界なんですか」
「…そうよ、だからうまくいってるんでしょうに。それを無理やりひっくり返すのはやめてあげて。
 なくなったもの、それもすぐ忘れるわ。
 思い出さなくてもいいことって、案外たくさんあるものなのよ」
「時雨は冷たいなあ、でもあの子の願った世界だからね、
 俺たちはもう何もしないし、普通に大学生になるつもりだし。
 だから藤原君、君も自分のことを考えた方がいいよ。
 あの子のことばっかり追いかけたら可哀想だ」
「お、れ、は、忘れたくなかった、思い出したい、名前ももう忘れてる、
 でも12月22日だけは、記念日だと思ってる。
 11月13日も、4月8日も、みんなみんな、俺は大事な日だって思ってる、
 だから、思い出したい、何があって何がなくなったのか、
 じゃないと俺は…前に進めない」
「…」
12月22日って何の日?と佐々木先輩が聞いてくる。
「冬至の日です」
「そう、一年で一番夜が長い一日だね。もしかしたら、それで思い出せるかもよ」
「…冬至…の、日」
「風馬も随分と意地悪ね。いいわ、ちょこっとだけど教えてあげる。
 冬馬とはざまへ行ったのはあなたの大好きだった子よ、
 藤原冬至君」
「…」
「それだけは教えておいてあげる。さあ行きましょ、風馬」
「うん」
俺の大好きだった子?
藤原冬至?

なくなったものはもう分からないけれど、
得たものも多い。
俺が忘れているのは、藤原冬至だ。
そしてあの日、この前忘れ物を取りに来たのも、きっと、その人なんだ。

融和者からの電話

「凪ちゃん、電話鳴ってるよ」
「電話?」
あらら、と俺は青い携帯を見る。
結ちゃんにもらった、ロックのかかってる不思議な携帯。
「出ないの?」
「だって相手、結ちゃんだもん」
「出ればいいのに」
「でもいいの、話すことないし。それより今日のご飯は何、父さん」
「鍋ラーメン」
「まーたそれかよ、ったく、仮眠室で食べてたやつばっか。
 もっとおいしいの食べたいなー」
「でも凪ちゃん、電話」
「いいのいいの、出なくて」
しかしだ。
こうも長時間鳴ってると不思議と焦ってくる。
「出ればいいじゃないの冬至君」
「先生…これは駄目なんですってば」
「だってここまで鳴らすのは尋常じゃないよ?もう十分鳴ってる」
「…くそう」
ぴ、と俺はボタンを押す。

(冬至か)
「…」
(俺がロックかけた携帯がなくなってたから、まだ持ってると思ってかけてみた。
 でも俺はまだお前を思い出せてない、
 名前は思い出せたけど、…どうして無視するんだ)
「…」
(お前は藤原冬至なんだろう?違うなら電話をきってくれてもいい)
切るか、と思った瞬間だった。
(傍に置いてくれるって言ったじゃないか、一緒に居てくれるって、
 離さないでって言ったはずだ、なのにどうして俺を独りにするんだ)
「…あのなあ」
(よかった、声が聴けた)
「…」
切るか、と思った時だ。
(もうすぐ12月22日だ、冬至の日だ、柚湯の準備もしておく、
 ケーキも作っておくから、だから一回だけ、うちに来てくれないか)
「…何で」
(きっとお前の誕生日だからだ、冬至って名前だから、冬至の日が誕生日だと思った。
 だから、一回だけでいい、逢ってくれないか)
「…無理だよ、俺はそっちに行くと死体になっちゃうから」
(どうして)
「体温が低いってお前が言ったじゃないか、最期の日は3度だって言ってた。
 多分俺がそっちに行けば0度を切ってるはずだ。
 それにこっちはあったかいんだ、今から鍋ラーメンを食べるところだ、
 邪魔するな、じゃあな」
切った。
「凪ちゃん冷たい~」
「いいのいいの、俺のこと思い出そうとしちゃうから駄目なんだよ、あのくそ兄貴め」
「冬至、できたぞー鍋ラーメン」
「ちぇ、結ちゃんのご飯が食いたいなあ」
ふふっと3人が笑う。
「冬至君、行って来たら?」
「そうだな、せめて七夕みたいな感じで、結城さんの息子さんに逢ってきなさい」
「凪ちゃんも素直じゃないなあもう」
くそう、どうすりゃいいんだよ。
あっちに行ったら俺、こっちに戻りたくなくなっちゃう。
せっかくこっちで4人で楽しんでるのに。
「ついでに僕も行きたいな、連れてってくれよ」
「先生は駄目だよ、復讐とかまだ考えてる?」
「いや、全然。むしろはざまでの生活が楽しくてこっちの方が断然いいよ。
 いろんな世界が見れるしね」
「…近藤に逢いたいの?」
「それもないなあ、でも藤原君のケーキ、僕も見てみたいなって思ってる」
「そうね、私も見たい」
「父さんも見たいな」
じゃあ4人で行くか、という話になった。
おいおい、俺の力、どんだけ使わせるんだよ。
それにあっちに行ったら俺、多分死んじゃうよ?

1222

「あら結、大きなケーキねえ」
「誰のなんだ?」
「…来てくれるかどうかわからないけど、一応、呼んだ」
「ふうん、結にこんなことさせる子、いたんだ」
ちりちり、と音がした。
「あれ、仏壇の方から音がしたね」
「違うわよ、庭の方からしたわ」
「えー?じゃあ行ってみる?」
「結、あなたはここにいなさいな。お母さんたちちょっと出てくるから」

俺は夢を見ているんだろうか。
「よ、久しぶり」
「こんにちは、藤原君」
「わわー、この子が結ちゃんなの!?ねえ凪ちゃん、この子が結ちゃんなの!?」
「久しぶりですね、結城さんの息子さん」
縁側にいきなり4人が現れた。
「あららあ、大きなケーキねえ、凪ちゃん」
「俺のために作ってくれたんか」
「冬至は果報者だなあ、父さん泣けるわ」
「あはは、すごいな、料理ができるって本当だったんだ、藤原君」
そういうわけで、その4人と俺でケーキを囲む。
しかし何故、この4人は笑っているんだろうか。
すごく、楽しそうだ。
「かぶりつきたいところだが、5人で分けよう」
「でもすごいなあ、料理男子ってモテるよ藤原君」
俺は5等分する。
それを皿にのせて、4人の前に1つずつ差し出す。
「わわ~結ちゃんの手作りケーキだ、凪ちゃん、嬉しいねえ」
「すげえ久しぶりだ…結ちゃんの料理」
結、ちゃん?
俺は反芻する。
俺をちゃんづけで呼ぶのは、城善寺だけだったはずで。
「いっただきまーす」
最近父さんの鍋ラーメンばっかだったからなあとその子が言う。
その子は、電話で話をした、藤原冬至だ。
その子が、俺を結ちゃんと呼んだ。
その瞬間、ありとあらゆる情報が頭の中を走馬灯のように駆け巡った。

「ハレの日に何してくれてるんじゃぼけ!」

「俺のせいで、ごめんな、ごめんな結ちゃん、」

「できんの?できんのかよお前に」

「重いよ~駄目、一回休憩、駄目ったら駄目~」

「こうだろ~フリフリ~フリフリ~」

「部誌の書き方、教わってくるから!」

「これが軍隊なんですね!すげえ!」

「ったくお触り先輩なんだから…」

「お別れだよ、結ちゃん」



「冬至…」
「おいしいなあ、やっぱお前の料理が一番だよ~」
世界一だよ~と笑顔で食べてくれる顔が、
今までのかけらと全部繋がる。

「冬至、俺はお前を忘れてたのか、3か月も」
「…やべ、思い出したんか」
「去年の11月13日に、俺が一目ぼれした中村って、お前か」
「…やばい、やばい」
「4月8日に俺が襲った」
「言うな」
「4月の最終週に俺が怪我したのも」
「言うなって」
「家に来てくれた、おじいちゃんと話ができるって言って、」
「言うなよもう!」
「おばあちゃんの通夜と葬式にも出てくれて、」
「…」
「それから、俺の弟になってくれて、」
「…悪いが帰らせてもらうぞ、あーあ、来るんじゃなかった」
「嫌だ、離さないでってお願いしたはずだ、独りにしないでくれ、
 俺を離さないって言ってくれたじゃないか、
 俺を好きだって、愛してるって」
「おしまい。父さん、お母さん、先生、帰るぞ」
「えー、こんなおいしいケーキもうちょっと食べたいよ凪ちゃん」
「思い出すべくして思い出した的な感じだな、藤原君」
「結城さんに似て不器用だったはずなんだけどなあ」
これ以上言われるとまずいから、と冬至が立ち上がる。
「俺は寂しかった、独りで寝るベッドが冷たいんだ、
 ズカズカ入ってきてもいいから夢の中でも逢いたいんだ、
 そして置いて行かないでくれ、
 俺も連れて行ってくれ」
「それはできない」
「だって俺は思い出した、冬至との思い出、全部今思い出した。
 夏休みに海にも行った、最後はお泊りもした」
「だから来たくなかったんだよ、お前が器用になって、なりすぎて、
 俺を思い出しちゃうから!
 俺は要らない子なの!結ちゃんには必要のない人間なんだよ!
 だから頼むよ、もうこれ以上何も言わないで、
 帰るぞみんな」
「いつ逢える?」
「またそれか…」
最期の日にも聞かれた言葉だ。
「二度と逢えない。だからもう諦めてくれ。
 俺のこと忘れたままでよかったのに」
「戻って来てくれないか、先生も一緒でいいから」
「それは無理なの、俺はこっちでは死んじゃうから。
 俺の葬式、お前嫌だろ?
 それにはざまはあったかい。
 お前のいる離れの暖炉よりあったかいんだよ。
 だから俺は向こうでは普通でいられるんだ。
 くっそ、寒いな、やべえ、体温がやべえ」
「俺が温めるから!」
「無理なんだよ…結ちゃん、俺は先生をはざまへ連れて行ってる時点で、
 きっと体温は0度を切った。
 でもはざまでなら生きられるんだ。
 この世界では、この時間軸では生きていけない体になっちゃったんだよ。
 だからごめんな、
 猪瀬にもごめんって言っておいて。
 柳瀬橋にも逢いたいけど、無理だから帰る。
 じゃあな」
「冬至…!」
目の前から4人が消えた。
「ゆいー、誰かいたのー?」
「あらら、食べかけだわ」
時間が止まっていたということか。
これが、はざまとの力。
「俺は思い出した、全部思い出した。
 あとは何とかこっちへ連れ戻すだけだ。
 父さん、母さん、俺、好きな子ができた」
「あららら、結ったら笑顔ねえ」
「その顔、いいなあ、男前!」
冬至、俺は思い出したぞ。
全部、今までのこと全部、思い出したからな。
他の人が忘れててもいい、俺だけが覚えていればいい。
お別れなんか、絶対にしないからな。

アーユルヴェーダ伍拾弐

アーユルヴェーダ伍拾弐

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2022-11-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 仏壇の前にて
  2. 枕の下に写真を置いて寝ると夢で逢えるらしいよ
  3. なくなったもの
  4. 融和者からの電話
  5. 1222