かみより



後ろ手に閉めた入り口に
パタンと交わしたお別れ。
静寂に感謝する、この瞬き。
足の折れた思い出を連れて
また舞い戻って来た、
言葉を噛み締める為に泣き、
大切な想いを寒さで縮めて、
猫背になる。
生えない羽根の、増えない涙の、雀と小石。
えんえん、
と続いていく。


代わりに歌って、贈る先のその
物語から。


(匙は投げられて)


「それは」


訪ねた屋根の瓦を割り、
落ちないように爪先立てて、
夜中の帷を
下ろし過ぎたり、
朝日の端を
試しに食べたり、
お腹の中で忘れたことを
耳で拾って、
咀嚼して。
神様みたいに愛されたり、
なんて
三日月の笑みを浮かべて、
悪戯に、
巫山戯たりを重ねたりして。


「それから」


お腹の中で忘れたことを
耳で拾って、
咀嚼して。
訪ねた屋根、割れる瓦が、
ひっくり返れば、
再生の逆。
それから、
真っ白な石が敷かれて、どこまでも続いていて
えいえんに、と陰りをなくした白昼と夢。
ひらがなで隠した残酷さ。
鳴けない喉の、ゴロゴロと雷。
振るえる木槌の運命を、燃え盛る気炎を
われは
われは、と忘れたら。


(拾われて)


「そこで」


尾を寝かせ、
見て見てとせがみ、
深々と降る、
眩いもののこぼれ玉。
雪よりも白く
魄(はく)よりも優しく
この世のものとは思えない。
そう言えたあなたから、
そう思えるひとになったから、


「きみが。」


ただ一人、二人。
からからと吹き荒ぶ。
恵みの雨、悲しそうな声。
随分と遠くで滔々と流れ行く、枝葉の青。
黄緑の欠けら。
体躯を震わせ、心を拭い、


われ。
もう一度唱える。


「託宣」


祝祭から始まる、辛き事。
なぜ、それを知らずして。
なぜ、それを語り続ける。
なぜ、


悲しくも
嬉しきことと繰り延べる、その事柄。
開かれた、住処の彼方を守る、
そのために


心情豊かにころころ笑い
見上げる先に光はあった。
生まれ落ちたこのかたち、
役割だけには収まらない。


故に、
恐れることなく厭うべし。
不在を埋める不在を生むことがないよう、
また
生まれる不在が悲しまれることがないと決して思わずに。


故に、
心掛けることを残す。
役目を終えた鍵の名前を忘れて、
履いていた物を忙しなく脱ぎ、
呼び名に応じる声と意思を求めて駆け回る、
傷を知らぬ頃。
疑う余地もない程に幸せに溺れて
緩慢な囀りを交わし合った、
夕暮れに負けない柑橘の、強い匂い、
でこぼこな転がり方に
心から笑えた、
あの板張りの鳴りを。


(用意して)


「映写機」



降り積もった埃に向けて息を吹きかけるその営み。勢いに舞い、自重に任せて舞い落ちる、その繰り返し。頭上から差し込む角度の神秘と、光の量はその日限りの事情。視界に閃く眩しさにカタカタと動き出す、記録の過去と記憶するものの不整合さ。隣り合う、背格好の違い。


bー1
死を知らずして投げ捨てた。あなたでなければ、きみでなければ、と。結局、私とあの子との間で行われたものに大切な人が巻き込まれたという事態、けれど始まりのすべてが私一人のものだった。私というお話だった。そのために、どれだけのものが必要になったか。その瞬間に向けてのみ捧げられる価値を、私はもう丸飲みにした。


b―2
それが報いになると思うから、ぼくは何も言わない。救われる立場にあって、君に救われることで救われることの有り難さを知った。そのぼくが、救われることを請われたものとして在り続けること。そしてぼくは結局、何も出来なかったから。第三者の更新。正しい前進。手元にあるダイヤルを回して、調整をする。聞き続ける。



石は黙して語らず。ただそこに在るべし。
「でも後悔はない。だって想いを貫けたのだから。神様みたいに笑ってさ、ずっと遊べたんだよ。邪険にされても、疎まれても、ザラつく舌で大切な傷を舐めた。ボクは、そういうものだから。彼女と同じ、不在を厭うものだから。だからボクは元の通りに、彼女はずっとその先へ。そういうものさ。だって、ボクはボクだから。だからさ、見なくていい。それよりは思い出してよ。記憶は経験、ずっと生き続ける。ボクはそっちがいい。同じ猫背になって、遊んでいたいよ。」


(愛されて)



瞬きを、ゆっくりと重く。


「文面」


猫背になる。
写し終えたノートのそこ、書き慣れた名前を文字で表して提出するのを待つ時間。外では雪が降るのだそうで、予報と現実の境を見上げる。雲が広く覆う真っ白な風景は寒さの準備を整え、その時を待っている。積もりはしないだろうという楽観を固く信じて、自転車通学の私は教室の一角で羽根を休める。黒板を走るチョークが残す箇条書きの信条と、哲学者の生涯は長い旅路の途中でチャイムに阻まれる、またいつものことだから。それをぬくぬくと味わう。思わず出そうになった欠伸を押し殺す。ぐっと滲み出てくる涙、視界は揺れて、ひょっとするとキミに。そうだとすれば面白い。だって、私は幸せだから。
真似てみよう、三日月の笑みを浮かべて。一度も生えたことのない尾を丸め。キミにいう。心を込めていう。
感謝をね、愛みたいに。

かみより

かみより

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-23

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